問題を「解く」ではなく「見つける」人材が輝く

2018/11/19
「リベラルアーツ」。一見するとビジネスとは縁遠いように思えるが、成熟市場であり、テクノロジーが浸透する今だからこそより一層必要な「ビジネス教養」だと、ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』の著者、山口周氏は言う。

NVIDIAが初めて出資した日本企業として注目を集めるAIスタートアップ、ABEJA。創業者で社長の岡田陽介氏もリベラルアーツは経営に必須の教養と考えている。今、なぜ、ビジネスパーソンにリベラルアーツは必要なのか。両氏の対談でひもとく。

「問題解決」の時代は終わった

── なぜ今、リベラルアーツがビジネスパーソンに必要なのでしょうか。
山口 ビジネスは、シンプルに言えば「問題(課題)の解決」です。自分、自社では解決できない問題があり、それを解決してくれた人、企業にその対価としてお金を支払う。だから、人や企業はその「解決力」を磨き、競い合ってきたわけです。
しかし、この当たり前でシンプルな構図が徐々に崩れつつあります。なぜか。問題がなくなってきたからです。
── 「問題が消えた」んですか?
山口 私たちの生活がある一定の水準に達していない時、問題は至るところにありました。家電の例を言えば、食べ物を部屋に置いていたら傷んでしまうので冷蔵庫が必要、冷たい水に手を浸すのがつらいから洗濯機が欲しい、といったように。
家電以外にも私たちの暮らしにはさまざまな問題がありました。その問題は比較的見つけやすかった。だから、企業は解決する力を磨くことに専念できたわけです。
しかし、たくさんの企業が問題を解決したことで、気がつけば、私たちの生活は豊かになって安定し、その結果、誰もが簡単に見つけ出せる、わかりやすい問題は世の中から消えたんです。
── 問題なき時代、企業やビジネスパーソンは何に着目すればいいのでしょうか。
山口 問題を探すこと。必要なのは問題を「解く力」ではなく「見つける力」です。
問題というのは、あるべき理想の姿と現実のギャップから見えてくるもの。だとすれば、BtoBでもBtoCでも、お客さんのあるべき姿をまずは提示し、共感を呼び、その上で解決する企業や人が強くなるんです。ここにリベラルアーツは効いてきます。
問題がない時代、私たちは何をすれば自由で幸福な生き方ができるのか。それを突き詰める必要がある。そこからあるべき姿が見えてきて、現実と照らし合わせ問題が見えてくるからです。リベラルアーツはその根源的な問いに向き合うための一助になると思っています。
岡田さんはどうですか?
岡田 山口さんに同感です。今の時代、「論理のプロセス」よりも「論理の発端」のほうが大事だと思うんです。
プロセスはロジカルシンキングなどのメソッドを学ぶ手段がいくらでもあって、それを身につけておけば、誰がやってもそんなに変わりはありません。ただ、論理の発端、つまり「何を議論するか」を提案できる人は限られています。山口さんの言う「問題」ですね。
その力を養うためには、人の根源的な理想や自由とは何かを理解するためのリベラルアーツが必要だと思っています。
── 具体的にどうすればいいのでしょうか。
山口 アートの世界では「異化」というコンセプトがあります。見慣れている景色や物を別の視点から見ることで、見えなかったことが見えるようになったり、当たり前だと思っていたりしたことの意外な側面を知ることです。慣れ親しんでいるものを、どれだけ「アンファミリア」に見るか。
常識を疑うこと。私はこの異化が一つのヒントだと思っています。
岡田 確かに、デッサンにのめり込んでいると、描いているときはいいと思っていても、休憩から戻ってきたら全然ダメなことがありますよね。
PDCAの形としても、大事な視点だと思っています。サイクルの中に入り込んでしまったら、何が悪いのか見えなくなってしまうことがありますが、そこでちょっと離れて見ることができたら、回し直すという判断ができることもありますもんね。

