社内に市場原理を持ち込み「人材価値の適正化」を

2018/12/14
大企業が従来の「系列」から異業種との協業へとかじを切ったことで、働き方も大きな変化を迎えている。3~10年のうちに起こる分野横断的なディスラプションを見据えた「メガトレンド」に関するリポートをもとに、「未来の働き方と組織のあり方」についてEYアドバイザリー・アンド・コンサルティングの鵜澤慎一郎氏に聞いた。

「協業なしでは生きていけない」大企業の変化

 欧米発の「Future of Work」と日本の「働き方改革」の取り組みは似て非なるものです。日本の場合、長時間労働の削減や健康管理に主眼を置いた適正な労務管理、コンプライアンス対策が中心です。しかし、単純に労働時間を削減しても、生産性や付加価値は上がらないと日本の経営者も現場もわかっているはず。
 海外の「Future of Work」は、ビジネス環境の急激な変化にともなって起こっている新たな雇用形態の多様化(ギグエコノミー等)、テクノロジーと人間が融合・共存する働き方、顧客や従業員起点の付加価値の向上を指しています。
世界で1万1000人超、日本で110人を擁するEYの人事・組織コンサルティング部門の日本責任者およびEYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社の経営会議メンバー。専門領域はグローバル人事戦略策定、HRトランスフォーメーション、チェンジマネジメントで、20年以上の組織・人事変革経験を持ち、グローバル、大規模、複雑なコンサルティングを得意とする。『ワークスタイル変革』(共著、労務行政研究所編)等、執筆・講演多数。リーダーを務める、ピープル・アドバイザリー・サービスについての詳細はこちら
 私たちは、さらに踏み込んで3~5年後の働き方のメガトレンドとして、ビジネスモデルや生活環境が劇的に変わることで、今と全く異なる働き方になることを予測しています。
 昨今、日本の大企業がベンチャー企業への積極投資や規模や分野の異なる企業と協業を行うことが珍しくなくなりました。トヨタ自動車がUber やソフトバンクと提携するのはその象徴でしょう。
 自社や「系列」ですべてを賄いきれなくなり、各社の一番得意なものを合わせて製品やサービスを創造する協業も起きています。いよいよ協業しないと時代の変化についていけなくなった、それが、異業種アライアンスが進んだ理由の一つでしょう。

市場価値ベースの人材評価へ

 異業種間での協業が進むと、働き方や人事制度に大きなインパクトを与えます。
 歴史を振り返れば、日本では高度成長期はいわゆる職能主義、ジェネラリストとしての有能さが評価の対象でした。特定の職務や専門性を通じた成果ではなく、ジョブローテーションでどこにいってもある程度活躍できる汎用的な能力が評価され、報酬に結びついていました。
 バブル崩壊を契機に年功的な日本の人事体系は見直され、職務定義や役割を明確化し、その専門性や成果発揮度に従って評価される成果主義人事に移行していきます。
 しかし私自身は、日本で本当に職務や役割に基づいた働き方や評価が定着したとは思っていません。採用や評価の局面でジョブディスクリプション(職務定義書)を提示し、それに基づく人材評価ができているのはグローバルに事業を展開する大手日系企業でもほとんどないのが実態です。
 また、今後それを推進することもお勧めしません。協業などがどんどん進むと、厳密な職務や役割の定義づくりや遂行にエネルギーをかけること自体がすぐに意味を持たなくなるでしょう。

社内の「市場価値主義」時代がやってくる

 協業が進むと、「私の仕事はここからここまで」「私の仕事は一人だけで完結」という職務や役割に基づいた働き方が成り立ちません。雇用形態や出身会社に関係なく、一緒に働き、時に業務領域がかぶることもあるでしょう。
 企業活動が徐々にプロジェクトベースになり、ルーティンワークはアウトソース、もしくはオートメーションによって代替されていく可能性もあります。
 企業の組織や業務設計がやがて、コンサルティングファームのようにテーマに合わせてプロジェクトメンバーを組成し、そのチーム単位で進むようになるのではないでしょうか。そうなれば、人事評価もおのずと、それに適応せざるを得なくなり、社内でも「市場価値主義」が到来すると予想しています。

