手数料競争の火付け役

今年8月、米投資運用会社大手フィデリティ・インベストメンツは大胆な──少なくとも富裕層向け資産運用業界にとっては衝撃的な──方針を打ち出した。新たに提供する2つの個人向け投資信託で、手数料を無料にすると発表したのだ。
バンガード・グループやブラックロック、シャールズ・シュワブなど業界内の手数料引き下げ競争が過熱している証であり、中流階級の投資家にとってはうれしいニュースだ。ただし、ジョン・スタイン(39)は喜ばなかった。
スタインが創業者兼CEOとして率いるスタートアップのベターメントは、ミレニアル世代にできるだけ手数料の安いファンドを見つけて投資するべきだと説き、資産運用業界の手数料競争の火付け役となった。
ベターメント創業者兼CEOのジョン・スタイン
「手数料が急激に下がっていることはとても素晴らしい」と語る一方で、スタインはフィデリティのアプローチの「問題点」を指摘する。
すなわち、手数料無料のパッシブ型(ベンチマークと連動する運用)ファンドを提供しても利益を出すためには、手数料が高いアクティブ型(ベンチマークを上回る成績を目指す運用)ファンドなど、儲けの多いサービスに顧客を誘導するしかないのだ。
「利益率の高い製品を抱き合わせで販売しようとするだろう。それが従来の資産運用会社のやり方だ。手数料を隠したり、ある種のおとり商法は当たり前だ。私たちの流儀とは違う」(フィデリティの広報は、同社の価格設定は透明性が高く、手数料無料のファンドは独立した製品だと語る)

顧客軽視の商慣行

皮肉的すぎる見方だと思うかもしれないが、2008年の金融危機はそのような扱いを受けていた人々に打撃を与えた。
スタインは金融危機の前にファースト・マンハッタン・コンサルティング・グループで働いていた頃、上司のシニアパートナーに、どうして金融サービス会社は顧客と時間をかけて話をしないのかと質問した。
「金融業界は顧客から金を稼いでいないからだ」と、シニアパートナーは答えた。「私たちは金で金を稼いでいる」
ポッドキャストやソーシャルメディアを利用する人は、盛んに広告を流しているベターメントの名前を聞いたことがあるだろう。会社の目的は、従来の投資アドバイザーをアルゴリズムで置き換えることだ。
ベターメントのサイトやアプリにアクセスして、銀行口座や年金・退職金口座の情報を入力し、投資の目標に関する簡単な質問に答えると、ソフトウエアが格安手数料の上場投資信託(ETF)をいくつか選ぶ(ETFは証券取引所に上場されている市場連動型ファンド)。
基本的にはそれで終わりだ。手数料の安さとシンプルなプラットフォームが売りで、口座を開設して銀行引き落としの手続きをしたら、実際に年金や退職金が入るまでログインする機会さえないかもしれない。

AIへのアレルギー反応

金融当局の規制に関しては、ベターメントの投資助言アルゴリズムは人間の投資アドバイザーと法律的に区別されておらず、受託者として同じ信任義務を負う。
しかし、通常の投資アドバイザーが年間約1%の手数料を取るのに対し、ベターメントはわずか0.25%。投資額1万ドルにつき年25ドルをベターメントに払う計算だ。1%と0.25%の差は小さく見えるかもしれないが、資金から失われていく金額は、積み重なれば数万ドルにもなり得る。
2010年創業のベターメントの顧客は全米で約40万人。口座に預けている額は1人平均4万ドルで、会社の運用資産は2016年末の60億ドルから現在は150億ドルに増えている。
ベターメントの急成長は必然とも言えるだろう。ソフトウエアは、資産運用以外にもさまざまなホワイトカラーのサービス業界で人間の仕事を奪っている。会計士、旅行代理店、税理士、メジャーリーグのスカウト、投資銀行の花形トレーダー……。
しかし、人間の代わりにアルゴリズムが資産運用の助言をする「ロボアドバイザー」の概念を、当初は金融サービス業界の大部分が相手にしなかった。
「ロボアドバイザー」という言葉は、ベターメントを批判する人々が「ロボコール(自動音声電話)」になぞらえて使い始めた。
「完全に軽蔑的な言葉だった」と、ステインはニューヨークのフラティロン地区にあるベターメントの本社で語っている。「でも、私たちはすぐに気に入った」

ターゲットはミレニアル世代

ロボアドバイザーは、今や業界全体で2000億ドル以上の資産を運用している。
シュワブやバンガードなど大手企業も進出しており、ゴールドマン・サックスも事業を計画しているとみられる。寝具などの安売りで知られる小売大手オーバーストックも、今年前半にロボアドバイザーの提供を始めると発表した。
スタインはこれまでにベンチャーキャピタルから2億7500万ドルの資金を調達しているが、競合のスタートアップは5社を下らない。たとえば、パロアルトを拠点とするウェザーフロントもベンチャーキャピタルから2億ドル以上を調達し、約120億ドルの資産をロボアドバイザーで運用している。
「(資産運用業界の)あらゆる企業が、消費者の好みが変わっていることを理解しつつあり、古い世界が終わろうとしている」と、JMPセキュリティーズのアナリスト、デビン・ライアンは言う。
ライアンが今年発表したリポートによると、ベビーブーマーの親から財産を受け継ぎ始めたミレニアル世代のおかげで、富裕層向け資産運用業界のスタートアップは市場を奪うチャンスを手にしている。「記録的な量の資金が待ち受けている」
スタインにとっても機会であり、同時に試練でもある。ロボアドバイザリーの分野をゼロから築いてきた彼は、金融業界の最強のプレイヤーとの競争に直面している。そして、もっと大きくなり、迅速に動いて、大手のライバルを退場させようとしている。
「金融サービス業界の大半は、人間の時間を完全に無駄遣いしている」

