曲がり角に来ているといわれて久しい“日本型”人材マネジメント。これが現在の日本経済全体に悪影響を及ぼしていると指摘するのが、マーサージャパンの執行役員で組織・人事変革コンサルティング部門代表、白井正人氏だ。世界経済の中で、日本企業は、かつてのような輝きを取り戻すことができるのか。“負けっぱなしの日本”が復活するために必要な、人材マネジメントの在り方について話を伺った。

日本企業特有のクローズドなコミュニティ

――デジタル化、グローバル化、少子高齢化等、近年、経済全体に影響する様々な大きな変化がある中で、我が国の人材マネジメントには、どのような問題が生じているとお考えでしょうか。
一言で言うと、日本型マネジメントの前提となっているクローズド・コミュニティ(*1)をベースとした事業運営が難しくなってきており、日本型マネジメントが賞味期限を迎えつつあるということです。
(*1) 構成員の多くが新卒入社の社員であり、新卒入社や定年退職以外は人の出入りが少ない、構成員間に長期的な人間関係が形成され、比較的均一的な価値観を共有する組織
戦後復興期、高度成長期、バブル期を通じ、日本の大企業においては、個々の社員は新卒で入社してから退職まで同じ会社でずっと勤務を続けることが前提となっていました。すなわち、新卒採用で構成される、人の出入りが少ないクローズド・コミュニティが確立されており、このクローズド・コミュニティに親和性の高い内部公平性を重視したマネジメントが行われてきました。
マーサージャパン株式会社 執行役員 パートナー 組織・人事変革コンサルティング部門代表 白井正人
早稲田大学理工学部卒、ロッテルダム・スクール・オブ・マネジメント(MBA)修了。デロイトトーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、プライスウォーターハウスクーパース等を経て現職。組織・人事領域を中心に、マネジメントコンサルティグサービスを25年以上提供し続けている。また、メディアへの露出として、NHKでの解説、全国紙5紙への寄稿、コメント等多数残している。コンサルティング業務のみならず、500人以上のエグゼクティブアセスメントに加えて、経営レベルの選抜人材開発プログラムの経験も保有している。
クローズド・コミュニティは、過去、日本企業にプラスに働いてきたのですが、今日はそれがマイナスに働いています。例えば、1980年代の終盤、世界の企業価値上位50社のうち30社以上は日本企業でした。ところが今は1社しかありません。短期で考えれば景気の影響による低迷等さまざまな理由が上げられますが、これだけ長期間、継続的に低迷しているということは、企業価値向上の源泉である「成長する力」「稼ぐ力」が他国の多国籍企業に対して相対的に劣位であることで負け続けている、と考えるのが自然です。この状況を脱するためには、日本企業は変わらなければいけない。しかし、この均一性が高いクローズド・コミュニティが変革を難しくしています。
左図 出所:日経ビジネス(1989年5月8日号)、PwC (2017) “Global top 100 companies by market capitalisation”
右図 出所:Investing.comより抽出したデータをもとに作成

