究極の「社会の黒子」が手がける社会貢献のかたち

2018/7/31
知る人ぞ知る大企業――。企業向け情報システムと接点のない人からすれば、SAPは、その代表格だろう。ドイツに本社を構え、売上3兆円・従業員9万人、グローバルで40万社以上の顧客を持つ、世界でも指折りのソフトウェア企業だ。

企業活動の中心となる、基幹システム(ERP)を核にしたビジネスを50年近く展開してきた。目に見えない製品ゆえに、生活の中でロゴを目にする機会は少ないが、実は生活との接点は非常に広く、深い。

近年は、情報処理技術のブレイクスルーとなるインメモリデータベース「SAP HANA」への思い切った研究開発と実装に舵を切り、従来の常識では不可能とされていたデータアナリティクスを実現可能にした。同社はビジネスとして利益を得るだけでなく、このSAP HANAプラットフォームを活用し、同じ価値観を共有する企業と世界規模の社会貢献活動を共にしている。

なぜ、SAP単独ではなく他社と行動するのか。その源流は、SAPの持つアイデンティティにあることが、SAPジャパン株式会社 代表取締役社長の福田 譲氏の話から見えてくる。そして、この活動の日本の事例のひとつが白山工業株式会社との取り組みだ。同社が地震計のトップメーカーとして地震防災にかける思い、SAPをパートナーとして選んだ理由は何か。代表取締役の吉田稔氏にも話を聞いた。
Interview 1
SAPジャパン株式会社 代表取締役社長 福田 譲

GDPの77%を支える世界の“黒子”

──世界有数のソフトウェア企業でありながら、存在自体を知らない方もいらっしゃいます。
福田:B to B企業ですから、一般には知られていないかもしれませんね。私たちは、企業向けのITの世界では珍しいポリシーを持っていて、お客さまの言うとおりにソフトウェアを作るわけではありません。多くのITがオーダーメイドの洋服だとすれば、SAPはグローバルビジネスにおけるスタンダードな体形の洋服を示して、スリムになるための気づきを提供する発想でソフトウェアを作っています。
企業活動は、スリムで効率的であるべきなんです。各業界のトッププレイヤーのやり方を学び、それをベストプラクティスとしてソフトウェアに落とし込み、“Best Run”を提供しています。
私たちの製品やサービスは、世界のGDPの77%を支えています。もちろん、この価値はお客さまである企業によって作られているもの。しかし、電車や飛行機が時刻通りに運航され、店頭にきちんと商品が並んでいる日常生活の背後には、SAPのソリューションがあるのです。ひと言で表せば、SAPは「究極の黒子」でしょうか。
福田 譲  SAPジャパン株式会社 代表取締役社長
1997年、早稲田大学教育学部卒業後、SAPジャパン入社。2007年にバイスプレジデント ビジネスプロセスプラットフォーム本部長、2011年にバイスプレジデント プロセス産業営業本部長などの要職を経て、2014年に代表取締役社長に就任。現在に至る。
──世界のリーディングカンパニーを見てきて、SAP自身が学ぶことも多いと思います。
SAPを使用している世界トップクラスの企業の多くは、世の中に多大な影響力を持ち、その企業活動が世の中を変えています。私たちは、ソフトウェアを通じてそれらの企業活動をより良くすることで、お客様と一緒に世界をより良くしたい。だから、コーポレートビジョンに“Help the world run better and improve people’s lives.”を掲げています。
例えば、食品関連の企業活動がスマートになれば食料廃棄を減らせるし、それによってお客さまの利益が上がれば社員も給料が上がって幸せだし、消費も増える。回り回って、世界がより良くなるよう貢献できます。社会や日々の生活を支えている企業を、私たちのソフトウェアが支えている。名前は知られていないかもしれませんが、黒子であることを誇りに思っています。

インメモリデータベースが変えるITの常識

──50年近い歴史において、スリム化と効率化を追求してきました。さらに貢献するうえで有効な新しい潮流や可能性はありますか。
ビッグデータと言われるように、大量データを収集し処理する時代。データドリブンで法則を発見して未来を予見したり、ビジネスや世の中を変えるアイデアを生み出すためには、膨大なデータを非連続に取り出し、簡単に活用できなければなりません。
しかし、従来のITはデータの処理は得意ですが、活用が苦手でした。例えば、定期的な経営会議用にレポートを作成する場合、定型の視点のデータを事前に長時間かけて処理・用意します。データはリアルタイムではないことが多く、その場で違う角度から見たくなっても容易ではなく、「では来週の月曜日までに」となることも珍しくない。
ITの進化を、走ることに置き換えてみます。マラソンと100mの両方で金メダルを持っている選手はいませんでした。長距離走と短距離走とでは、使う筋肉が違うのです。
ITも同じで、ある処理を安定的に長い期間にわたって処理するのが得意なITと、瞬発力のITとは、それぞれ別の世界として、徐々に進化してきました。
ところが近年、100m走の速さでマラソンの距離を走れる選手が登場しました。進化ではなく非連続のイノベーションが起こったのです。それが「インメモリデータベース」と呼ばれるもので、SAPでは「SAP HANA」を提供しています。
SAP HANAによって、思いつくまま、アイデアに対して使い放題でデータを取り出せるようになる。今まで実現できなかったことが出来るようになりつつあるのです。
──どのようなことが実現可能になるのでしょうか。
わざわざ人間が判断しなくても、ロジックや計算式を組める限りは、コンピュータがその役割を代わりに担うことができるようになるでしょう。また、世の中の多くの事象には因果関係があります。大量のデータがあれば、その中の因果関係を見つけ出し、そのロジックに「いま」のデータをぶつけることで、この先何が起こるか?を一定の確率で予見できます。
暗黙知を形式知に変え、社会のあらゆる場所に埋め込むことで、皆にとってより良くできるのです。