テクノロジー社会だからこそ必要

──国として成熟し問題がなくなった今だからこそ、リベラルアーツを身につけて、新たな問題、理想を追い求める必要がある、ということですね。
山口 「なぜ今か」という答えについては、それだけではありません。クラウドやディープラーニングを中心としたテクノロジーが劇的に進化している今という側面もあるでしょう。
コンピューターの「解答力」が増し、問題を解くのは人でなくてもよくなっていくからです。ただ、問題の発掘は人にしかできない、人がやらなければならない領域だからです。
── 岡田さんは高校生の時から、リベラルアーツを学んでいたとか。哲学も好きでその頃からかなりの書物に触れていると聞いています。そんな若い年から……。かなりの変わり者ですよね。
岡田 確かにこの分野についてちゃんと会話できる友達はいませんでした(苦笑)。私は小学校5年生からコンピューターを触ってきた、テクノロジーの人間です。高校生の時にコンピューターグラフィックスを学ぶ中で、京都造形芸術大学の創立者である徳山詳直先生と出会ったことが、リベラルアーツとの出会いでもありました。
徳山先生は「テクノロジーは諸刃の剣」とおっしゃっていたんです。
インターネットも核の技術も、もともとは戦争のため。核兵器を作った科学者たちも、本当は純粋に相対性理論を証明したいだけで、殺人兵器を作りたかったわけではなかったはずでしょう。
つまり、革新的なテクノロジーは人を幸せにすることもできるし、不幸にすることもできるということ。どちらの道に進むかはコモンセンスやそれを養う教養だと思って、リベラルアーツに引き込まれるようになったんです。
山口 テクノロジー自体は、ニュートラルなんですよね。AIは人の仕事を奪うとか、否定的な意見を口にする人がいますが、本当に否定すべきはAIではなく、誤った使い方をする人です。
テクノロジーは、良い方にも悪い方にもレバレッジがかかるものです。そこでコモンセンスが大切なのですが、核ミサイルのボタンを押せる人は世界に数人だから、その一部の人だけが身につければよかった。
でも、テクノロジーが大衆化し、誰でも使えるようになったわけです。AIを悪く使おうと思えば、誰でも使えてしまえる。だから、こうした観点からも、みんながリベラルアーツを身につける必要があるんです。

つねに「革新」に立ち返らせるクレド

── リベラルアーツを組織に伝播(でんぱ)させる、一人ひとりが身につけるというのは簡単なことではないと思うのですが、どういう方法があるでしょうか。
岡田 まず、まったく事業とは関係ないことを必ず1つは勉強するよう奨励しています。
それから、リベラルアーツがチームとして機能していくために、チームを組成するときは「アート」「クラフト」「サイエンス」の3者を必ず含むようにしていて、これが一番重要だと思っています。
山口さんが、融合が重要だとおっしゃっている3つですね。異なる立場でバランスをとりながら、相互理解を作ろうとしているのがチャレンジです。
もう一つ、クレドも重要だと思います。先ほどPDCAのお話をしましたが、いつも立ち返ることができる視点、なにを優先すべきかを明文化しています。ABEJAでは5つあって、「革新」が1番で「利益」は5番目なんです。
新しい世界を作ろうとしているから、これまでと同じものを作っては意味がないということで、まず革新を優先しています。一方で、利益は将来に投資して継続的に続けていくためには必要だけれど、それ以上のものだとは思っていません。
山口 これが大事なんです。かつてジョンソン・エンド・ジョンソンが毒物混入事件に巻き込まれたのですが、第一に優先すべきこととして「患者」を挙げていたので、迷うことなく回収を決定し、注意喚起の広告を大量に出しました。これが結果的に信頼できる企業ブランドを形成しました。
最近だとGoogleがドローンに人工知能を載せて、武器として使用する共同実験を国防総省と始めようとしました。ところが、これを知った社員から反対の声が上がった。
それに対して、役員は取りやめる決断をすぐ下しました。Googleは「Don‘t be Evil」という社是を掲げていたにもかかわらず、これに反していた。それに気づかせてくれたことを感謝するとして、謝罪しました。
組織として、たとえ相手が役員だろうとノーと言える風通しのよさ、それを受けて方向を修正できるレジリエンスが必要です。
そのためには、「あるべき姿」を明確にすることと、違和感を認識できるコモンセンスを備えていること。中長期的に成長する組織には、欠かせない要素です。
岡田 その点は、ABEJAでも強く意識しています。たとえば組織が究極的にフラットになるように、部署の概念がありません。各自がやるべきことを考えて、必要な役割を果たす。
このフラットというのは、私がアメリカから日本を見たときに感じた均一化された顔のない組織を意味しているわけではありません。組織が1つのボールだとすれば、小さな球体ばかり集まったのでは、すき間が多くてもろい。それよりも、各人はとがっているべきなんです。一見はバラバラでも、深くかみ合って強固なボールになる。
リベラルアーツは、その中心にある磁石のようなものだと思っています。磁石にくっついていると、そのうち鉄にも磁性ができてきますよね。同じように、最初はリベラルアーツがわからなくても、だんだん身についてくる。そしてお互いがより強く結びついていく。ABEJAは、そういう組織でありたいと思っています。
すこし変わったカルチャーと哲学を持っている会社ですが、社員のみんながビジネスパーソンとしても人としても成長できるような舞台を用意する。それが私の役割だと思っています。
今、私たちはメンバーを募集しています。AIマーケットという市場を舞台に、人としてビジネスパーソンとして成長したいと思っている人がいれば、ぜひABEJAのカルチャーを感じに来てください。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:竹井俊晴)