大企業オープンイノベーションの糸口は「ゲリラ×出島×変態ミドル」

2018/9/5
大企業にはイノベーションを阻む独特の壁があるという。スピードの遅さ、多重化した承認プロセス、均質化された人材……。そうした課題を感じ、大企業もスタートアップとの協業、オープンイノベーションに積極的。NTTコミュニケーションズもその1社だ。

しかし、「大企業×スタートアップ」はスピード、商慣習、カルチャーの違いからコラボレーションがうまく進まずシナジーが発揮された成功例は少ない。経営学者の入山章栄・早稲田大学大学院准教授も大企業のオープンイノベーションは「経営者の意識・覚悟・能力がよほど高くない限りは、極めて困難」と難色を示す。

大企業の代表格とも言えるNTTグループ会社のオープンイノベーション仕掛け人とそれに否定的な経営学者。一見交わらないような二人の対談から大企業流のオープンイノベーションの秘策が見えてきた。

「Amazonネイティブ」のシリコンバレーに触発

入山 まずは杵渕さんから現在の取り組みをご紹介いただきたいのですが、、、その前に、今日はすごい大荷物で私の研究室に来てくださったのですね(笑)。
杵渕 1泊4日の海外出張帰りなんです。今朝インドネシアから帰国したばかりなので空港からそのまま来まして(苦笑)。
入山 1泊4日!すごい弾丸出張ですね。目的は何だったのですか。
杵渕 NTTコミュニケーションズは、海外のスタートアップとの協業を促進するために、2017年9月にインドネシアでピッチイベントを開催したんですね。
 一定の成果と言いますか、手応えを感じたので、今年はインドネシアに加えてマレーシアとベトナムも加えた3か国で開催することにしました。今回の出張は、現地企業や政府関係者に会ってイベントの企画・運営の協力をお願いするためでした。
入山 NTTコミュニケーションズさんって、海外でピッチイベントを開催するような会社だったんですね……。正直に言って、意外でした。スタートアップとのコラボも海外ビジネスも、失礼ながら御社にはそういう印象を持っていなかったものですから。
杵渕 そうですよね……。私が言うのも変ですが、NTTグループの中でネットワークサービス関係を一通り自前で揃えている会社ですから、それなりに組織が大きくてさまざまなお客様の要望にも自社内でなんとか対応できます。
 ですから、このような形でのスタートアップのコラボレーションは、昨年立ち上げるまでは一切ありませんでした。ここ数年、大企業がオープンイノベーションに躍起になっている状況からすれば、遅れに遅れている存在でしょう。
 海外についても、現地にデータセンターを建設してクラウドプラットフォームを提供したり、海外企業を買収したりして力を入れているのですが、米国の大手テクノロジーカンパニーと肩を並べる存在にはなっていません。入山さんのイメージはきっとほとんどの方が抱くものと同じだと思います。
入山 逆に言えば、なぜ杵渕さんはそのような会社で、弾丸ジャカルタ出張でピッチイベントを準備するまでになったのですか。
杵渕 4年ほど前、私は社費でアメリカにMBA留学していたんです。長い夏休みの間、現地子会社で営業のお手伝いをしていたんですね。シリコンバレーのスタートアップへの飛び込み営業です。
入山 そこでは、何を売りに?
杵渕 主に企業向けのクラウドサービスです。150社ほど対象ターゲットをリストアップして各ユーザーのIT環境を調べると、全体の70%がAmazonのクラウドサービス「AWS」を使っていました。そのうち、3割は創業時からずっとAWSを使い続けていました。あまりにも圧倒的寡占状態で、しかも顧客のエンゲージメントがすごく高い。
 実は、その背景には、Amazonがスタートアップに対してピッチコンテストのスポンサーになったり、技術者を無償派遣したりといった、とても手厚い支援活動があるんです。
 AWSユーザーのスタートアップの経営者の中には、「スタートアップとしてこの世に生まれた時から、そこにAWSがあった」という人がいるほどです。それほどAmazonはスタートアップを将来の優良顧客若しくはパートナーと見なし、距離を詰めていたのだと思います。
NTT Com Startup Challengeの詳細はこちらからご覧いただけます。昨年の取り組みほか、今年の最新情報を記載していますので、合わせてご覧ください。
入山 Amazonの顧客獲得の裏の一つには、ピッチコンテストがあった、と?
杵渕 はい、相当の惨敗感でした。でも、欧米は無理でもまだ「AWSエコシステム」が盤石の状態ではない東南アジアなら当社でもまだ戦えるのではないかと漠然と感じていたんです。その当時はスタートアップとの協業や海外ビジネスを担当するとは思っていなかったのですが。

