2部降格も観客5万人超。ハンブルガーSVのマーケティング戦略

2018/10/4
54年261日36分5秒――。
1963年に16チームで始まったドイツ・ブンデスリーガ。創設メンバーのうち、唯一1部にとどまり続けていたハンブルガーSV(HSV)の在籍期間を示す時計が昨シーズンついに止まったことは記憶に新しい。
振り返れば、チームは2011−12シーズンからリーグ戦では下位に低迷。ビジネス面でも、世界の売り上げトップ20クラブが名前を連ねるデロイト社発行の「Football Money League」に2015年版からは掲載されなくなってしまっている。
この長期低迷傾向の中で、初の2部を戦うことになったHSVであるが、そのホーム開幕戦の集客率は100%。キャパシティと同じ5万7000人のサポーターでスタジアムが埋め尽くされたのである。これはドイツ2部史上最多であるという。
ブンデスリーガで3回、欧州CLで1回の優勝を誇るHSVは今季2部に降格したが、開幕戦で満員のファンが詰めかけた
海外では、クラブの降格にもかかわらず、開幕戦が満員になる事例がいくつか報道されている。
代表例はスコットランドの古豪・レンジャーズ。2012年2月にクラブが経営破綻し、ペナルティとして翌シーズンからの4部降格が言い渡されたものの、その開幕戦は集客率98.1%。5万48人収容のスタジアムに4万9118人が詰めかけたのだ。
日本でも、J1から降格したクラブがJ2 でのホーム開幕戦を集客率90%以上にした事例が2007年から2018年までの間に一つだけ存在する。2017年の名古屋グランパスの93.5%(20,223人中18,918人)だ。以降は2013年シーズンをJ2で戦ったガンバ大阪の85.9%(2万1000人中1万8041人)が筆頭であることからも、苦戦をしている様子がうかがえる。
こうした海外と日本との差には、もちろん文化や歴史といったフットボールの「根付き方」をはじめ、税制や行政的支援といった社会制度の違いがあり、それが多くを占めているといっても過言ではない。それらを十分承知した上で、今回はHSVのマーケティングに着目し、2部降格にもかかわらずホーム開幕戦を満員にできた理由に迫ることとする。
本稿は2018年8月に筆者がアルビレックス新潟とともに企画・参加した「欧州フットボールビジネス研修」におけるハンブルガーSV本社でのマーケティング戦略講義を基にしている。
この場をかりて、講師を務めていただいたマーケティング&インターナショナルマーケット担当ディレクターのフロリアン・リーペ氏、プロジェクトコーディネーターのティム・フューバー氏、そして今回の研修全体をアレンジしていただいたアルファマネジメント社の山崎純氏、重松直志氏に感謝申し上げたい。

HSVとファンの特徴

HSVのホームタウン・ハンブルクは、古くから港湾産業で栄えた人口177万人を誇るドイツ第2位の都市である。
同じ街には宮市亮選手が所属するザンクトパウリ(2部)が存在するものの、ブンデスリーガ「オリジナル16」の一つであること、永く一部に居続けたこと、前身となるクラブがドイツで2番目に古いサッカー専門フェライン(同好会、協会、NPOの意)であることなどから、圧倒的な支持を得ている。
ドイツの人口ランクトップ3の都市とその位置関係(グーグルマップおよび2015年の国連データを基に作成)
リーペ氏は、
「ブンデスリーガの調査によれば、ドイツ国民約8300万人中1700万人がHSVに対して好印象を持っており、その中の300万人は『自分たちのチーム』という強い意識を抱いています。バイエルン・ミュンヘンとは異なり、好き嫌いがはっきりしている点も特徴です。内部に目を向ければ、年間48ユーロの年会費を支払うクラブメンバーが8万7000人、さらにクラブから公認を受けた1000以上のファンクラブが存在します」とその特徴と強固なファン基盤を説明する。
ハンブルガーSVマーケティング&インターナショナルマーケット担当ディレクター:フロリアン・リーペ氏(筆者撮影)

クラブとの絆強化と未来への投資

ファンクラブには、非営利目的でのHSVロゴ使用権が認められていたり、会合への選手・マスコット派遣も行われていたりする。もちろん、後者は求められる全てに応えられるわけではないが、時間をかけてでもその全てに足を運べるように配慮がされている。
その一方で、フューバー氏は「8万7000人いるクラブメンバーのボリューム層は41~65歳。ここが全体の44%にあたります。スーパースターも不在であり、良い選手もビッグクラブへと引き抜かれてしまう傾向が強いため、いかに早い時期からクラブのファンを作るかということが最大の課題になっています」と指摘する。
そこで、数年前からHSVではキッズマーケティングに注力している。内容は、子ども専用のクラブメンバーシップ(キッズクラブ)、マスコット、そしてスクール展開の3本柱だ。
ハンブルガーSVプロジェクトコーディネーター:ティム・フューバー氏(撮影:鈴木創氏)

