【ビジョン力実践講座】“アフターメルカリ”の旗手が描く企業戦略

2018/9/28
 上場前に170億円を調達したメルカリの上場を機に、活況を呈するスタートアップ業界。そんな“アフターメルカリ”の変革期において、自社のビジョンをどう描き、どうチームに浸透させていくのか――。
 そんな問いに答えるべく、9月7日に行われたトークイベント『スタートアップのための“ビジョン力”実践講座』。ホストはメルカリを始めとして多くのスタートアップを成長させてきた、グロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一氏
ベンチャーキャピタリスト。グロービス・キャピタル・パートナーズで、コンシューマ・インターネット領域の投資を担当している。戦略コンサルティングファーム、ハーバードMBAを経てグロービスに参画。主な支援先:アイスタイル、オークファン、カヤック、クービック、ピクスタ、しまうまプリント、ナナピ、ビーバー、ミラティブ、メルカリ、ランサーズ、リブルーなど。
 ゲストには、株式会社ミラティブの赤川隼一氏迎えた。高宮氏が“Nextメルカリ”と太鼓判を押す赤川氏は、DeNAの最年少執行役員を経て、2015年に社内事業としてMirrativを立ち上げ、2018年に独立。スマホ画面のライブ配信によるゲーム実況というハイポテンシャルなマーケットに対し、eスポーツとは一線を画したユニークな視点から切り込む。
1983年広島生まれ。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、2006年DeNAに新卒入社。広告営業・マーケティング・企画マネージャー職を経て、2010年「Yahoo! モバゲー」を責任者として立ち上げ。2011年5月、DeNA Seoul立ち上げ。2012年1月から社長室長、同4月から執行役員として海外事業、ブラウザゲーム事業を管轄(28歳での執行役員就任は現在までDeNA史上最年少)。2015年に執行役員を退任し、Mirrativを立ち上げ。2018年3月にDeNAからMirrativ事業をMBOで買い取る形で株式会社ミラティブを設立。
「『エモい』が口癖なのに、ロジカル・モンスターともいうべき、戦略性を持っている」。高宮氏は赤川氏をこう評する。
 モデレーターには、ラジオDJのサッシャ氏を迎え、会場に若き起業家たちが集う中で、赤川氏が創業期スタートアップの立ち回りについて高宮氏と赤裸々に語り合った。
ドイツ・フランクフルト出身。日本語、ドイツ語、英語のトライリンガル。ドイツ人の父と日本人の母の間にドイツで生まれ、小学校4年生の時に日本に移住。FMラジオ局J-WAVE「Step One」およびAMERICAN EXPRESSプレゼンツ「Pick One」ナビゲーター、日本テレビ系列「金曜ロードSHOW!」ナビゲーター。また、スポーツ実況アナウンサーとしてモータースポーツ、自転車レース、J.League、バスケットボールそしてヨットレースなどを担当。オフィシャルHP
 最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスを掘り下げる連載企画「スタートアップ新時代」。創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの特別プログラムから記事をお届けします。

“アフターメルカリ”の世界の中で

サッシャ メルカリ上場によってスタートアップの環境がガラっと変わったということで、高宮さんがスタートアップの生存戦略として、『Think Big』『プロジェクト型起業の作法』『WHATを磨く』という3点を挙げてらっしゃいます。
高宮 ええ。先日NewsPicksでお話したように、メルカリって、上場までに170億調達しているんです。僕が2010年にnanapiに3億投資したらニュースになったのが、今ではワンラウンドで10億調達するのは、もはやそんなに難しくなくなっています。
 そうなってくると、最初に良いプロダクトさえあれば、いかに資金注入をしてレバレッジをかけ、早く市場を席巻して後発企業を抑える、つまり先行者利益をとる戦略がとれるようになってきています。より可能性を試せる環境での生存戦略が、先の3点でした。
サッシャ そんな中で今日は、どんなところに着目して赤川さんを指名されたんですか?
高宮 赤川さんが立ち上げたMirrativは、表面的にはゲームプレイ動画のライブ配信サービスなのですが、実は単なる配信サービスではなくて、膨大な数のユーザーが、ゲームをフックに熱量高くコミュニケーションをするコミュニティになっています。
 ゲームプレイ動画市場は中国を始めとしてアジアではすでに顕在化していますが、欧米ではeスポーツのマーケットはあっても、ゲームを楽しみながらコミュニケーションを取る領域がまだ空白地帯。従って、顕在化しているアジアを攻めるも、これから立ち上がる欧米を攻めるも、いずれにしてもグローバルにスケールするチャンスがあります。
 そんな事業ポテンシャルに加えて、赤川さんの経歴を見ると、DeNAの最年少執行役員。戦略性もあるのに、口癖は「エモい」(笑)。人の心を引き付ける熱い一面もあるので、経営者として非常に魅力的です。
赤川 僕自身も初めての起業ですし、実態はまだまだ赤字経営です。とはいえ、“アフターメルカリ”という世界を目指せる経済環境の中で、やるからには志を高くレバレッジをかけて攻めよう、というスタンスで経営しています。