SAP HANAで世の中をよくしたい

──SAP HANAを使ってイノベーションにつながった、SAPが貢献できた事例を教えてください。
例えば、社会の課題に取り組むNGOや企業のCSR活動に、SAP HANAを活用してもらう取り組みを世界中で行っています。
──世の中には、暗黙知にすらなっていない、人知を超えた事象があります。特に地震は予測が難しく、たびたび襲いかかって多くの命を奪います。SAP HANAを使った地震計大手の白山工業との協業について聞かせてください。
日本は地震大国です。私自身、3人の子供がいますが、「震度5」と速報が流れても、それは地震計があるエリアの平均値の話。本当に関心があるのは、子供がいる教室は大丈夫なのかということです。
専門的な地震計ではなく、モバイル端末とそこに載せたソフトウェアで日頃の微小な揺れをデータ化し、それをクラウドに連携することで簡単かつ精密に予測できることが分かり、これは現実に刺さるイノベーションだと思いました。
日本は、世界の0.25%の面積しかないのに、マグニチュード6以上の地震の20%が起きています。建築物は地震に強くなってきていますが、それでも被害は免れません。「共生」するしかないのです。日本には地震計が約1500か所、既に世界一なのですが、さらに誰もが持てるモバイル端末でデータを収集できれば、ものすごいビッグデータ。世界に類を見ない巨大な地震ビッグデータプラットフォームを作れます。
世界には地震対策が不十分で困っている国は多く、そこには不安とともに暮らしている人々がいます。もし、日本が地震と共生する方法を編み出すプラットフォームを持つことができたら、世界で発生する残りの80%の地震対策にも貢献できます。
──地震に関して、日本発で世界に発信することは、とても意義があるように思います。
発信できるのは、それだけではない。日本は残念ながら、従来誇っていたGDPなどの経済面では世界でのプレゼンスが下がっていきます。日本が何にプライドを持ち、何を拠り所に生きていくのか。
それは社会の完成度の高さ、協調性が高く共生する社会、震災時に称賛を浴びた人々のたたずまい。「日本はいい国だ」と言うだけでなく、こうした社会の仕組みの暗黙知を形式知化できれば、それを各国に共有することで世界をより良くできます。地震との共生システムも丸ごと輸出できれば、ビジネスとしても大きいし、日本のプレゼンスも誇りも上がるでしょう。
今回、SAPが黒子として協力したい活動のアイデアを社内で募る中で、建物、それも特定の階や部屋に震度センサーを取り付けて防災対策に活用することを思いつき、取り組むことにしました。
ところが、私たちは地震に関して素人。そこで、すでにiOSデバイスで震度を測定するアプリを公開し、地震計での実績も高い白山工業に協力を願い出ました。世界をより良くしたいという理念、方向性も一致、ハードとソフトそれぞれNo.1の企業同士で、日本発のイノベーションを起こし、社会をより良くするプロジェクトを進めています。
あたり前の日常を支えているSAP。地震との共生が、テクノロジーによって「あたり前」になる日を目指しています。
Interview 2
白山工業株式会社 代表取締役社長 吉田 稔

