なぜ起業したいのか。その「トキメキ」を絶対に手放してはならない

2018/10/30
 事業拡大が最重要課題だと思われがちなスタートアップ企業。だが、独自の経営スタイルを貫いているのが、スープ専門店「Soup Stock Tokyo」などを手掛ける株式会社スマイルズの代表取締役・遠山正道氏だ。
1962(昭和37)年東京生れ。慶応義塾大学卒。1985年、三菱商事に入社し、都市開発部門、情報産業グループにて勤務。日本ケンタッキーフライドチキン出向後の1999(平成11)年、Soup Stock Tokyo第一号店をお台場ヴィーナスフォートに開店。2000年三菱商事初の社内ベンチャー企業「株式会社スマイルズ」を設立し、代表取締役社長に就任。2006年には、ネクタイ専門ブランド「giraffe」をスタートする。2008年、MBOによりスマイルズの株式100%を取得、同時に三菱商事退社。2009年、新コンセプトのセレクトリサイクルショップPASS THE BATONを開店する。また、ニューヨーク、赤坂、青山などで個展を開催するなど、アーティストとしても活躍。
 もともと遠山氏は三菱商事在籍時代に日本ケンタッキーフライドチキンに出向し、1999年「Soup Stock Tokyo」を開店。以来、そのブランドコンセプトや素材にこだわったスープづくりが支持され、日本中に60以上の店舗を展開する人気飲食店ブランドへと拡大させた。
 今や飲食業以外にも幅広い運営を手掛けている。
 ネクタイのデザインを34℃、36℃、38℃、40℃と4段階の体温別に分けられたラインナップで展開するネクタイ専門店「giraffe」。個人から集めた想い出の品物や、「愛用していたけれど今は使わない、でも捨てるのは惜しい」品などを集めたセレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」など、これまでになかった新しいコンセプトで事業を展開している。
 手掛けるどのビジネスにも共通するのは、「既存にはない、新しい価値観を生み出している」という点だ。
 社内で様々な事業を展開する一方、遠山氏は、1種類の本しか売らない「森岡書店」などの個性豊かな事業支援も実施し、国内外から注目を浴びている。 
「利益や拡大よりも、その人の“やりたい”を大切にしたい」
 そう語る遠山氏に、創業期にスタートアップ企業が大切にするべきことや、投資支援する起業家の共通点について、聞いた。
最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスを掘り下げる連載企画「スタートアップ新時代」。創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの特別プログラムから記事をお届けします。

