走ることはフィールドワーク。建築家が語る快適なランニングとは

2018/8/9
高齢化社会を見据え、国や自治体は健康寿命を延ばすための社会環境について議論を重ね、日本各地ではマラソン大会が開催されている。東京では2020年とそれ以降に向けた街づくりに注目が集まるなど、今、日本の街とランニングの関係性は大きく変わり始めている。

ランニングが街に求める役割、街がランニングに与える影響とはどんなものなのか。自身もランナーだという建築家の藤村龍至氏に伺った。

「走ること」で街のスケールをカラダで感じる

実は、建築家にはランナーがすごく多い。
世界的建築家、レム・コールハースも出張先で走っているそうですし、北京のオリンピックスタジアムを手がけたヘルツォーク&ド・ムーロンも毎週決まった曜日に2人で走りながら、大事なことを決定すると聞いたことがあります。
私も昔先輩の建築家に「活躍したければ走らなきゃ」と言われたり、出張先で「シューズ持ってきた?」って聞かれたこともありました。
東京にいるときは週に1~2回、小一時間走る程度ですが、出張先には必ずランニングシューズを持っていって、その土地を観察しながら走っています。
走るのは打ち合わせ前の朝7時、8時くらい。歩くと半日~1日でもかかってしまうところも、朝走れば、小一時間でぐるっと回れるんですよね。
しかも自分の脚で走ると、その街のスケールがカラダに入ってくる。例えばマンハッタンの中心あたりに泊まって、今日はロウアーマンハッタン、明日はアッパーへと走りにいく。
そうすると街の大きさがどれくらいで、それに対して、この位置にこれぐらいの大きさのタイムズスクエアがあって……というのがカラダで覚えていける。
建築や街づくりにおいて、大きさを把握するということはすごく大事なことで、だからこそ建築家は走ってフィールドワークをする人が多いのかもしれません。
バルセロナ市内の道路とランナー(撮影:藤村龍至)

東京は公園と街がうまくつながってない

東京では、緑があって、池があって、遠景が抜けている公園を走るのが好きです。渋谷に住んでいたときは代々木公園、世田谷のときは駒沢公園、今は上野に住んでいるので、上野公園ですね。
ただ東京は公園そのものはいいんだけれど、公園と街とがあまりうまくつながっていないのが難点。走っていて、どうにかならないものかと思ってしまう。
例えば、公園に広場やカフェを作ったとか、公園の中は盛り上がってるんですけど、街とはつながっていない。
逆に街自体も公園に背を向けて立っていて、例えば、上野公園は周りにホテルやカフェが立っていますが、公園側に調理場があったりする。公園に向けた窓やテラス席をなんで作らないのだろうかと不思議なんですよね。
それに、東京は人口やニーズに対して、体を動かすフィットネスの空間が極端に足りないのではないかと思うのですが、それを民間企業がフィットネスクラブのような施設だけで用意するというのは限界がある。
今後は緑地や公園のあり方全体を、ニーズに照らし合わせて見直していくことが求められてくるでしょう。

今後は公園のあり方が変わっていく

ただ公園側にも理由があって、戦後急速に人口が増えて、小学校を作らなきゃいけない、道路を通さなくてはいけない、といろいろな都市機能を整備しなければいけないというときに、公園の土地が一番に狙われて、面積をぐっと減らされた時期があったんです。
それで公園の管理者はすごくディフェンシブになっていて、緑地としての公園を守ろうという意識が強く、街との関係を考えたり、新しい使い方を誘発しようという意識が弱いのではないかと思います。
また近年でも公園はもともとクレームの多いところなので、それらに対応するうちに禁止項目が増えて、固いマネジメントになってしまった。公園は静かにするところで、にぎやかに集まったり運動したりする場所じゃないという考え方も強かった。
けれど、最近になって、別にそんなに縛る必要はないんじゃないか、もともと公園は人が集まる場所なのだから、にぎわいの創出や街との関係を考えるべきなんじゃないかと行政も気づきはじめたんです。
(写真:c11yg/iStock)
まだまだ固いところはありますが、都市公園法が変わったり、都市公園の質を向上させるための「Park PFI」というプロジェクトが始まって、これからは都市のパブリックスペースのなかでも公園が一番動いていくと思います。