クローズド・コミュニティと日本型人材マネジメントの変遷

――クローズド・コミュニティや日本型人材マネジメントはどのように生まれ、現状はどのようになっているのでしょうか。
クローズド・コミュニティの発生は日本の雇用政策に端を発しています。日本では、法律上明示的に解雇制限は行われていないものの、判例による法解釈を基にすると、通常は解雇できません。その変わり人事異動に関しては、会社が相当程度自由に行えます。結果として、「個人はキャリアの選択はあきらめる。かわりに定年まで雇用が保障される」という雇用慣行ができあがりました。会社が一種の社会保障の役割を担ったわけです。その反動として、個人がキャリアを考えて築く、という習慣が無くなりました。その結果、一度、入社すると働き続け、構成員が相互に長期的な人間関係を持つ、人の出入りが少ないクローズド・コミュニティができあがりました。
同じようなバックグラウンドを持ち、30~40年に渡る新卒から始まる長期リレーションを持つ仲間同士ですから、相互の処遇差には非常に敏感です。その結果、人材マネジメントにおいては内部公平性が重視されました。この内部公平性というのは、「評価、昇給、賞与、昇格等の処遇決定の基準やプロセスが共有され、その枠の中で説明可能な形で処遇が決定されること」であり、日本型人材マネジメントの根幹となっています。ご存じのように、多くの日本企業では、同期、先輩、後輩という序列が存在します。この序列や評価で説明ができない処遇差が発生すると「不公平だ」と構成員に大きなハレーションが起きるので、内部公平性が人材マネジメントの中核となったのです。
高度成長期からバブル期にかけて、景気の波はあったものの、総じて言うと日本企業は成長を続け、社員の給与も伸びるというWIN-WINの関係があり、一つの会社で働き続けるインセンティブを高めた面があります。つまり、ある大企業に新卒で入ることで、キャリア選択は出来なくなるが、雇用の保障があり、長く勤めていれば、収入面でも報いてもらえる。途中で退職して他の会社(コミュニティ)に所属しなおすと順番待ちのロスが発生し、生涯賃金で損をしてしまう、という状況です。これによって、個々の構成員は長い時間を共有し、目的意識や価値観の統一が図られ、「品質の追求」や「継続的な改善」が得意、という日本企業の強みが形成されました。商品の品質が向上した結果、輸出が強化され、世界経済の中で勝ってきたというのが、80年代までの日本の産業の姿です。
ところが80年代も終わり、バブル崩壊を迎えたあたりから、大きく様相は変わってきます。給料が上がらない世の中になりました。あまり認識されていませんが、今の50代を20年前の50代と比較すると、年収は平均で60~90万円も低くなっています。
出所:厚生労働省HPより各年の「賃金構造基本統計調査」を収集し、それらから抽出したデータに基づきマーサージャパン(株)が作成
これはバブルが弾けた後、日本企業が固定費である人件費を抑制した結果といえます。会社からすると、人は辞めないので、社員への配分を大きくする必要はありません。これらの結果、日本国内において日本企業の給与水準は、経験者採用を人材確保のソースとしていて労働市場にさらされている外資系企業よりも低いですし、海外に目を向けると、管理職に関しては、欧米はもとより東南アジアにも負けつつあります。日本企業で雇用され続ける意味は報酬という面では無くなっています。しかし、「職を失うリスクを回避するため、そこで働き続ける」というのが現状の基本構造です。
出所:マーサー総報酬サーベイ (2017)より作成
出所:マーサー総報酬サーベイ(2016)

クローズド・コミュニティと日本型人材マネジメントの今後

――今後もクローズド・コミュニティや日本型人材マネジメントは続いていくのでしょうか。
今後15年くらいで、日本企業はクローズド・コミュニティからオープンコミュニティに、現在の日本型人材マネジメントはよりグローバルで普遍的な市場価値をベースとしたマネジメントに徐々にかわっていくと予想しています。
実はクローズド・コミュニティを維持するには、3つの条件が必要です。
1つは質、量ともに十分な新卒を安定的に採用できるということ。質の良い若年労働者を獲得することで、コミュニティに新人が参加し、ところてん方式に既存構成員の仕事上の役割が上位になり、それに伴い処遇をあげていく、という構造や必要性がクローズド・コミュニティにはあるため、新卒の確保が必須なのです。
2つ目は、内部構成員の多くが、就社意識を持ち、雇用リスクを避ける意識が高く、外部により条件の良い職場があっても、所属するクローズド・コミュニティを抜けないことです。これが崩れると、給与水準が劣位にあり、また、自己でキャリアを築くことが難しい日本企業から離職が大量に起こります。
3つ目は、内部構成員のみで事業の成長や利益を確保できることです。企業内で内部的にケイパビリティの確保ができないのであれば、必然的にクローズド・コミュニティは維持できなくなります。