最初に「やりたいということ」がないと、そのビジネスを立ち上げる意味はない

──食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」に始まり、ネクタイブランド「giraffe」や、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」など、幅広い事業も手掛けられています。事業を始めるときの基準はありますか。
遠山 基準はたぶん無くて、まず「本当にやりたいか」ですかね。もっというと、「やりたいこと」に「必然性」があるか。
 私はよく、事業や経営を、「子供のまなざし×大人の都合」と表現しています。最初は、子供のまなざしを持って、単純に「好き」とか「嫌い」とか、「こんな光景が見てみたい」というトキメキからスタートするのがいいと。でも、残念ながら世の中はそれだけで渡っていけるほど甘くないですよね。時には大人の都合を考慮して、時代に応じたやり方を取り入れることも必要です。
 でも、世の中のビジネスを見ると、徹頭徹尾、マーケティングだとか、「大人の都合」ばかりなわけです。でも、マーケティングは自分の外に理由がありますよね。自分がやりたい、ことではない。
「いま流行しているから」「コンサルタントがこう言ったから」というような理由でやっても、うまくいかなくなったときに他人のせいにしてしまう。だから、自分の中から湧き上がる想いで、世の中にその事業の価値を提案していく覚悟がないとダメだと思っています。
 今世の中クライアントワークに溢れています。極端に言うと、サラリーマンであれば、上司がクライアント化している。
 第一声、第一歩が、お客さまの課題、会社の都合、上司の命令などの外側の事象によって始まり、それを打ち返している日々。気付くと、自分からの発意がない。それを逆に言うと自己責任がないということだと思います。
 自己責任のもと自分の内側にある理由でやらないと、覚悟もなにもなくなってしまうと思うんです。 
──「森岡書店」などを始め、複数の起業支援も行われていると思いますが、その際にも同じ視点を意識されているんでしょうか。
 やはり今言ったような視点がなくて、いきなり「大人の都合」や「外の事象」でプレゼンされても、「で、誰がやるの? ほかの人にやらせるの?」と思ってしまう。
 ビジネスってうまくいくことばかりじゃなくて、立ち上げるのも継続するのも大変で、「何でこんな大変なことやってるんだっけ?」と振り返る場面がしょっちゅうあるはずなんです。それを、偉い人が言ってたからとか、NewsPicksに書いてあったから、と鵜呑みにするのは良くない。それをちゃんと自分の中で咀嚼して、最後は自分で意思決定し自己責任のはらをもってやらないと。
 それは、昔から一途に思い続けているものではなくても、「この前一目ぼれして、いま、すごくときめいているんです」みたいな「出会いがしらの恋」みたいなものでもいいんです。
 だから新しい事業をする人には、基本的にうるさいことは言わないけど、一言聞くとしたら、その事業をスタートする動機に対して「それって本当なの?」と確認します。
 そして、私は、わたしたちには出来ないことに魅力を感じます。自分たちにはない発想だったり自ら両足を突っ込んで行うことなど。
──では、今まで立ち上がったビジネスは、みんなその動機に「必然性」や「魅力」があったんですね。
 たとえば、“1冊1室”というコンセプトの「森岡書店」の店主である森岡君は、ずっと神保町で古本屋をやってきて、その知識、ネットワーク、キャラクター、そのセンスの良さを感じました。私には到底1ミリもマネできない。
 だから魅力の塊ではあるのですが、どう見てもビジネスは苦手そうなので、そういう部分はうちがサポートすればいいなと。
 ほかにも、うちの社員で「羊のロッヂ」というジンギスカン屋をはじめた人がいます。彼はセンスというより、誠実さがあるんです。ずっと慶應大学の体育会野球部で、バイトもしていなくて。でも、卒業するときに初めてやったバイトがジンギスカン屋だったんです。その初めてのアルバイトに魅了されて、すでに内定していた上場企業も断って、そのままジンギスカン屋に就職したんです。現在、彼はスマイルズの社員のまま「羊のロッヂ」の社長もやっていて。
 スマイルズでは、“自分ごと”とよく言いますが、Soup Stock Tokyoの店長だった彼が、ジンギスカン屋をやるというのは会社の役割のなかには何もないわけです。
 誰にも指示されたわけでもなく、まさに“自分こと”で自ら手をあげた。そこに誠実な人柄とあれば、却下する理由が見当たらない。
 自分ごとで誠実にやってさえいれば、事業はついてくると思います。
──誠実で熱い方なんですね。
「2年くらいはセーフティネット的にスマイルズから給料を払うので、3年目からは自分の事業から自分の給料を出せるように自立してね。もし、万が一失敗したら、帰ってくればいいから」とも伝えて、必要なときに、資金を貸すようにしています。
 今は既に2店舗やっています。
 小さく彼らしい店をやっていてもいいし、60店以上出せばSoup Stock Tokyo以上の規模にもなる。それは彼次第です。
──自分が心底「やりたい」という気持ちがあることが、ビジネスを始めるのに、何より大事なんですね。
 特に今の時代は、個人が起業するにはとても向いていますよね。本当に価値のあるものは、インターネットのお陰で、遠く、世界まで響くようになりましたし。企業規模が小さくても関係ないんです。
 たとえば、「檸檬ホテル」のある瀬戸内の豊島は、人口800人の島でお店は3軒しかありません。でも、檸檬ホテルの評判はネットで伝わって、今のお客さんは2~3割が外国人です。
 1冊の本しか扱わない「森岡書店」も、1日1組しかお客を取らない檸檬ホテルも、どちらも規模はとても小さい。でも、小さいからこそリスクが少なくて、その分思い切ったことをでき、だから遠くまで届くと実感しています。森岡書店が150坪で5000万円かかっていたら1冊1室なんてできませんから。
 現在、森岡書店とスマイルズで、某大手企業と仕事をさせていただいています。最小で尖っていたから大手と手を組めたと思います。

森岡書店オーナー森岡督行氏コメント


「1種類の本を売る本屋」というやりたいビジネスを思いついて、何人かに相談していましたが、芳しい反応は皆無でした。そんな中、遠山さんにプレゼンをする機会があり、お話しすると、開口一番、「おもしろい」。プレゼン用紙に「今日の日付を入れておいて」とも。

そこからスマイルズのメンバーとの折衝が始まりました。はじめてスマイルズの経営陣にプレゼンしたときは、ビジネスとしての甘さをつかれ意気消沈。次はもうないと思っていたところ、最後に遠山さんが「次はいつやる」。どうしたらプレゼンが通るのか自分なりに考えを巡らしました。

企画書を書き直し、展覧会に具体性を持たせ、スマイルズから融資と出資を得ることができました。そして、このタイミングで株式会社化。これらすべてをスマイルズのメンバーが全力でサポートしてくださりました。現在も、スマイルズからは経営のアドバイスと、経理を担当してもらっています。

いま毎日のように海外からのお客さんが来てくださるのは遠山さんの言う「なかったという価値」が大きいと思います。あのときのプレゼン用紙に日付を入れた意味を、あらためて実感しています。


なぜSoup Stock Tokyoは、店舗拡大をしないのか?

