【石川善樹×NewsPicks小野】コミュニティは「孤独」への処方箋

2018/12/19
近年、世界中で「コミュニティ」に対する関心が高まっている。企業でも、良質なコミュニティ形成が効果的なマーケティングにつながるという考え方が一般的になった。
SNSでいつでも、誰とでもつながることのできる、コミュニケーションの総量が圧倒的に増えた時代にもかかわらず、なぜ私たちは「コミュニティ」に引き寄せられるのか。
現代においてコミュニティが果たす役割や、その活用方法について、予防医学の観点から「つながり」と幸福や健康の関係について研究を進める医学博士の石川善樹氏と、NewsPicksでコミュニティマネージャーを務める小野晶子氏が意見を交換した。
会社外のコミュニティに所属する意味
小野 私は今、NewsPicksで「コミュニティマネージャー」という職に就いていますが、NewsPicksでは2017年あたりから、「コミュニティ」というキーワードで検索する人がすごく増えています。
米国心理学会は孤独を「肥満よりも深刻な健康脅威」としています。石川さんも著書のなかで、孤独がその人の心身にダメージを与えるとおっしゃっていますよね。
石川 ええ。今「コミュニティ」がこれだけもてはやされるのは、やっぱりみんな孤独を感じているからでしょうね。特に、都会は田舎と違ってコミュニティがありません。
小野 昔は生まれた地域の「地縁」や、家族、勤め先など、コミュニティが当然のものとして存在していました。しかし今や、そういった安定したコミュニティの存在が当たり前ではなくなっていますよね。
石川 まず、家族のかたちが大きく変化しています。1979年にマザー・テレサがノーベル平和賞を受賞した際、「平和のために私たちは何をしたらいいでしょうか」という質問に、彼女は「家に帰って家族を愛してください」と答えました。
でも今、「家に帰っても誰もいない」という人の数が当時と比べて圧倒的に多くなっているじゃないですか。
小野 全世帯の3分の1が1人世帯ですからね。
石川 だから、今はみんな家の外に出ようとしています。これまで社会は、自宅にお風呂がついて、洗濯機などの家電もどんどん便利になって、家の中ですべてが完結できる方向に進化してきました。ですが、それでは一人で寂しく過ごすことになります。
小野 それで若い世代でも銭湯通いが人気になったり、ランドリーカフェが出現したり。体を鍛えることよりも、お風呂とサウナを利用するためにジムに通う人もいますね。こうした流行の背景も、コミュニティが注目を集めていることと同じでしょう。
石川 企業にしても、ずっと所属し続けるものではないのだという認識が広まってきましたよね。一時期は職場が疑似家族のような役割を担っていたけれど、終身雇用は崩壊し、成果主義が浸透した。
かつてのように、職場のことを自分の「居場所」と捉える人は減り、「能力や時間を売るための場所」と考える人が多くなったのではないでしょうか。
小野 プロジェクトチーム制で仕事をすることが増えて、副業ができるようにもなってきたことも影響しているでしょうね。ますます家族っぽさはなくなってきました。
石川 しかも、これから私たちが迎える「人生100年時代」は、誰もが転職を経験する時代だともいえます。よく、企業の寿命より、自分が働く期間のほうが長くなったといいます。誰しもが、常に次の職をどうするか考える必要が出てくる。
そうして、みんなが「ちょっとほかの会社ものぞいてみようかな」と考えるようになれば、会社に対する忠誠心は当然のように失われていきます。
小野 だから、会社とは別のところでコミュニティに属したいという気持ちが働くのですね。
コミュニティに属することには、いろいろなメリットがあります。たとえば会社外のコミュニティでは、「どんな仕事してるの」と聞かれますよね。そこで「今こういうことをしています」と話しているうちに、自分の仕事を客観的に振り返れるという良さがある。
また、ネット上のコミュニティなら、誰かの意見にコメントを寄せたりしますよね。自分の言葉でコメントすることで、思考も整理されるし、アウトプットの質も上がっていくように感じます。