ウォール街に嫌気がさして

スタインは、金融とはかけ離れた世界で育った。ダラス郊外の出身で、ハーバード大学では行動経済学を学んだ。卒業後は「人がよりよい判断を下すために役立つことをしたいと思っていたが、そのような求人は1つもなかった」。
そこで彼は、多少の理想主義を持ち、貧乏は嫌いなハーバード大学生らしい行動を取った──ウォール街を目指したのだ。
2003年にファースト・マンハッタンにコンサルタントとして就職。大手銀行のマーケティング戦略を改善する仕事に携わったが「少々嫌気がさした」。金融サービスの世界には「優秀で善意の人がたくさんいたが、多くの企業が物事を一般の人にとってわざと難しく、複雑に、混乱しやすくしていた」
銀行は顧客サービスの壮大な目標を語りながら、顧客に必要のない融資契約を結ばせ、インデクッスファンドよりパフォーマンスの悪い証券口座や手数料収入が見込める商品に誘導していたと、スタインは振り返る(ファースト・マンハッタンは取材に応じなかった)。
もっとも、スタインはウォール街を恐ろしいと思う一方で、超道徳の世界にスリルを覚えた。動かす金額は途方もないが──フィデリティは7兆ドル近くを運用している──企業は大半の顧客に対し、スタインに言わせればひどい扱いをしている。「キツネが鶏小屋にいるような感じだった」
2007年にファースト・マンハッタンを辞めたときは、ベターメントの構想はすでに頭の中にあった。そしてコロンビア・ビジネス・スクールに入り、時間を見つけて独学でプログラミングを勉強した。メディア業界を一変させたテクノロジーが、やがてウォール街を直撃すると確信していたのだ。

パッシブ運用の人気

シリコンバレーのベンチャーキャピタリストも同じことに気づきつつあった。この時期に創業して大成功を収めたスタートアップのミントは、サイトにクレジットカード情報を入力すると、より金利が低いお得なカードをすすめる広告が表示された。
このように個人に向けておすすめの金融サービスの情報を提示するソフトウエアを応用して、年金や退職金の投資先を提案することができるのではないかと、スタインは考えた。年金と退職金は巨額な資金を擁し、人間の資産運用アドバイザーが高い手数料を取りながら、ときどき下手な助言をしていた。
一方で、当時はパッシブ運用の人気が高まっていた。金融業界のやり過ぎが招いた金融危機の後とあって、より堅実な運用戦略が魅力的に見えた。
市場の指数を上回るパフォーマンスを狙うアクティブ運用に見切りをつけ、指数に連動した運用に徹し、たとえばS&P500を構成する銘柄を買う。このような投資戦略は、アルゴリズムがあればほかにやることはほとんどなく、ファンドの運用手数料もきわめ少ない。
また、インデックスファンドの成長もETF投資の人気を後押しした。スタインはETFの売買を自動化するアプリの開発に取り組んだ。そして2010年に、ニューヨークで開催されたスタートアップのコンペ「テッククランチ・ディスラプト」に出場した。
ベターメントは最初から、現在と同じようにシンプルなプラットフォームを追求していた。サービスにログインすると、右側に「長期国債」、左側に「株式」と記されたダイヤルが表示された。このダイヤルを指でなぞり、自分のリスク志向に合わせて投資対象の割合を決めるという仕組みだった。

1年目に300万ドルを調達

コンペでは最終選考に残ったが、イスラエルのウイルス対策企業に負けた。審査員は、スタインのアイデアは真面目さが足りないと指摘した。大人の資産運用サービスというより、高校生向けの投資の授業の教材に思えたのだ。
ある審査員に「ちょっとオモチャみたいだね」と言われて、スタインは「オモチャじゃない」と反論した。
とはいえ、コンペの報道のおかげでベターメントは順調に始動した。サービスを開始して最初の1週間で500人の顧客を獲得。スタインはさまざまなカンファレンスで宣伝し、金融情報のブロガーにも売り込んで、顧客は着実に増えた。
最初のオフィスは1室しかなく、共同創業者で証券法に詳しい弁護士のエリ・ブロバーマンと2人の従業員が働いていた。
1年目の夏が終わる頃、スタインがサービスの状況を確認すると、驚くことに全米の各州に少なくとも5人の顧客がいた。その年のうちに、ベンチャーキャピタル大手のベッセマー・ベンチャー・パートナーズが幹事を務めた資金調達ラウンドで300万ドルを集めた。
ベターメントの成長は、レンディングクラブやプロスパー・マーケットプレイスなど、オンラインで個人融資仲介を手掛けるスタートアップに比べると遅かった。レンディングクラブなどは当時、ベンチャーキャピタルから数千万ドルの資金を調達していた。
「お金を渡すことは簡単だ」と、スタインは言う。「人からお金を集めて『私たちに出資してください、30年後に利益を提供します』と申し出るほうがはるかに難しい」

