老舗ペイパルが銀行口座連携で進める、キャッシュレス次の一手

2018/12/6
日本独自のものも含めて、デジタル決済の世界では、続々と新サービスが誕生している。「紙幣や貨幣によらない決済=キャッシュレス化」が進むなか、すでに20年の歴史を持つペイパルは、2018年7月、支払いに銀行口座を利用できるサービスを開始した。 
現金主義の根強い日本で、銀行口座との連携はキャッシュレス化への大きな一歩となるか。そして、ペイパルが切り開こうとしている日本のキャッシュレス時代とは。

現金主義が根強い日本の現状

 東京オリンピック開催まであと2年を切った。政府は2020年までに、外国人が訪れる主要な商業施設、宿泊施設と観光スポットでキャッシュレス対応が可能になるよう働きかけている。
 日本はキャッシュレスへの対応が鈍いとされる。キャッシュレスでの決済比率は、近年上昇しているとはいえ、まだ20%(*1)程度だ。一方、キャッシュレス先進国の中国では、すでにキャッシュレス決済は60%に上る。旅行者であっても、どうしても現金が必要になる場面はほとんどない。
 「ペイパルはグローバルにおいて決済にまつわる不便を解消し、困っている人を助けることで成長してきました。しかし、日本の場合、いまだに現金主義が根強いため、現状がいかに不便であるか気づきにくいのです。
 たとえばオンライン通販で物を買うとき、日本ではクレジットカードの利用率はまだ5割程度。残りの半分が銀行振り込みか、代引きか、コンビニ払いかを選択しています」
 そう話すのはペイパル東京支店のカントリーマネージャー瓶子昌泰(へいし・まさやす)氏だ。
1973年生まれ。ミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネスでMBA取得。1996年株式会社ジェーシービー入社、営業、ウェブマーケティング、人事、シンガポール駐在、海外営業統括などを歴任。2017年1月ペイパル入社。ラージ・マーチャント統括を経て2018年9月にカントリーマネージャー就任。
 日頃からクレジットカードを利用している人たちから見れば、非効率に思える動きはそこかしこに見ることができる。いまや、あらゆる支払い手段が使えるコンビニであっても、現金しか利用しない層は多い。オンラインのチケット予約サービスを利用しても、コンビニで端末を操作して、レジで支払うための紙を出力し、現金で決済する。
 そんなお国柄ゆえ、ペイパルの国内認知度はまだ高いとはいえない。

20年の歴史、老舗ペイパルに大きな動き

 「ペイパルは2002年から15年まで、オンラインモール『eBay』の子会社でした。日本ではeBayになじみの薄い人も多く、ペイパルを使ったことがある人でも『海外で物を買うときに使うくらい』という認識がまだありますね」
 瓶子氏はそう苦笑するが、ペイパルはすでに20年の歴史を持つ、いわばペイメントサービスの老舗だ。
 1998年にアメリカで設立され、ECの普及とともに成長、2010年には日本上陸を果たした。現在は200以上の国と地域で利用され、2018年9月末時点で2億5400万のアクティブ(1年以内にペイパルを利用している)ユーザーを擁する。
 売り手と買い手の双方が開設した「ペイパル決済サービス」を介することで個人情報をやりとりせずに決済を行うのがペイパルの特徴だ。そして今年7月から、ペイパル決済サービスと国内6銀行の口座を連携させ、銀行口座からの支払いが可能になった。
 従来はカードしか利用できなかったのだが、これによりクレジットカードに抵抗感のある人でも、安心してオンラインで、リアルタイム決済が可能になったのだ。

銀行口座との連携が大きな意味を持つワケ

 「eBay傘下だったころ、日本におけるペイパルのメインターゲットは、海外から物を安く買いたい人や、国内では手に入らない変わった物を買いたいという人たちで、当然のようにクレジットカードを持っていました」(瓶子氏)
 しかし、eBayから独立し独自の道を進むということは、新しいターゲットやマーケットに入っていくということ。eBayとのパートナーシップは維持しつつも、決済プラットフォーム「Braintree」や個人間送金などのサービスを提供する「Venmo」を買収するなど、活発に動いてきた。
 特に、現金主義が強く、またクレジットカードへの抵抗感を持つ人が多い日本では、従来のように『クレジットカードを使って海外から物を買う』ときだけに使われるサービスではなく、より広範な決済に利用できるサービスに生まれ変わらなければいけない。
 だからこそ、ペイパル決済サービスと銀行口座をひもづけできるようになったことはエポックメイキングな出来事だと瓶子氏は話す。
 「オンラインで買い物する人の約半分しかカードを使っていないという現実を踏まえると、単純に考えて、我々のマーケットが2倍になったということです。そして、銀行口座を利用した場合でも、ペイパルが提供しているさまざまメリットをそのまま享受していただけます」(瓶子氏)
 買い物をより自由に。幅広い選択肢を備えたペイパルは、普段は現金派の人にとっても有力な選択肢となるだろう。

