パナソニック株式会社全体の中でもひときわ著しい成長を続けているのがオートモーティブ&インダストリアルシステムズ社(以下「AIS社」)であり、その中核を担う領域の一つが、車載・産業向けの電池を担当する「エナジー事業」だ。新興メーカー含め世界の競合がしのぎを削る車載電池の市場で、パナソニックの優位性はどこにあるのか。エナジー要素開発センターの宇賀治正弥所長に話を聞いた。

確実に伸びる市場にどう対応するか

──最初に、エナジー要素開発センターの社内における位置づけを教えてください。
AIS社のエナジー事業における技術・要素開発は、「エナジー設計開発センター」と「エナジー要素開発センター」があり、私は要素開発センターを担当しています。
要素開発センターは、将来技術に関する各材料、電池のキー技術の開発を担当しています。その技術を受けて、設計開発センターで開発プラットフォームを構築し、次世代電池のセル開発を行っていきます。
また基礎研究に関してはエナジー要素開発センターでも行いますが、パナソニック本社にも基礎開発をする部門があり、そこと連携して進めています。
宇賀治 正弥
パナソニック株式会社 オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社(AIS社)
エナジー事業担当 エナジー要素開発センター 所長
東京都出身。1996年に入社、松下電器産業株式会社(現パナソニック)の研究本部に配属。2007年4月に松下電池工業株式会社の技術開発センターに配属。2015年に二次電池事業部に移り、材料・電池セル開発を担当。2017年、エナジー技術開発センターへ移り、2018年4月、エナジー要素開発センターの所長に就任。一貫して次世代電池の開発に携わる。
現在、エナジー事業部門には4つの事業部があります。「テスラエナジー事業部」「エナジーソリューション事業部」「オートモーティブエナジー事業部」「エナジーデバイス事業部」の4つです。
要素開発センターおよび設計開発センターは、それらの4事業部すべての技術開発の“共通基盤”として、要素技術とプラットフォーム技術の開発を担っています。拠点は3つあり、一つはここ大阪府・守口市、それから兵庫県と神奈川県にも拠点を置き、連携を取りながら開発を進めています。
──その中で要素開発センターは、どのようなミッションを負っているのですか。
大きく二つあります。一つは、これまで開発してきたリチウムイオン電池の延長線上にある開発で、それぞれの材料のポテンシャルを限界まで引き出そうとする取り組みです。
もう一つは、従来の考え方とは違う「ポストリチウム」と呼ばれる電池です。これは、技術的に従来の流れとは異なる非連続なリチウムイオン電池の開発で、近年話題に上る全固体電池もここに含まれます。これら二つの方向性の開発を並行して進めています。
──グローバルトップクラスの自動車メーカーが電気自動車(EV)の比重を強める中で、今後、車載電池の市場も急拡大していくことが見込まれています。パナソニックがシェアを押さえ、拡大していく上での主な課題は何ですか。
車載電池の市場だけ見ても、2025年頃には現在の10倍程度に拡大するという見方があります。調査によって数字は異なりますが、市場が伸びていくことは確実です。私たちとしては、その「確実にある市場」に向かっていかに対応していくかという話になります。
ただ、市場で販売して不特定多数の方々に使っていただく民生用と違い、自動車メーカー、あるいは産業メーカーのお客様はそれぞれ異なるニーズをお持ちです。技術や品質に関して厳しいスペックが求められており、それらを満たしていく技術開発・ものづくり、そのベースとなる組織体制の構築や人材確保が必要になっています。
また、これだけの急激な拡大が予測されている車載電池市場では、新興の競合メーカーも含めいくつもの企業が参入し、競争は激化しています。この中で勝ち抜くためには、要素開発から生産まで含めた開発全体の「速さ」が、より一層必要になってくると考えています。

