近年、「CMO」という役職が注目され、今さらながらマーケティングの重要性、さらにそれを担う存在がクローズアップされるようになった。現在、そしてこれからの日本企業に求められる人材や支援とはどのようなものか?“プロ経営者集団”として包括的に企業支援を実施するYCP Japanで活躍する堤 悠希氏の、マーケティングを超えて「経営」という領域でも挑戦するキャリアを追いながら考えてみたい。

マーケティングスキルを武器に

―ファーストキャリアは、P&Gのマーケティング部門でしたね。
そうです。マーケティングの経験を積めば、他の領域でも通用するのでは?と考えていました。将来の選択肢の幅をできるだけ広げておきたかったのです。
実際に入社を果たし、P&Gではフレームワークが徹底されていることを知りました。マーケティングを組み立てるときに『WHO、WHAT、HOW』というコアなフレームワークを使用して、あらゆるブランド戦略を作っていきます。
しかも、それを世界中の全拠点で共有しています。私は5年のキャリアの中で、東京、シンガポール、ジュネーブ、神戸と4か所のロケーションを経験するのですが、どこの職場でも共通言語のように通じます。
ベーシックなフレームワークにこだわりつつ、何をするにせよ必ず消費者インタビューや店舗チェックを行い、現地現物を取りにいきます。フレームワークを使いながら現場に当たりにいくという、ある種の泥臭さが、P&Gのマーケティングの特徴かもしれません。
堤 悠希 株式会社YCP Japanパートナー
東京大学文学部行動文化学科卒業。P&Gジャパン株式会社マーケティング本部に入社し、男性用家電ブランド・ヘアケアブランド担当を歴任。日本における販売促進キャンペーンを担当後、シンガポールにてアジア全域のプロモーション戦略策定を担当。さらにはジュネーブにて、グローバル全域におけるブランディング戦略や中長期的なブランド成長戦略を策定。その後、Recruit Holdingsにて、企業リブランディング戦略の構築とともに、国内外のトップレベルエンジニアや新規事業開発人材の採用戦略構築・実行を担当。2016年にYCPグループ参画。マーケティング領域を強みに、ITベンチャーから大手企業まで幅広いサポートを実施する。
―キャリアチェンジを意識し始めたのはいつくらいのことですか?
入社3~4年目あたりからでしょうか。P&Gで学んだマーケティングのコアを生かしながら、他の会社や業界に軸を移したときに、果たして自分が使える人間なのか?成果を出せるのか?という疑問を抱えていました。
新しいチャレンジをするなら、早い方が良いだろうと、入社して5年目にP&Gを飛び出すことを決意します。選択肢はいくつかありました。事業会社よりは、様々な業界を相手に、たくさん打席が回ってくる広告代理店やコンサルティング会社が良いだろうという思いはあったのですが、最終的に選んだのが少し毛色の違うリクルートでした。
このときは、ちょうどリクルートがグローバル化とIT化を急ピッチで進めていた時期に当たり、営業の会社というイメージが先行していたリクルートが、テクノロジーカンパニーとして転換すべく、攻めの人事戦略を強力に打ち出していました。そこで採用のリブランディング戦略や採用戦略の策定、及び執行にかかわっていく、このポジションを逃したらもったいないと感じました。
―リクルートではマーケティングのスキルを活かすことはできたのでしょうか?
もちろんです。採用ターゲット構築にあたり、LinkedInに登録する全世界のエンジニアデータを分析。世界のトップ200の大学に在籍する7万人のユーザーをすべてデータベース化するなど、採用戦略を考える際には、P&Gのフレームワークが活かされました。もちろん、フレームワークを適用できる部分と、そうでない部分を区分けする必要はありましたが、違う領域でもマーケティングのスキルが活用できると実感しました。

