[東京 17日 ロイター] - 日本の証券取引等監視委員会と中国証券監督管理委員会(CSRC)が不正摘発で連携を深めている。証券監視委が今年6月末、相場操縦の疑いで中国在住の個人投資家への課徴金納付命令の勧告に至った背景には、両国の当局同士の交流が深まったことがあった。グローバル化した金融市場で存在感を高めつつあるアジアの個人投資家に対し、不正取引への警鐘を鳴らす第一歩になったと証券監視委は自信を深めている。

<ココカラファイン株の不自然な発注、追跡の末に>

「この値動き、何か不自然だな」──。3年前の2015年7月8日午前9時過ぎ、株式市場の取引を映し出すモニターを見ていた証券監視委・市場分析審査室のスタッフの1人は首をかしげた。

東証からの情報で、不自然な動きがあると報告があったドラッグストア経営のココカラファイン株<3098.T>。その株価が徐々に値を下げていたが、その後は一転して上昇し始めた。

この時、証券監視委の情報提供窓口にも、証券取引所や個人投資家から不自然な動きの銘柄があるとの報告が寄せられていた。

証券監視委が、こうした情報などをもとに調査したところ、その銘柄に買い仕込み注文が発注されていた。同時に売り注文も、1単位(100株)という最少単位で繰り返し発注する動きが、10分間で90回余りも繰り返されていた。

同株が値を下げたところで、発注者は実際に買い注文を約定し、結果的に安く株を買うことができた。この時、市場での売り板占有率は80%に上っていた。その後、売り見せ玉を含む売り注文を全て取り消した。

今度は買い見せ玉を用いて逆の取引を行い、値を吊り上げたところで、売り抜けを図り、安く仕入れた同銘柄を高く売ることで利益を上げていた。買い板占有率は90%に上っていた。

「明らかに自分に有利な価格で約定するための相場操縦」との確信を得た証券監視委は、東証や証券会社に裏取りを始め、この取引を取り次いだ日本の証券会社の先に米国の証券会社が存在し、さらにそこが受託したのは、中国在住の中国人の注文であることを突き止めた。

<中国との連携に壁 人脈作りに乗り出す>

しかし、ここで証券監視委は頭の痛い事態に突き当たる。中国国内のいったい誰が発注したか分からなければ、不正取引の摘発が完結しない。

だが、外国における個人の特定は、その国の当局や関係省庁、銀行等の協力がなければ、実現不可能であることは、これまでの例でも明らかだった。

過去に中国当局とは調査における連携実績がゼロではなかったが、第三国から中国を経由した取引に関するものが多く、直接、中国在住の中国人を調査する案件は、ほぼ初めてのことだった。「人的なパイプが太くない当局の依頼に、果たして応じてくれるのだろうか」──。

証券監視委は、証券監督者国際機構(IOSCO)の当局間における情報交換に関する枠組みに基づき、中国当局に調査依頼を出していたが、現実に調査はなかなか前に進まなかった。

その時、偶然のタイミングながら証券取引監視委の引頭麻実委員が、17年5月のIOSCOの総会に出席することになっていた。同委員は職員らから人脈作りを託されることになった。

証券監視委は金融庁の審議会の1つとして位置づけられ、「準会員」としての参加だが、中国側のCSRCは正会員。やや立場が異なっていたが、証券監視委の事務局は総会の合間を縫って引頭委員と中国側のCSRCの出席者との面会を取りつけた。

引頭委員は取引監視の連携を深めたいと率直に話しかけ、事務局スタッフの訪中を提案。これをきっかけにして、日中の証券監視当局の行き来が始まり、金融庁の協力もあって、次第に人脈に厚みが増していった。

そして昨秋ごろには調査中の中国人個人投資家の特定に関する証券監視委による支援依頼に対し、中国当局も前向きに対応するようになっていた。

その後、相場操縦を行っていた20代男性の中国人個人投資家にたどりつき、6月26日には、相場操縦に対する課徴金納付命令を金融庁に勧告するに至った。

こうした日中連携の不正摘発は、中国でも複数のメディアが取り上げた。

引頭委員は「アジアの証券市場の発展のためにも、不正への警鐘につながる一歩であり、予防的アナウンスメント効果が大きい」との見解を示した。

中国側も、拡大するアジアのクロスボーダー取引から不正を排除する取り組みには、前向きの姿勢を示している様子がうかがえる。

(中川泉 編集:田巻一彦  )