防災に、どのように貢献できるか

──地震計測システムの分野でNo.1のマーケットシェアを誇ります。
吉田:たしかに私たちは、多くの地震計測システムを提供しています。しかし、地震防災については決して民間だけで行えるものではなく、あくまで国の地震防災計画があり、大学や国の研究機関が作る観測網に、入札を経て必要な機器を納め、役割のひとつを担うことで貢献しているに過ぎません。
国の防災計画のおかげで、今は「確率論的地震動予測地図」として全国250mメッシュで、今後30年以内に震度6弱以上の地震にあう確率という情報が政府から公表されるようになりました。また地震観測網からの情報がリアルタイムで一般に配信される仕組みも整いつつあります。
一方で地震計が捉えるデータは、地震の姿の一部、地面の震動を捉えているに過ぎません。防災について考えたとき、本当に知りたいのは人が住んでいる建物が受ける影響です。
白山工業として、この課題をクリアして、地震防災に貢献できないものかと考えました。そこで、防災科学技術研究所の研究者と協力して、スマートフォンなどの加速度センサーから得たデータをクラウドに集め、活用することにしたのです。その結果は、2013年に共同論文で発表しました。
吉田 稔 白山工業株式会社 代表取締役
1976年、東京工業大学工学部機械物理工学科卒業、1983年、名古屋大学大学院理学研究科大気水圏科学専攻博士課程単位取得退学後、国立極地研究所勤務。1986年、白山工業株式会社を設立、代表取締役に就任。現在に至る。
──SAPとともに取り組んでいるとお聞きしましたが、どういう経緯だったのでしょうか。
「my震度」というモバイルアプリを開発し、揺れのデータを集め、大量かつ高速にSAP HANAで処理するプロジェクトです。
元々SAPとの取引はなく、お互いのメールアドレスも知らない同士でした。お電話をいただいても、代表電話の受付が売り込みと勘違いして私まで取り次ぎませんでした。
手段がなかったSAP の方は私宛てに協業の申し入れの手紙と会社案内を書留・速達・親展で送ってくれました。今時、珍しいコミュニケーション方法ですね。それでコンタクトを取ったら、ビジョンを共有できる相手だと分かったので、力を貸してもらうことにしました。
それまでは、他社が提供するサービスなど、いろいろなプラットフォームを使って取り組んでいましたが、限界を感じていたところ、偶然SAPから協力の申し出を受けたのです。
──限界とは、どういったことですか。
本格的にアプリを広め、スケールさせる段階でした。無償提供しているのでクラウド環境を維持するコストが増大する。それから、集まるデータが増大するので、実用的な運用に耐えられるプラットフォームを構築する必要性が増すわけです。特に大量データのリアルタイム性が大きな課題でした。

すぐに計測できる利点・課題

──地震を細かく即時に観測できると、利便性や安心安全など、どのような恩恵を社会にもたらすのでしょうか。
ひとつの建物、あるいはひとつのフロアごとに揺れる状況が異なるので、細かく安全性を知ることができます。さらに多く取り付けると、より安全性を可視化することができます。
例えば木造三階建ての家の各階四隅に地震計を設置したところ、3.11の大きな揺れで建物が激しく動いた様子を記録しました。データを見てみると、地盤は大きく動いたものの、建物は瞬間最大で5mmしか変形していなかったことが分かりました。すると、このまま住んでいても大丈夫なんだという安心を得られますよね。建物の価値を示すこともできるでしょう。
東日本大震災時の木造三階建て(東京都多摩地域)の挙動
一方で、こうしたデータをむやみにオープンにはできません。3.11では、ある建物の構造が変わった瞬間を捉えることができました。一見、壊れたと思われるかもしれませんが、設計上は問題ないものでした。しかし正しい建築の知識がない人にも広まってしまうと、不当に資産価値が下がるなど、社会的な問題が生じる恐れがあるのです。
さらに、平時からデータを取り続けていると、比較的頻繁に起きる小さな地震の応答から地盤の様子が分かることもあります。建物の構造から想定されるより低い周波数で揺れていたり、近辺の震度より大きな震度で揺れていると、軟弱地盤に建てられたことが分かります。
──扱いには注意が必要だが、スマートフォンでも信用に足るデータを得られる証拠だと驚かされます。最新アプリ「地震あんしんカルテ」は従来版と何が違うのですか。
これ以前のアプリも、スマートフォンでその場の震度がすぐに分かるものでした。でも、それが安全なのか危険なのかは、一般の人には分かりません。この最新アプリでは、その判断も示すのが特徴です。そこに責任を求められるリスクもありますが、ベストエフォートながら「大丈夫です」と言ってもらえたら、とても安心ですよね。
「地震あんしんカルテ」の画面(ダウンロードはこちら
アプリではない専用機器での例ですが、高層ビルのエレベーターが地震で止まったとしましょう。管理者が歩いて巡回して、このビルが安全か確かめるのは状況によっては難しいし、時間もかかります。ところが、ビル内に何台も設置しておけば、直ちに分かります。建物内が安全だと分かれば、他所からの帰宅困難者を受け入れることもできるのです。

ビジョンがあるからマネタイズを考えない

──ビジネスにするつもりはないのですか。
この取り組みでは正しくない方向性です。地震防災に貢献するという目的があるので、広く使って役立ててもらいたいからです。
一方で、こういう小さな「あるといいね」「必要だ」を積み重ねた社会コンセンサスが生まれることを期待しています。そうすれば、より高性能で安定した専用機器が、社会コストとして求められるはずで、その時はお支払いいただこうと思っています。
──現状でSAPと取り組んでよかったと思うことはありますか。
たくさんのデータを得るためには、多くの人に使ってもらわないと意味がありません。SAPは、広いネットワークを生かして、いろんな人にリーチしてくれています。
そして、研究機関との試行錯誤から社会実装に移ろうというタイミングで、SAPのようなコンピューティング技術と仕組みが必要でした。白山工業は無償での取り組みなので、企業のビジョンが一致し、提供してもらったからこそ社会実装できることになりました。
これから接続するデバイスが大幅に増えたとき、SAP HANAがどれだけのパフォーマンスを見せてくれるのか。期待しています。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:長谷川博一、北山宏一)
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