なぜ「規制×テクノロジー」がチャンスになり得るのか

2019/1/16
フィンテックの急速な普及は金融だけでなく、規制の領域にも変化をもたらしつつある。その次なる展開のひとつとされるのが、規制×テクノロジーの「レグテック」だ。レグテックが世界の金融やビジネスをどう変えていくのか。そして、日本はどういう戦略に出るのか。EY新日本有限責任監査法人金融事業部パートナーである小川恵子氏にレグテックの最新事情を聞く。
監査経験を経て、コンプライアンス・ガバナンスエリアを専門とするサービスを提供。EY Japan においてアシュアランス、アドバイザリー、タックス、トランザクションの4ライン、プラスEY Lawを含め、いち早く横断的なレグテックチームを立ち上げた。グローバルと連携したレグテック関連サービスを展開中。金融機関をはじめ規制対応を迫られる企業、大手からスタートアップまで最新のテクノロジー企業、大学やマスメディア、そして規制当局が互いに連携する、日本におけるレグテック・エコシステムの構築に寄与。

フィンテックからレグテックへ

世界中でフィンテックへの注目はますます高まっています。少し前までは決済に関する技術やビットコインなどブロックチェーンについて話題になりましたが、最近のテクノロジーの進化は、フィンテックからその先へとさらなる広がりを見せています。
そのひとつとして、注目を集めているのが「レグテック」です。レグテックとは、「レギュレーション(Regulation)」と「テクノロジー(Technology)」を融合させた概念。明確な定義はありませんが、既存の規制対応エリアにおいて最新のテクノロジーがいかなる貢献を果たすかというものです。
さらに、今回のIoTなど大きなイノベーションの波は、社会構造に大きな変化をもたらすと考えられることから、イノベーションの推進を実現するために規制当局などとどのように連携を行っていくかが、重要なテーマと考えています。したがって、新たな規制のあり方、イノベーションと規制の融合といった観点も、興味深い分野として併せて考えています。

金融規制の環境が大きく変化

レグテックが生まれた背景には、リーマン・ショック後の世界的な金融規制の強化、テロ、麻薬対策としてのマネーロンダリングへの規制強化があります。さらに、フィンテックによる新たな金融サービスの台頭により、金融業界の競争は激化し、効率性、斬新性といった、より強い競争力が求められるようになりました。
効率的なコンプライアンス対応、規制の準拠性の強化に貢献するのが、次々と開発される革新的なテクノロジーです。そこに新たなビジネスチャンスも見込まれることから、スタートアップ企業などに大きな期待が寄せられています。

英国が最初に「規制のサンドボックス」を導入

レグテックに最初に注目し、さらに「規制のサンドボックス」を導入したのは、英国です。
英国は、国家戦略として世界のフィンテックの中心となることを打ち出し、その中で、既存の規制に対応する最新テクノロジーであるレグテックに注目。2014年には、既存の規制とイノベーションがもたらす社会とのギャップを埋めるため、新たに「規制のサンドボックス」を導入しました。
サンドボックスとは、砂場のような安全で守られた場所という意味。既存の規制を排除してサービスを試し、イノベーションを進めるのが目的です。
例えば、英国では規制のサンドボックスを導入する際に、フィンテック分野に限定しました。それにより仮想通貨におけるブロックチェーンなど、既存の金融規制では対応しきれないサービスを展開する場となっています。

企業にメリットはあるのか

レグテックは既存の規制を前提として、それに対応するためのテクノロジーです。この分野に積極的に投資を始めているのは、メガバンクや保険会社などの金融機関です。さらに製造業をはじめ他分野へも裾野が広がりつつあります。
その理由としては、経営者を取り巻く規制の環境変化に加え、レグテックが企業にさまざまな恩恵をもたらすことがあげられます。
レグテックは各キープレーヤーが「協調」を図り、できるだけ低コストで効率的に進めることが重要なポイントとなります。
社内の各部門間のデータの相互利用はもちろん、企業間や官民が協調・協働することでより効率化を推進。さらに新たな付加価値を創出すると考えられます。

「2020」に向けた日本の戦略

東京オリンピックを迎える2020年までの道のりを、日本は国策として生産性改革・集中投資期間と定義しています。IoTやAIを活用した超スマート社会「Society5.0」の実現に向けて最先端の取り組みを強化し、日本経済全体の生産性の底上げを推進。さらには2023年までにユニコーン20社を創出するというのが政府の目標です。
このような状況で、現在の安倍政権の第三の矢である「成長戦略」として「未来投資戦略2018」が閣議決定されました。その中の重要な施策のひとつが、2018年に施行された「規制のサンドボックス」です。一定の守られた環境下で実証実験を行い、その結果を踏まえて新ビジネスの創出を推進するという仕組みです。
レグテックは既存の規制への適正な準拠を効率的に実現する最新テクノロジーですが、規制のサンドボックスはイノベーションを推進させるため、規制をより早く進化させるという規制改革です。
テクノロジーの進化は、これまでの規制が及ばない新しいビジネスや社会を生み出しています。従来の規制を見直すには、どうしても時間がかかります。そのギャップは、新しいビジネスの障壁となります。違反により多額の制裁金が発生する恐れもあります。企業の中には、規制違反をコストと割り切り、規制を無視してビジネスチャンスを優先するケースもあります。そこを解決するのが、規制のサンドボックスなのです。

金融以外へ広げる日本の狙い

規制のサンドボックスの対象となるのは、規制の取り扱いが明確ではない最新技術を使ったビジネス。これらの実証実験でエビデンスを集め、それをもとに新たなルールをつくり、今後の規制づくりに反映させていきます。
スタートアップには、こうした枠組みをうまく利用し、官民一体となった“イノベーションの実現”に貢献してもらいたいと思います。
規制のサンドボックスは英国やシンガポールなどで導入が進んでいますが、主にフィンテック領域に限定されています。日本独自の取り組みとしては、領域を金融に限らずあらゆる産業に広げていることです。そこには、最新テクノロジーを産業全体で積極的に推進し、新たなイノベーションを生み出すという日本政府の狙いがあります。
規制当局、テクノロジーを生み出す企業、規制の対象となる企業、さらにはコンサルティングファームやメディア、研究機関など、さまざまなキープレーヤーが価値ある貢献をしながら協調し、相互に利益を享受する。そんなレグテック・エコシステムの形成が、日本の次なるイノベーションを実現させると期待しています。
レグテック・エコシステムによって官民が協調し、日本全体でイノベーションを推進する。それは、日本企業が世界に打って出るための、大きなチャンスにもなります。2018年は官民一体となっての実証の年度、さらに2019年は、いよいよ実装の年度として大いに期待しています。
(編集:久川桃子 構成:工藤千秋 撮影:的野弘路 デザイン:國弘朋佳)