ハゲタカジャーナル、ダメ絶対! でも、その横行にはそれなりの理由が……
コメント
注目のコメント
Fラン大学でも大卒なのと同じ。
本来他より優秀だから科学者になるはずが、今や檻の中のラットに自ら進んで入ることを受け入れることが出来る、社会不適合者しか生き残れなくなりつつあるアカデミアの研究者コミュニティ。
真に優秀な人たちは有名ジャーナルにしか投稿しないので今は無縁な世界だが、拡大し過ぎたコミュニティは周辺から腐っていく。しかし、コミュニティのルールは共通なので内部深くまで蝕んでいく。
日本人が日本語で発表した論文が日本の大学で全く評価されないというのもなんとかして欲しい気もするが。
これもなんでもグローバル化した弊害か。
オープンに競争すれば価値が上がるという理屈の弊害でもある。無査読と有査読で状況はかなり変わる。
有査読では確かにまずい部分がある。
しかし無査読では(無査読はあくまで業績上雑魚でしかないので)それは教員の自由である。
私はかつて、北隆館のアグリバイオという無査読の雑誌に有料投稿をしたことがある。2018年4月号として第2巻第4号にあるので探してもらって構わない。
DOIすら付かない状況なので、誰かが引っかけようと思えば引っかかるとは思う。
これは掲載料を私自身が払っている。でもそれはそちらの分野に紹介をするための広告料がわりであり、私自身の懐は痛かったし、当時は納得いかなかったこともあるが、雑誌発行にお金がかかるなら、その費用負担をどうするかは色々あるはずである。
なお、有料な査読雑誌にも色々ある。
大事なのは査読の意味があるかどうかである。現在日本において多くの科学者は、雇用期間が数年間と限定。雇用期間が過ぎた後の身分は、何も保証されていない。
その不安定な状況で、論文を書き続ける。研究活動以外のほとんどのことを犠牲にしてまで書き続けるのは、そうしなければ生き残れないから。