【楠木建×吉田行宏】組織を強くする「リーダー成長論」

2018/9/4
組織の成長に欠かせないのが、マネジメントサイドにいるリーダーの「成長」だ。成長という高い山を登るのに必要なのは、何か。

書籍『成長マインドセット』の著者で、創業4年で株式公開、設立10年で売上高1000億円、5年間に500店舗を実現したガリバーインターナショナル(現IDOM)の元専務取締役・吉田行宏氏と競争戦略論・イノベーションが専門の一橋大学大学院教授・楠木建氏が、最強のリーダー成長論を語り合う。

必要なのは、優れた戦略と強い組織力

──企業が成長していく上で、リーダーの成長は不可欠なものだと思いますが、そこに課題を抱えている企業も多い。吉田さんはガリバー時代や多くの会社の経営や支援をされている現在、リーダーの育成をどう考えていますか?
吉田 企業の成長には、社長だけでなく、「ナンバー2人材をいかに育てるか」が非常に重要なポイントとなります。いかにリーダーを成長させるかが、企業にとっては大きな課題です。
 私はガリバーの創業期から参画し、2012年に退任しました。現在は25社以上の企業の組織や戦略づくりのサポートを行っています。
 ガリバー時代の体験や企業の組織づくりを見ていく中で気づくことは、「優秀なナンバー2人材がそろっている会社は本当に少ない」ということ。
──ガリバーの急成長の原動力は何だったと思われますか?
吉田 優れた戦略と強い組織力が両輪でそろっていたことです。いくら戦略を決めても、実行する組織が弱い会社は多い。
 ガリバーは決めた戦略を徹底的に実行できる組織力を持っていました。同じ環境なら競合に絶対負けないというリーダー、スタッフをきっちり育てたというのがすごかったと思います。
 リーダーの育成で特に重要なポイントは「当事者意識」と「全体最適視点」
 ガリバーではリーダーにはできるだけ権限や情報を与えることで、「自分ごと」として思考したり行動できるようにしていました。
 例えば会社という船に片足だけ乗って、もう片方は別の船に乗せているみたいな気持ちでは組織のマネジメントはできません。
 リーダーには、一度乗った船からはよほどのことがなければ下りないという強い覚悟が必要だと思います。乗っている船は自分の船だと思うこと、船長レベルの「当事者意識」を持つことがリーダーには不可欠だと思います。
 そしてもう一つの「全体最適視点」。これは、社長以外、持てていない会社が多いですね。社長が圧倒的に優秀だと、部分最適だけを任されて、全体の景色を見れていないリーダーが多い。
──リーダーに「当事者意識」と「全体最適視点」を持ってもらうために、どんな方法がありますか? 
吉田 一例として「会議の改善」があります。通常、各部門リーダーが社長に週次や月次で実績報告をして、社長からレビューを受けるタイプの会議が多いのですが、このタイプだけだと部分最適が強く、全体最適視点を持つことは難しい。
 そこで私は月1回程度の「全体最適視点を持てる場への参画」を推奨しています。
 情報や権限を与えたり、全体を見る場に参画させることで、当事者意識や腹落ち感が大きく上がり、リーダーは確実に成長します。
楠木 吉田さんのおっしゃった通りだと思います。経営には「担当」がありません。定義からして、経営者と担当者とは異なります。「全体」を動かして成果を出すのが経営者。これに対して担当者は自分の仕事の範囲や枠の中で仕事をしています。
 担当者の成長限界は、吉田さんの書籍『成長マインドセット』の中に出てくる「ブレーキ」という言葉で分かりやすく説明されていると思います。
 「担当者」という仕事への構えはブレーキとして相当大きなものだと思うんです。そのブレーキをいかに取り払うかが、リーダーの成長プロセスには非常に重要だと思います。
 ──担当レベルでの目標が強調されて、ブレーキになっていると。
楠木 それには強い理由があります。担当者のよりどころはその分野でのスキルです。スキルというのは、やれば手に入るものなんです。しかも、こうやったら手に入るよっていう定型的な開発の方法がある程度まで用意されている。
 放っておくと人間は自分の仕事を、ある担当の幅で考えて、そこでうまくやっていこうとする。これはこれで一つの成長だと思いますけども、吉田さんのおっしゃったようなリーダーの成長とは、似て非なるものです。
 経営人材には、こうやったらうまくなれるという定石がない。そういう能力開発の方法がないので、直接は育てられない。だから自分で育つしかない。
 そういうことを人間は普通嫌うので、放っておくと、ますます担当の範囲に自分の仕事や成長を押し込めてしまう。
吉田 そうですね、だから「当事者意識」が重要ですね。肩書は社長じゃなくても、意識的には社長や経営メンバーだと思えるかどうか。
 自分で担当者だと定義した時点で、経営的な視点が持てなくなるし、成長も止まってしまう。
 こうした違いが、会社の成長、組織の成長に大きく関わってくる。

