「“魔法のAI”は存在しない」業界変革に挑む本気のAI戦略

2018/9/10
不動産とテクノロジーをかけ合わせた「ReTech(Real Estate Tech)」を推進するGA technologies(以下、GA)。同社は、テクノロジー戦略の一環として、「AI戦略室」を設け、今年1月には理化学研究所「革新知能統合研究センター(AIP)」センター長で機械学習分野の研究の第一人者・杉山将氏を技術顧問に招聘(しょうへい)した。AIは社会に対し、どのような変革をもたらすのか? その可能性を杉山氏、AI戦略室ゼネラルマネージャーの橋本武彦氏、稲本浩久氏が語り合う。

保守的な不動産業界をAIで変える

杉山 私は不動産領域については素人ですが、以前から一人のユーザーとして非常に保守的な業界だなという印象を持っていました。ネットで物件を検索しても最終的には電話で問い合わせをしなければいけなかったり、申し込みには紙の書類がたくさん必要だったり。随分と非効率で不便だな、と。
 橋本さんたちからGAについてのお話をうかがったときには、まず「不動産業界をITで変えていこう」と真剣に取り組んでいる会社が存在することに驚きを感じました。
 なかなか打ち破ることが難しい業界の古いルールも、GAのような新しい会社が本気でテクノロジーを活用することで変えられるんじゃないかと大きな期待を感じたんです。それで、これはおもしろそうだと技術顧問のお話をお引き受けしました。

トップが持つ変革への強い意志が組織を後押し

橋本 業界の第一人者である杉山先生は、我々にとって非常に心強い存在です。GAでは不動産業界としてはおそらくはじめてとなるAI技術やデータ解析の研究・開発を行う「AI戦略室」を立ち上げましたが、さらなる深い知見や推進力を得るために、ぜひ先生のご協力を仰ぎたいとオファーいたしました。
 私がGAに参画したのも、不動産業界は巨大なマーケットではありますがIT化が遅れており、テクノロジーを導入することで大きな変化を起こせるという点に魅力を感じたからです。
 そして、夢を抱くだけでなく、その実現を確信させてくれたのが代表・樋口龍の変革への強い意志です。AIへの期待や理解だけでなく積極的なテクノロジーへの投資、エンジニア採用など、金銭的・人的な面でも理解してくれています。
 入社の際に樋口には「すぐにAIによって利益を出すことには縛られなくてもいい。それまでは営業を始めとするリアルの部隊が不動産業で業績をしっかり支えていく」と伝えられました。
 会社を大きくしていくためには、リアルの営業力だけでなくテクノロジーの力が不可欠というのが樋口の信念です。
 しかも、それには試行錯誤の繰り返しが必要で時間がかかるということを理解してくれています。安定的な成長基盤のもと、経営トップのテクノロジーへの理解と現場の協力が得られていることが、チームみなの安心感につながっています。

魅力はベンチャーのスピード感

稲本 不動産は衣食住すべてに関わり、人々を幸せにすることができる業界だと思っています。
 私は前職で画像処理の研究者としてキャリアを積んだのち、不動産向けソリューションの新規事業の企画を担当していました。自身が持つ画像処理の技術を最大限生かせる業界として不動産に魅力を感じる一方で、大企業ではスピード感を持って動くことが難しいというジレンマを感じることもありました。
 ベンチャーであるGAは、失敗を恐れずにどんどんチャレンジすることを推奨してくれています。そして、不動産業界にはAIがほとんど入っていないので、そのインパクトも大きい。
杉山 その点もGAの魅力ですね。我々の研究の世界では、論文を学術誌に投稿し、掲載されてからはじめて学術的に認められます。しかし、それではスピードが速いITの世界では周回遅れになってしまいます。
 大企業では学会の承認がないとできないことも、GAのようなベンチャーであればどんどん実用化へのチャレンジができる。そういったスピード感でトライしていけると、研究者としてもやりがいがあります。

一歩ずつ着実にテクノロジー化を推進

橋本 2017年4月にAI戦略室を立ち上げて、ちょうど1年半。今、AI戦略室が掲げる具体的なミッションは次の3つです。
① 社内向けツールにテクノロジーを導入することで事業貢献をすること
② 中長期的視点から技術を変革するシーズ開発
③ 人材育成、研究、技術力でテックカンパニーとしてのブランドを推進する活動
稲本 たとえば、1のビジネス貢献では、マイソク(図面入り不動産広告)という物件情報の自動読み取り、売れそうな物件の洗い出しを実用化しました。マイソクって、いまだに多くがFAXで送られてくるんですよ(笑)。それを自動読み取りでデータ化するのが最初のステップです。
 次に、成約価格などをもとにデータ解析することで、売れそうな物件を判断します。
 ただし、どの物件がよいかを判断するのは、最終的には知識と経験を備えたプロの人間です。その前段階で、“素人以上プロ未満”のレベルでAIが情報の取捨選択を行っています。
杉山 GAのみなさんは、今、AIができることをよく理解している。そこがすごく重要です。
 世の中には、“魔法のAI”を求めている企業がとても多いんです。AIは社会を進化させるものですが、決して魔法のツールではないという現状をよく理解した上で現実的な課題設定に対して、一歩ずつ前進していく。ものすごく正しい視点を持っていることがすばらしいですね。
稲本 2つ目の新たな技術開発としては、データ分類についての事例があります。
 機械学習のためには、データに「○(正解)」と「×(不正解)」というラベル付けが必要です。しかし、不動産業界にある膨大なデータは、未整理でラベルがついていないことがほとんど。杉山先生の最先端の研究成果を活用し、そのデータをうまく使うための技術開発に取り組んでいます。
杉山 よく、「ビッグデータから学習できる」と言われますが、それは半分本当で、半分ウソです。○と×のデータだけでなく、「?」の情報も使っていかなくてはならない。山のように「?」のデータがある不動産業界に最先端の研究成果を入れることで、このデータを有効活用することにチャレンジしています。