「人のための空間」へと変化する日本の公共空間

公園だけでなく日本のパブリックスペースは今、どんどん豊かになっていると感じます。例えば、東京駅は丸の内から皇居までの街路が整理されましたし、隅田川もテラスがつながって、走りやすくなっています。
今、日本全体が、河川でも公園でも道路でも、人のための空間に戻していこうという大きな流れになっているんです。
以前は川は水を流すためにあり、道路は自動車交通をスムーズにするため、公園はどちらかというと庭園に近い静かな場所という考えに基づいていました。
それが最近は川沿いにお店を出したっていいじゃないか、河川の空間のなかでビールが飲めてもいいじゃないかとなってきた。
大阪の北浜では、ビルのオーナーが有志で、ビルの裏側に河川に向かって張り出したテラスを作り、食事を楽しめるようにしています。
私も今、愛知県の岡崎市で街づくりのプロジェクトに関わっているのですが、街の中心にきれいな川(乙川)があるのに街と川が繋がっておらず、たまに犬を散歩させている人がちらほらいるぐらいで、ランナーもあまりいない。これは本当にもったいないと思います。
岡崎市内を流れる乙川(撮影:藤村龍至)
そこでランニングに限らず、自転車や散歩でも、バーベキューでも水上スポーツでも、楽しめるアクティビティを増やして、いろいろな活動をミックスできる、豊かな空間を作ろうという動きがプランナーの泉英明さんらを中心に始まっています。
橋の上に仮設のバーを設置する社会実験では、きれいな川を眺めながら橋の上でビールを飲むことができて、すごく新鮮な経験でした。
河川や道路、公園を人のための空間に戻していくことで、街を公共空間から活性化しようというプロジェクトです。
そういう視点での街づくりがうまいのは欧米の都市で、特に成功したのは2000年代のニューヨークでしょう。
マイケル・ブルームバーグが市長になった2002年ころから約12年間で、タイムズスクエアが広場になったり、廃高架を再利用したハイラインという公園ができたり、イーストリバー沿いの開発が進んでランナーが増えたり……と、ニューヨークは「人のための空間」を取り戻したパブリックスペースを作るようになりました。

超高齢化社会を乗り切るために

日本の社会課題である超高齢社会に目を向けると、最近では街づくりは医療と同じくらいの効果があると言われています。
例えば、住民の高齢化率がすごく高いのに、なぜか健康寿命も一番というニュータウンがあるんです。ところが、街の人のデータを調べても理由が分からない。
医療の分野ではフレイル(虚弱化)予防のための外出機会の創出ということは言われていて、そういう観点で見るとこのニュータウンのケースは緑道を四方八方に通した街づくりに理由の一端がありそうです。
確かに現地に行くと、皆さんペットを飼っていて、朝からせっせと緑道を散歩をしている。Facebookを見ると、山の方まで行って朝日を撮って、写真をアップしている。
超高齢化社会をどう乗り切るかというときに、歩くとか走るということを、街が構造として持っているのはすごく重要ではないでしょうか。
ニュータウンを歩く住人(撮影:藤村龍至)
日本の行政では福祉系と建設系の部局が一緒に街をつくるなんてことはまずありません。「福祉=サービス」となってしまいがちで、街でどう体を動かしてもらうかという視点がない。
けれど、ちょっとした空間のあるなしで、人は街へ出たり、歩いたりするし、それによって健康寿命も延びる。
現役世代の健康に向けては、本当はオフィスにシャワーがあれば自転車やランニングで通う人が増えるでしょう。
それが難しくても、例えば都心部の公園や地下鉄の駅にランニングステーションのような機能がもっとあったらと思います。
皇居の周りにはランニングステーションが至るところにあって、シャワーを浴びられる環境がある。
あの環境をもっと拡大できたら、もっとランニングやフィットネスが日常的な経験の延長になり、感覚が変わると思います。
街履きから公園でのランニングまでシームレスに活躍するシューズ「ウルトラブースト パーレイ」

素材にストーリーのあるシューズ

今回「ウルトラブースト パーレイ」を試しに履かせて頂きました。私は普段、ランニングシューズはデザインにはこだわらない派です。
でもこのシューズは、デザインだけでなくアップサイクルされた素材(海に流れ着いた11本分のプラスチックボトル)が使われていて、ストーリー的にも面白いですね。
ニット素材でシュータンと一体化されているアッパーは、これがフィット性につながっているそうですが、つくり方としては建築のトレンドにも通ずるところがあってなるほどなと思いました。
「ウルトラブースト パーレイ」にこめられたサステナビリティ。1足につき、およそ11個分のプラスチックボトルの海への流入を防いでいる
建築でもエレメントをバラバラに設計するのがトレンドのときと、このシューズのように一体化して環境にフィットさせていくのがトレンドのときがありますね。
一体化した建築の代表例は、横浜港の客船ターミナルの大桟橋。「コンティニュアス サーフェス(連続体)」というコンセプトの実現例として、建築界ではすごく話題になりました。最近設計した「すばる保育園」でも、建築が環境に積極的に連続することを目指しています。
藤村氏が設計を手掛けた福岡県小郡市のすばる保育園(設計:藤村龍至/RFA+林田俊二/CFA)。周囲の環境と連続するデザイン(写真:太田拓実)。TOTOギャラリー・間で個展「藤村龍至展 ちのかたち――建築的思考のプロトタイプとその応用」を開催中(2018年9月30日まで)
シューズの場合は、一体化することで人間の体に寄り添うようにフィットするという目的が明確なのだと思いますが、ふかふかとしたクッション素材も私には新感覚でした。
街と同様に、シューズが新しい感覚を提供し続けることで、街を走る楽しさがさらにひとつ広がると思います。
(執筆:林田順子 編集:奈良岡崇子 撮影:望月孝 デザイン:國弘朋佳)