ソフトバンクグループが描く“AI群戦略”の現在地

2018/9/28
資本投下した企業のブランドをあえて統一することなく、グループで進化し続けることを目指すソフトバンクグループの“群戦略”。近年はソフトバンク・ビジョン・ファンドなどを通じたAI関連企業への積極的投資が目立つ中、「SoftBank World 2018」の基調講演では孫 正義みずからが “AI群戦略” を強く打ち出した。

満席となったその会場の中に、AIの現在を肌で知る日本を代表するデータサイエンティストであるDataRobotでチーフデータサイエンティストを務めるシバタ・アキラの姿があった。ソフトバンクグループのAIへの取り組み、そして創造しようとする近未来の姿とは。およそ90の出展企業が並ぶ展示会場の中で、ソフトバンクブースを行くシバタ氏の視線を追った。そして、シバタ氏が特に関心を示した群戦略の一角を担う1社、米国スタートアップ企業MapboxのCEOインタビューを紹介する。

◆スマートインフラ

 シバタ氏が最初に足を運んだのは、スマートインフラのコーナー。特に、行き交う人々を追いかけることができる展示内容に興味を持った。ここで使われるスマート情報カメラは、撮影した映像を基地局を通じて全国に配信するサービスだ。
 「ソフトバンクは社会インフラとして全国に通信網を張り巡らせている。この巨大なインフラに付加価値をつけたサービスは無限大に存在する気がします。スマート情報カメラを使えば、交通、防災、犯罪の撲滅、そしてビジネスの促進などさまざまなことに使えますし、今回の展示を見て、認証速度や精度の高さを感じられました。スマートインフラにはかなりの可能性を感じますね」とシバタ氏は語っていた。

◆スマートビルディング

 次に訪れたのはスマートビルディング。VRやARを使って建設前にCADの設計データを実寸で把握できるというもの。
 これまでは、設計データは通常のテキストや静止画像に比べて容量が大きく遠隔地間のデータのやり取りや、モバイル環境での利用や汎用マシンでの利用が進まなかった分野だが、マシンの高性能化とともに、今後5Gのインフラが整えば大容量のデータ通信を送受信可能になり、建設現場での作業を効率的に進めることができる。普及が期待できるソリューションだ(関連記事はこちら)。
 「VRやARはコンシューマプロダクトのイメージが強く、ビジネスでの活用はまだまだな印象がありました。ただ、この展示を見て、ビジネスに耐えうるレベルに到達していると実感しました。ハードデバイスの普及だけでなく、通信、ソフトウェアの充実・進化がVRやARの普及には必須ですが、すべての要素が想像以上に進化していると感じます」

◆スマートストア

 続いて足を止めたのは、スマートストア。ここでは完全無人化された店舗を来場者が実際に体験できる。カメラと人感センサー、棚のはかりによって、人と手に取った商品を自動認識。会計の時に、無人レジにかごを置くだけで電子マネーを使って決済する仕組みだ。
 「センサー、カメラ、測量器などがシームレスにつながって実現している仕組み。これをソフトバンクがやるというのが面白い。ソフトバンクは通信の会社だと思われがちですが、さまざまな商材を扱う。世界のテクノロジーを知っているからこそ実現できているような気がして非常に興味深いです」

◆Mapbox

 シバタ氏が続いて注目したのは、ベンチャーが集結したエリア。なかでも足を止めたのは、地図プラットフォームでソフトバンク・ビジョン・ファンドからの出資を受けているMapbox。
 スマートフォンによって手のひらに世界中の地図が収まり、位置情報や行動をもとにナビゲートしてくれる機能は、私たちがこの数年で手に入れた新しいインフラであり、日常の当たり前となった。自動運転技術なども現実的になり、地図の重要性はさらに増していくだろう。
 「地図というのは、世界、老若男女共通に必要なものであり、とてもビジネスポテンシャルが高いものでしょう。スマートフォンで簡単に情報を吸い上げてそれをプラットフォーム化するというスケール感が非常にワクワクさせます。
 専用車を走らせて地図情報を収集するのではなく、消費者が持つスマートフォンから情報収集・集約する仕組みを実現するのは、相当の至難の技。そこに挑戦するチャレンジ精神は興味を持たせる要素だと思います。世界中から集まる大量データを分析するには相当高度で特殊なAIを開発・実装している、と感じます」
 ほかにも、シバタ氏はいくつかのソフトバンクのパートナー企業のブースやソフトバンク・ビジョン・ファンドで出資を受けた企業、ならびに孫正義氏の基調講演も聴講した。
 イベント全体を振り返って、「今回はAIにかなり内容をフォーカスした内容になっていました。孫さんがAIに本気で取り組むという方針を改めて示して、今後AIの普及はさらに加速していくという確信を得たという点で、ポジティブな印象を受けました。
 また、ソフトバンクグループが投資しているベンチャーのブースでは、魅力的な企業に投資しているな、と。AIを実用化するために必要なソリューションも登場している。AIを活用すると言っても、さまざまなハードルがあります。データを分析してモデルを作ってから使えるようにするためには、AIを育てていくような工程が必要で、そうした実用へ壁をうまく乗り越えられているソリューションが多数あり、企業の実態を的確に把握していると感じます」と振り返った。
 Mapboxは2017年10月に「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」からの出資を発表し、AI群戦略の一角を担うメンバーとなった。孫 正義氏も基調講演で「競合企業から利用されるのが強み」と期待を寄せていたのが印象的だ。
 しかし、地図やナビゲーションは先行するGoogle が作りあげ、圧倒し続けている領域。後発のMapboxはなぜ挑み、何を強みとしているのか。来日したCEOのエリック・ガンダーソン氏、ブランドマーケティングのVPを務めるダン・マクスウェイン氏に、同社の強みとユニークネスを聞いた。