ネットを通じた“わかりあいの場”を

サッシャ 「Mirrativ」はスマホ画面のライブ配信ができるサービスですよね。このゲーム実況、ゲームプレイ動画市場について、少し説明してもらえないでしょうか。
赤川 実は今、YouTubeの再生回数の20%前後はゲーム実況だと言われています。2014年にAmazonがTwitch を約1000億円で買収しましたが、当時Twitchのアクティブユーザーが月間1億人。その後の流れとして、スマートフォンゲーム人口がPCゲーム、コンシューマーゲームのそれを凌駕(りょうが)するのは自明だと。
 つまりマーケットでいうと、1億〜2億のアクティブユーザーまで到達できるはず、という前提のもとに始まったサービスがMirrativです。当初は、ゲーム配信というより、広義の「スマートフォンによるライブ配信」としてスタートしましたが、実際のユーザー行動にアジャストした結果、今はゲーム配信中心のサービスとして立ち上がってきました。
 コンセプトとしては「友達の家でドラクエをやっている感じ」です(笑)。
 ドラクエって1人用のゲームなのに、なぜか友達の家で遊ぶという文化がありました。あれは、まさにゲーム実況の源流だと思っていて、コンテンツを中心にしたゆるいコミュニケーションがありました。それをスマートフォン上で再現するのがキーコンセプトです。
 ビジョンという観点では、ミラティブは『わかりあう願いをつなごう』というミッションを掲げています。
 僕は趣味を通じて広がるインターネットコミュニティに強い原体験があって、ネットを通じた“わかりあいの場”を増やしたいという意志が前提にありました。あらゆるコミュニケーションの根底にある、相手に分かってもらいたいという願いを、テクノロジーを使ってつないでいこうという思いを込めています。