──規模が小さいからこそ、思い切ったことができる……とのことですが、多くのベンチャー企業では、利益増収を見込んで事業拡大を狙う傾向が強いですよね。
 そうですね、当初の企画書に50店で打ち止め、と書いてあって、来年でSoup Stock Tokyoは創業20年になりますが、相変わらず60数店舗しか展開していません。
 200~300店舗くらいは出そうと思えばできると思うんですが、そこに必然性がないので、私をはじめ、社内のメンバーも誰も言い出しません。うちのみんなは「50より300がすごい」という価値観を持ってないのと、いい店は1店舗出すだけでもすごく大変なことだと知っているからです。うちはフランチャイズではないので、チームを組んで、ゼロから作る必要がありますからね。
──今後も拡大はされない予定でしょうか。
 今年の出店は0店舗でしたが、来年は2~3個新しい計画があります。でも、それはただ店舗を増やすというよりは、新しいチャレンジがあるからやろうというものです。
──創業当初からそういうスタンスだったんでしょうか。
 そうですね。私が「Soup Stock Tokyo」を立ち上げたきっかけは、三菱商事にいた頃に、絵の個展を開催したことでした。それがとても手応えがありました。自分が好きで、楽しんで生み出したもので、いろんな人に喜んでもらえる。それって最高ですよね。
 手触り感のある仕事がしたいという想いもあり、Soup Stock Tokyoをはじめるきっかけとなりました。
 今思うと、まさに、依存ではない、やりたいことを自ら行った初めて自己責任の体験だったということだと思います。
 個展からスタートしているので、自分のビジネスに対しては、「作品」という印象が強いんですね。
 Soup Stock Tokyoを最初に提案したときは、自分は作品だと思っているので、絵のキャンパスにロゴを貼ってプレゼンしました。
 アートの世界では、200~300枚刷った版画より、一点モノのほうが価値がありますよね。拡張性より希少性こそが価値で、大きくなればなるほどその価値は棄損されてしまう。
 もちろん「拡大が悪である」とは思っていませんが、「拡大が是である」という感覚は特段なかったんですよ。
──ビジネスとアートは共通項が多いんでしょうか。
 アートが生まれるシーンと、ビジネスが生まれるシーンは、すごく似ているんですよ。木の塊から彫刻家が何かの形を彫りだすのと一緒で、ビジネスもゼロから何かを生み出すという作業ですから。
 ただ、最初の個展をやって以来、私は自分の絵の個展を22年間やってないんです。なぜかというと、私自身は自分で絵を描くよりもビジネスのほうがおもしろいと感じているからなんです。
──どんな部分がおもしろいんでしょうか?
 アートのように一対一で向き合うものも素敵な関係性だと思いますが、ビジネスはその先の物語があります。
 たとえば、スープの場合は「飲んでおいしかった」とか、「病気のおばあちゃんに持っていって喜んでもらえた」とか、その先に一人ひとりの言葉があって、みんなのものになる。だから、絵の個展をやってる場合じゃないな、と(笑)。

利益の優先よりも「もっと自由にやれる風土」が大切だと気付いた日

──一方で、「ビジネスは大変」と先ほどもおっしゃっていましたが、仕事に追われて、創業時に抱いていた情熱を置き去りにしてしまう経験はなかったですか。
 私の場合だと、2005年頃、「Soup Stock Tokyo」の利益が安定しない時代はそうだったかもしれない。当時、監査役が2~3人いて、毎月数字の報告をして……という今よりもっと企業然とした感じだったんです。
 そんなとき、なにか違和感を感じていて、縁が合ってコーチングを受けたんです。自分の話を引き出されていくうちに、創業当時に思い描いていたことや現実とのギャップなど、自分の気が付いていなかったことを客観視できたんです。自分の気持ちを話しながら、涙がとまらなくなりましたね。
──それで舵を切り直したと。
 まあでも、苦労話とか失敗談を聞かれることも多いんですが、あんまり覚えてないんですよ(笑)。失敗はたくさんしてるんだけれども、それを失敗だと思ってない。
 むしろ、失敗は「子供のまなざし」を取り戻す機会だと思っています。
 でも、私の本の一行目は「なんでそうなっちゃうの? という疑問や苛立ちからSoup Stock Tokyoはうまれました」と書いてある。そしてよく思い出してみると、失敗や怒りのようなもののあとに、成長があったりチャレンジがあったりする。どうやらそこはセットのようです。忘れちゃうんですが(笑)。
 だから「大変なこと」は少ないほうがいいんですけど、「大変さ」は、ある種のリアリティかなと。それによっておもしろさが本格的になってくる部分もある。最初は趣味のような思い付きが、大変さに揉まれていくことで、ようやくどっしりしていくんじゃないでしょうか。

