福岡発「旅行×決済×QR」で挑む新たなカスタマージャーニー

2018/10/4
大手企業がオープンイノベーションの必要性を察知し、いたる所でビジネスコンテストが開催されている。旅行業界の最大手、JTBグループのJTBビジネスイノベーターズその1社だ。

同社にとって初めてとなる「Travel・FinTech ビジネスコンテスト」には、51社のスタートアップが応募。複数の審査を経て、最終選考の「DEMO DAY」には5社がプレゼンを行い、サービスの魅力を伝えた。最優秀賞に選ばれたのは、QR決済サービスを展開する福岡県に本社を置くAliveCast。

賑わいをみせるQR決済業界の中にあって、旅行業とのシナジーが発揮される同社の強みとは何か。そして、JTBが期待した理由とは。AliveCastの代表取締役である中村理氏と、JTBビジネスイノベーターズの代表取締役社長であり、コンテストの審査員長を務めた永山哲男氏に話を聞いた。
旅行業でも自前主義では成り立たない
──JTBグループにおけるJTBビジネスイノベーターズ(JBI)の役割や、これまでの歩みを教えてください。
永山 JTBには、もともと市場開発を担当するセクションがあり、それが2006年に分社化して現在に至ります。グループが旅行事業を行う中で、その人々の交流に必要なソリューションを新規事業として手がけてきました。
 例えばコンビニにあるマルチメディア端末での決済を初期の段階から始めたのはJTBです。また、全国のホテルや旅館のクレジット決済端末は、旅館だけでも5000台ほど導入されています。他には、トラベラーズチェックを扱う事業もJTBが金融機関以外で最初に開始しました。
 最初の約10年は、さまざまな新規事業の開発を行ってきましたが、結果的に金融認証決済に非常に強みを持つこととなりました。そのことは、グループの中でも認識され、2016年からは金融認証決済にドメインを絞って事業展開することになり、新たな歴史が始まったところです。
──社名のとおり、新規事業をミッションに掲げる会社として、なぜこれまで手がけたことがなかったオープンイノベーションのコンテストを開催することになったのでしょうか。
永山 これまでのように、自社で開発して自社で運用するのは、時間もかかるしお金もかかる。この激動の時代では、大企業にありがちな「自前主義」がそぐわなくなってきました。
 世の中がオープンイノベーションに進んでいることもあり、それぞれの強みを発揮してターゲットに挑戦し、Win-Winの関係を築こうと、2年ほど前からオープンイノベーションに大きく舵を切って、専門人材の採用やスタートアップとの協業などを実施してきました。
 私自身もシリコンバレーやシンガポールまで行って、アクセラレータやスタートアップの温度感や技術に直に触れて、実現できたらいいなと思っていたものが、実はもう実現されている世界が結構あるんだと認識して、一気に動きを加速させたんです。
 そして今回初めて、ビジネスコンテストという手法の効果を実証することになったわけです。
Travel・FinTech ビジネスコンテストの様子
──JTBグループは巨大な組織であり、優秀な人材も豊富だと思いますが、それでも閉塞感があり、他社の力を借りたほうがスピーディーにイノベーティブなものを作れると感じたんですね。
永山 正直に言えば、当社はグループ全体が比較的保守的。それに国内の旅行業の中で圧倒的なスケールがあるので、新規事業よりは現行業務に重きを置いてきて、新しい取り組みには少し時間がかかったり、当たり外れも大きかったりするのが実情でした。
 たしかに、JTBグループ全体の社員数は2万7000人という規模はあるんですが、その大部分は営業や店頭販売が中心です。ですから、マーケットで活躍されているスタートアップの皆さんからも技術や知恵を提供していただいたほうがいいと考えています。
 それから、分社化しただけでは大きなグループの一セクションという立場のままです。自前主義ではナレッジの蓄積が遅く、進化しにくい環境に陥ります。
 ですから、旅行回りでのクレジット、外貨、金融認証に関わるようなビジネスの実績をベースに、会社として金融認証決済にフォーカスする方向性を明確に打ち出せたことで、こうした課題を克服できると期待しています。ある意味、旅行よりも広いマーケットにチャレンジすることになるので、より世の中に通用するサービスを手がけたいですね。
──今回のコンテストで、永山さん自身が期待していたゴールは達成できましたか。
永山 さまざまな決済を手がけてきて、次の展開のヒントなり道筋なりが見えればいいなと思っていました。その中でQR決済は、私たちがチャレンジしなければいけないものの一つだと考え、その動向を注目していました。今回、自前では生まれにくいアイデアや技術に時間を掛けずにアプローチできたのは、とても有効な手段だったと思います。
 今回の最優秀賞を受賞したのも、QRコードを起点にしたサービスを手がけるアライブキャストでした。
旅行の課題は「お土産」
──アライブキャストのサービスをまずは教えてください。
中村 私たちは福岡を拠点に、「ExOrder」というQRコードの決済サービスを提供しています。決済と言ってもレジや窓口での手段ではなく、商品やカタログのQRコードをスマホアプリで読み取ることで、サービスの提供や配送までを完結できるのが特徴です。