リーダーの成長を阻むふたつの「ブレーキ」とは

楠木 そういう経営的な意識を持って自分の仕事を定義している人は少ない。
 「成長しなくてはいけない。でも、そのための武器が自分にはない」と思いがちなんですが、それは前提のところで間違っている。自分で知らないうちに一生懸命ブレーキをかけてしまっているんです。
 担当者意識はその最たるものです。そのブレーキを緩めるだけで、成長の可能性は大きく変わってくる。
──自分自身の中のブレーキを認識することが大事だと。
吉田 たくさんの人が無駄だと思うブレーキを無意識にかけていて、もったいないという思いがありました。そのブレーキさえ外せばもっと伸びるのに、と。
楠木 何かが足りないから手に入れようという足し算じゃなくて、「ブレーキを外す」という引き算の発想が大事になってくる。
吉田 そうですね。私が考えるブレーキは、「悩みブレーキ」と「大きな子どもブレーキ」という2種類があります。それがパフォーマンスや成長の阻害要因となります。
 特に「悩みブレーキ」は無駄な悩みで、原理原則からしたら不要なもの。例えば、宝くじが当たるかどうか心配する、なんていうのが典型的な例です。
 気持ちを切り替えるのは簡単ではないですが、自分が選べない結果を思い悩んでも仕方ない。それよりもっと原理原則に従って、黙々と行動するほうがずっといい。
 実体験でいうと、ガリバーはとても目標が高い会社だったので、最初の頃はその目標に対して不安を感じて「悩みブレーキ」を踏みたくなることが少なくありませんでした。
 でも、そのほとんどが悩んでも仕方のないこと。そういうときに、自分がその目標を決めて選択したんだという当事者意識があれば、無駄な悩みブレーキを踏むことが減っていくはずです。
楠木 「自分ごと化する」という原理原則に、いかに忠実でいられるかということですね。
吉田 そうですね。また、もう一つの「大きな子どもブレーキ」とは、大人でありながら、感情の一部が子どものままで、それが行動に出てしまうことです。
 私の場合、「悩みブレーキ」よりもこの「大きな子どもブレーキ」の方が強かったんです。短気だったし、プライドも高かった。
 しかし、リーダーが「大きな子ども」だらけでは、高い志を成し遂げる強いチームはつくれない。そこに気づいたことで少しずつ修正できて、成長につながりました。
 ガリバーの羽鳥兼市会長のような、尊敬できる人の存在も大きかった。尊敬に値するような偉大な人たちは、「大きな子どもブレーキ」を他人に感じさせることがありませんから。
 誰でも大なり小なり「大きな子ども」の部分を持っているもの。自分にも相手にも、そういう部分があると認識するだけで、コミュニケーションがかなり楽になると思います。