石川 同感です。ただ、会社外のコミュニティに依存しすぎると、仕事に対する「甘え」とか「逃げ」の姿勢が生まれる危険性があることも事実です。会社にいても、「ここは主戦場ではない」という、自分への言い訳をしやすくなる。
小野 自分に保険をかけているような状態ですね。
石川 そうです。そうした逃げの姿勢の人が、仕事で何か成し遂げるのは難しい。会社という、一番長い時間を過ごしているコミュニティで信頼を勝ち得なければ、ほかのコミュニティに行っても信用されるわけがない。
だからそこは腹をくくって、実際にずっと所属するかは別にして、会社には「骨を埋める覚悟」のようなものは持つべきだと思いますね。そうした真摯(しんし)な姿勢があれば、会社外のコミュニティであっても気持ちよく受け入れてもらえるんじゃないでしょうか。
コミュニティと幸福度の関係
小野 私はNewsPicksに入社するまで、これだけの規模のコミュニティに携わる経験がなかったんです。最初の頃はどうしたらよいのか相当悩んでいて、コミュニティという単語の語源まで調べました。
コミュニティという単語はラテン語の「共同の貢献」が語源だといわれています。たしかに、自分がコミュニティに対して何らかの貢献をしている、ほかの人の役に立っているという感覚の有無が、コミュニティに所属することの幸福度を左右しますよね。
石川 それに関連していうと、「自分が困ったときに助けてくれる友達がいる」という感覚は、幸福に直結することがわかっています。
わかりやすい例でいうと、自分が1カ月入院したときに、とりあえず1回はお見舞いに来てくれる人はいるとして、2回以上来てくれる友達がいるのかということです。
小野 確かに2回来てくれると、「この人にとって、自分は大事な友達なんだな」と感じられますね。
石川 そのように幸福に直結するのが友達なのですが、現代では多くの人が「大人になってからの友達の作り方がわからない」と悩んでいます。
昔はずっと同じ地域に住み続けることが多かった。子どもの頃の友人関係が大人になっても続くのが普通で、大人になってから友達を作るということがあまりなかった。だから、これは人類にとって新しいテーマなんです。
小野 会社の中で、同期がそれこそ同級生のような存在だった時代も過去のものになりつつありますよね。大人になってから、転職などで「周りは知らない人ばかり」という状態に投げ出されて、みんな困っている。
石川 そこでみんな「コミュニティ」に友達作りの機会を期待するんです。そういった意味では、コミュニティにとって大切なのは、友達をたくさん作っていた子どもの頃のように「しょうもないことを一緒にやる」ことだといえるかもしれません(笑)。
たとえば、子どもの頃の砂場を想像してみてください。子どもは特に何の目的も持たずに砂場に集まり、そこで遊んでいるうちに自然と友達をつくる。
一方、大人になると、砂場のような目的のない遊びができる場は意外とありません。大人はどうしても目的を持って集まるので、「コミュニティ」ではなく、「プロジェクトチーム」になってしまう。
小野 たしかに、コミュニティの活動は、生きるために必須ではないことがほとんどですね。
石川 生きるために必須ではないけれども、あるいは必須でないからこそ、所属することで幸福感が得られる。だから人はコミュニティを求めるんです。
また、「一人の人間として敬意を持って接してもらえている」という感覚の有無も、幸福度に大きく影響すると報告されています。これもコミュニティで得やすい感覚です。
小野 NewsPicksも、そうした感覚が得られる場所になっていたらいいなと思います。
たとえばNewsPicksには、様々なニュースを毎回「天気」という切り口から語ってくれる気象予報士さんがいらっしゃいます。同じように、どんなニュースに対しても「コンクリート」の専門家としてコメントされているコンクリート会社の研究員さんもいらっしゃいます。
みなさん、自分の視点が誰かの役に立てばいいなという思いでコメントをしてくださっている。
