【大江千里】僕が47歳で、キャリアをリセットした理由
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大江千里さんは、時期は重なっていないが大学のセンパイ。残念ながら面識はない。当時、大学のOBでまっさきに名前が上がる有名人といえば、この人だった。ちなみに、当時のヒット曲は僕個人としてはあまり好きなタイプではなく、それほどファンだったというわけでもないが、ある日突然表舞台から降りたのは結構驚きでいまでも覚えている。それが当時47歳だったとことで、いまその年齢に近づいている僕に当てはめて考えてみると、その決断がいかに重いものだったか、単なる一介のサラリーマンでしかない僕ですら十分過ぎるほど分かる。
人生100年時代と言われて久しい。しかし、本当に100年スパンで自分のキャリアややり甲斐を、リアリティをもって考えられているかというと、自分も含めそれほど多くはないだろう。それまでの成功やプライドをすべて捨ててでも、新しいステージに向かって足を踏み出せるか。社会人人生がそろそろ四半世紀を迎えようとする僕自身、次の四半世紀をどう生きていきたいのか、いま実際の問題として眼の前に突きつけられている。大江千里センパイの特集、とても楽しみです。
注目のコメント
「40歳は二度目のハタチ」という伊勢丹のキャッチコピーがありましたが、50歳からの青春って言うのはとても清々しいですね!!
大江千里さんが47歳の時にファンクラブを解散し、事務所を辞め、日本を離れて単身NYのジャズ学校に入学していたとは…下記の言葉、刺さりますね〜。
>人生の中身を自分でレイアウトするというか。そこに何を置いて、何を省くのかを決められるのは自分だけ。そして悲しいかな、大きく省かないことには、本当に手に入れたい、ただ一つのダイヤモンドは手に入らないんですよね。今回のイノベーターズトークは歌手の大江千里さんに登場頂きました。47歳のとき、「自分がこれまで築いてきたキャリアや名声はずっと続くものではない」と一念発起。NYのジャズの学校に入学し、若い人とともにイチから勉強を始めるーー。新天地にジャンプするその強さ、そして50歳からが青春だとおっしゃる大江さんに元気を頂きました。ぜひお読みください!
いくつになってもキャリアはリセットできるし、新しいことにチャレンジできる。こういう実例がたくさん出てくると、多くの人に参考になる。20代、30代のときも、将来こんな風にキャリアを切り替えていけると考えておくのは大切なことだろう。
特殊な職業だからと思いがちだけれど、逆にアーテイストだからこそ、勇気のいるものだったはず。これをやりたいっていう想いが、原動力だったことが良く分かる。