エモ起点とデータ駆動

サッシャ 『わかりあう願いをつなごう』というビジョンですが、この言葉選びについて意識したことってなんでしょうか?
赤川 結果的に、プレゼンしながら相手に一番刺さった言葉を多用している側面が事実としてはあります。
『わかりあう願いをつなごう』という指針は、結構時間と期間をかけてメンバーに伝えました。今日のイベントでは起業家同士、学び合いたいので、恥ずかしい部分も含めてさらしますね(笑)。
 まず、僕らの組織では、サービス哲学の目線あわせの場として、毎月1回、事業戦略に直結しない話も含めて、最近僕がどんなことを考えているかをつらつらと話す「エモみ会」というのをやっていました。独立後は「プレミアムエモイデー」という会に進化しています(笑)。 
 例えば去年の11月時点では、今のサービスの置かれた市場環境を振り返りつつ、どんな会社をロールモデルとしたいかについて話しました。暑苦しい話を散々した後に、「組織の標語として“わかりあう”っていう言葉を入れたいんだよね」と。
 この時点では『わかりあう願いをつなごう』というフレーズは僕の中にもありませんでしたが、「Mirrativが提供してるものって、“わかりあい”なんだよね。僕らが提供する価値って“わかりあう喜び”なんじゃないかなぁ」という大雑把な形でメンバーに共有はしていました。
 その後も、何をビジョンにするのかを四六時中考え続ける中で、2月、土曜日の16時頃に「これだ!」と腹落ちしたんです。 
高宮 まさに『Whatを磨き続けた』わけです。ビジョンという点では、その「喜び」と「願い」の微妙なニュアンスの違いがとても大事なんですよね。
赤川 はい。「僕らがやりたいのは“わかりあう喜びを提供する”という一方的なものではなく、それぞれが持っている“わかりあいたい願いをつなげる”ことなんだ」と。
 あと強調したのは「わかりあわせよう」ではないということ。「それは強要であってプラットフォーマーのやることじゃない。僕らの正義を押し付けるんじゃなく、多様な人々に場を提供する会社なんだ」と。3カ月かけてやっと腹落ちしました。思いついた瞬間は、自然と涙が出ましたね。
高宮 ちなみにこの言葉は、赤川さん一人で思いついたんですか?
赤川 2月にカフェで思いついた段階で役員陣にシェアして、フィードバックを踏まえて4月に今のフレーズに落とし込みましたね。その後は、「こんな会社にしたい」という、行動指針の源流になるようなものをまた「エモみ会」でざっくり共有しはじめました。「誰も偉くない組織」、「好奇心で駆動する会社」、「斜に構えない会社」、「性善説での運営」とか。
それから「エモい会社」と言いつつ数字は重要なので「実行はエモだけど、データも細かく振り返ろう」みたいな話を4月の段階で議論していました。毎月、チームに対して自分の考えをオープンにして共にブラッシュアップしていった形です。最終的に完成した指針は、僕らの魂が120%込もっていると思います。
サッシャ テクニカルな話があまりないところが印象的ですね。
高宮 ビジョンの説得力には、そういう情緒的な部分が大切なんですよね。設立して6カ月のスタートアップで、なかなかここまではできません。お手本みたいなプロセスです。
 少なくとも企業規模が30人〜50人になってきたら、創業者とじかに接する時間は短くなってくるので、きっちり言語化してチームに共有するのはすごく大事だと思います。ミラティブは急成長を見越して、先取りしてやってる感じがしますね。
赤川 ミラティブはDeNAの企業内事業からスピンオフする形で生まれたので、会社としては1年目ですが、サービスは3年目。1年目のとにかく立ち上げなきゃっていう時期を何とか乗り越えた段階で、ビジョンや組織に向き合ったという感じですね。

落とし込んでから、にじませる

サッシャ ここまでは対社内の話ですが、次はサービスを外に出していくフェーズになっていくわけですよね?
高宮 コアとなる伝えたい価値があった時に、“伝え方”は相手によってアジャストしていくものだと思うんですね。コアバリューを固めた上で、相手が受け止めやすいように伝え方を工夫することが大切かなと思います。ミラティブはどう伝えてますか?
赤川 「事業コンセプトは『友達の家でドラクエをやってる感じ』で、目指しているものはeスポーツの配信・実況サービスではないんです」というのは、ゲーム会社さんこそ「なるほど」と思ってくれるので、必ず伝えています。
 あとは今年から、特殊な機材も要らずに、誰でもスマホひとつで自分だけのアバターで配信ができる『エモモ』という新しい取り組みも始めました。
サッシャ 誰でもすぐに『バーチャルYouTuber』みたいになれるんですね。
赤川 そうです。その『エモモ』のリリース時に、めちゃくちゃ長いプレスリリースを書きました。
 事業によって違いはあると思いますが、エモーショナルなことを発信するのが許される時代になって、そんな世界観そのものも価値になりつつあると感じています。それもアフターメルカリ的だと思うんですよね。
高宮 顧客との関係にせよ、投資家との関係にせよ、従業員との関係にせよ、PR、IR、ERみたいな、○○リレーションと言う話は、すべてステークホルダーとの信頼関係を作るためのものです。僕たちはこういう価値観で、こういう価値を提供しますと、お約束して、全力でその約束を守り、信頼貯金を積み上げていくようなものだと思っています。
サッシャ 「ビジョン修正のタイミング、ブラッシュアップのフロー、それを誰と行うか」、ビジョン成立までのプロセスをご紹介いただきましたが、高宮さんの視点からみていかがでしょうか。
高宮 ビジョンは、長期視点で抽象度が高いものです。ミラティブのビジョンのように、遠大に見えても普遍的かつ長期的なテーマであるべきです。あまりに短期的で目の前で実現可能なものだと、夢としての求心力が弱くなってしまいます。
 一方で、あまりにも遠大すぎて「世界平和」みたいなものだと、それはそれで個人個人を共感させ惹きつける力が弱くなってしまいます。なので、バランスは大事なのですが、基本的には自分達のドメインを規定しつつ、最終的にはどのような世界を実現したいのか、何を成し遂げたいのかという大きな話であるべきです。
 なので、気軽に修正するものではないし、創業者や経営陣がトップダウンで決めていくものだと思います。
赤川 どの程度対象を絞るか、普遍性を持たせるかは永遠のテーマだと思っていて。例えば、僕の前職であるDeNAだと、『Delight and Impact the World』っていうのがビジョンですけど、いろいろな事業があるから絞り過ぎるのもどうなんだ、みたいな議論はありつつも、世界中を驚かすようなデカいことやりたいよね、という意志を掲げています。
 一方で、ミラティブの『わかりあう願いをつなごう』は、普遍的だけどコミュニケーションが絡まない事業はやりにくくなるよね、みたいな話も当然ある。絞ることで、届く階層が深まる代わりに、共感できない人も生まれるので、どの粒度まで絞るかは議論が必要だと思います。
 初期は、極力絞った方が、仲間を集める観点では良い部分もあるかなと。また、DeNAには『DeNA Quality』という行動指針がある。「こういう人材以外は採用しない」という行動指針ですね。それは、5年に1度ぐらい、細部はチューニングしていました。
高宮 以前、南場さんの『DNA of DeNA』というブログがあったんですが、赤川さんは新卒で最初に執行役員になり、最もDeNAのDNAにピュアなのに外に出て、DeNA的な大きなミッションを掲げて事業を立ち上げています。これ、すごくおもしろいですよね。
赤川 影響は受けていますね。南場さんはずっと「Beyond Google」と言っていて、実体としてはまだ時価総額3,000億円ぐらいの会社だけど、常にGoogleを超えるつもりで旗を振っていた。だから人が集まるというダイナミズムは僕も見てきたし、言っていることが嘘にならないように、自分の中で徹底的に落とし込んでから思いをにじませることは意識しています。

