2017年から企業のブランド力とイノベーション力を伸ばす「デザイン経営」が話題になっている。HRテック領域で「ビズリーチ・キャリトレ・HRMOS採用管理」など革新的なプロダクトをリリースしているビズリーチが、今年8月「デザイン経営」にチャレンジしていくことをアナウンスした 。先導するのは、同タイミングでCDO(Chief Design Officer)に就任した田中裕一氏。田中氏が実現するデザイン経営によって、ビズリーチはどう変わるのかを訊いた。

企業文化や組織、仕組みをデザインする

―― あらためて、「デザイン経営」とは何かを教えてください。
「デザイン経営」とは、日本の産業構造が製造からサービスへ遷移するなか、より顧客体験の質を高めるために必要とされる、企業のブランド⼒とイノベーション⼒をデザインの力で創出・向上させる経営方針 だと一般的には言われています。
このときデザインという言葉は、狭義のグラフィックやユーザーインターフェースなどのビジュアルデザインではなく、企業文化や組織、その仕組みなどをデザインする広義を含みます。
私自身が考えている「デザイン経営」は、すべての企業活動において、それが実現出来る企業の文化・環境・制度・組織・人・仕組みをつくること。経営戦略に基づき、企業という有機的なコミュニティが、自発的にそれを実行できる体制を作っていく戦略であると定義しています。
ビズリーチは、「インターネットの力で、世の中の選択肢と可能性を広げていく」というミッションを持っています。社会に対して正しい価値を提供し、世の中を良い方向に大きく変える。デザイン的アプローチのバリューでは、潜在的な課題、問題を抽出し、本質的な解決の道筋を作り出すアプローチにより「課題解決」すること。体験やインタラクション、ブランドの優位性を作り、人々に選ばれる理由・意味を「価値創造」すること。
「課題解決と価値創造」というデザインのバリューが最大化され反映されることで、それがより実現の可能性を高めると考えています。 デザイン経営により、1つの企業で起こしたイノベーションが、やがて国をも動かすインパクトを与えられるのではないかと考えています。
株式会社ビズリーチ CDO/デザイン本部 本部長 田中 裕一氏
エクスペリエンスデザイナー / デザインストラテジスト。企業のデザインマネジメントやデザイン戦略を行う。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。制作会社、株式会社ディー・エヌ・エーを経て、2017年4月に株式会社ビズリーチへ参画。事業づくりを通じてデザインのチカラで世の中の課題解決と価値創造を成し遂げるため、CDOとしてデザイン戦略を計画・推進。
―― 田中さんが「デザイン経営」を目指したきっかけはあったのでしょうか。
ビズリーチには2017年4月に入社したばかりですが、当初のミッションは、企業をよりイノベーティブな体質にするために、デザインを戦略として企業に導入することでした。その結果、「デザイン経営」 と呼ばれる姿に近いものであり、結果そうなっていきました。前職でデザイン組織の立ち上げを経験したとき、デザイナーが携われる範囲が限定的であり、デザインの可能性やパフォーマンスが最大限発揮できていない ことに疑問を持つようになったのが、きっかけかもしれません。
その後、プロジェクトマネージャー、デザインマネージャーを経験したときは、デザインチームを軸にビジネスとデザインを紐付けてデザインの可能性を最大化して、ビジネスやサービスを魅力的なものにしようとしていたことがあります。しかし、各ビジネスの中心にデザイナーが居続けることは、当時厳しい環境もありました。企業の風土、ビジネスモデル、事業フェーズによって 、基本ビジネス戦略マターになることが非常に多いんですね。
サービスやセールスにデザイン的視点を入れ、顧客の体験にコミットメントするよりも、既存のサービスを指標ベースでアップデートしていく方が利益を生みやすい。特にカスタマーサクセスの向上を求めるとき、成果がでるまでに時間がかかることもあります。
各事業部からデザイナーを集めてデザイン部を組織すると、デザイナーと各セクションのパワーバランスが難しくなったり、ブランドイメージを大切にすると利益追求ができなくなったり。結果、デザイナーは言われたことを形にする役割に落ち着き、そこから受託感が生まれてモチベーションが下がり、悪循環となる。
この現象は、従業員数が1,000人を超えてくると、起こりうる問題だと考えています。せっかくデザイン組織を作り、縦の組織を横断できる環境を構築しても、1,500人を超えた段階で、あっさり縦の組織に戻る。それを改善するには、デザインでビジネスがどう変わるのか可視化し、成果へとつなげることの大切であることを痛感しました。

事業ごとに急成長した結果、抱えたジレンマ

――既存サービスも順調に伸び続けている中、なぜビズリーチには「デザイン経営」が必要だったのでしょうか。
私がビズリーチへのジョインを決めたころ、まさに組織としての改革が必要とされている時期だったと考えています。 その背景として、創業以来、事業の急成長に伴い従業員数は右肩上がりで増えていました。 ここ5年で約8倍以上に組織が拡大しているスピードは目を見張るものがあります。
そのようななかビズリーチは、組織マネジメントにおいて、組織の拡大と縦のマネジメントのジレンマを抱えた状態でした。現在、ビズリーチは事業部制を導入しており、事業単位の意思決定や、インハウス開発ならではのスピード感を持っています。しかし今後、他事業展開を加速させていく組織においては、事業部が横のつながりも持ち、より強固な一枚岩の組織となってシナジーを生む必要があると考えています。そのためにも、経営的視点を持った人材が、各事業を横断して組織を作り上げる「デザイン経営」の考え方が不可欠だと思ったのです。