まず1つ目の新卒についてですが、質、量ともに必要な新卒が徐々に確保できなくなっています。例えば、今の50歳前後の年齢別人口はおよそ200万人ですが、今の新卒年代の年齢別人口はおよそ100万人です。一方、氷河期世代の少ない社員数のカバー、団塊の世代の退職のため、各企業は年々新卒採用の枠を増やしています。従って、採用できる総数が少なくなることに加えて、需要が多いため選抜率が落ちるので質もおちる、という状況が続きます。年齢別人口はこの後も下がり続けるので、この変化は不可逆です。従って、クローズド・コミュニティが求める先輩達を支える若手社員の確保は困難になります。
また、これは1つ目の新卒確保と2つ目の就業観の変化の双方に関係するのですが、トップクラスの大学生に関して言うと、伝統的な名門日本企業には入社したがっておらず、自らキャリアを形成でき、かつ、支えなければいけない中高年社員の少ない企業群、すなわち、プロフェッショナルファーム、デジタル企業、外資金融や投資ファンド等を志望しています。日本企業に関しては本当に一握りのトップ企業以外、最優秀層は採用できなくなっています。また、先に述べたように、日本企業にいるよりも、労働マーケットで流通する方が高い収入を得られているという状況もこれを後押ししています。新卒学生における人気ランキングを見ると、全体としては大企業志向、安定志向が見て取れますが、トップレベルの若年優秀人材は、自ら選択してキャリアを形成することにより、リターンが大きく、また、長期的にはリスクが低くなる、と捉え始めているのではないかと思います。
さらに問題なのが、3つめの「内部構成員のみでの事業を成長させるという前提」ですが、これが完全に崩れています。企業の成長には、顧客が増えるか、あるいは顧客あたりの粗利が増えるかのいずれかが必要です。顧客を増やすためには、もはや海外に目を向けるしかなく、粗利を増やすためにはイノベーションが必要になります。では一体、誰がグローバル化を推進し、イノベーションを起こすのか。日本国内のクローズドなコミュニティの中で経験を積み上げてきた人材では、なかなかグローバルに立ち向かっていくことはできません。
また、強烈な仲間意識の中で醸成された共通意識と価値観を共有するメンバー構成で業務を続けていても、イノベーションは生まれません。現在、多くのイノベーションはデジタル技術を活用することで生まれますが、クローズドなコミュニティの中でそのような専門性を持った人材を育てることは困難です。もちろんグローバル人材も同様です。
いずれにせよ、今、必要な人材が社内にいないのであれば、外部からコアとなる人材を採用し、社内でそのケイパビリティを再生産していくのが現実的な手段です。ところが、クローズドなコミュニティは、外部から人材を登用しづらい環境になっています。
そもそも、報酬水準が抑えられていますから、報酬が高い優秀な人材の採用が難しい。仮に高い報酬で採ったとしても、内部公平性の観点から入社後も軋轢が起きやすい。もうひとつ大きいのは、クローズドなコミュニティには独特の価値観やルールがあるため、外から入ってきた人が活躍しづらい環境にあるという点です。
実は、バブル以降、日本企業が負けっぱなしなのも、このクローズド・コミュニティの影響が大きいです。グローバル化やイノベーションに向けて、外部から必要な人材を確保する必要がありますが、なかなか採れず、採れても活躍の場が提供できないからです。欧米グローバル企業にとっては、必要な人事を外部から採用することは日常であり、基本オープンコミュニティ運用です。クローズドなのは先進国において日本くらいなものです。
国内市場が成熟しているのは、欧米企業も同じですが、彼らはオープンなマネジメントを適用し、グローバルで優秀な人材を確保した結果として、海外で成功しています。そしてデジタル領域を中心にイノベーション起こして、単価が高く利益の出る商品やサービスを生み出しています。
これらの状況を考えると、早かれ遅かれクローズド・コミュニティやそれに親和性が高い日本型人材マネジメントは変わらざるを得ません。その期限は完全に人口ピラミッドが逆三角形になる15年先くらいが目安となり、それまでに日本の人材マネジメントは変わらざるを得ないのではないでしょうか。

日本の組織人にキャリア意識が醸成されない理由

――なるほど。クローズド・コミュニティの先行きや弊害についてお聞きしていると、そこに属している人たちの意識はどのようになっているか気になるところですね。
クローズド・コミュニティは、そこに属し、働く人のキャリア意識にも悪影響を及ぼしています。個人が、もし自分の人生をビジネスとして考えたら、どこか別の成長産業に身を移すことや、現在のスキルを発展させた別のスキルを身につけようと考えるでしょう。ところが会社が自分の生活や身分を保障してくれるから、そういったことは一切考えない。
「雇用は保障してあげます。その代わり自発的キャリア形成はあきらめなさい」というのが日本の会社の人事システムの本質であり、ひいてはクローズド・コミュニティが醸成してきた根本的問題です。スキル向上やリスキルへのインセンティブが無く、個人の生産性を著しく低下させているばかりでなく、社会全体で見ると、成長産業に人材が流動せず、企業が成長しない。だからGDPはもちろん、一人当たりの所得もあがるわけがない。
それどころか、過重労働の問題の根底にも、“会社を辞められないから”という意識があると考えられます。辞めたら生きていけないと思い込んでいるから、限界を超えるまで働いてしまうのです。さらに、個人である以前に“某社の社員”であることに価値があるから、どうしてもプロフェッショナル人材が育ちづらくなります。
こういった状況では、彼らの中でキャリア意識が醸成されるはずがありません。そもそも40年間も同じ会社で安定して勤め続けるということは、こんなに変化の激しい世の中で、普通に考えても難しいでしょう。40年間も成功し続ける会社なんてどれだけあるのでしょうか?雇用は保障されるべきという主張を良く聞きますが、40年の雇用保障は不自然で無理があります。
バブルが崩壊してから、じわじわとこのクローズド・コミュニティの弊害が広がってきましたが、近年、急激にその傾向が強くなりました。それは少子高齢化とデジタル化、グローバル化が急速に進んだからに他なりません。社会構造が変わっているのに、会社自体が変わっていかないから、そのギャップがさらに大きくなっています。