海外では誰も知らない「NTT コミュニケーションズ」

入山 なるほど、そのAmazonのやり方をジャカルタに持っていった、と。
杵渕 帰国後、縁あってアジアで買収した子会社のマネジメントを担当することになって、その1つがインドネシアにありました。業績が低迷していたのと、アジアのスタートアップをサポートしてみたいという思いが重なって、まずはピッチイベントの実施で感触を掴もうとしたのです。
入山 これも失礼な発言かもしれませんが、Amazonがスタートアップ向けのピッチコンテストを開催すれば話題になるでしょうが、NTTコミュニケーションズさんだとなかなか企業も人も集まらないような気もしますが、その辺りはどうなんですか。もちろんインドネシアは親日国なので、多少は好意的だと思いますけど。
杵渕 ご指摘の通り、当社の現地での知名度はまったくないです。この1年半、同僚と2人で500社ほどの現地スタートアップを訪問しましたが、彼らの中でNTTドコモは1割ほど知られていましたが、そのほかのNTTグループ企業はほぼ知られていませんでした。
 そこで考えたのは、日本国内のように会社の知名度には頼れないから、私たちは徹底的に運営側、黒子に徹することです。そして、自社を知ってもらおうとか、サービスを売り込むようなことを間違ってもしないこと。
 著名な投資家を招いたり、知名度のある現地企業と協力したりして前面に立ってもらい、とにかくスタートアップが喜ぶことに終始することに主眼を置きました。
 誰も知らない、得体の知らない日本企業がそう簡単に立ち向かえるとは思えませんでしたから、とにかく最初はつながりを持つことを優先し、レピュテーションが上がってきてから表に出て行こうと思っているんです。

NTT コミュニケーションズ流オープンイノベーションの3原則

入山 なるほど……。なんだか興味深くなってきました(笑)。NTTコミュニケーションズのオープンイノベーションの内容を詳しくお教えてください。
杵渕 3つポイントがあります。1つ目は超ボトムアップであること。多くの企業のオープンイノベーションはトップダウン。経営幹部の指示か経営陣の指示でできた新規事業部門がリードしている印象ですが、私たちは当初、私ともう一人の同僚で始めました。
 私は偉くもありませんし、オープンイノベーションがメインの仕事ではありませんし、経営陣から指示もされていないので後ろ盾もありません。あるのは、このまま閉鎖的なかたちでビジネスを展開してはいけないという気持ちだけ。正規の承認ルートを通さずに半ば勝手に始めたという経緯でした。
 2つ目は、国内ではなく、海外、中でもシリコンバレーやイスラエル、中国ではなく、スタートアップエコシステムが成熟しきっていないアジア中進国にフォーカスしていること。3つ目が、組むスタートアップを「投資対象として考えていない」ことです。
入山 面白いですねえ!杵渕さんに先ほどお会いした時はマイルドな方という印象でしたが、こうやってお話を伺うと変わり者だし、何よりすごい行動力ですね。社内では、相当浮いているんじゃないんですか(笑)。ピッチする企業を投資対象としない、というのも興味深い。。
杵渕 スタートアップとの協業は、3つの組み方があると思っています。1つはキャピタルゲインを狙った投資対象として、2つ目が実ビジネスでシナジーを追求する協業パートナー、そして最後が将来伸びそうなお客さま候補として。
 今のところ私たちはインベストメントのポジションをとっておらず、2つ目、3つ目の視点なんです。その態度を明確に示すことで、ベンチャーキャピタル(VC)とは利益の相反が起きないのでさまざまな企業と手を組むことができると考えています。
入山 ピッチイベントの場を作り、彼らに自社サービスを提供することで、仲間を増やしスタートアップのロイヤリティを高めていくんですね。このイベントはどのぐらいの規模感ですか。
杵渕 昨年は350社に応募していただきましたが、今年は現時点で500社程度になっています。そこからファイナリストを10社選定させて頂き、決勝戦でのピッチで優勝を決める予定です。

