名門ビジネススクールがインキュベーターに大変身

歯ブラシに革命を起こしたい──。そんな思いを熱く語るペンシルベニア大学ウォートンスクールの学生ジェームズ・マッキーンに会ったのは、今年1月のこと。マッキーンはパソコンをくるりと回すと、筆者にプロトタイプ図面を見せてくれた。
もう商品名は「ブリッスル(BRISTLE)」と決めている。ヘッド部分を取り外すことができ、持ち手はウッド調のものや花柄やチェック柄のものがある(電動歯ブラシではない)。
約15ドルの本体価格にはサブスクリプション(いわば定期便)サービスが含まれており、定期的に1個3〜4ドルの交換用ヘッドが送られてくる。
マッキーンがこのアイデアを気に入っている理由はいくつかある。まず、歯ブラシの毛先が開いてしまうたびに、ドラッグストアに新しい歯ブラシを買いに行く必要がない。1度ネットで注文して、ヘッドの交換頻度を設定すれば、自動的に新しいヘッドが届く。
親しみやすいデザインも魅力だ。よくある歯ブラシは、宇宙船みたいなデザインだったり、意味不明な突起やくぼみがあったりする。「歯を磨くのは、ものすごく特別な行為だと思う。自分の口の中に入れて使うんだから」と、マッキーンは言う。歯ブラシは「自分の一部のようなものだ」。
ユタ州出身のマッキーンは、マッキンゼーのコンサルタントとプライベート・エクイティーを経てウォートンスクールに来た31歳。
全米最高のビジネススクールとの呼び声も高いウォートンスクールからは、古くはジョン・M・ハンツマンからイーロン・マスク(テスラ)、スンダル・ピチャイ(グーグル)、スティーブ・コーエン(ヘッジファンド)、そしてドナルド・トランプ米大統領など、多くの著名ビジネスマンが誕生している。

ベンチャーキャピタルも注目

そんなウォートンスクールで数年前、新たなスタートアップ革命とも呼ぶべきトレンドに火をつける会社が誕生した。メガネやサングラスなどのアイウエアを画期的な方法で提供するワービーパーカー(Warby Parker)だ。
その成功の秘訣は、ネットで消費者に直接プロダクトを売り込む(Direct to Consumers、DTC)というコンセプトだった。当初は誰もそんなビジネスがうまくいくとは思わなかった。だが、いまやワービーパーカーの推定企業価値は17億5000万ドルと、ウォートンスクールの新たな伝説になった。
4人の共同創業者のうち、共同CEOを務めるニール・ブルメンタールとデーブ・ギルボアは母校の教壇に立ち、自分たちの経験をシェアすることも多い。やはり共同創業者のジャフ・ライダーは、ひげ剃りのDTC企業ハリーズ(Harry's)の立ち上げを手伝った。
そのおかげもあり、ウォートンスクールはいまやDTC企業のインキュベーターのような存在になってきた。そのプロダクトもランジェリーからソファ、そして(マッキーンのアイデアがうまくいけば)歯ブラシまで多種多様だ。
もちろんDTC企業はいろいろな場所で誕生しているが、ウォートンスクールが最も多くのDTC企業を生み出しているのは間違いない。その事実をベンチャーキャピタル(VC)が見逃すはずはない。
「私はウォートンスクールの外にテントを張って目を光らせているよ」と、VCのブランド・ファウンドリの創業者アンドリュー・ミッチェルはジョークを飛ばした。

学生スタートアップを支える名物教授

DTCビジネスの魅力は、いわゆる中抜きにある。商品をネットで直接販売できれば、小売業者に法外なマージンを取られることがないから、よりよいデザインや品質、サービス、価格を提供できるというわけだ。
中間業者がいなければ、消費者が受け取るメッセージも管理しやすいし、消費者の購買行動についてデータを集めて、よりスマートなプロダクト作りが可能になる。同時に、本格的なブランド(つまりモノを売るだけでなく、それ自体が意味を持つブランド)を構築できれば、巨大なレガシー企業の未来を奪うことができる。
現在、DTCスタートアップは400社を超える。これらの企業は2012年以降、VCから計約30億ドルを調達してきた。
ウォートンスクールがDTCムーブメントの精神的な支柱になったとすれば、その「教祖」はデビッド・ベル教授だろう。長身でくしゃくしゃの髪のベルは、大学教授というより、ヒップなブランドのクリエーティブディレクターといった風情だ。
ニュージーランド出身のベルは、ウォートンスクールの在校生や卒業生が立ち上げたDTCスタートアップのほとんどに助言し、投資もしてきた。