人と企業を変え、社会を変えるという決意

――どうしたらこの状況から抜け出せるのでしょう?クローズド・コミュニティの体質を改善することは可能なのでしょうか。
既にお話した通り、従来のクローズド・コミュニティ自体は、この先15年の間に変わります。といいますか、変わらざるを得ないと思っています。それは意志の話では無く、労働人口、特に若年層が減っていくため、日本型人材マネジメントは形骸化してしまう。自然に任せているだけでは衰退していく一方なので、どこかの時点で、自ら手を打っていかなければなりません。
具体的には、人員の不足を外部人材で埋めていったり、年齢・勤続の序列を無くしたりする必要があります。それを受け入れられる組織へと変えるためには、内部公平性の高い年次を勘案したマネジメントではなく、市場価値的報酬を支払うような仕組みを作れば良いのです。採用についても、新卒一括採用をやめて、新卒も中途も関係なくベストな人材を採用すれば良い。当然、国籍・性別・年齢は関係ない世界です。
また、外部から優秀な人材を採用するためには、オープンな人の出入りが前提となるため、企業の魅力やミッションを打ち出して、共感をしてもらえる努力も必要でしょう。これらの施策を果敢に打つ企業が、厳しい競争を生き残り、成長をしていきます。
このようにHow論で言えば、幾つもの処方箋はありますが、その前に実は大きな根本的課題があるため、そう簡単には施策が進みません。それは、これまでクローズド・コミュニティに属していた人たちのマインドの問題です。会社を変えていかなければならないとわかっていても、自分たちの快適な状況を崩してまで実行したくない。そう考える人が、メンバーはもちろん、幹部クラスの中にもいる。それこそが本質的な問題です。価値観の近い仲間達との快適なコミュニティを壊すことを望んでいないのです。
私たちマーサーの特徴を一言でいえば、その現状をわかっているということ。起きている問題の仕組みを本質的に理解して、それに対して打つべき施策をひと揃え持っているということになります。How論を分かっている人は多いかもしれませんが、本質を理解しているコンサルティング会社はそれほど多くはありません。“日本型の良いところを残しつつグローバルの良いところを採りいれれば良い”という意見もありますが、その考え方自体、ノスタルジーで厳しい。日本企業の良さはクローズド・コミュニティに起因しているものが多いのに、そのコミュニティ自体が今問題なのですから。私たちは単に状況を理解しているだけでなく、現状に対して危機感を持って立ち向かっています。
マーサーの日本法人がスタートしてからの40年間、私たちは日本の人材マネジメント変革のお手伝いをし、いくつもの困難な業務にチャレンジしてきました。だから人材マネジメントの難しさを、身をもって理解しています。先ほどお伝えしたように、それが日本の経済に大きな影響を与えていることも認識しています。
しかも、それを感覚ではなく、日系、外資企業がそれぞれ、どのようなポリシーに基づいて人材マネジメントを行っているか、その実態を把握するための調査をも実施し、報酬や評価制度、成長率と人材マネジメントの関係などといったデータをベースに、数値としても理解しています。そこは大きな差別化ポイントですし、お客様の心を動かし得る説得力になります。
この本質の理解に加えて、人材マネジメント戦略の立案や、報酬マネジメントやタレントマネジメントの変革に向けて活用するナレッジやツールも豊富に持ち合わせています。
人の意識を変えて会社を変え、社会に影響を及ぼすということは非常に困難ですが、私たちと同じように問題意識を持たれているお客様が確実にいて、そういった方々と一緒に会社を変え、それが産業全体に波及していくと信じています。
社会的に影響力の大きい企業のお客様が多いですから、社会全体を変えていく可能性だって十分にあると思っています。そういった同志をお客様の中から見つけた瞬間に大きな喜びを感じています。
――やりがいの大きな仕事ですね。マーサーではいったいどのような人材が活躍できるのでしょうか。
まずは人材マネジメントに興味を持っていること、そして何らかの変革をしたいという意識を持っている方にジョインしていただきたいと思います。数的センスを含めた論理的思考力に加えて、対人理解力・感受性、コミットメントが必要ですが、何よりもパッションが大事かと思っています。
メンバー全員が、社会に良い影響を与えたい、貢献したいという意識を強く持っています。変革をするというのは、言葉でいうほど簡単な仕事ではありません。いくつもの大きな壁はあります。しかし、だからこそ大きなやりがいを感じる職場であることは間違いありません。
(インタビュー・文:伊藤秋廣[エーアイプロダクション]、写真:岡部敏明)