「働きやすさ」だけじゃ、ビジネスパーソンは満足しない

2018/12/20
2018年は多様な働き方を進めようとする企業が増え、「働き方改革ブーム」が起きた年だった。均質的な正解がないだけに、政府の方針や各企業の取り組みに賛否両論、さまざまな意見が飛び交った。

ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の元日本代表で、現在は早稲田大学で教鞭を執る経営戦略のプロ、内田和成教授も最近の「働き方改革」に違和感を感じているという。働き方改革の定義を導き出すため、今回、内田教授との対談相手に選んだのは、出張・経費管理クラウドサービスでグローバルNo.1のシェアを持つコンカー日本法人のトップ、三村真宗社長。

コンカー日本法人は、調査機関のGreat Place to Work Institute Japanが毎年選出する「働きがいのある会社」で2018年には1位を獲得(従業員100〜999人の中規模部門)。米本社ほか国内外から注目され、今年秋にはそのノウハウが詰まった書籍「最高の働きがいの創り方」(技術評論社)を上梓した。両氏の対談から今のビジネスパーソンを魅了する「経営力」を探る。

100人いれば100通りの働き方がある

内田 2018年は「働き方改革」を推進する企業が目立ちましたが、私は少々違和感があるんです。三村さんが経営する会社は「働きがいのある会社」として評価されているんで、今日はこのテーマについて三村さんとディスカッションしていきたいです。
三村 こちらこそよろしくお願いします。私も違和感を覚えている部分がありますが、内田さんは「働き方改革」にどんな意見をお持ちですか。
内田 働き方って、100人いれば100通りあると思うんです。それなのに、企業が、場合によっては業界や国が均質的なルールをつくって、全社員共通で推進しようとしている。ここがおかしい。
労働時間をみても、短時間に集中して仕事し、プライベートや家族の時間をしっかり確保したい人もいれば、その逆で、1日の大半を仕事に費やしても苦にならず時間をかけて働きたい人もいるでしょう。
働く場所も、「自宅派」の人もいれば、オフィスにいたほうがはかどる人もいるはず。みんな、それぞれ仕事に集中できるやり方は違うはずです。それなのに「何時までに帰りなさい」「残業禁止」「今日は在宅デー」などのルールをつくって全社員に強いている場合が多い。
これでは、人によっては逆に働きにくくて生産性が下がったり、成長が遅くなってしまったりすることだってありえると思うんです。そんな事態は、愚の骨頂であり本末転倒です。
三村さんも外資系コンサル出身なのでわかると思いますが、あの頃のコンサルタントなんて、今の時代では大きな声で言えないくらい昼夜関係なく、むちゃくちゃ働きました。でも、誰かに言われたからじゃなくて、自ら望んだこと。コンサルタントとして成長したかったから、長時間働いてもハッピーでしたよね。
三村 1980年代後半に流行した栄養ドリンクのCMで、「24時間戦えますか?」というフレーズがありましたが、もう本当に、24時間戦ってる感じでした(笑)。でも内田さんと同じでビジネスパーソンとして早く一人前になりたかったから、苦に感じることはありませんでした。
自分で自分を追い込む。苦しいけどそこから成長の喜びを感じられる。いわば「セルフブラック」状態(笑)。しかしその経験を経て、今の自分があるように思えます。
内田 全社員から不満が出ているような企業は明らかに「ブラック」ですから対処する必要はありますが、仕事に対しての姿勢やワークスタイルはそもそも千差万別。国や企業が先導することではありません。

