【佐渡島庸平】独立するつもりのなかった僕が、起業できた理由

2018/8/12
個の時代が加速する今、「人との出会いを人生にどう生かしていくか」は、多くのビジネスパーソンにとって関心の高いテーマだろう。企業による終身雇用制度の維持は今後ますます難しくなり、働き方も多様化し、来年、再来年のキャリアすら描きにくい時代を生きているともいえる。

そんな世の中の流れに応えるように、LINEが手がけるシンプル・無料・無制限が特徴の名刺管理アプリ『myBridge』は、働くすべての人の“個の力をエンパワーする”名刺管理をうたう。コンセプトは「名刺は、わたしの力になる」。

現代にはSNSなど多様なつながり方があるが、我々は「名刺」の力を軽視しすぎていないだろうか? 名刺交換による「小さな出会い」を、自身の人生に引き寄せ、人生を好転させていくための方法は──。今回は、講談社で多くの大ヒット作を生み出したのち、コルクを立ち上げた佐渡島庸平氏が会社の名刺を力にする生き方を語る。(全4回連載)

会社の名刺を最大限生かす

 名刺と聞いて、いまでも忘れられないのは新卒で入社した講談社の新人研修で当時の社長・野間佐和子さんがおっしゃっていた言葉です。
 「講談社の名刺を持っていて会えない人は、ほぼいません。でもそれは決してあなたの力ではなく、現在の講談社をつくった先輩たちのおかげです。そこを勘違いしないようにしてください。その上で、会社の名刺を使って人に会える機会を最大限に生かす人になってください」
 講談社時代に、『宇宙兄弟』のムック本の撮影を篠山紀信さんにお願いしたことがあります。東日本大震災の被災地の夜空の写真を撮る企画だったのですが、もし僕が講談社の名刺を持っていなかったら、篠山さんという大物を動かすには、もっともっとすごいアイデアが必要だったかもしれない。
 会社のゲタを履いた上で企画を考えて、つたないアイデアでも突破でき、たくさんの人に会うことができた。その経験を通して自分の企画力が磨かれてきたわけじゃないですか。僕は、会社の名刺に恐ろしく助けられてきたと思っています。

会社と社会への思いが個人の信頼を築く

 そういう意味で、名刺は最初の扉を開かせて、スタートラインに立つための道具ですよね。会社を築いてきた人の思いや歴史が込められているところに名刺の価値がある。
 いまは「個の時代」だと言って、みんな個人で目立とうとするけれど、まったくの個人がゼロからできることってほとんどない。先人たちが築いてくれた場所を使って何かをしているわけだから、自分もそこに「新しいものを足していく」気持ちで仕事をしたほうが、結局は個人への信頼も早くたまるんじゃないかと思います。
 実際、個人で目立った活動をして早く独立しようという意識は一切ありませんでした。
 むしろ、所属していた雑誌『モーニング』や、三田紀房や小山宙哉という作家をどうしたら大きく育てられるか、どうすれば講談社の社是である「おもしろくて、ためになる」作品を作り続けられるか、そして社会に何を還元できるのか。そんなことを、誰よりも真剣に考え続けてきたつもりです。
 その真剣な態度が最終的に僕という個人の信用につながって、コルクを立ち上げることができたんだと思います。
 先の野間さんの言葉に付け足すなら、会社の歴史を最大限に生かして、会社ひいては社会に還元できる人間になること。
 名刺の力を生かす先として、自分個人のためか、勤務先までか、社会全体への還元を見据えているのか。そのビジョンと射程が問われているのだと思います。