社内で自分の市場価値を「見える化」

 市場価値主義とは、人材の価値が、需要と供給の観点からリアルタイムに適切な水準に収斂(しゅうれん)する、まだ日本にはない人材マネジメントの世界観です。
 アメリカでは、例えば製薬会社の営業課長職であれば年収このくらい、といった大体の目安がマーケットデータとして成立し、それをインターネットで知ることも容易です。ですから転職活動をしなくても、自分の市場価値は常に意識できる。
 しかし日本の場合は、経営コンサルタントや外資系金融のトレーダーといった常に顧客からの評価にさらされている職種を除いて、社内にいるだけで市場価値が意識できることはまれです。

企業内ヘッドハンターも登場

 新たな動きもあります。「企業内ヘッドハンター」を置いている企業が日本で登場しています。
 社内で新規事業を立ち上げるにあたり、ふさわしい人材を抜擢(ばってき)しようとすると、優秀な人員を取られる部署から不満が出ます。
 企業全体で考えれば、優秀な人材を外よりも内から獲得することの方がコストマネジメントや成功確率の観点でよい場合も多いはず。そこで、新規事業を立ち上げるとき、社外のヘッドハンターに頼む前に、欲しい人材のスペックを伝えて社内ヘッドハンターに依頼するのです。
 この企業のような例が、広く定着したとします。社員たちは「自分も、いつか社内でヘッドハントされるかもしれない」とモチベーションが上がる。逆に全く声のかからない人は、自分の市場価値に不安を覚え、キャリアアップに励むようになるかもしれません。
 エース人材でも新規事業を失敗すると社内で居場所を失い、転職に向かいがちです。そこで失敗した優秀人材を素早く救出し、動機づけをして他の職場に社内配置する仕事も社内ヘッドハンターが行う大事な仕事です。

市場原理で、優秀な社員の報酬が上がる

 また、近未来の働き方として社内プロジェクト会議に集まった人の中で、正社員、契約社員、フリーランス、といった雇用形態はあまり気にされないでしょう。年齢や役職ではなく、本当にそこに必要な人だけが抜擢されて集まることになります。今は、社内で声がかかる人というのは、本人も周りもなんとなくわかっていながら、それが処遇や報酬に完全に反映されているとは言えません。それを透明化させるのです。
 市場価値主義の下では、社内でプロジェクト編成をするとき、プロジェクトベースでのコストを考え、ほかより高い人材コストを払ってでもその人材を確保したいプロジェクト、つまり、その人材が一番高く売れるプロジェクトにアサインすればいいことになります。
 従来は課長なら課長、という役割に対して報酬を払っていました。しかしここでは、各プロジェクトチームからひっぱりだこの人材であれば、その人の給与をもっと上げてもよいという市場のメカニズムで報酬も上がります。若手社員が事業部長よりも高く評価され、高い報酬になることもあり得るでしょう。
 市場メカニズムが働くと、自分のコストレート(つまりもらっている報酬)が高くなりすぎると、プロジェクトの採算が合わないという理由で声がかからなくなるかもしれません。需要と供給の関係で、その人のニーズや報酬がうまく調整されるのです。
 転職しなくとも市場価値連動の評価や報酬が測れるようになることは、荒唐無稽な話でもありません。すでにプロジェクトベースでの働き方が多いIT業界やメディア業界では試行が始まっています。