「働きやすい環境」は手段

内田 コンカーは「働きがいのある会社」として2018年に1位を獲得したそうですね。そんな実績があるコンカーがどのように社員満足度を上げているのか、とても興味があります。
三村 混同される人が多いのですが、まず「働きやすい会社」と「働きがいのある会社」は、違うと思うんです。
働きやすさとは働くうえでの「環境」のこと。労働時間や働く場所の柔軟性、待遇などの「手段」の話だと思っています。日本の「働き方改革」はこの「手段」に主眼を置いているため、ワクワクするような「働きがい」にはつながらない。そこに私は違和感を覚えているんです。
一方、「働きがいのある会社」は、この「手段」が整っているだけではありません。
この調査を主催する企業が定めた「働きがいのある会社」の定義は、「従業員が経営者・管理者を信頼し、自分の仕事に誇りを持ち、一緒に働いている人たちと連帯感を持てる会社」としていました。
非常に的を射ていると思いますが、私はこう解釈しています。1つ目は、会社のミッションやビジョン、つまり“夢や大義、志”を、社員全員が理解して一体感を感じられること。これにより時として苦しい仕事、退屈に思える仕事にも、大きな意味を感じられます。
2つ目は、社員が経営者と同じ高い視座を持ち、大きな裁量が任せられていること。会社の夢や大義を達成するため、社員自ら行動するようになるからです。
そして3つ目は、成功や失敗を通じた成長の実感です。自分の裁量でやった仕事であるからこそ、成功しても失敗してもそこから大きな学びを得られる。コンカーにおける働きがいを高めるための取り組みは、突き詰めると、すべてこの3つの考え方とつながってきます。
正直に言って、コンカーのビジネス目標はかなり高い水準だと思います。社員はハードワークになる時もあるし、相当のプレッシャーを感じて日々戦っているでしょう。そんな中でも社員が働きがいを感じてくれている。それを第三者機関が評価してくれたのは、大きな意味があると思っています。

「働きがい」を創るために必要なこと

内田 三村さんは、どうやってその考えにたどり着いたのですか。ルーツを知りたいです。
三村 私が最初に働きがいのある会社を意識したのは29歳の時、SAPジャパンで新規事業の責任者を任されたときです。「新規事業を次のSAPの事業の柱にする」というビジョンを掲げたら、メンバーが驚くほどのエネルギーを発揮した。ビジョンを実現するために、自ら高い目標を課して動き出したんです。
しかし、コンカーの経営を任せられた時、結果を出すことに焦りすぎて大変苦労しました。最初に取り組むべきミッション、ビジョンを掲げることをおろそかにしてしまったんです。原点に立ち返り、社員と一緒にミッション、ビジョン、そして分かち合うべき価値観を決め、浸透のために取り組みました。
内田 この「浸透」ができるかが重要なんです。経営者になればビジョンやミッション、バリューは定めたくなるもの。ただ、往々にして定めて終わり、社員が腹落ちするまで説得している経営者が少ない。ここが優れたリーダーとそうじゃないリーダーの違いです。三村さんはどうやって浸透させているのですか。
三村 コンカーでは経営理念であるミッション、ビジョン、そして「コアバリュー」と呼んでいる価値観を総称して「コンカージャパンビリーフ」として定義しています。
また、企業文化も強く意識しています。コンカーでは、社員同士がフィードバックし合い、感謝し合い、教え合うことを奨励しており、これを「高め合う文化」と呼んでいます。そしてこれらの経営理念と企業文化を浸透させるため、会社の制度や仕組みづくりといったオペレーションの隅々にまで落とし込んでいます。

情報の徹底的公開は自走組織をつくる

三村 コンカーでは現在のビジネスの状況はもちろん、私が感じるその時の課題やリスクなど経営に関する情報と数字を可能な限り、役職や職種関係なく全社員に開示しています。
大切なことは、マイナスな情報や制約もオープンにすることです。それらを共有すると、社員は「自分たちがどのような施策を行えば課題は解決されるのか」を自発的に考え行動してくれます。
そうなると、マイクロマネジメントなんて不思議といらなくなる。実際、私のもとには「○○はどうしたらよいでしょうか?」というメールや電話はほとんどありません。リーダーの仕事は大きな方向性を示し、その実行のために必要な経営資源を引っ張ってくること。あとは社員を信頼し思い切って委ねる。そのほうが社員の成長は圧倒的に加速します。
そして、もうひとつ。人事戦略も社長が深く関わるべきだと考えています。具体的には年齢に関係なく平等に評価することに心を砕いています。コンカーでは、ジョブグレード制度を導入し、前職のキャリアなどは一切関係なく、今手がけている仕事の難易度と達成状況によって、ジョブグレードを決めています。そのため若い社員でも結果を出せば、パフォーマンスに見合った給料になります。
また、管理職を外部から入れず、100%社内メンバーからの昇格でマネジャーを選定しているのもコンカーの人事戦略の特徴かもしれません。「成果を出せば収入もポジションも得られる」という社員へのメッセージで、実際コンカーでは管理職の採用は一切行っていないんです。