──なぜ今回のコンテストに参加しようと思ったのでしょうか。
中村 理由の一つは、ビジネスコンテストへの参加が知名度を広げる場だからです。QRコードでの決済サービスがたくさん出てきて、私たちにとってもチャンス。この時流に乗るには、いろんなビジネスコンテストに応募したいと考えていました。
 それから、私たちのサービスが当初から強いと考えていたシーンが、お土産の購入だったことも大きいですね。
 旅行に行ったらお土産を買いたいんですが、買ったら荷物になってしまう。そうすると、本当は行きたいところがあったけど、もうホテルに帰ろうって話になるわけですよ。そこでしか買えないものがあると、旅の行動範囲が狭くなってしまう。それに、人気商品がある店ほどレジで並ぶことになります。せっかくの旅行なんだから、その時間で観光したいですよね。
 このサービスなら、お土産のPOPにあるQRコードを読み取るだけで、ホテルや自宅に帰ってから受け取れます。並ぶ必要がないし、荷物を増やさない。現金を持ち歩かずに済むし、買い忘れにも対応できます。お土産問題を根本的に解決できるんです。
 だから、お土産と親和性の強い旅行の大手企業とは、ずっと組みたいと思っていました。
──大手と一緒に展開する魅力は、具体的にどのようなものですか。
中村 面で広げられる点ですね。その店だけで買うわけじゃなくて、旅行中にいろいろな場所やシーンで使える状態にすれば、本当に普及していくと見込んでいます。
 お土産屋さん一店舗に入れただけでは、何も起こらないんですよ。お店の方も、まずExOrderの説明から始めないといけないし、ITリテラシーの問題が発生します。「これ、ホテルに届くんですよ」なんて、いちいち説明するのはコストが掛かり過ぎます。お客さんにとっても、現金を出した方が早いという話になります。
 それをクリアするには、QR注文・決済を利用できる場所をたくさん用意して面にし、当たり前の決済手段として認知されないといけない。店舗単位で採用されたとしても、点でしかないので定着しません。だから、観光地に幅広くリーチできるJTBが魅力的なんです。
 現在の採用実績は、100社を超えました。今回のコンテストを経て、まずは特定エリアでやりましょうという申し出がJBIからありました。面でとるために、すごくインパクトがあることなので、とてもありがたいことです。
発想の原点は通販サイトで痛感した課題
──QR決済サービスが多発している中、このユニークネスを生み出せたのは、どういった発想があったからでしょうか。
中村 このExOrderの企画案は、5年ほど前に出てきたものです。会社自体は2005年にスタートして、ホームページの制作やアプリ開発を続けてきました。この頃、中小企業の運営する通販サイトの構築を依頼される中で、ITリテラシーが低いという問題に直面しました。
 中小企業は、サイトでなくチラシのような販促物がないと現状では導入は難しい。それから、いろいろなECサイトを納めていましたが、大手ECサイトに押され、売上につなげるためには、さらに多くの広告費をかけることが必要ですが、それをペイできない場合が時間ととともに多くなってきました。
 ちょうどその時、スマホが出てきたこともあり、スマホに販促物を組み合わせる工夫ができないかと考えました。そのほうが、中小企業の受けがいいだろうという考慮もあって。だからECサイト制作の事業をやっていなければ、ExOrderは絶対に生まれてこなかったと思います。
永山 着想がなかったかもしれないですね。
中村 なかったですね。ECを知っているからこそ、今の問題点を先取りすることができました。アリペイが流行る前から、単にホームページに飛ぶだけでなく、こういうQRだったら利用されるだろうなというイメージは持っていて、今ここまで来ました。
──5年前に着想して、商品化したのはいつだったんですか。
中村 4年前ですね。最初、全くダメでしたね。明太子の通販をしている「ふくや」さんが採用してくれたんですが、やっぱり点の展開は難しいんですよ。「ふくや」は日本で初めて食品の通販を始めた会社で、利用者も多いんですが、QRコードで決済できることをわかってもらえなくて。でも、いずれ時代が来ると思ってたので、やめませんでした。他の事業の利益を全部投入して継続し、ここまでたどりつきました。
「ペイ」ではなく「オーダー」を抑える
──今回のコンテスト、最終選考に残ってプレゼンを実施したのは5社でした。その中で、なぜアライブキャストだったのでしょうか。永山さんは審査員長として、どのようなポテンシャルを感じたのですか。
永山 いくつかありますが、一つは、非常にシンプルなビジネスモデルを作っていることです。QRを読み込んで、買って、発送するというのが非常に分かりやすい。
 もう一つ、旅行業がマネタイズしにくいシーンで活用できるサービスだったからです。私たちは旅行を「タビマエ、タビナカ、タビアト」の3つで捉えています。タビナカは、なかなか売る材料がなくて、決済を押さえるツールは、この課題にピッタリはまるんです。
 それから、セキュリティですね。特に個人情報に関しては、非常にリスクの低い仕組みを取っていることが評価できるポイントでした。
──どういう仕組みなんですか。