「転職しても必ずしも給与は上がらない」という現実

 私が、転職ありきではなく「社内」に注目するのには理由があります。
 日本市場の雇用流動性について、大卒の新入社員は3年で3割以上が辞める、雇用流動性が高まっているといった話をよく聞きます。しかし統計を見ると、日本の離職率全体はこの20年間11%~13%程度と、ずっと安定しています。10代から20代前半の若年層の離職率が高く、30代から50代になるにつれて離職率が下がっていくトレンドも今までと同じです。
 また、ヘッドハントをされて給与やポジションが上がるという転職のサクセスストーリーもよく聞きますが、マクロのデータから見ると、転職をすると給与は下がる傾向にあります。
 人間関係に疲れて離職した、あるいは今の会社や業界の行く末を悲観して転職する場合、次の会社でも同じベースから給与が始まるか、住宅手当や退職金制度がなくなって実質的に報酬が下がるといった場合もあるでしょう。
 個人的には、労働生産性の高い産業の創出や付加価値の高いスキル習得の仕組みがないままに雇用の流動性を高める動きには懸念があります。結局、労働生産性の低い業界に人が流れ、経済成長の停滞と生活安定リスクを高める可能性があるからです。
 転職がキャリアアップにつながる保証はありません。むしろ、社内で適切な役割と適正な報酬を得てキャリアを積み上げていくことにまずは注目すべきではないかと考えています。社内で市場価値による適正な人材評価がなされれば、他社に転職しても、起業しても、社内に残っても、それは価値観や志向性の違いにすぎず、報酬や立場はどこでもあまり変わらないという世界観にいずれなるのではないでしょうか。

日本の労働生産性が低い本当の理由

 日本で働いている人の55%は小売・流通業で、日本はすでにものづくりの国ではありません。それに加えて、朝活、会議体の見直し、リモートワークなどの現在の「働き方改革」の施策はホワイトカラー向けが中心ですから、そもそもできない業態も多いのが現状です。
「日本は労働生産性が低い」と言われていますが、その要因として大きいのは、産業構造が資本集約型か、労働集約型か、という点です。世界トップレベルで労働生産性の高い国はアイルランド、ノルウェー、ルクセンブルク、アメリカ等、要は資源や金融・ITといった資本集約的産業を国家施策としている国々です。
 日本の労働生産性が低いのは、産業構造が医療、介護、小売・流通などにシフトしてきているからです。こうした労働集約型のビジネスでは、そもそも各労働者が日々の小さな改善をしても全体の生産性はなかなか上がりません。
 労働集約型のビジネスをAI やRPAを含むデジタル技術の活用などで省人化させて高付加価値化させるか、労働者が資本集約型で付加価値の高い産業に移っていくしか、マクロな労働生産性を上げる方法はありません。
 ここに働き方改革への誤解があります。朝活、会議体の見直し、リモートワークなどはもちろん地道な改善で進めるべきですが、それだけで日本全体の労働生産性がすぐには上がらないのです。

若者の「活力」は市場価値を持つ

 少子高齢化は、労働と給与の問題に必ずリンクします。未来を考えたとき、年功序列は消え、若いビジネスパーソンは年齢にかかわらず自分の価値に見合った仕事がしやすくなっていくでしょう。
 また、年齢が若いことからくる活力を価値とみなし、それも市場価値の一つとしてカウントされることも考えられます。
 経営者にとっては、社内で市場価値主義が定着していくことで、事業採算の最適化が図られていきます。社員の価値が適正化されることで、新規事業の立ち上げの際にP/Lで価値判断する場合の人件費の部分が、プロジェクトにより適したものになるからです。事業の価値は明確化され、健全化されていくのではないでしょうか。

社内にヘッドハンターとハローワーク

 一方で、市場価値主義によって能力の格差が「見える化」されると、社内での格差はいや応なく増大していくでしょう。入社から早い段階で、声がかかる人材とかからない人材が明確になってきます。これに真面目に対応することを考えると、社内のセーフティネットが必要です。
 社内にはヘッドハンターもいるが、ハローワークもある、未来の会社は、そんな環境になるのかもしれません。
(編集:久川桃子 構成:阿部祐子 撮影:北山宏一 デザイン:國弘朋佳)