人を洞察するために誕生した「生きた地図」

──Mapboxは地図を提供する会社ですが、正直なところ、普段目にした記憶がなく、サービスの特色もよく分かっていません。
地図といえばGoogle が有名で、かなり業界を押さえていると思うのですが、それでもMapboxが地図を手がけることの意味を教えてください。
ガンダーソン Google の地図は、とてもよくできています。しかし、それはGoogle のために作られたものです。アプリ開発者が自分たちのために使おうとすると、多くの制約をともないます。それに対して、私たちは開発キットを提供することで深いレベルまでカスタマイズが可能なんです。
 他のサービスに組み込んで利用されるプラットフォームなので、Mapboxのロゴや名前を目にすることが少ないのも当然です。実際には天気や保険、物流などのアプリを通して利用されています。また、ビッグデータを地図上で可視化するためにデータ分析プラットフォームとしても活用されています。1ヵ月に約4億人のユーザーが使っているんですよ。
 例えば、写真SNSのSnapchatにはSnap Mapという機能があり、友人と自分がいる場所をリアルタイムに共有することができます。同社はGoogle のクラウドサービスを利用しているそうですが、地図においては私たちのプラットフォームを採用しています。
 機能やビジュアルをMapboxなら作り込むことができる。ARやVR、ナビゲーションなどにも応用でき、今後は自動車の自律走行にも拡張していきます。無限大の可能性がある地図と言っていいでしょう。
エリック・ガンダーソンCEO
マクスウェイン 私たちは、静的ではなく「生きた地図」を作れるツールを提供したかったんです。その動機は、CEOのガンダーソンがアフガニスタンのカブールで選挙動向の調査に取り組んでいた頃にさかのぼります。当時カブールの地図には、環状線とそれにつながる1本の道路しかありませんでした。
ガンダーソン 2008年頃ですね。あの頃の地図はあまりよくないもので、自分たちで地図を作る必要があったんです。
マクスウェイン 選挙結果の理解を深めるためには、内容の濃い情報が詰まった地図とのマッピングを行う必要性があると感じ、ダイナミックな地図を作成可能なプラットフォームを作り始めました。選挙に限らず、ディベロッパーやユーザにとって面白みのある地図が求められていて、そのためのツールを提供する必要性に気づかされました。
ガンダーソン 当時はワシントンDCを拠点に、国連や世界銀行と仕事をしていました。そして、優れた地図がない国に赴いたものです。
マクスウェイン コンゴ共和国でのモニタリングや、世界各地で起きている人道的危機を探知するために、赤十字とも一緒に活動しました。
ダン・マクスウェイン ブランドマーケティング担当VP

