問われるのは、企業の従業員保護の本気度


 うつ病を中心としたメンタルヘルス不全による休職が社会問題になりつつある。企業は、従業員のメンタルヘルスの把握に本腰を入れなければならない時代に突入した。

 従業員のメンタルヘルスを診断する企業向けのサポートツールが数多く登場しているが、人材管理システム会社のサイダス(東京都港区)が投入した「サイダスケア」は、従業員のメンタルヘルスの状態を可視化できるのが特徴だ。

 新サービスでは、適性診断、人事情報などの人材データから従業員のストレス耐性を独自のアルゴリズム(計算手法)で指標化。出退勤データから欠勤や遅刻の状況を抽出し、メンタルヘルスをリアルタイムに管理する。メンタルヘルス不全で休む前兆を発見した場合には、企業にアラートを出す仕組みだ。


サイダスケアのサービス画面。利用料は従業員数に応じて決まり、1000人の場合は1人当たり月額350円(当初3カ月間は無料)。サイダスは今後、 EAP(従業員支援プログラム)提供企業と提携し、サポート体制も整備する予定

メンタルヘルス不全の予兆となる勤務パターンを特定

 同社はビッグデータ解析の手法を活用。40万人のビジネスパーソンのデータを基に、メンタルヘルス不全で休んだ人の性格や資質、勤務状況を分析し、メンタルヘルス不全で休職する場合に一定のパターンがあることを見つけ出した。例えば、ストレス耐性の低い人が、「週2回遅刻+月2回欠勤」や「月曜日と火曜日の欠勤が多い」といった勤務パターンになると、危険な兆候だという。


サイダスの創業社長である松田晋氏

 「メンタルヘルス不全は、本人の資質や勤務状況だけで起こるわけではない。上司や同僚との相性も重要」と、サイダスの松田晋社長は指摘する。

 同サービスでは、蓄積された人材情報を基に、上司や同僚との相性も可視化。どの上司と組めばストレスがかかりにくいかといったことも一目で分かる。「ストレス耐性が低くても仕事面で優秀な従業員は多い。休職したら企業にとって損失は大きく、予防することが重要」と松田氏は話す。

 メンタルヘルス不全で休んだ従業員が復職する際に、最適な部署や役割を見つけ出す機能も実装。メンタルヘルス不全の再発防止にも活用できる。

激増する精神疾患による労災認定

 メンタルヘルス対策は、待ったなしだ。厚生労働省の患者調査によれば、うつ病を含む気分障害の患者は、1996年に43万3000人だったのが、2008年には104万1000人にまで増加した。また、2012年に精神障害で労災認定された人は、前年度の1.5倍近い475人に上り、3年連続で過去最多を更新している。自殺者数は年間3万人を超える状態が続いているが、その原因の1つがうつ病とも言われている。



全従業員のストレス診断を義務化

 対策に政府も重い腰を上げた。厚生労働省は今年1月、経営者に対して、全従業員への年1回のストレス診断を原則として義務づける労働安全衛生法の改正案を発表。同省の案では、医師か保健師が質問票を使って従業員のメンタルヘルスをチェックし、従業員が希望した場合は医師による指導が受けられるようにする。

 加えて、経営者には、医師の意見に基づいて残業の制限や配置転換、深夜勤務の削減などの検討を求める。改正案は通常国会に提出、2016年春頃の施行を目指す。 

 従業員へのメンタルヘルスケアは、大企業を中心に広がってはいるものの、実施している企業は全体の47%にとどまる。特に、産業医のいない中小企業では普及が遅れている。法律が施行されれば、多くの企業が対策に追われそうだ。

自己申告型ストレス診断の限界

 ストレス診断の義務化に関しては、専門家の間でも賛否が分かれる。

 問題視されているのは、従業員が企業内での不利益を恐れて、不調であっても訴え出ない可能性があるということだ。「真面目な人ほど、追い詰められている状況を自分からは訴えず、表に出にくいのでは」とサイダスの松田氏も語る。

 メンタルヘルスに関する企業側の理解が進んでいない現状では、労働者の自己申告に頼る診断だけでは、メンタルヘルス不全に至る小さな芽を見つけ出すのは難しいかもしれない。

 また、ストレス診断で高ストレス状態だと該当した場合、既に休職一歩手前まで追い込まれている可能性がある。「資質などを踏まえた上で、従業員にストレスがかかりにくい環境を事前に作ることが、一番のメンタルヘルス不全の予防」と松田氏は語る。

 ストレス診断の義務化しかり、ITを駆使したサイダスの新サービスの登場しかり、従業員のメンタルヘルスの把握に関しては、少しずつ対策の形が見え始めてきた。だが、最も重要なのは、企業がどこまで本気で取り組むかどうかである。

 例えば、サイダスケアは勤務データを参考にメンタルヘルスの状態を推測するが、勤務データが適切であることが大前提。また、メンタルヘルス不全の従業員に関するアラートを受け取った後、どこまでその従業員をフォローするのかも現状では企業次第だ。

 サイダスケアに関して、ネット上では賛否が飛び交っている。否定的な意見としては、「メンタルヘルス不全の予備軍を把握した企業が、その社員を解雇するのでは」といった運用面の不安が目立つ。企業側は、どういう意図で同サービスを使うのか、運用ルールなどを含めて従業員側に公開・説明することが必要だろう。

 初めからストレス耐性の強い人材を採用したいと考える企業も少なくないだろうが、それでは優秀な人材を採りこぼしている可能性がある上に、人材の多様性が失われてしまう。この失われた20年、成長を維持するためにコスト削減や効率化など従業員に大きな負担を強いてきた企業は多いはずだ。従業員をいかに守るか、企業はそろそろ本気で考える時ではないだろうか。