ワービーパーカー型ビジネスモデルの寿命

デジタルマーケティングとeコマースが専門のベルが、スタートアップ投資の面白さを知ったのは、マーク・ローリがきっかけだった。
ローリは、2年前にウォルマートに買収されたジェット・ドットコム(Jet.com)の創業者として知られるが、ウォートンスクール時代にダイアパーズ・ドットコム(Diapers.com)を設立。ベルに投資をもちかけた。
ベルは、ブルメンタールたちがウォートンスクールでワービーパーカーのアイデアを練っているとき、のちに同社の成功のカギとなる「自宅で試着(Home Try-On)」サービスの考案を手伝った。
ワービーパーカーと同じようなやり方をすれば、もっと多くのスタートアップが伝統的な大手企業と互角に戦うチャンスが無限に広がるはずだと、ベルは考えている。
「自宅のキッチンや寝室、バスルーム、リビングに行って、歯ブラシ、シーツ、タオル、カーテンなど、そこにあるものすべてをよく見るといい。すべてがワービーパーカー化できるだろう」
とはいえ、ウォートンスクールの教授陣の誰もがベルのように楽観的なわけではない。
カーティク・ホザナガー教授(テクノロジー&デジタルビジネス)は、複数の学生スタートアップに投資してきたが、オンラインで大型DTCブランドを構築するチャンスは限られているのではないかと考えている。市場環境がどんどん変わっているからだ。
「『この業界のワービーパーカーになる』という学生たちの宣伝文句には、もううんざりだ」と、ホザナガーは言う。「いつか目が覚めるときが来る。VCの資金でスケール化ばかり追いかけている企業は、そんなやり方ではうまくいかないことに気づくだろう」
筆者はここ数カ月、数十人の若手起業家の話を聞いてきた。その誰もが「知り合いのDTC企業を紹介しますよ」と言ってくれた。
そこで2つのことに気がついた。まず、ほぼすべてのプロダクト分野に2つ以上のDTC企業が存在すること。そしてそのために、ワービーパーカー型ビジネスモデルで大きな利益を上げるのは、これまで以上に難しくなっていることだ。

創業者も消費者もデジタルネイティブ

もしかするとあなたも、こんな話を聞いたことがあるかもしれない。
ある男性が下着を買いにデパートに行ったところ、豊富な品揃えに困惑してしまった。1枚30ドルの下着と3ドルの下着とでは何が違うのか。ドライストレッチとクリマライトの違いは? そもそもどうして、こんなに長い時間ウロウロしているのに何も決められないのか。そうだ、下着ビジネスは破綻しているのだ──。
それはまさにウォートンスクール2012年生ジョナサン・ショクリアンに起きたことだ。そこでショクリアンは、同窓生のブライアン・ラレザリアンとともに下着DTC企業ミーアンディーズ(MeUndies)を立ち上げた。
ジェン・ルビオの場合、そのひらめきは、旅行中にスーツケースが破損したときにやってきた。旅先で新しいスーツケースを買おうとしたとき、高額のデザイナースーツケースか、安いけれど質の低いスーツケースのどちらかしかないことに気づいたのだ。
ルビオはワービーパーカーで働いていたことがあり、もっと手頃な価格で、もっと質の高いスーツケースをネットで販売できると確信。やはり元ワービーパーカー社員のステフ・コリーと組んで、アウェイ(Away)を立ち上げ、これまでにフォアランナー・ベンチャーズなどのVCから3100万ドルを調達してきた。
こうした起業物語を、盛りすぎの神話と疑いたくなる気持ちはよくわかる。だが、偉大な消費者ブランドを築く第一歩として学ぶところは多いはずだと、ワービーパーカーの成功に大きく貢献したPR会社デリス(Derris)の創業者ジェシー・デリスは言う。
デリスはこれまで、数十のDTC企業のアイデンティティー確立を手伝ってきた。それぞれ扱う商品は違うが、中核的メッセージは共通しているという。「私はぼったくりにあっていると思う。この問題を解決するために、新しいブランドを立ち上げたい」というものだ。
ベルの考えはちょっと違う。ベルは、DTC企業には「ミレニアル化」という特徴があるという。20〜30代の消費者は、購買意欲は強いものの、ショッピングモールやデパートに並んでいるブランドはさほど興味を持たないデジタルネイティブだ。
そして、DTC企業の創業者も多くはミレニアル世代であり、インスタグラムや実験マーケティング、ブランド・アズ・ライフスタイル(ライスタイル・ブランド)といったマーケティング手法のネイティブでもある。
ベルに言わせれば、アウェイのスーツケースは「十分まともなプロダクト」だ。つまり10点満点で7〜8点ということだ。「だが、そのマーケティングは10点満点だ。価格決定、流通や販促の方法、ターゲット顧客、姿勢──真の成功の秘訣はこうした部分にある」