「変態ミドル」がイノベーションの起爆剤

入山 少し話は戻るんですけど、大企業のオープンイノベーションは日本でも盛んになってきたので、失礼ながらNTTコミュニケーションズさんも「御多分に洩れず」的な印象をもっていました。御社全体でも、従来はこのような動きはなかったのですか。
杵渕 オープンイノベーションのようなデザイン思考を勉強する活動はありましたけど、会社としてピッチイベントを、しかも海外で実施する動きはありませんでした。
入山 その中で、杵渕さんは「とりあえずやろう、やらないとヤバい」と感じて行動した、と。
杵渕 はい。企画書を1枚持って、上司のところへ行きました。特に後ろ盾もなかったので最初の数か月は毎日心が折れましたが(笑)、構想段階でたまたま当時の副社長に話をきいてもらえるチャンスがあったんです。そしたら、意外にもひと言。「好きにやっていい」と。ただ一つ、条件を出されました。
入山 その条件とは?
杵渕 「『オヤジ』には一切関わらせるな」です。
入山 オヤジ?
杵渕 一緒に説明に入った当時の上司である担当部長、部門長等、自分よりも上の役職の人のことです。「とにかく自分で好きなようにやれ。チームづくりには上の人間を入れるな」ということでした。そのために、自分が後ろ盾になるとも言ってくれて、風向きが変わった瞬間でした。もちろん、その『オヤジ』の上司達もその後全面的にバックアップしてくれました(笑)。
入山 なるほど。それはすごく興味深い体制だと思います。
 杵渕さんの前でいうのも申し訳ないのですが、私は経営学者として、現在の日本の大企業のオープンイノベーションにはかなり悲観的です。
 いや、もちろんオープンイノベーションは間違いなく必要なのですが、他方で硬直的でリスクを取らない日本の大企業の仕組みがそれに適っていないし、何より経営者のオープンイノベーションに対する意志と覚悟が弱い大企業が非常に多い。
 私が言うのも偉そうですが、大企業でイノベーションって、本当に大変なはずなんです。
 イノベーションの源泉とは「既存知」と「既存知」の新しい組み合わせです。これは、ジョセフ・シュンペーターが「新結合」という名で80年以上前に提示して以来の原理の一つです。しかし、人は認知に限界があるので、どうしても目の前の「知」だけを組み合わせるので、やがて知と知の新しい組み合わせが尽きてします。特に歴史の長い大企業はそうです。
杵渕 当社も大企業ですので、そういう傾向があるかもしれません。
入山 日本の大手企業は大体そうです。そこに知と知の新しい組み合わせを産むには、もう企業内外の知がグチャグチャになって、そこから「一見関係ない知と知が、偶然に次々と新しく組み合わさる」ような状況、ある種のカオスな状態が必要です。
 スタートアップの世界は新しい人同士の組み合わせと、技術やビジネスモデル同士の新しい組み合わせなので、ある種のカオスなわけです。だから、その方がイノベーションが生まれやすい。
 さらに言えば、世界の経営学には、進化理論(evolutionary theory)と言う考え方があります。そこでは「企業というのは、生まれた瞬間から時間が経てば経つほど、イノベーションとは真逆の方向を歩んでいく」と主張されています。私も同じ意見です。
 企業というのは、ある程度事業が周りだすと、さらに売り上げを伸ばしたり、資金を調達をするために、「社会的な正当性・信頼」を得ようとします。そのためには、安定したオペレーション、ルーティン的な作業をきちっと廻す、コンプライアンスに適った承認プロセスなど、「ちゃんとした手続き・プロセス」を社内に取り入れていくようになります。
 しかし、それは逆にいえば、イノベーションの源泉であるカオスがなくなっていく、ということにつながりかねません。
 欧米のグローバル大企業には様々な施策を取り込んで、なんとかこうした問題を解決しようとするところもあります。しかし、その場合はおしなべて、トップダウンで任期の長いCEOが長期のビジョンを大事にし、長い時間をかけてビジョンを社内に徹底的に浸透させ、企業全体でリスクもとっている。だからイノベーションも生まれ得るんです。
 でも、日本の大企業はおしなべてその逆。トップの任期は2年2期で決まっている会社も多くあり、任期が短いから経営陣は短期的な結果を重視するし、ビジョンも浸透しない。それではリスクも取れず、カオスも生まれません。
 逆に、日本でもいま革新を起こせている大企業の多くは、創業者が長い間トップの会社ですよね。ユニクロや、日本電産が代表です。それは一般の日本の大企業と真逆で、トップが長期のビジョンにコミットしてリスクをとり、企業内外でカオスが生まれているからとも言えます。
 だから私は、社長が2年2期で変わるような日本の一般的な大企業がイノベーションを起こす可能性には、悲観的なのです。
 とはいえ、それでも杵渕さんのような方がいる大企業がボトムアップでオープンイノベーションを成功に導くための微かな可能性としてあり得るのは、大企業にたまにいる「変態ミドル」を活用することではないか、と思っています。
杵渕 変態ミドルって何ですか(笑)。
入山 年齢は40代〜50代くらいで、どこか秀でた能力や専門性があって、パッションがすごくあり、一定の社員からは結構人気と人望がある。でも、ちょっとぶっ飛びがちな人ので、大企業の組織では少々浮いている。
 出世ラインからちょっと外れてしまった場合もある。でも、だからこそ忖度なく社内で好き勝手に動いている人。そういう人を私は「大企業の変態ミドル」と呼んでいます。こういう人、大企業にたまにいますよね。私の知り合いにもいます(笑)。
 イノベーションへの体制が整っていない日本の大企業では、この変態ミドルがいることが重要だと私は思っています。理想的には、変態ミドルが奇跡的に役員クラスのポジションを取れているといいですね。
 例えば、日本の大企業から生まれて成長している最近の事業には、全日本空輸(ANA)が作ったLCCのピーチ・アビエーションがあります。
 なぜ全日空でこの事業が可能だったかというと、同社の経営陣・幹部クラスの中には、まだ「野武士」のような精神を持つ方々が残っていたからだ、と私は理解しています。
 全日空は、昔は日本航空(JAL)と比べるとマイナープレイヤーとされていたので、当時はエリート集団のJALに一泡吹かせてやろう、くらいの気概の方々が多くいた。そういう方々が、まだ幹部クラスに残られているのです。
 そもそも伝統的な航空会社から見れば、LCCは究極のカニバリズムなわけです。でも全日空の幹部は、「LCCの流れはいずれ世界に広がる。それなら、どうせ他のLCCにやられるのなら、自分たちが先にやってやろう」という発想で始めたと聞いています。
 これを推進したのはそういう野武士の気概を持った幹部・中堅クラス、私流で言えば「変態ミドル」で、彼らが新しい事業を進めた若手・中堅を守ったのです。社内では当然それなりの反発があったと聞いていますが、それを後押しして守る「変態ミドル」幹部がいたから、大きな事業になったと私は理解しています。