「安心・安全・簡単」なペイパル決済

 安心・安全な取引が、簡単にできる。それが、ペイパルが世界中で受け入れられた理由だ。
 多くのデジタルウォレットとは異なり、支払い情報のやりとりが不要なため、情報漏洩(ろうえい)のリスクが低い。加えて、ビッグデータをもとにAIによる判定も行いながら、2000人の不正対策専門チームを世界中の拠点に配置し、24時間体制ですべての取引をリアルタイムでモニターするなど、強固なセキュリティ対策を敷いている。
 ペイパルのアカウントにはカード情報や住所も登録されているので、初めて利用するサービスであっても、会員登録や入力に時間を取られることがない。買い手・売り手とも、トラブルに巻き込まれたとき、一定の条件を満たしていれば、損害を補填(ほてん)してもらえる保護制度もある。
 この数年でゲームや音楽などのサブスクリプションサービスが広く普及したが、クレジットカードを持っていないがために、わざわざコンビニまでプリペイドカードを買いに行く人もいる。しかし、プリペイドカードはクレジットカードと比べても手数料が割高。より気軽な決済手段の出現は、ユーザーにとっても、サービス提供側にとっても朗報だ。
 そもそも、さまざまな施策で安心・安全を担保しながら、メールアドレスひとつでペイパルアカウントを開設できる気軽さは、売り手にとってもメリットが大きい。
 「『クレジットカードに対応したいが、審査が厳しいのでは』と考える方々に対して、ペイパルの敷居の低さは歓迎されています。
 日本のスタートアップ企業もそうだし、世界的に見ても海外の顧客を対象とする越境ECにとって、ペイパルはマスト。現在、全世界でペイパルの加盟店は1800万店に上っています。
 実は、今回の銀行口座との連携を機に、我々が営業をかけたときの反応がガラッと変わりました。これからますますペイパルの導入は進むはずです。
 交通系ICカードは急速に普及が進みましたが、使ってみて初めて、その都度切符を買うことの非効率さに気づいた人は多いはず。デジタル決済でも同じことが起こるでしょう」(瓶子氏)
  世の中の決済手段が多様化するなか、小売店は今、その対応に追われている。それを解決する手段のひとつとして、銀行口座連携で対象ユーザーを大きく拡大したペイパルに期待が高まっているようだ。

「お金を民主化する」PayPalが作り出す未来

 インバウンド需要に強みがあるペイパルにとって、東京オリンピックは一大イベントだ。
 「2020年に向けて何をするかは、決済業界全体としてもかなり熱いテーマです。我々も旅マエ、旅ナカと呼ばれる部分のオンライン決済については、必ずペイパルが使える状態にしておきたい。
 我々以外にも決済事業を手がけるプレーヤーが増え、ユニークなサービスが生まれつつあるので、デジタル決済市場は非常に面白くなってきましたね」(瓶子氏)
 市場にとってもうひとつの大きな動きが消費者の動向変化だ。ペイパルにおいては、昨年1年間でモバイルでの決済額は50%も増加し、決済全体で3分の1を占めるほどに成長した。
 スマホ市場自体が伸びていることに加え、パソコンではなく、モバイルで買い物することが当たり前の時代が到来。また、モバイルを通じて、これまでになかったお金のやりとりも出てきた。
(AntonioGuillem/iStock)
 たとえば、今年4月にリリースした「PayPal.Me」(*2)は、ソーシャルメディアを活用したオンライン販売や決済・請求事務をサポートする。自分専用の決済リンクを作成し、Eメール、SMS、あるいはインスタグラムやFacebookなどのSNSでシェアすると、リンクを受け取った相手は、モバイルに最適化された画面から簡単に支払うことができる。
 この「PayPal.Me」を含めたPayPalのサービスはモバイル決済への適応という側面だけではなく、もうひとつ、「お金の民主化」を進めるというテーマがあると瓶子氏は語る。
 「決済にまつわる課題を解決してきた我々にとって、特定の機関や団体、あるいは個人が、お金や、そのやりとりを統制する状態は好ましいものではないと考えます。
 広報的には『ペイパル以外は使わないで』というのが正しいのかもしれませんが、我々はそんな主張はしません(笑)。困っているところでうまく活用してもらう余地がまだまだあると考えていますので」(瓶子氏)

お金を「もっと自由に、もっと安全に」

 最近話題になることの多い個人間送金だが、ペイパルはまだ日本での提供を行っていない。しかし世界全体で見ると、デジタル決済に関するあらゆるサービスを持っているのがペイパルの強み。
 規制環境や市場のニーズなど、さまざまな要因が異なるなかで、どのタイミングで、どんなサービスを、どのように使ってもらうために投下するかを見定めているのだという。
 間近に控えたオリンピック、プレーヤーの増加、そして消費者の変化。今後、日本においても、そのスピードはわからないまでも、キャッシュレス化が進むのは間違いない。
 「特に日本の場合、キャッシュレス化と言われてもピンとこない人は多いでしょうし、クレジットカードへの抵抗感のように、なんとなく嫌だと考えている人たちに、どう使ってもらうか。キャッシュレス化が進むなかで新たな課題はどんどん見つかるでしょう。
 現金で買い物をするときに、『財布の取り扱いは難しい』と考える人がいないように、『特別なサービスを使っている』と意識せず、デジタルウォレットとしてペイパルを利用してもらいたい。お金のやりとりをもっと自由に、もっと安全にするという設立以来の目標は、今後も変わりません」(瓶子氏)
*1 「キャッシュレス・ビジョン」経済産業省
*2 PayPal.Meのリンク作成にはビジネスアカウントまたはプレミアアカウントが必要。
(取材・文:唐仁原俊博 編集:樫本倫子 写真:竹井俊晴 デザイン:九喜洋介)