ReTechの可能性にかける優秀なメンバーが集結

橋本 3つ目のプレゼンス向上では、採用・人材育成にも関わっています。
 不動産とテクノロジーをかけ合わせたReTechはこれからが成長のタイミング。
 ここで自分の力を試したいという意欲的で優秀な学生からの問い合わせも多いですね。新卒であればインターンを積極的に迎え入れ、結果的に採用につながっているケースもあります。
 GAでは、エンジニア採用、新卒採用は将来への投資であると注力しています。
稲本 今、さまざまな業界から優秀な人材がAI戦略室に集まってきています。
 室長は長年ソニーの主任研究員を務め、AIBOなどの開発も担当したAIリサーチャーの小林賢一郎(写真前列中央)。
 ほかにも理研やメガベンチャー出身者、統計の専門家など多様。さらに中途や新卒内定者が加わり、来春には20名体制となる予定です。

リアルとテックが融合して、新しい価値を目指す

橋本 不動産業界には、まだまだ紙の上にしかないアナログなデータが多く、まずはデータの整備・可視化が重要です。そして、その情報を業者だけが抱えるのではなく、お客様にも見えるようにすることも。
稲本 お客様にデータを提供することは、安心や信頼を得ることにもつながります。
 例えば、エリアごとの家賃の下落率、空室率などを可視化して、営業ツールとして利用しています。お客様にもリスクをきちんと知っていただくことで、納得した満足できる不動産取引が実現します。
 このツールは「Tech Labo」という取り組みから生まれました。
 現場の問題を解決できそうなソリューションのプロトタイプを作り、まず公開する。そして、それを実際に試してもらったメンバーからのフィードバックを反映しながら早い段階で軌道修正を重ねて、本当に使えるものへと作り上げていく。
 GAではリアルとテクノロジーの融合を重視しています。リアルサイドのエージェント(セールス担当者)とテクノロジーサイドのエンジニアに垣根を作らないようにトップ自らが細心の注意を払い、お互いが協力し合う空気が生まれていることも特徴のひとつです。
橋本 エージェントとエンジニアは、同じ会社で働いていても、ある意味、言語が違う異星人同士というところがあるものですよね(笑)。だからこそ、一緒に並んで走りながら、お互いの距離を詰めていくしかない。近くに席を設けるなど、意識的に対話を進めています。
稲本 お互いを理解するための制度として、エンジニアが現場に出てエージェントなどの業務を1カ月体験する研修ももうけられています。プロダクトを使って実際に仕事をしてみることで、これは使いにくいなどの部分が改めてわかることもあります。
 エージェントからすると、現場の課題を技術で解決できるということに気づいてすらいないことも多い。コミュニケーションを深めていくことで、そういった気づきのチャンスも増えていくと思います。
 まだまだ試行錯誤なところはありますが、「いいものを一緒に作っていこう」という思いは、みな一致しています。そこがGAの強みだと思います。

テクノロジーで社会を豊かに

橋本 今後、業界全体でテクノロジー化を進めるためには、まず、データの整備と共有を実現していくことが必要です。今の不動産業界では、いくら技術があってもデータが整備されていない点が大きなネックとなっています。そこがクリアになっていくことで、働く人々の生産性やデータの重要性に対する意識も上がってくると考えています。
 情報をオープンにして市場を透明化していくこと。それが企業にとってより大きな利益になると理解する人が増えると、状況も変わってくるはず。実際、価格を公開したり、物件データを共有したりする動きが少しずつ始まっています。
稲本 また、技術開発のゴールはゼロから1ではありません。徐々に精度を上げながら、目指す世界に近づけていく必要がある。
杉山 その通りですよね。テクノロジーの活用においては、試行錯誤を繰り返しながら、その性能を高めていくことが不可欠。目指す世界に向けて、そういったよいスパイラルを生み出していくことが大切なんです。
橋本 今後は不動産にとどまらず、非効率な部分がまだまだ残る金融・保険など関連領域にもチャレンジしていきます。
 AI戦略室では、テクノロジーによって、人々の人生を豊かにすることに向けてより一層努力していきます。
(構成:工藤千秋 編集:樫本倫子 写真:稲垣純也 デザイン:砂田優花)
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