キッズクラブに表れる特徴

キッズクラブは、14歳までが対象となっており、初回の登録料が15ユーロ、年会費が32ユーロとなっている。ファミリーブロック内の座席への氏名掲載権や、選手入場時のエスコートキッズ参加権といった特典が付与されている。
現在の会員数は約6400人で、内訳は0~5歳が15.5%、6~10歳が44.5%人、11~14歳が40.0%となっている。今年8月からは、0~5歳までの会費を無料にする施策も始まった。
なお、会員のうち、ハンブルク出身者は1700人であり、ホームタウン外からの申し込みが多いのも特徴の1つだ。これは地図で示したハンブルクの地理的要因の影響と思われる。

マスコットを通じたアプローチ

「ディノ・ヘルマン」は、15年前に誕生したクラブマスコットである。
クラブ公式マスコット:ディノ・ヘルマン(公式フェイスブックから転載)
明るく、前向きな性格であるこのキャラクターは、選手、クラブスタッフ、そしてサポーターから熱烈に愛されたクラブの顔とも言うべき伝説的マッサージャーで、2014年2月にがんのため亡くなったヘルマン・リーゲル氏が基になっている。
彼が闘病のため、2004年にハンブルガーSVとの契約を解除した際、クラブとサポーターが話し合い、新マスコットにその名を冠することが決められた。こうした背景を持つことから、ディノ・ヘルマンは誕生当初からサポーターの心をつかむ人気マスコットである。
見た目と異なりフットワークも軽く、会員からの要望に応じて誕生会や地域のイベントにも積極的に参加する。その年間出動回数は600回にも及ぶ。
SNSを通じた情報発信にも積極的で、フォロワー数は公式インスタグラムで約3万人、公式フェイスブックページで約5万人にのぼる。まさに、オンライン・オフラインを問わず、キッズマーケティングを進める上での中心的な役割を果たしている。
スタジアム正面入り口に設置されたクラブの伝説的マッサージャーであるヘルマン・リーゲル氏の銅像(筆者撮影)

ドイツ最多のスクール参加者

サッカースクールは6~13歳が対象であり、サッカーのレベルに関係なく、誰でも参加できるものになっている。夏休みなどの長期休暇期間中を中心に、地域クラブへのコーチ派遣や、スタジアム内でのトレーニングプログラム、宿泊を伴うキャンプトレーニングなどが提供される。
年間の参加者はドイツ最多ののべ1万1000人。特典として全員に名前入りユニホーム一式や水分補給用ボトルが提供される。
「スクールに関しては収益をあげることではなく、ユニホームを着てスタジアムに来てもらうことや、学校での口コミを通じたクラブへの興味拡大を目的としています。特典のユニホームとボトルに名前を入れるのは、後者を促すための施策です。また、コーチを派遣する地域クラブには、ハンブルガーSVと自クラブとのフラッグを同時に掲げてもらい、コラボレーションしていることをアピールしてもらうようにもしています。さらに現在は、中国、デンマーク、ポーランドでのフランチャイズ展開を進めており、今後も積極的な海外進出を図る予定です。(この講義を聴講した)アルビレックス新潟とコラボするのも可能ですよ」とフューバー氏は語る。
サッカースクール参加者の推移(筆者撮影)

キッズマーケティングからの学び

こうしたキッズマーケティングは、クラブの将来的なサポーターを創造し、育成するための長期的取り組みといえる。
もちろん、日本でも子ども向けの活動は古くから実施されている。
しかし、キッズクラブであればファンクラブ運営部、マスコットであれば試合運営部かホームタウン推進部、スクールは普及部でSNSは広報部というように、「部署の壁」に遮られてしまっていることが多い。
そのため、HSVのように、子ども向け活動がクラブの歴史を含むマーケティングという観点で統合され、クラブ全体のストーリーとして束ねることができれば、より大きな成果を得ることができるのではないだろうか。
次回はHSVの降格時における緊急対処時のマーケティングについて触れることとする。
(バナー写真:アフロ)
※JリーグにおけるJ2降格クラブのホーム開幕戦集客率に間違いがあり、修正しました