中村 多くのECでは、メールアドレスとパスワード、個人情報を入れます。その情報は、インターネットでつながったクラウドシステム上で一元管理されているので、攻撃されたら全部盗られるんです。セキュリティーは、いたちごっこです。どんなに対策を取っても、悪い奴は出てきてしまう。私たちもセキュリティーを継続的に強化していますが、いつもドキドキしているんですよ、いつも。
 だから、情報を分散管理できて、インターネットでなるべく追いかけられない場所はどこだろうと考えた結果、ユーザーのスマホの中に暗号化して置いておいて、必要なときに暗号化して送ることにしました。
 よく企業は個人情報が欲しいと言いますが、本当は個人情報ではなく属性情報が欲しいんですよ。住所や電話番号ではなく、30代の男性で、横浜市に住んでいて、何を買ったかといったマーケティングに使える購買行動者の属性が欲しいんです。そこで、属性情報だけをクラウドに保存して、個人情報と分離すれば、企業の納得感も出てくるんです。
永山 こうした発想も、ECで積み上げた知見があってこそだと思いますね。それから、JTBはグループ全体で1.7兆円ぐらいの取り扱いがあっても、属性データがまだ使いきれてません。少しずつでも仕組みを変えていきたいですから、その点でも有効だなと思っています。
中村 多くの新しいペイメントサービスが誕生していますが、キャッシュレスを進めるだけのものも多いんです。ところがExOrderでは、消費者の購買行動の3つのフェーズを将来的におさえることができるのです。
──3つのフェーズ、というと。
中村 まず「セレクト」、商品を選ぶことです。それから「オーダー」で、注文する場面です。最後に「ペイ」ですね。この中で、データが貯まるのはオーダーなんです。どの商品の組み合わせで、どういう販促物で、どこで買ったか。だから私たちは「○○ペイ」ではなく「エクスオーダー」という名前を付けたんです。
 オーダーのデータは、セレクトの場面でレコメンドとして生きてきます。だから、オーダーを押さえることによって、この3つのフェーズを全部取れるんですよね。だからこそ、軌道に乗るまで諦めなかったんです。
グローバル展開も視野に
──これまでのところ、どういった場面で大組織とスタートアップの違いを感じていますか。
永山 スピード感の違いは、明らかにあります。それは組織の問題だったり人の問題だったりしますが、それは遅いほうがキャッチアップしないといけないと思うんです。
 それから、イノベーションに取り組む時にはフォーカスをきちんと絞って、何を目指していくか、一緒にやって頂けるスタートアップがどこなのか、はっきりさせないといけない。ぼんやり風呂敷を広げると、情報交換だけにで終わってしまい、なかなか進展しないと思うんですよ。最初だけはいろいろと情報交換しながらですが、あるところで攻める対象を決めて、そこに集中する必要があると感じますね。
──最後に、コンテストからこれまでの間で、両社で進んでいる協業の話を教えてください。
中村 お土産以外では、まずチケット系での決済です。オプショナルツアーなど紙のチケットになっている部分を電子チケット化していこうという話をしています。
 それから、私たちは以前からハワイ展開を考えていたので、これも一緒にやりましょうということで進めています。
永山 グローバルは私たちでも課題にしているところです。しかも、発行しているパスやミールクーポンは紙が中心なので、データが貯まりにくい仕組み。これはJTBだけでなく世界中ある話で、切り込む余地はあるし、QRコードならローコストで実現できるので非常に魅力的ですよね。
中村 クーポンだと、無料なのでペイがないんですよ。だけどデータは欲しいわけです。
 ハワイはコンパクトシティで、何でもあるんです。しかも、お土産が重要な場所です。さらにアメリカ人が6割ぐらいで、日本人が多く、中国人と韓国人もいる。これは将来、通販市場が大きいアメリカへ展開することを視野に入れると、非常に得るものがあるんです。
永山 グローバルも視野に入れていきましょう。
Winner’s another voice 優秀賞
 マッシュルーム 代表取締役 原 庸一朗
優秀賞の輝いたマッシュルームの原庸一郎代表取締役は、今回のイベントについてどのような感想をいだいているのか。数多くのピッチイベントに参加している原氏は、「スタートアップは人的、金銭的にも余裕がなく、大企業と共同で新規事業を立ち上げるオープンイノベーションという手法は、賛否両論があるが、私としては効果的だと思っています。
数多くのオープンイノベーションが開催されるなかで、当社にもいろいろとお声がけをいただきますが、私が参加しようと思うのは、明確なテーマがあるかないか。「テクノロジーを使った共同事業の立ち上げ」のような漠然としたテーマ設定の場合、話が進みにくく大概話が進まないように感じます。
オープンイノベーションコンテストが効果を発揮しない理由は、大企業とスタートアップのスピードや商慣習の違いなどが言われるが、本質的な問題は両者が明確な協業分野をイメージできるテーマ設定がされているかだと思う。
今回私が参加したのも、トラベルフィンテックという明確なテーマがあったから。優秀賞をもらって、具体的な協業の話が進んでいますが、とてもスムーズで話が早い」と語り、効果を実感している。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:森カズシゲ)