すべての市場で通用するわけではない

一方、ワービーパーカーのブルメンタールは、DTCスタートアップが既存の企業よりも高い価値をもたらせるかどうかは、市場の破綻レベルによって決まると言う。
ワービーパーカーの場合、アイウエア市場は長年、イタリアのルックスオティカという巨大コングロマリットに支配されてきた。ルックスオティカは、レイバンからオークリーまで、多くの高級ブランドのアイウエアを作っている。
「メガネ市場はマージンがあまりにも大きかった。これは何十年もかけて(ルックスオティカの)一強状態が固定されてきたためだ」と、ブルメンタールは語る。
ワービーパーカーはその市場に参入して、それまで500ドルの売られていたものを、95ドルで提供できたという。
ひげ剃り業界も状況は似ていた。調査会社ユーロモニターによると、世界のひげ剃り市場の70%はジレットが握っている。DTCのハリーズとドラー・シェーブ・クラブ(Dollar Shave Club)はそこに参入したのだ。
でも、とブルメンタールは付け加える。「市場がこういう状態になっている業界はそんなに多くない」

消費者に質の違いをどう伝えるのか

たとえば、ホームウエア業界を考えてみよう。テーブルクロスや寝具、ナイフやフォークを扱う業界だ。ともにウォートンスクール2012年生のレイチェル・コーエンとアンドレス・モダクは、3年前にホームウエアDTC企業のスノウ(Snowe)を立ち上げた。
実生活でもパートナー同士の2人は、ニューヨークに引っ越してきたとき、シンプルでシックなアイテムをリーズナブルな価格で手に入れるのに苦労した。ウエストエルムという店があったけれど、友達はみんなそこのアイテムを使っていたから、真似する気になれなかった。そこでスノウを自分たちで立ち上げることにした。
「スノウでは、超高級店と同じクオリティーの品を4分の1の値段で買える」と、コーエンは胸を張った。そこで筆者は、実際にスノウのウェブサイトをのぞいてみることにした。
すると真っ先に、上質そうなナプキンが目に入った。落ち着いた色で、大人気のベルギー産フラックスというナチュラル素材を使っている。価格は4枚で36ドル。さらに筆者は、ウエストエルムのウェブサイトものぞいてみた。こちらは同じような見た目のベルギーリネンのナプキンが4枚18〜24ドルで売っていた。
モダクにこのことを指摘すると、スノウのナプキンのほうが質が高いと言う。だが、スノウには実店舗がないから、実際に商品を注文しなければ、ユーザーが質の違いを知る術はない。
だとすれば、どうやってスノウは「スノウのほうが質が高い」ことを消費者に知らせるのか。「難しい問題だ」と、モダクは言葉に詰まった。
ひょっとすると、スノウは「実際には存在しない問題を探しているブランド」なのかもしれないと、ある業界専門家は言う。つまりホームウエア市場は、メガネやひげ剃りのように根本的に不公平というわけではない。だから、目に見えないスノウの利点を消費者に実感させるのはむずかしい。
スノウのプロダクトは、本当に世界最高級なのかもしれないが、それはDTCのビジネスモデルにはうまくおさまらない。