そもそも自分の思い通りになんかならない

楠木 「大きな子どもブレーキ」に関しては時代の趨勢(すうせい)があると思っています。年齢的、法律的には大人なんだけれども、心持ちの幼児性みたいなものっていうのは、21世紀のメガトレンドじゃないかと。
 仕事というのは、最終的に「自分以外の誰かのためになること」。「人を儲けさせて、その後で自分が儲かる」というのが商売の基本です。
 しかし、この根本のところがおろそかになってきている。自分という存在が大きすぎる人が増えてきている。
 みんな、ものごとを自分の思い通りにしたいんでしょうが、そもそも世の中は、いいことと悪いことは行って来いでチャラ。いろんな利害関係がある中でビジネスが行われている以上、自分の思い通りになることって、まずないと思うんですよ。
 自分の思い通りになんかならない、と割り切ったほうがよっぽどいい。それが成熟した大人であるということです。
 うまくいかない時、僕はニヤリと笑うようにしているんです。
 「負け戦、ニヤリと笑って受け止める」──やっぱりうまくいかねえか。やっぱり世の中、なかなか難しいなって、ちょっと笑う。
 これ、すごく気持ちいいんですよ。もはや、それがやりたくてわざと負けることもあるくらい(笑)。
 こんなふうに「物事は思い通りにならない」を初期設定にする。うまくなんかいかないんだから、心配する必要もないし、よほど生産的ですよね。「悩みのブレーキ」がどんどん外れていく。
吉田 アメリカ・ファーストとか「〇〇〇〇ファースト」っていう言葉が世界的にはやってますが、これはこれで危険性を感じますね。
楠木 「大きな自分」を前提にしていると、すごく心配になったり、不安になったり、悩んだりする。
 僕は若い人から「うまくいくかどうか心配なんですけど、どうするべきだと思いますか」と聞かれると、「いや、まったく心配ありません。絶対にうまくいかないから」って言う。そうするとすごく嫌な顔されるんですよ(笑)。
 でも、そこで聞きたいのは「なんでそんなに簡単にうまくいくと思うんですか?」ということ。うまくいくべきであるという前提だと、生きづらいと思うんですね。
──結局、チャレンジしない人が増えていってしまう。
吉田 うまくいく前提だと、どんな道を選んでもチャレンジに対して気負いが生まれます。せっかく選択した道に対しても「これでいいのか」と迷いが生じて、また「悩みブレーキ」を踏んでしまうんです。
 うまくいかない前提の人は、どの道だろうが思い通りにならないのが当たり前だから、アクシデントがあっても悩まないし、ブレーキも踏まないで済む。これを私は「三叉路理論」と呼んでいます。
楠木 どちらかの道を選んだら失敗の可能性を不安に思うより、「とりあえずブレーキを踏まないで進む」と決めることのほうがよっぽど大事。そういう覚悟さえ決めたら、どっちの道に進もうが大したチャレンジではない、ということです。
自分が選択した後の、本来しっかり進むべき道中でブレーキを踏んでいる……と認識することが重要。ブレーキを長く踏み続けているとパフォーマンスが落ちるだけでなく故障もあり得る

「ふるまい・習慣・行動」がスキルをつくる

吉田 もちろん、一生ブレーキを踏まないと決断をするのは難しいでしょう。ですから、「とりあえず2年はブレーキを踏まない」と期間を決めてみることをお勧めしています。
 ブレーキを踏まない2年間で、すごい成長をした人を私はたくさん見てきました。もし、2年後に違う道に行きたければその時に行けばよい。ブレーキを踏まない2年間の経験は、その後の人生に大きな効果を発揮します。
──どの道に進むか決める基準というのも大事ですね。
吉田 私は大きく3つの原理原則に近い基準があると思っていて、1つ目は「すべての条件がそろったものは選べない」という原理原則です。
 アパートを探すとき、日当たりがよくて、駅近で、新築で、値段も安い、そんな物件ないですよね。なにかしら妥協しなくちゃならない。
 2つ目が、「自分が譲れないものを優先順位の1番にしたほうが良い」という原理原則です。日当たりだけは、とか駅近は譲れないとか。譲れないことを選択したほうが、苦労も苦労と感じずに頑張れ、成果を出しやすい。
 そして3つ目が、さきほど先生が「仕事というのは、最終的に『自分以外の誰かのためになること』」とおっしゃっていましたが、「その仕事の原理原則に沿う」ということです。
 「お客さんに喜んでもらう」「社会の役に立つ」など、他者に対してそういった思いを持った意思決定や行動をするほうが、成果につながり、結果的に自分の成長や報酬にも返ってくる。
 とにかく、すぐに自分が成長したい、自分の給料を上げたいというふうに短絡的に考えてしまう人が多い。それを分かりやすくしているのが「動機矢印」なんです。
 3つとも当たり前のことですが、人生や仕事では、その当たり前のことを忘れてすべての条件がそろったものを探したり、判断基準があいまいになり、悩んでブレーキを踏んでしまう。
4つのゾーンに、仕事に対する動機の大きさを矢印の太さや長さで表す。そうすることで、自分のモチベーション傾向の気づきがあり、新たな成長のヒントを得ることができる
 そして、4つの動機矢印が大きくなるには、自分の「アイスバーグ(氷山)」が大きくないと、結果的に人の役に立たない。
──「アイスバーグ」とはどんなものなのでしょうか。
吉田 よく研修などで成長の原理原則を氷山にたとえて話しています。氷山の目に見えている部分を仕事の成果とすると、その見えている部分は氷山の一角に過ぎず、その下には結果を出すための重要な要素が隠されているというものです。
 成果を支えるものとして、「能力・スキル」「ふるまい・習慣・行動」「意識・想い・人生哲学」という3つの層を定義しています。どれか1つの層だけでは成果は出ず、3つの層の大きさと相乗効果があって初めて成果につながるという考えです。
私は、このアイスバーグのバランスが整い、大きくなっていくことこそが「成長」だと思っています。
アイスバーグの目に見えている部分(成果)は全体のほんの一部で、その水面下に本質が隠されている。水面下の要素には人によって様々な言葉が当てはまる

