テクノロジー化しても大切にしたい、介護の倫理

2018/9/6

介護分野の人手不足を解消するもの

超高齢社会の到来によって、少し前まで介護分野の人手不足が深刻な問題として危惧されていた。もちろん今もそれが完全に解消されたわけではない。
しかし、テクノロジーの進化のおかげで、明るい兆しが見えてきているのはたしかだ。つまり、人手不足をテクノロジーによって解消しようという動きだ。
たとえばロボットスーツ。重いものを持てるように身体機能をアシストするテクノロジーだ。ロボットではなくロボットスーツなので、介護の担い手が増えるわけではない。
しかし、これまで要介護者を抱えることができなかったような人も、そうした仕事ができるようになる。
もちろん介護ロボットが開発されれば、人手不足は完全に解消されるのだろうが、介護の世界はそう単純ではない。今の技術では、人間が担っているのと同じレベルでケアをすることは難しいようだ。
それよりも、今注目されているのは、IoTやAIを使ったケアの向上だ。センサーによって要介護者の状態をきめ細かに把握することで、効果的なケアが行える。排泄(はいせつ)などの状況が把握できれば、QOLの向上にも資する。
さらには、四六時中そばにいなくても、ある程度のことは遠隔からサポートすることも可能になるだろう。

介護の根本には「ケア」

これまで介護といえば、全身どころか全人格的に長時間コミットすることが当たり前のように思われてきた。ハードな肉体労働のイメージだ。そのイメージが、介護の仕事から人々を遠ざけ、実際に介護離職を促進してきたといっても過言ではない。
ところが、テクノロジーのおかげで、介護もまたハイテクの仕事に変貌(へんぼう)を遂げつつある。そうなると当然、介護職に求められるスキルも変わってくる。ITの得意な人や、ロボットに興味のある人がますます求められてくるものと思われる。
ただ、気を付けないといけないのは、介護という仕事の中身が変わっても、介護の本質が変わるわけではないという点である。介護とは人間に手を差し伸べることにほかならない。いわゆる「ケア」がその根本にあるはずだ。
(写真:PeopleImages/iStock)
ITやロボットの世界の場合、少なくともケアが根本にあるわけではない。いくらコンピューターが好きでも、その感覚で人間を扱うのには問題があるだろう。画面の向こうにいる要介護者は人間だ。しかも、もっとも配慮の必要な人たちだといっていい。
「ケアの倫理」という学問分野がある。倫理は哲学の隣接分野で、ルールのようなものだと思ってもらえばよい。そしてケアは手当てや配慮を意味するので、ケアの倫理とは手当てや配慮のためのルールということになる。
ケアという言葉自体は、1920年代に医療分野で使われ始めたものだが、ケアの倫理という形で定式化されていったのは、1980年代になってからである。人間はケアし、またケアされる存在であるという前提のもと、支え合いや助け合いのための倫理が構築されていったのだ。

人助けは独りよがりではいけない

たとえば、ケアや看護の倫理を構築したことで知られるM・S・ローチによると、ケアの倫理を構成する要素として5つの「C」があるという。
つまり、①Compassion(思いやり)、②Competence(能力)、③Confidence(自信)、④Conscience(良心)、⑤Commitment(献身)の5つである。
①のCompassion(思いやり)は、相手の気持ちをおもんぱかるために求められる。
②のCompetence(能力)は、文字通り職業上の責任をまっとうするために求められる。
③のConfidence(自信)は、信頼関係を育むために求められる。
④のConscience(良心)は、道徳的行為がとれるように求められる。
⑤のCommitment(献身)は、自発的な選択によって行動するために求められる。
この中でもとりわけ着目したいのが、①のCompassion(思いやり)だ。
これは単なる親切を超えた感情であるといわれる。弱っている人、助けを求めている人に対して、相手の気持ちを察しようと耳を傾け、寄り添う姿勢だといってもいいだろう。
人助けも独りよがりではいけないのだ。客観的に相手にとってプラスになるとしても、相手がそれを望まなければなんの意味もない。相手の望むものを与えられるかどうかが重要なのだ。思いやりがないとそれに気づくことさえできない。
テクノロジーは相手に必要なものを発見するのにたけている。だが、相手がそれを望むかどうかは別の話なのだ。
テクノロジーによって介護のやり方がどれだけ変わろうと、決して変えてはいけないものがある。それこそが、この思いやりという介護の本質の部分なのである。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(執筆:小川仁志 編集:奈良岡崇子 バナー写真:Yuuji/iStock)