人の巻き込みは信用スコアがあればこそ

サッシャ 最後に、社内起業や新規事業立ち上げ時の、人の確保と巻き込み方についてうかがえますか?
高宮 企業内起業(イントレプレナー)と、独立起業(アントレプレナー)では、似ているようで結構違いますよね。
 前者では、企業のアセットが使えたり、個人でリスクテイクせずに済む一方で、社内ルールや、企業としてその事業をどうしたいか、みたいなところに制約される、あるいは振り回される部分もります。自分で起業すると、リソースがない一方で、誰にも何も言われず、自分で全てを決められる側面があります。
 両方を経験されている赤川さんとしてはどうですか?
赤川 結局人を巻き込むのは、自分の“信用スコア”をすり減らしながらやっていくことだと思っていて、それはどんな形の事業立ち上げも同様だと思います。「このプロダクト、イケてると思うから、一緒にやろうよ!」と熱っぽく語る時の伝わりの度合いって、相手と自分の過去の関わり方とか実績みたいな、積み上げた信用度が影響していると思うんですよね。
 僕はたくさん失敗もしていますが、仕事から逃げなかったのだけは自分に対しても言える。サービス立ち上げの直前も、ブラウザゲームの売上を立て直すための200人位のチームでマネジメントをしてすごく大変だったのですが、逃げずに各局面で全力を尽くしたから、その後で思いついた新規事業をやらせてもらえたと思っています。
 人材確保でいうと、デカい事業を創りたかったので、初期メンバーは全部自分で集めることにこだわりました。それほど人の確保は超優先事項でやり続けてきたし、今でもそう。ただ、会社の中でそれが許されたのも、信用があったからという側面もゼロではなかったと思います。
 地道にやり続けて、ここぞという局面で人に本気で話す。その繰り返しですね。
高宮 “エモさ”という言葉に表れるように、言外の要素で人を魅了しながらも、ビジョンを言語化してきちんと伝える。特に創業初期においては熱いハートと冷静な戦略性。その両面を併せ持っていることは、とても大事なことだと思いますね。
(編集:中島洋一 構成:吉田直人 撮影:工藤 裕之 デザイン:九喜洋介)