働き方改革とは“経営戦略”である

内田 三村さんのやり方は、外資でありながら日本企業のような側面を感じますね。人をとても大事にしている。
コンカーというチームに籍を置いていれば、さまざまなキャリアを積むことができ、そして成果を出せばそれに応じて次のポストに就く機会が与えられ、そしてまたストレッチして仕事しながら達成感を味わってもらう。人材の流動性が高まる中で、優秀な人材を確保するための模範のようなやり方だと思います。
ただ、社員にとってはとてもいい環境だと思いますけれど、経営トップにとっては厳しい環境ですよね。常に新しい舞台を用意しなければならない。もちろん、ビジョンやミッションや価値観も大事ですけど、ビジネス自体が成長していなければ、やりがいも働きやすい環境づくりも難しいから、常に成長が求められる。
三村 内田先生がおっしゃるとおり、人材の流動性はかつてなく高まっていて今後も高まり続けていくでしょう。経営トップの仕事として、優秀な人材を確保し維持し続けるのは非常に難しく、そして重要な要素です。
その中で、社員を大事にし、働きがいを高めることは、人情味あふれる経営者にみられたいからでも、人気を集めたいからでもなく(笑)、「ビジネスを成長させるための最善の方法」だと信じているからなんです。
働きがいのある会社には優秀な人材が集まる。その優秀な人材が働きがいを感じることで、おのずとポテンシャルが引き出され力を発揮する。そして結果として会社全体の業績が上がる。
きわめてシンプルなロジックです。私にとって、働きがいを高めることは、社員におもねることではなく、とても重要な経営戦略なんです。もっと多くの経営者がこのことに気付き、経営戦略として働きがいの向上に真剣に向き合うべきだと思います。
内田 “働きやすさ”から“働きがい”へ、ですね。これからは「働き方改革」の次のステージとして、「働きがい」に向き合う企業が増えそうに思えてきました。コンカーで育った社員であれば、他の企業に移っても、働きがいを高める取り組みをしてくれそうに思います。
三村 社員には当面の間は辞めてもらっては困りますが(笑)、いつかコンカーで育った人材が卒業する日が訪れたら、ここで得た「働きがいのある会社」の考え方や文化を他の会社に伝播(でんぱ)してほしいと思います。そのことで企業や経営者の働きがいへの意識が高まり、そしてそこで働く人々がワクワクしながら働くようになれば、それは私の本望です。
今年の秋、私のキャリアの中で得たノウハウをもとに「最高の働きがいの創り方」をまとめた書籍を上梓しました。私の失敗や成功、試行錯誤を経て得た「働きがい」の考え方や手法を余すことなく表現したつもりです。ぜひ、こちらも参考にしていただけたら幸いです。
内田 コンカーは、極めてユニークな経営スタイルを進めている会社なので、これからも期待しています。
<「最高の働きがいの創り方」INDEX>
■はじめに 最悪の状況から、いかにして「働きがいのある会社」になれたのか
■序章 SAP 、マッキンゼー、そして失敗から学んだ組織の法則
■第1章 最高の働きがいは企業文化の醸成から生まれる
■第2章【戦略の可視化・実行】社員に高い視座を持ってもらい、最高のパフォーマンスを発揮できるようにする
■第3章【モニタリング・フィードバック】良いことも悪いこともきちんと受け止め、次の一手を打つ
■第4章【認知・感謝】貢献を目に見える形にして、全員で共有する
■第5章【連帯感・コミュニケーション】タテ・ヨコ・ナナメで双方向のつながりを強める
■第6章【人材採用】採用率3% に厳選し、会社に溶け込んでもらい、辞めない仕組みを作る
■第7章【人材開発】長期の視点でキャリアを作ってもらう制度を作る
■第8章【人材評価】納得感を最大化し、目立たない努力に目を配る
■第9章【働きやすさ】「ワークライフバランス」と多様性に配慮し、休みが取りやすい、柔軟に働ける仕組みを作る
■おわりに 「働きがいのある会社」づくりは、経営戦略である