社内の反発を抑えるカギ「出島」

 この例で思い出しましたけど、大企業のオープンイノベーションに必要な要素がもう一つあります。それは「出島」です。
杵渕 出島?
入山 後ろ盾があっても、革新的な新事業をやる場合は、それを本社でやると反対の嵐になりがちで、抵抗勢力に潰される可能性が高い。だから、本社ではなく、可能な限り組織的にも、制度的にも、物理的にも離れた「出島」を作って、新事業を後押しすることです。
 ピーチの場合、最初の立ち上げは日本ではなく香港と聞いています。しかもそれほど時間をかけていない。まさに香港という「出島」で、大企業の中で「ゲリラ」的な活動をやった成果ですね。
 NTTコミュニケーションズにおける杵渕さんの動きも、ゲリラに近いのだと思います。今後、どのような進め方をされますか。
杵渕 インドネシアの話をすると、スタートアップの中身が半年で様変わりしています。去年はEコマースやロジスティクスが多かったのですが、半年前には教育格差の是正、ペイメント系のFinTechへとフォーカスが移ってきています。今、評価が高くて多いのは農業、AgriTechと呼ばれる領域。Eコマースは皆無に近い状態です。
入山 へえ、興味深いですね。特に農業は、日本との連携も含めて可能性のある分野ですね。
杵渕 面白いですよ。こうしたスタートアップの取り組みは、基本的に政府の施策がまだ行き届いていない社会課題を解決しようとするものなんです。政府に先んじて解決して、マネタイズし、また次の課題に向かっていく。国が成長していくための原動力として挑み続ける彼らを、パートナーとして長期的視野で支援していきたいし、見習うべき姿勢だと思います。
入山 基本的に私は、多くの日本の大企業のオープンイノベーションには悲観的なのですが、唯一の可能性である変態ミドル、出島、ゲリラの3拍子がNTT コミュニケーションズにはあるのかもしれませんね。ぜひ、今後の展開に期待しています!
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:長谷川博一)