異なる業界の人が集まっているからこそ、自分にはない視点で語る人に対して敬意を抱くし、自分も同じように独自の視点で語ることで、他者から敬意を持って接してもらえるんです。
石川 違う業界の人が同じ話題について話すのはよいですね。同じ業界の人で集まって話すと、たいていうわさ話か悪口になってしまう。これは、なにも日本に限った現象ではありません。アマゾンのジャングルに住んでいる人たちも、集まればうわさ話をしているそうです。
小野 うわさ話や悪口はずっとしゃべっていられますからね(笑)。
石川 一方で、仕事外のコミュニティには自分とは違うバックグラウンドの人が交じっている。だからうわさ話になりにくいし、自分の話も聞いてもらえるんです。さらにいうと、同じ業界や業種だと、純粋な「友達」になりにくいんですよね。
人は、同じ部分が多いと「違い」を探しはじめ、違いすぎると「共通項」を見つけようとしますから。
小野 それはすごくわかります。ちなみに、先ほどのコンクリート会社の方と、ガラスメーカーの研究員の方、材料工学の博士課程の方を、NewsPicksの一部ユーザーさんは親しみを込めて「マテリアル3兄弟」と呼んでいるのですが。
石川 なんだか、ユニットを組んでデビューしそうですね(笑)。
小野 その3人が意気投合して飲みに行ったとき「業界を超えた会話が成立する出会いがあるのがコミュニティの魅力だ」と言って盛り上がったそうで、うれしかったです。
石川 前から思ってたんですが、誰かのコメントに対して補足的なコメントをしたり、違う視点を提供したりというNewsPicksでのやり取りは、連歌っぽさがありますよね。
小野 今までそんなふうに考えたことがなかったです(笑)。
コミュニティに求めるもので、コミュニティとの付き合い方が変わる
小野 コミュニティは、ビジネスにおいても良い影響がありますよね。
コミュニティに属していると面白い仕事の情報が流れてきたり、そこから「なんなら一緒にやりましょう」という話に展開することも少なくないそうです。コミュニティのなかで発信することが、次の仕事につながるケースもあるようです。
石川 コメントには、その人の人となりが表れるからでしょうね。リファラル採用(社員に人材を紹介・推薦してもらう採用手法)の新しいかたちともいえます。
小野 ところで、これまでにも、石川さんにはNewsPicksに何度かご登場いただいていますが、ご自身の記事についたコメントは読まれていますか。
石川 いや、絶対面白いことが書いてあるだろうなとは思うのですが、ぐっとこらえて読みません(笑)。
小野 え、絶対面白いのに、ですか。
石川 面白いのがわかっているからこそです。僕は、みんなが見ているものじゃなく、みんなが見ていないものを見て、それを自分なりに解釈したいんです。コミュニティに対しても同じ姿勢で臨んでいて、自分が輪の中心になりそうになったら、また別のコミュニティを作ったり、移ったりするようにしています。
小野 面白い考え方ですね。
石川 たとえば、フラフラしたい人と、腰を据えたい人では、コミュニティに求めるものは違いますよね。僕の場合は常に新しい視点を持ちたいと思っているので、コミュニティに腰を据えるのではなく、いろんなコミュニティを渡り歩いていたい。
それこそ、松尾芭蕉になりたいんです。
小野 コミュニティの旅人ですね。
石川 そう。いろんなコミュニティに顔を出しては、ぼそぼそと一句詠んで、みんなが「さすが芭蕉さん!」と驚いた頃にはもういない、というような(笑)。
小野 かっこいいですね。感性を磨き、いろんな知識を身につけて、みんなとは違う切り込み方で一言言って去っていく。
石川さんのように「松尾芭蕉」になる楽しみもあるし、コミュニティの中で新たな松尾芭蕉の登場を待つ楽しみもある。自分に合った「コミュニティとの付き合い方」を見つけるためにも、まずは様々なコミュニティをのぞいてみるだけでも発見がありそうです。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:星野美緒)