ZOZOTOWNの衝撃。小売がメーカーを「逆転」した日

2018/9/3

PBとNBの立場が「逆転」

小売とメーカーの関係性が、根本からくつがえろうとしている。
2018年8月22日、アパレル大手のオンワード樫山が男性用オーダーメイドシャツの販売を開始した。
オンワード樫山は、「23区」などの百貨店ブランドを持ち、三陽商会やワールドと共に「アパレル御三家」の一角として知られる老舗企業。あまり新しいことに取り組む企業体質ではないとされてきた。
ところが、そのオンワードが始めたのは、百貨店などの実店舗ではなく、スマートフォンを使ったネットショップでの「カスタムシャツ」販売だった。
ユーザーは、全体のシルエットや素材、細かくはボタンの種類や襟の形まで、自分好みにアレンジして注文できる仕組みになっている。
細かい仕様こそ違うものの、そのコンセプトはまるで、それから9カ月前に発表されたスタートトゥデイのプライベートブランドに非常に似通ったもの。所々にスタートトゥデイの影響がちらついている。
スタートトゥデイのPBは、アパレル業界全体を刺激している(撮影:泉秀一)
ファッションECサイトのZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイは、2017年11月、PBの「ZOZO」を発表。ジーンズやTシャツ、シャツなどを自分の体形にあったサイズに「カスタム」できるという斬新なコンセプトを打ち出している。
「ZOZOがプライベートブランドを発表してから、大手メーカーが一斉にECを使ったカスタムのリサーチを始めました。オンワードもZOZOを意識して進めたようです」(アパレル業界関係者)
その他にも、すでに有名セレクトショップなどが、必死にZOZOのコンセプトを真似しようと準備を進めているようだ。
ものづくりの専門家であるアパレルメーカーが、小売企業であるスタートトゥデイの洋服作りを真似る──。
今、アパレル業界では、メーカーが作るナショナルブランドよりも小売のPBが最先端を走るという、「逆転現象」が起こり始めている。

PB最強時代の「必然」

今から50年前。日本におけるPBの歴史を辿ると、ダイエーの創業者、中内㓛の時代にまでさかのぼる。
まだ小売企業よりもメーカーが力を持っていた1960年代、安売り販売でメーカーから嫌われていたダイエーは、松下電器産業(現パナソニック)から出荷停止を受けていた。
そこで1970年、中内は反撃とばかりに、中堅家電メーカーに13型テレビを製造させPBを発売。松下の同型商品よりも価格を40%安く販売し、世間の話題をさらった。
PBはもともと、立場の弱かった小売企業がメーカーに対抗する手段として生み出されたものだったのだ。
ダイエー創業者の中内㓛氏は、PBで価格破壊を引き起こし、日本の物価を半分にすると宣言した(写真:Kaku Kurita/アフロ)
電化製品を皮切りに、ダイエーは食品や日用雑貨でも展開。海外から安価な商品を輸入し、節約志向の主婦を中心に支持を得て、一定の地位を築いていった。
しかし当時のPBは「安かろう悪かろう」の商品がほとんどで、高品質というイメージを抱くものはほとんどいなかった。ましてや、NBに勝るようなクオリティの商品は、皆無だった。
それからPBは飛躍的な進化を遂げていく。
きっかけを作ったのはセブン&アイ・ホールディングス。オリジナルブランド「セブンプレミアム」が始まったのは2007年、コンビニエンスストアの数が4万3000店に近付こうというタイミングだった。
年間70億人以上が訪れるセブンには、大量の購買データが眠っている。セブンはそのデータを武器に、大手メーカーにPBの製造を迫っていった。
購買データが欲しければ、PBを製造せよ──。
大手メーカーは喉から手が出るほど欲しいデータと引き換えに、PBの製造を請け負った。そしてセブンプレミアムは、日清食品や花王といった大手メーカーを巻き込み、NBと遜色ないクオリティに高まっていった。
小売企業が強くなればなるほど、PBも進化を続けていく。
ZOZOTOWNのようなECが発達し、かつてないほど小売企業が力を持った今、PBがNBを超え始めたことは、必然なのかもしれない。
スタートトゥデイはPBで世界を目指していくという(撮影:泉秀一)

「カリスマ」たちの物語

NewsPicks編集部は今回、PBの新潮流を物語にしてつづっていく。その主人公は、冒頭で紹介した通り、PBの最前線を走るスタートトゥデイだ。
まず最初に、PBが発表されてからの半年間のドキュメントを掲載する。2017年11月に華々しくスタートを切ったZOZOブランドだったが、それから半年間、ユーザーのもとに商品が届くことはなかった。
一体、何があったのか。知られざる「空白の半年間」の裏側を徹底取材で解き明かしていく。
ZOZOもユニクロも頼る企業──。今、世界のアパレル業界関係者がこぞって訪れる企業が、和歌山県にある。
ニットの製造機械を手がける中堅企業、島精機製作所だ。
島精機の主力商品である「ホールガーメント」は、3Dプリンタの技術を使って無縫製でニットを編み上げることができる。自由自在にデザインを操れる上、生地を切ったり、縫い合わせたりする工程がないため、材料の無駄もない。
今年7月には、この島精機を巡って、ユニクロとスタートトゥデイの間である「事件」が起きた。
第2話では、「発明企業」島精機製作所の島三博社長に、事件の真相とものづくりの本質を語ってもらった。
本特集では、PBの最先端だけではなく、歴史も振り返っていきたい。
ダイエー創業者の中内㓛、セブン&アイ・ホールディングス元会長としてコンビニを世に広めた、鈴木敏文、そしてスタートトゥデイの前澤友作。小売業界に変革をもたらしてきたカリスマたちは、どのような人生を辿ってきたのか。
特集の中では、3人の男たちの物語をインフォグラフィックでお届けする。
特集の後半では、NBメーカーの視点からPB全盛期への「反論」を掲載する。その語り部は、ネスレ日本の高岡浩三社長だ。
高岡社長は一貫して「ネスレはPBを作らない」と公言してきた。小売企業が力を持った今の時代に、NBメーカーはどのように生き抜くのか。そもそもメーカーは必要なのか。
コーヒー業界でイノベーションを起こし続けている高岡社長の言葉は、NBメーカーの処方箋になっているはずだ。
「PBvsNB」の争いは、日本でプライベートブランドが生まれた時から語り尽くされてきたテーマだ。
しかし、小売業の変化と共に、常にその最先端は変化し続け、新潮流をウォッチしておかなければ、大きな構造変化を見落とすことになる。
NewsPicksと一緒に、小売の最前線をアップデートしていこう。
(執筆:泉秀一、デザイン:星野美緒)