それぞれのなかに、自分なりの「スマイルズさん」を持っている

──事業において、「なぜそれをやるのか」という「Why」に立ち返ることが、とても大切なんですね。
 ビジネスというタコがあったら、「Why」はタコ糸みたいなもんで、絶対に手放してはいけないと思います。手放してしまったとたんに、自分のものではなくなってしまうので。
──そのタコ糸を手離さないために、遠山さん自身がやっていることはありますか?
 タコ糸を手放さないのは重要ですが、だからと言ってただ握っていればいいだけじゃない。やはり常にわれわれは何の価値を提供できているか、という思いの中にいることが重要です。
 私自身が、過去に「価値を上乗せしていく意識が共有できていなかったな」という失敗談としてよく話すのが、「カルボナーラ事件」があって(笑)。
──「カルボナーラ事件」ですか。
 まあ、私のディレクションが悪かったのですが(笑)。
 事業を始めて3年目くらいのころ、溜池山王の店で一時期レストランみたいなのをやっていたんですね。その試食会をやったとき、入ったばかりの新しいシェフがカルボナーラを作ったんです。それを見たときに、私はすごく怒りを感じたんですね。
──なぜ、カルボナーラに怒りを……?
 そこには「自分たちらしい価値」が全然なかったからです。カルボナーラのメニューはよその店にもあるし、もっとおいしいカルボナーラだってある。だから、われわれの店でカルボナーラを出すことに、いったいどんな意味があるのかと。「これは確かに美味しいかも知れないけど、カルボナーラを作るために、三菱商事を辞めたんじゃない!」と(笑)。
──必然性がない。それは事件ですね。
 自分たちらしさがなにもない、普通のカルボナーラを出すだけなら、人が描いた絵をそのまま描いているようなものなのですから。 
 自分の必然性なんて、世の中の人からするとどうでもいいことですよね。カルボナーラは誰が食べたって、まあ大体おいしいわけだし。でも、どうでもいいことだけど、私は怒りを感じた。
──タコ糸につながってなかったんですね。
 数年前、うちの会社でSoup Stock Tokyoの冷凍スープを担当している営業部長が、ある小売店さんに「景品として扱いたいので、600万円分のスープを買いたい」と言われたけど、彼はそれを断ったんですね。
 断わった理由は、その店頭に「Soup Stock Tokyoのスープが当たります」みたいなポップが貼ってあって、そこにSoup Stock Tokyoのマークがついているという状況が想像できなかったからだと。みんなそれぞれがあるべき「Soup Stock Tokyoさん」の価値を作り守っていくということです。
──なるほど。従業員のみなさんも、それぞれ自分の気持ち、Soup Stock Tokyoへの「好き」に責任を持っているんですね。
 最近、「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」というお弁当屋さんを始めたんです。そのときに、SNSに投稿した文章があるんですが、まさにそんなことなんです。
自分で書いた字はさすがに自分も好き。好きに書いているから当たり前か。
自分たちで作ったブランドは自分も好き。好きで作っているから当たり前だ。
その当たり前が、いかに少ない世の中か。誰のものでも、誰の好きでも、誰の責任でもないものたち。
できれば、誰かの好きに溺れたい。 
(遠山正道氏 instagramより)
 そもそもビジネスは大変だから、好きなことじゃなきゃやっていけないですよね(笑)。 
──そう考えるとシンプルですね。
 余談ですが、この店の題字はクリエイティブに頼まれて私が書いたんですね。
 この間、おふくろが店に来てて、ちょうど鉢合わせたので、「この字、俺が書いたんだよ」と言ったら、「そんなのわかるわよ」って(笑)。
(編集:中島洋一 構成:藤村はるな 撮影:岡村大輔 デザイン:國弘朋佳)