成長機会を求め、YCPへの参画を決断

―リクルートからなぜYCPに?
非常にやりがいある仕事を任されていたし、成果もあがっていたのですが、その一方で少し物足りなさを感じていました。もっと脳ミソに汗をかいて自分を追い詰めたい、がむしゃらに働きたいという渇望がどこかにありました。
そんなときにP&G時代の同期で仲の良かった優秀なメンバーがYCPで圧倒的な数のプロジェクトをがむしゃらに回していました。しかもマーケティングのみならず、ファイナンス・戦略・オペレーション等、経営にまつわるあらゆる領域でチャレンジしている姿を見て、会社の全貌は分からないものの、その環境に惹かれるものがありました。
―がむしゃらに働きたかった?
私個人としては、ある程度のワークライフバランスを求めつつ、少なくとも20~30代はがむしゃらに働く時期があってもいいのではないかと思っていました。P&Gとリクルートという誰もが知る優良企業のブランドの下で働いてきましたが、そのブランドを取っ払った時にどれだけ通用するのだろう?
組織に依存するのではなく、最終的には自分で食っていけるようにならなくてはいけないし、そうでなければやりたいこともやれなくなるという感覚がありました。だったら、自分に負荷をかけてでも成長できる環境に身を置いた方が良い。
実は、YCPのほかにベンチャーの事業会社からも内定をいただいていて、最後の最後まで迷いました。でも、どちらが成長できるかという観点で検討した際に、コンサルや投資銀行出身の優秀なメンバーに囲まれ、自身の武器が通用しないフィールドで挑戦した方が、成長幅が格段に広がるという考えに至りました。
―YCPに入社して、マーケティングのスキルを活かそうと?
残念ながら、当時のYCPにはマーケティング案件がほとんど無い状態でした。そんな状況でジョインしたので、ストレートにスキルを活かそうというより、私が持っているマーケティングと採用という経験をクロスさせて、何かしらの形でバリューが出せればと漠然と思っていました。
絶好の機会が訪れたのは入社して半年も経たないうちのこと。とある情報メディアを運営するクライアントさんから、テレビコマーシャルを打ちたいという依頼を受けました。当時、YCPはマーケティング色を強く打ち出してはいなかったのですが、VC経由でご紹介いただき、獲得できた案件でした。
当時、CMを制作する広告代理店はあっても、マーケティングの戦略策定から、消費者インサイトをくみ取った商品開発やプロモーションの実行、また組織変革まで、成果の実現に向けてクライアントに深く入り込んで支援している企業は他に見当たりませんでした。そこにビジネスチャンスがありました。この案件では、P&Gで培ったフレームワークやノウハウを存分に活かすことができました。
CMはわずか15秒・30秒という短い時間で伝えたい相手に最適なメッセージを残すことが重要です。そこでターゲットの構築やニーズの理解を押さえずに作っても、支離滅裂なものが出来上がってしまいます。
ご依頼があったのはベンチャー企業なので、それこそ億単位の資金を調達して、言うなれば社運をかけて挑戦するわけですから、確実に効果を生まなくてはなりません。そのために半常駐のようなかたちでクライアントのオフィスに入り込んで、しっかりユーザーインタビューを実施して現場の声を拾い、コンセプト策定からCM制作まですべてに深く携わせていただきました。
また採用の経験が活かされたケースもありました。例えば新規事業の立ち上げをサポートさせていただいた際は、マーケティングはもちろん、どういった人材を採用してチームを形成するかまで踏み込む必要がありました。さらに言えば、財務領域の支援やマーケットの構造分解も必要であり、求められるものが複合的であるからこそ、多様なバックグラウンドを持つ人材で構成されたYCPの総合力が力を発揮します。
私の本来の強みではない財務や戦略コンサルの領域で知識が必要になった場合、周囲に各領域のプロフェッショナルがいますから、あらゆる視点を掛け合わせて最適なソリューションを提供することが出来ます。そして彼らから学ぶだけではなく、私が得意とするマーケティング領域については教える立場にもなる。相互にノウハウを共有しながら共に成長できるカルチャーが浸透している点も、YCPの魅力であると思います。

マーケティングを超えた領域でも通用する存在に

ーYCPにジョインしてから、どういう力がつきましたか?
一言でいうと“ライブ力”ですね。クライアントを目の前に、先方が抱えている課題や疑問に対して何の事前準備もなく、その場で対応ができる。しかも浅い切り返しではなく、かなり筋が良い提案ができてしまう。こういったケースでは一気にクライアントの信頼を勝ち取ることもできると思います。
YCPのパートナーはこの“ライブ力”が強みであると感じており、その背景には、これまで対応してきた領域の幅や案件数の多さをベースに、立体的な知見が積み上がっている点があると思います。それぞれの領域のプロフェッショナルと切磋琢磨しながら過ごすことで、圧倒的な速さで知見が広がり、知識とノウハウが頭の中に蓄積されていくイメージです。
さらにYCPは自社事業に投資をしているため、隣には事業経営しているメンバーもいて、学ぶことだらけです。語弊があるかもしれませんが、表面的なマーケティングのフレームワークは書籍やセミナーで誰もが学ぶことはできます。でも、大切なのはそのフレームワークに当てはめた実践経験をどれだけ積んで、引き出しを増やせるかにあると思っています。
―堤さんの強みはマーケティングという領域を超えて、より複合的なものになっているような気がしますが。
“マーケティングが強みである”という意識に変わりはありませんが、それ以外の領域もベースは分かっている状態でありたい。YCPに入る前の私は、マーケティングが80点で採用が80点、それ以外は0点という状態にありました。ここに入って経営に必要なファイナンス・戦略・オペレーション等、他の領域でも50点くらいは取れる状態になりつつあるのではないかと思います。
たとえば月末の預金残高がいくらになっている?という世界で戦っている経営者に、『WHO、WHAT、HOW』のフレームワークをベースにしたマーケティング領域のアプローチだけでは通用しません。必要なのは、キャッシュフローを見る力や、クライアントとのリレーション構築の仕方、マーケティングの概念を超えた部分にあると思われます。そのリアルさは、マーケティングだけやっていても気が付けません。
―今後の目標は?
個人的に、キャリアはかけ合わせだと思います。マーケティングが強みと言っていますが、その領域のトップレベルには達していないと思っていますし、採用分野でもそうです。ひとつの領域で百万分の一の人材になれなくても、掛け合わせることで総合力が高まり、もしかしたら一万分の一に入れるような人材になれるかもしれません。
そういった意味で、自分の強みを軸に領域を広げながら成長を重ねていけるYCPは魅力的な環境を提供していると思います。
(インタビュー・文:伊藤秋廣[エーアイプロダクション]、写真:岡部敏明)