本質的な解決策を導き、素晴らしい体験を生む

――ビズリーチが事業を展開するHRテック領域で、デザイン力により発揮できる価値とは何でしょうか。
HRテック領域は、今は順調かもしれません。しかし、競合他社や新サービスも続々登場する中、数年後はどうなっているのか、誰もが答えを手探りしている状況と言ってもいいでしょう。
企業としての5年後を見据えると、既存事業をアップデートするだけでなく、新たなイノベーションを生み出せる土壌を持った組織作りが求められる時期にきています。
HRテック領域は、たとえば「人事管理システムを導入しませんか」とセールスしても現場レベルで即決にはなりません。コストやオペレーションなど、あらゆる観点から総合的に判断して、しかるべきポジションで決裁がおりるのが一般的です。
マーケティングやセールスに予算を投入したら導入できるかといえば、そうではないですよね。お客様に納得いただくためには、サービスの優位性やカスタマーサクセスを提案する必要があり、その体験部分を伝えるためにデザインの力が必要になります。
ここでデザインが発揮できるバリューは2つあり、1つは潜在的な課題を抽出して本質的に解決、または解決を導き出すプロセスを創造すること。もう1つは、体験を生み出すブランドデザインをはじめ、お客様に選んで使ってもらう意味や理由を生み出すことです。
たとえば、温泉宿の魅力は「肩こりに効きます」という効用だけではありません。温泉に行くまでの道中に、趣ある照明があり、歴史ある建造物の香りがあるなど、さまざまな体験があります。それらすべて五感によるユーザー体験に対して、お金を払う。
同じように、インターネットサービスも、これまでのように機能の優位性だけでは選ばれない時代がやってきています。デザイン経営は、 企業文化・制度・組織・人など、すべてにおいてデザインする。その結果、事業を選び・使ってもらう人の「人生の体験をデザインする」事業として、価値を高められると思っています。

「We DESIGN it.」で世の中をアップデートする

―― 組織を変えていくにあたり、社内への周知はどうされたのでしょうか。
まず、ビズリーチが「デザイン経営」にチャレンジすることを社内外に周知するためのデザインフィロソフィーとして、「We DESIGN it.」というテーマを掲げました。
これは「私たちがデザインをする対象は、すべて」という意味を持ちます。デザインとは課題解決や価値創造のためのプロセスそのものと定義し、対象を「プロダクト、サービス、コミュニケーション、ブランド、体験、コミュニティ、仕組み、教育、キャリア、働き方、組織、戦略、ビジネス、経営、社会」と広義に捉え、周知しました。
従来のデザインのイメージではなく、企業をアップデートする中でデザインがどうあるべきか、いかに新しいものを創造するか、です。
――具体的に、戦略面はどうお考えですか。
現在は、土壌作りに注力している状況で、そのスタートラインとして内部組織を強化する、4つの領域(資産領域・ブランド領域・人財領域・サービス領域)を設計しました。
特に弊社の強みでもある人財領域では、以前から注力していたデザイン人材の育成を強化し、採用・育成・キャリア開発を推進していきます。
ほかにも外部プロフェッショナルとのパートナー契約を活用して外部人材との交流を深めることで、固定概念を持たない人材を育てる土壌が構築されつつあります。これは他社にはない、ビズリーチならではの「デザイン経営」戦略になると考えています。
たとえば、ビジネスドリブンで立ち上がったプロダクトは、どこかにベンチマークを置いており、頭打ちになる可能性があります。新たな体験を生み出すには、事業に欠けているピースをはめなければならない。
そこで、デザイン視点を持ったメンバーがその事業に入り込み、デザインの力で事業部内に新しい仕組みを構築します。事業部が新しい価値を生み出せた時点でデザイナーはチームから離れ、次の事業に参加するのです。
デザイナーは「デザイン経営」の思考をインストールする人材として事業に参加し、事業をデザインする。これにより全社的にデザイン経営の考え方を定着させることと、横のつながりを強化します。
ビズリーチには複数の事業があるため、事業を横断することで、各ステージやビジネスモデル、プロダクトに触れて、技術や知識にレバレッジが効いてくることを期待しています。
――最後に田中さんの「デザイン経営」に対する想いをお聞かせください。
デザインは定義が曖昧で、「デザイン思考」や「デザイン経営」でどんな実績が出るのかわからないけれど、それでもデザインの可能性に期待して投資している状態だと思います。
だからこそ、デザインを定義し直して実績を出す。デザインというプロセス、アプローチを使ってイノベーションを起こし、課題解決をする。その実績を積み上げることで、企業や世の中に大きなうねりを起こせると信じています。
「デザインの力で世の中をアップデートしていくこと」が当たり前になる未来を作っていきたいですね。
(インタビュー・文:松田政紀[アート・サプライ]、写真:小島マサヒロ、バナーデザイン:kanako kato)