長期間の品質を、短期間で担保する

──スピードを上げるためには何が必要ですか。
車載用途の電池に求められる付加価値の中でも特徴的なのは、「より長期間の信頼性を必要とする」ということです。長期間の信頼性を、いかに速くわれわれが確認し、いかに速く技術的な根拠を持って担保してお客様に提示していくかが、一つの大きな課題となります。
仮に「10年使っても問題ないですよ」と保証するために、実際に10年使用してみてから「はい、大丈夫でした」などということをしていては間に合いませんから、「長期的な信頼性の保証」にかける時間をどれだけ短縮するかが重要なわけです。
具体的な方法としては、お客様が求めるスペック以上の過酷な状況に電池を置いて、加速度的に劣化をさせていって挙動を確認する加速劣化試験という方法があります。
また特性評価についても、劣化の挙動をコンピュータ上でシミュレーションしたり、電池のEOL(エンド・オブ・ライフ。寿命末期)の状態を想定し、どのような挙動になるのかを確認したりもします。
新しい要素の開発、AIを使った材料探索や、電池の使用に関するモデリングをしていくことで開発期間を短縮しつつ、それと同時にそのような「長期的な信頼性の保証」にかける時間を短縮する試みをいくつも進めています。
──当然ながら競合メーカーも同様のことをするわけですよね。
その通りです。ただ、われわれは電池というくくりでは80年以上、リチウムイオン電池に関しても20年以上開発をしてきていますので、特性や劣化の挙動に関する知見の蓄積、それから市場における実績もあります。
電池、特に車載電池は、場合によってエンドユーザーの生命にも関わるものですから、いくらスピードが求められるといっても拙速であってはなりません。実績に基づいた開発を行い、これまでに集めた実証データを使った、より実際に近いシミュレーションを行えることが、われわれの強みです。
電池開発における歴史的な蓄積を生かしながら、より確からしい技術的根拠をもとに、われわれとしても自信を持って長期間の信頼性をお客様に提示していけることが、お客様に安心して当社の電池を採用していただける一つのポイントになるのではないかと考えています。
──それ以外に課題はありますか。
もう一つの大きな課題としては、量産体制構築のスピードアップがあります。プロセスの中での初期の不安定さを取り除くために、使用部材のばらつきを抑えるなど、要素開発のところでできること、やらなければいけないことがあります。
開発をしながら、それを量産のフェーズに持っていった時に何が起こるのかについてもきちんと認識し、プロセスや工法も含めてスピードアップに貢献することが非常に重要になっているわけです。
その意味では、先端の要素・設計開発と事業部、さらには量産現場までが、おそらく皆さんが思う以上にコンパクトに連携して進めていると思いますし、今後より密な連携が必要になってくると思います。

電池開発は長期の視点で

──顧客との信頼関係は、実績を積み上げながら長い年月をかけて構築していくことになるわけですね。
そうですね。これはプラットフォームの開発にも通じる考え方ですけれども、電池の開発というものは、例えばAという材料を使って開発したら、次はまったく別のBという材料を使います、ということにはならないんですね。一つの材料をワンスポットの「点」で使うのではなく、過去から将来へつながる「線」の開発をしていくものなのです。
その中では、膨大な数の材料や技術の可能性を比較検討し、その中からある材料や技術を取捨選択して開発の方向性を示していくことも、われわれ要素開発の重要なミッションです。
そしてその取捨選択は、われわれで決められる部分もありますけれども、重要な岐路においてはお客様との対話が必要になります。要素開発のメンバーでも直接お客様とお話ししていく機会も多々あります。その上で、リスクと可能性を天秤にかけて、あえてリスクをとってチャレンジングな選択をすることもあります。
われわれはリチウムイオン電池に関しては、そのような大きな選択を過去に何度か迫られながら、新たな材料・新たな技術を取り上げてきた経緯があります。現在テスラ向けにも使われているニッケル系の正極材料を使った電池に関しても、品質を安定させ、安全技術を確立し、市場に実際に導入できるまでにしてきたのは、パナソニックが世界初です。
新しい技術にチャレンジして実用化まで漕ぎ着けた経験と技術的な裏付けは、今後われわれが「ポストリチウム」と呼ぶ、これまでの流れとはある種「非連続」な次世代の電池を開発していく際にも、「パナソニックならやってのける可能性が高い」と捉えていただける理由になるのではないかと考えています。

世界最高峰の環境で技術を追求

──先ほど、急激な市場拡大に対応するために組織体制構築と人材確保が必要になるという話がありました。人材についてはどのように確保しようとお考えでしょうか。
現状では、電池を研究している方の新卒採用やヘッドハンティング等を通じた即戦力人材のキャリア採用、海外のメンバーを獲得するなど、ありとあらゆる手段で人材確保に努めています。
ただ、これまで経験したことのないような勢いとスピードで車載電池の市場が拡大し、競争環境がますます厳しくなる中で、これに対応できる組織体制を組むには、中核となっていただける技術者の方がもっともっと必要です。
当社のお客様は、グローバル市場でいかに勝つかを考えているメーカーばかりです。お客様によって求められるものも違ってきますから、それぞれに対応できる組織体制をつくらなければなりません。
要素開発といってもただ材料と向き合っていればよいわけではなく、お客様と向き合うことが必要ですし、材料メーカー、社内の各事業部や量産部門など、さまざまなステークホルダーと関係性を持ちながら開発を進めることになります。
そういう環境で働くことは簡単ではないですが、それだけに、世界の最先端のダイナミックな空気を感じながら仕事ができると思います。また、世界最高峰の技術の蓄積がある中で、次世代、さらにその先の将来を見据えた技術を追求する機会があります。そういう環境に身を置いて、“Update”とチャレンジを繰り返しながら成長していきたいと考える方に、ぜひ当社の開発メンバーに加わっていただきたいですね。
(取材・文:畑邊康浩、写真:久岡健一)