ウォートン出身の起業家が集う夕食会

ウォートンスクール出身の起業家やその仲間たちは数カ月に1度、ニューヨークで「ディレクターズ・カウンシル」なる夕食会を開いている。そこで最もよく話題になるトピックのひとつは、DTCにとっても最も難しい課題でもある「顧客をどうやって集めるか」だという。
エイミー・ジェインは2011年、ファッションジュエリー会社ボーブルバー(BaubleBar)を立ち上げた。ワービーパーカーの創業とほぼ同時期だ。ボーブルバーはたちまち大きな注目を集め、多くのファンを得た。
「ソーシャルメディアは盛り上がり始めたばかりで、ノイズが少なかった」と、ジェインは言う。賢いスタートアップは中間業者を排除するというメッセージも、当時は目新しかった。
ワービーパーカーは創業当初のPR戦略で、ルックスオティカ傘下のファッションブランドよりもずっとフレンドリーで、ヒップで、手頃な価格のアイウエアというイメージを確立することに成功した。
ドラー・シェーブ・クラブは、YouTubeにアップした爆笑PRビデオがバイラルになり、ひげ剃りのサブスクリプションという画期的なアイデアを売り込むことに成功した。
だが今、同じような戦略を取っても同じような効果を得るのは難しいだろう。
ブラジャーのDTC企業ハーパー・ワイルド(Harper Wilde)は2017年、ユーモラスなPRビデオを作成したが、その結果は芳しくなかった。アップロードから7カ月たっても、再生回数は6000回にも達しなかったのだ。
創業当初にゲリラ戦術が抜群の効果を発揮することもあるが、デジタルファーストのブランドはどこかの時点で、広告連動型検索やソーシャルメディアに頼らざるをえなくなる。
デジタル広告プラットフォーム大手の利点は明白だ。さほどコストがかからないし、望ましいオーディエンスにターゲットを絞れるし、どのようなメッセージが効果的か把握しやすい。ただ、「こうしたチャネルも飽和状態になりつつあり、コストも上昇してきた」と、ベルは指摘する。

フェイスブックという「中間業者」

だが、大規模なオンラインマーケティングをやろうとすると、選択肢は限られている。
「現時点では、基本的にフェイスブックかインスタグラムかグーグルしかない」と、コムキャスト・ベンチャーズのパートナーであるダニエル・グラーティは言う。「ここ数年で消費者の注目はずっと高まったから、これらの広告プラットフォームは広告主からもっともっと多くの利益をしぼり取れる」
調査会社アドステージの調査によると、2017年の上半期だけでフェイスブックの平均インプレッション単価(表示回数1000回あたりの単価)は171%も上昇し、平均クリック単価も136%上昇した。
DTC企業にとって、これはとりわけ大きな問題になりうる。なぜなら、多くのプロダクト分野にライバルDTCがうようよしているからだ。
これらのDTC企業は、どこもVCから調達した莫大な資金で、同じタイプの消費者を取り合うため、マーケティングコストを自ら釣り上げる結果となる。そこに従来型の企業も参入すると、事態はますます悪化する。
さらに、フェイスブックへの広告は、使えば使うほど効果が薄れる可能性があると、ウォートンスクールのホザナガー教授は指摘する。
それは彼の経験に基づくコメントでもある。ホザナガーは妻とともに、インタラクティブ児童書を扱うDTC企業スマーティパル(SmartyPal)という会社を立ち上げた。
ホザナガー夫妻がターゲットを広げようとしたところ、実際に購入してくれる顧客1人を獲得するコストは、60ドルから数百ドルに上昇した。さほどしないうちに、このビジネスモデルは持続できなくなった。「いまはどちらかというとB2B企業に近い」と、ホザナガーは言う。
デジタルマーケティングにおいて「顧客獲得単価(CAC)は家賃と同じだ」と、コムキャストのグラーティは語る。広告連動型検索に依存する企業にとって、そのCACは実店舗を持つ従来型企業が支払う家賃とよく似ているというのだ。
これはDTCムーブメントの最も基本的な魅力のひとつ(「DTC企業は中間業者を排除しているため、高品質の商品を安く売ることができる」)を傷つけることになる。
実際、フェイスブックとグーグルは新たな中間業者と言っていいだろう。大家に家賃を払ったり、小売店の価格引き上げを許したりしない代わりに、多くのDTC企業はインターネット大手にその軒先を貸してもらう賃料を払わなければならない。
そこに配送、返品、そして最高のカスタマーサービスなどのコストが加われば、DTCの費用構造は必ずしも効率的ではなくなる。
「これらのブランドの過半数は、VCが期待するほどスピーディーな成長はしておらず、多くは経済的に機能していない」とグラーティは語る。
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Tom Foster/Editor-at-large, Inc.、翻訳:藤原朝子、写真:LightFieldStudios/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.