ライバル企業の思惑

そのような申し出を受ける顧客の注目すべき点は、彼らが運用会社を信用する傾向があることだ。スタインによるとベターメントの顧客の60%は資金を自動引き落としにしており、会社は手数料が継続的に入る。
当然ながら、スタインの真似をする企業も出てきた。
シリコンバレーのスタートアップ、カチンは、個人が構築したポートフォリオを紹介できるソーシャル機能がついた投資アプリを開発していたが、2010年10月にウェルスフロントと名前を変えて、従来の投資戦略にもとづいた投資マネジャーへの助言ビジネスに転じた。
その年の終わりには──ベターメントが1万人目の顧客を獲得した直後に──ロボアドバイザーのサービスを開始。当初は口座開設時の最低金額を5000ドルとしていたため、最低金額の設定がないベターメントと直接には競合しなかった。
しかし2015年に、ウェルスフロントはベターメントの顧客基盤を直撃した。最低投資額を500ドルに引き下げ、1万ドル未満の運用手数料をゼロにしたのだ。ベターメントは月3ドルの手数料を課していたが、銀行口座から毎月100ドルを自動引き落としで投資する場合は無料になった。
「ベターメントが最も余裕のない人々を食い物にしていることに、ひどく失望させられた」と、ウェルスフロントのアダム・ナッシュCEOはブログに投稿した。ベターメントは2017年に毎月の手数料を撤廃した。

「流行は追わない」

両社はほぼ同じサービスを提供してきたが、今年2月にウェルスフロントは、ヘッジファンドで注目されている「リスク・パリティ戦略」を採用した手数料の高いファンドを導入した(リスク・パリティは世界有数のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオが広めたリスク分散型の戦略で、かなり複雑だ)。
ウェルスフロントは顧客の資金の一部をこの新しいファンドに投入。0.25%の運用手数料に加えて、標準的なパッシブ運用ファンドの5倍にあたる0.5%の手数料を課した。
顧客は激しく抗議して、このような変更には特別の許可が必要だと主張。ウェルスフロントは謝罪し、リスク・パリティ型ファンドの手数料を半分に引き下げて、顧客がもっと簡単に変更を拒否できるようにした。
「学問的に証明された実績のある投資戦略の導入には自信を持っている」と、ウェルスフロントの広報は言う。
この騒動を、スタインはベターメントの差別化を図るケーススタディと受け止めている。「私はそのようなことは決してやらない。私たちは流行を追わない」
彼はさらに、ベターメントは仮想通貨取引やソーシャル・レンディングに進出するつもりはないとも語る。シリコンバレーを拠点とするロビンフッドなど、金融サービスのスタートアップのあいだでは、いずれも人気の高い分野だ。

5兆ドルの401k市場

中核のサービス以外に手を広げないという選択は、ベターメントの成長を制限しかねない。150億ドルの運用資産は大きな額かもしれないが、ベターメントの取り分は、手数料0.25%で計算するとわずか3700万ドル。従業員240人以上の企業としては十分ではない。
スタインはサービスの種類を増やすことより、既存の事業を拡大することに力を入れている。
まずは、ファイナンシャル・アドバイザーがベターメントのアルゴリズムを使って、自分の顧客のためにETFを売買できるようにする計画だ。ベターメントが課す手数料は0.25%だが、ファイナンシャル・アドバイザーは自分たちの助言に関して顧客から自由に手数料を取ることができる。
アメリカで5兆ドル市場を擁する確定拠出年金(401k)口座の運用も始めている。マットレスのネット販売で急成長中のキャスパーなど、スタートアップを中心に約400社がすでに契約している。
企業は従業員の確定拠出年金口座に対し、ベターメントの基本の手数料である運用額の0.25%のほか、毎月4~6ドルを負担する(業界の基準に比べれば安い手数料だ)。
確定拠出年金の運用サービスは、IT系スタートアップ以外にはあまり広まっていない。理由のひとつは、従業員個人ではなく人材管理部門のマネジャーを口説き落とさなければならないからだ。
しかし、努力する価値はあると、スタインは言う。アメリカ人の大半は確定拠出年金に老後の資金を貯めており、ベターメントが業界で生き残るためには、食い込まなければならない分野だ。
「私たちのビジョンは、8年前に比べたら独自性が薄れているところもある」と、スタインは認める。しかし、投資家の大半は、本当に必要ではない金融製品に手数料を払いすぎていると、彼は主張する。 
「私たちが先頭に立たなければ、業界は以前と同じ問題に逆戻りするだろう」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Max Chafkin記者、Julie Verhage記者、翻訳:矢羽野薫、写真:Besjunior/iStock、©2018 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.