刻々とアップデートを続ける地図

──アフガニスタンでは、ほとんど情報がない中でどのように地図を作りあげていったのでしょうか。
ガンダーソン 既存の地図上では交差点は1つだけ。他に情報がありませんでした。政府関係者と面会したり、いろいろな資料をあたったりして、たくさんのデータを集めてデジタル化しました。戦時中のソビエトの古い地図も使ったこともあり、データを蓄積するために多額の支出がともないました。
──つまり、当初はガンダーソンさんたち自身が顧客の立場だった。
ガンダーソン そうです。だからこそ、ディベロッパーに焦点を当てて優れたツールを作るという点はこの頃から変わっていない姿勢であり、私たちのユニークネスです。その原点から万人向けにオープンでフレキシビリティのあるプラットフォームに仕立て上げたことは、今も私たちの原動力となっています。
 ただ、変わったこともあります。もう古いソビエトの地図は使ってないんです。今は誰もがスマートフォンを利用するようになり、そこにはさまざまなセンサーが含まれていますよね。
 標高、緯度、タイムスタンプなどを匿名でフィードバックしてもらうことで、人が行動するたびに道路をなぞることができるからです。今は私たちだけではなく、約120万のディベロッパーがいて、ユーザ数も莫大。地図の作り方が大きく変わり、すべてライブで作る「ライブロケーション」を実現しています。
──ものすごいデータ量でしょうね。
ガンダーソン 1ヵ月で約120億kmのデータが集まります。地球の円周は4万kmなので30万周。かつては太陽系の直径と言われていた距離に相当します。
 ただ、データ自体が賢いわけではありません。データからパターンを探し、道路として認識するためにはAIが必要です。移動する速度などを見ながら、AIがデータを意味のある情報に変えていきます。
──そこにディベロッパーのサービスが組み合わさり、拡張していく。それがMapboxのオリジナリティということでしょうか。
ガンダーソン その通りです。東京は今日も暑いですが、今朝はランニングしてきました。StravaというアスリートSNSアプリにもMapboxが組み込まれており、この通りログが残っていて、皇居、ホテル・・・・・・こうすると一緒にARで地図を見ることができます。こうしたARの経験は、Google Mapでは実現できません。
 さきほどディベロッパーに焦点を当てていると言いましたが、「単なるディベロッパー」には当てていないことを強調しておきたいと思います。位置情報を通じて経験を反映するアプリケーションを作りたいと考える、クリエイティブなディベロッパーやデザイナーに注目しているんです。
  他にも、鉄道会社など特化した情報を持つ会社が、それを地図で可視化するために利用しています。
 それから、最近あったFacebookのアップデートもご紹介しましょう。Facebookでは友達がどの店で何を食べたか、地図で共有できる機能があります。しかし、ここで使われている地図はFacebook側でコントロールできない。
 真の意味でのソーシャルマップにはなっていないのです。しかも彼らは、データをもとにした広告で成り立っているので、ビジネス的観点からも問題があります。新しく立ち上げたFacebook LocalではMapboxを使っているので、地図に何を表示させるか完全にコントロールでき、ユーザにとって優れたサービスを提供できるだけでなく、ビジネス面の課題もクリアできます。

地図だからこそ国際的な視野を共有する必要性

──昨年、ソフトバンクグループによるビジョン・ファンドの出資を受け入れました。どのような効果がありますか。
ガンダーソン まず、ソフトバンクグループの国際的な視野を手に入れることができました。アメリカにも投資家はたくさんいますが、みなアメリカの市場にしか目が行っていない。
 私たちは地図の会社だからこそ世界的な視野が必要で、地図をよりよくするためには世界中に展開する必要があります。ですから、グローバルに考えられるパートナーの存在が必要でした。
 もう一つ、このファンドは長期的な視野を持っています。将来、全てのものの中心に位置情報があると私たちは考えています。 Mapboxの売り上げはIPOの平均を上回っているのですが、それだけの資金を先に投資して、将来に備えた長い視野でビジネスを考えているんです。
 ですから、今日のマーケットを理解しているだけではなく、長いスパンで考え、変わりゆく未来を見据えているパートナーが欲しいと思っていました。
──ソフトバンクグループには、Mapboxが必要としていた2つの視野があったということですね。
ガンダーソン そうです。講演でもお分かりの通り、孫さんは何年も先を見据えています。2030年には1兆にも及ぶチップが世界中に行き渡るだろうという話がありましたが、そのチップの一つ一つがどこにあるのか知る必要があります。IoTの“T”(Things:モノ)がどこにあるのか。そこに、私たちが入り込むのです。
──実際に一緒にビジネスを始めて、他の投資家との違いを感じたことはありますか。ソフトバンクグループと組んで、これからMapboxは成長できそうでしょうか。
ガンダーソン 戦略面では、製品開発のロードマップについての話を重ねてきました。
 ソフトバンクグループはビジネスだけでなく、実際のテクノロジーの進行過程にも興味を持っていますね。ほとんどの投資家はビジネスの専門家ですが、ソフトバンクグループはビジネスとテクノロジー両方の専門家です。そのため、AIやコンピュータについてのビジョンについて深い話し合いができるんです。特にAIやカメラについては、たくさん話し合っています。
マクスウェイン Mapboxが加速しようとしているビジネス投資、つまり具体的なビジョンは、自動車のユニット開発、ARやVR、ゲームで利用できるための開発の拡大、そしてグローバル展開の加速の3点。そのためにファンドからの資金調達を行いました。
 基調講演でもガンダーソンが話しましたが、ソフトバンクグループと仕事をする一番のメリットは、孫さんのビジョンとガンダーソンのビジョンを融合させることができる点です。ソフトバンクグループとのパートナーシップで、二人の力が一つになり、互いにより大きくなっていくでしょう。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:長谷川博一)
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