AIが描いた「架空の家族」がクリスティーズの競売に登場、落札価格はいかに

2018/8/28

出品カテゴリーは「プリント」

クリスティーズが来る10月末に、ニューヨークである絵をオークションにかける。
その絵は『エドモンド・ドゥ・ベラミーの肖像』と題された作品。色調はレンブラントのような17世紀風の暗い感じだが、顔の表情がボケていたり、肩周りに白い余白が残されていたりして、未完成のような、あるいはちょっと抽象画のような印象もある。
これは、実はAIが描き出した作品で、クリスティーズとしても初めて出品されるAI絵画だ。出品のカテゴリーは「プリント(写真、印刷)」だ。
絵を制作したのはパリを拠点にするグループ、オビアス(OBVIOUS)。人工知能がクリエイティブ分野でどう使えるのかを実験している3人のグループで、プログラマーやビジネスなど異なったバックグラウンドを持つ仲間だ。仲が良く、住まいも一緒にシェアしているという。
オビアスが利用したのは「GAN(敵対的生成ネットワーク)」という種類のAIで、クリエイティブコミュニティーからも注目されているテクノロジーだ。システムの中で互いに相反する機能を持つAIを闘わせるような仕組みを用いて、AIが独自に学習を高度にしていく。
このドゥ・ベラミーの肖像画の場合も、一方で1万5000点の14世紀から20世紀の肖像画を読み込ませて、そこから新しい肖像画を生成させ、他方でその肖像画の真偽を見極めるようなネットワークを稼働させた。
だまそうとするアルゴリズムと見抜こうとするアルゴリズムが闘いながら、ますます真偽がつきにくくなるようなアウトプットが生まれていく、という流れだ。『エドモンド・ドゥ・ベラミーの肖像』はその過程のどこかで取り出された1枚である。

「セレブっぽい顔」の正体

同様のGANを利用して、エヌビディア(NVIDIA)も「セレブっぽい顔」を多数生成したりしている。セレブの画像を多数学習させて、そこから新たな顔を作り出すのだ。われわれが「セレブ」に抱いている印象が形にされるようなものだろう。
オビアスは、ドゥ・ベラミー一族の肖像画をシリーズで生成しており、4代にわたる11枚の肖像画が出来上がっている。
ベラミーというのは、GANを考案したAI研究者のアイアン・グッドフェローの苗字をフランス語風にしたもの。「グッドフェロー」は「いいヤツ」くらいの意味で、それを「bel amie」、さらに「Belamy」に転換させた。
まったくの冗談とはいえ、架空の家族がここで生み出されてしまっている。確かにそんな一族がいたとしてもおかしくないという気になる。
さて『エドモンド・ドゥ・ベラミーの肖像』には、いったいどんな価格がつけられるのか。クリスティーズのサイトにも、オークションのスタート価格がまだ公開されていないので不明。
オビアスのメンバーの一人であるゴティエ・ヴェルニエ氏に聞いたところでは「AIだからといって特定の価格設定があるわけではない。作品を生み出すためにどんな作業が背後にあったのかが価格に影響を及ぼすのは、他の作品も同じだけれど、それが唯一の要素ではないはず」という。
要は「市場に出てからのお楽しみ」という感じだ。

無視できない「架空の物語性」

GANや、それに類する仕組みを使ったアート作品は現在多数生み出されている。
ドゥ・ベラミー家の肖像では肖像画ばかりを学習データとして読み込ませたが、14世紀以来の多種の絵画をデータセットとして学習させたケースでは、まったくの抽象画的な作品ばかりが生まれている。趣味にもよるだろうが、結構美しい。
こうした絵画の出現によって、アートはどう変わるか。
明らかに、アーティスト個人の感情や衝動によって生み出されてきたものでないものがアートになる可能性もある。しかし、そこには人間の歴史が作り上げてきた、何らかの集合的な無意識が込められている。その発見も興味深いだろう。
それにAIに任せたからといって、完全に無作為な作品が生成されているのではないところも面白い。どんなアルゴリズムやデータを使ったかとか、どのアウトプットを選んだか、そしてこのドゥ・ベラミー一族のように、その背後にある架空の物語性も無視できない。
クリスティーズの場合は、立派な額に入れられているが、そもそも画像データだけでも成り立つ作品だ。それをどう演出するのかにも、作り手のセンスが込められている。
現在のアートに対する批判的な作品と位置付けることも可能だろうし、私自身はクラシックとモダンと未来が、そして具象と抽象が一体化されていて面白いと感じてしまった。
わざわざAIが描いたと意識しなくてもいいが、知っていれば、過去のどの絵画の何がここに反映されているのかを読み取ろうとしたり、架空の物語にさらに自分なりのストーリーを付け加えたりできる。ただ受け身でないアートの鑑賞方法が生まれるかもしれない。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子)