原理原則と本質に従うことが成功への道

楠木 アイスバーグモデルが優れているのは、氷山の一角である成果を支えるものとして、ふるまいや習慣、行動を重視しているということだと思います。
 人間がまず形にできるものって、日々のちょっとしたふるまいや習慣です。その積み重ねがスキルや能力となり、成長となる。
 だいたい成長というのは、あとから振り返って初めて、「ああ、あのときのあれが自分を成長させてくれたんだ」と分かるもの。
 だからこそ、日々の行動に意識をどこまで向けられるかが、すごく大事になってきます。僕は「夢に日付をつけよう」という人を一番信用してない(笑)。
 僕は疲れたときに、思いっきり疲れた顔するの好きなんですよ。わざと「疲れた〜!」とか言ってみたり、思いっきりベッドに倒れこんでみたり。そういう言動や行動によって、自分の中でコミュニケーションしてるんです。
 「楽しいから笑っているんじゃなくて、笑っているから楽しくなるんだ」という話がありますが、まさにそれに通じるもの。
吉田 言葉に出すのはすごく大事だと思います。自分もブレーキを踏みそうになったら、「結果は選択できない」って口に出します。そうすると、一歩が踏み出しやすくなります。
 そもそも正解って選べないものなんです。「正解が選べる」という判断基準が、そもそも間違っている。だから「選んだものを正解にするのが人生だよ」と、若手経営者たちにアドバイスしています。
 また、選択を判断する際には、原理原則と本質に従うことが長期的な成功確率を上げることも合わせて。
──ガリバーが成功したのも、原理原則を大事にし、「当事者意識」の強い組織がつくれたからなのでしょうか。
吉田 その通りだと思います。今のようなITブーム、ベンチャーブームがない時代に4年で上場しましたが、常に挑戦と修羅場の連続でした。
 たくさんの難しい意思決定を積み重ねましたが、今振り返ってみても、原理原則と本質に従った選択をして、組織が一丸となり、それらを正解にしてこれたからだと思います。
 私は、仕事にも人生にも、今日楠木先生とお話しさせていただいた5つのテーマ「当事者意識を100%持つ」「全体視点で考える」「覚悟を持ってブレーキを踏まない」「大事なことを継続して習慣とする」「原理原則と自分の想いを大事にする」ことがとても重要だと思います。
 この5つを軸として考え、意思決定し、行動することが仕事や人生を豊かにしますし、会社やチームの次世代リーダーの育成にも不可欠な視点だと思っています。
(執筆:工藤千秋 編集:奈良岡崇子 取材:浦澤修 撮影:大畑陽子 デザイン:砂田優花)