指名される存在になれているか

 そんな僕の独立を後押ししたのは、堀江貴文さんとの出会いです。
 漫画『ドラゴン桜』の作家・三田紀房さんと対談してもらいたいと思って、偶然にも堀江さんとは大学のゼミが同じだったのでOB名簿を見て突然メールを送ったんです。当時、“ホリエモンのブログ”といえば、一部ではテレビよりも影響力があって、まさに時代の寵児。「どうせ返事なんてもらえないだろうな」とダメもとでした。
 でも、送信した直後に返事が来たんですよ。ちょうど堀江さんが『100億稼ぐ超メール術 1日5000通メールを処理する私のデジタル仕事術』という本を出されていた頃で、「本当に“秒速で”返事がきた!」って感動して(笑)。それで三田さんと対談していただいたのが、最初の出会いです。
 その後、別の編集者を通じて、「講談社には佐渡島っていう編集者がいるよね? また飲もうと伝えておいて」と堀江さんから言伝をいただいて。それで再会したら、堀江さんがやたらと「お前、早く会社辞めろよ」と言ってくるんです(笑)。
 「これからはネット上で多数のメディアが生まれるから、編集者よりも作家のほうがずっと多くなって作家が編集者を選ぶ時代になる。だから指名されるような状態になっておけよ」と。
 僕は、「講談社は、やる気さえあればなんでもできる、すごくいい会社だから辞める気はありません」と返していたのですが、後日、堀江さんのブログを読んでいたら「講談社の社員と飲んだら、会社を辞める気満々で盛り上がった」と書いてあって、びっくりして(笑)。
 でも、堀江さんの言葉に背中を押されたのは確かです。
 ものすごく多くの人に会う堀江さんが、どうして“作家のお付きの人”だった僕のことを覚えてくれていたのかは、今でもわかりません。従来の漫画編集者の枠を超えた仕事ぶりをおもしろいと思ってくれたのかな。当時から僕は、作品の中身を編集することだけじゃなく、「どうやって作家と作品を世界に広く知らしめるか」という戦略ばかり考えていたんですよね。

本当に“出会う”ためには

 経営者や著名人になると、たくさんの人に会うし、ものすごい数の名刺をもらうので「はじめまして」の場面で印象を残せないと、なかなか本当の意味で“出会う”ことはできないのが事実ですよね。
 以前、ジャズシンガーの綾戸智恵さんとご一緒したときに同席した方が「はじめまして」と名刺を差し出しかけたら、綾戸さんが「あっ、私、多分あなたのこと忘れるから! 名刺はいらないから!」って、笑いながら言い放ったことがあって(笑)。その場のみんなが驚きましたが、なんだかすがすがしくて「ああ、正直ですてきだな」とすごく印象に残っています。
 僕も日々、たくさんの方と名刺交換をしますが、どんな仕事をしているかだけでなく、その人固有のストーリーや人となりを聞くと覚えていることが多いです。「社の見解はこうなんです」「持ち帰って検討します」なんて会社の立場だけで話をされると、社名しか印象に残らない。
 よく「会社の考えと自分の意見が違って……」なんてことをいう人がいますが、「すごく怠慢な人だな」と感じます。だったら社内でやるべきことがあるし、納得できるまで話し合えばいいのに。いまはもう、会社に個人が埋没するような時代じゃないと思います。
 自己紹介で大事なのは、「DOの肩書」と「BEの肩書」の両輪があること。
 「DOの肩書」は、勤めている会社や役職、業務内容などで、通常の名刺交換の際には「DOの肩書」を名乗ることが多いと思います。でもその仕事の根底には必ず、その人の考え方や趣向、目指す方向性の源になっている「BEの肩書」があるはず。
 名刺は、「私はこんな仕事をしている人です(Doing)」という情報を手渡すことで、その一歩先の「私はこんな人間です(Being)」を伝えるきっかけを仕込めるメディアなんだと思います。

あなたの「BE」はなんですか?

 僕の名刺は活版印刷です。これまで出版社で本をつくってきたから、しっかりと自分の出自がわかるような名刺にしようと思って。社名のロゴはTrajan(トラジャン)という書体をちょっと変形させて、「R」と「K」の角度をそろえたデザイン。ここには「作家と編集者が伴走する」というコルクのビジョンを込めています。シンプルだけど、僕のこれまでの半生や思いが詰まった名刺ができました。
 ただ、デザインや素材に凝った名刺にしてしまうと、名刺管理アプリでデータを読み込めないこともありますよね。その点、『myBridge』は機械まかせではなくて、OCR(画像文字認識)とオペレーターによる手作業入力という二階構えでデータ化されると聞いて、それはいいなと思いました。
 本当は誰もが、「DOの肩書(仕事の肩書)×BEの肩書(人としての在り方の肩書)」を持っていて、それぞれの個性をかたちづくっている。
 自分の「BE」は何か? これからの時代、自分の価値観がより重要になってくるでしょう。それをちゃんと伝えられたら、なにかの拍子に次につながる機会が生まれて、そのときはじめて名刺を通じた出会いが自分の人生を前進させていくのだと思います。
(取材・文:鈴木沓子 編集:樫本倫子 写真:竹井俊晴 デザイン:九喜洋介)