瞑想が従業員のモチベーションを下げると結論づける研究が発表され、話題になった。だが、その研究には重大な欠陥がある。

ニューヨーク・タイムズのある記事

あらゆるものに旬があるように、あらゆる文化トレンドには反発がある。目下のところ反発を受けているのは、瞑想だ。
かつては、ライフスタイルや健康に関するページでしか目にしなかった瞑想だが、いまやビジネスやスポーツ、あるいはエンターテイメントのニュースにもたびたび登場するようになっている。
「テッククランチ」が「マインドフルネス関連アプリへの興味の爆発」と評する状況のなか、つい先日にはアプリ「Calm」を提供する会社の評価額が2億5000万ドルに達したと報じられた。
そうしたなかで「経営者のみなさん、従業員に瞑想させないほうがいいですよ」と題した『ニューヨーク・タイムズ』6月14日付の寄稿記事を目にしても、それほどの驚きはなかった。
「これから流行るものと、時代遅れのもの」を決める文化的な選択マシンがあるような状況だが、問題は、とりわけ瞑想に関しては単なる最新の流行というだけでは話がすまないことだ。これは公衆衛生の問題だ。さらに、この記事には問題がある。そう、問題が山ほどあるのだ。
この記事は、ミネソタ大学カールソン経営大学院のキャスリーン・D・ヴォース教授と、カトリカ・リスボン大学経済経営大学院のアンドリュー・C・ハフェンブラック助教授が執筆したものだ。彼らは自身の研究にもとづき、瞑想はモチベーションを低下させ、したがって「職場では逆効果になるかもしれない」と主張している。
だが、その結論を導き出し、もっともらしい否定的な見出しをつけるために、彼らは研究に関するほぼすべての用語を、さらに言えば研究そのものをできるかぎり狭く定義した。「マインドフルネス瞑想の中心となるテクニックは、ものごとをあるがままに受け入れることだ」と、著者らは断言している。

マインドフルネスとモチベーションの関係

だが実のところ、マインドフルネスの真髄は、あるがままのものごとに対して、感情に任せて何も考えず反応しないよう、衝動的に反応しないようにすることにある。
受容は、あきらめを意味するわけではない。受容の意味するところは「平静の祈り(ニーバーの祈り)」に完璧にまとめられている。「神よ、変えることのできないものごとを受け入れる落ち着きと、変えることのできるものごとを変える勇気と、その違いを見分ける知恵とを授けたまえ」という言葉だ。
また、オックスフォード大学で心理学を研究するマーク・ウィリアムズ教授は「マインドフルネスは、自分が行なっていることを自覚しながら行動する能力を養うものだ」と書いている。
さらに記事を寄稿した二人は、次のように言い切っている。「(モチベーションとは)現状に対するある程度の不満を暗示するものだ。平静さや落ち着きを浸透させる精神的修行とは相容れないように思える」
だが、人はつねに不満以外のものにモチベーションをかきたてられている。たとえば、愛や感謝、愛国心などがそうだし、新たな製品や新たな惑星の夢もそうだ。
マインドフルネスとモチベーションの定義がそこまで狭ければ、さほど無理なこじつけをしなくても、両者間に「対立」を見い出す研究を設定できるだろう。

短期的実験では本当の効果は測れない

この研究の結論はきわめて影響の大きいものだが、最大の問題は研究そのものの範囲にある。著者たちは瞑想の効果を検証するにあたり、被験者に8~15分のオンラインのマインドフル瞑想用音源を1回だけ聴かせた(音源を聴いているあいだ、被験者が横になっていたのか皿を洗っていたのかは不明だ)。
本気だろうか。あれほど大胆な結論の正当性を立証するに足る時間とは、とうてい言えない。瞑想の効果が最もはっきり現れるのは、数週間にわたって続けた後だ。そうした効果を実証する研究の多くが8週間、場合によってはさらに長いプログラムにもとづいているのはそのためだ。
さらに、そうした研究では数多くの利点がはっきりと明確に、かつほぼ普遍的に示されている。その利点はいずれも、職場でも役に立つものだ。
本記事の筆者のひとりであるリチャード・J・デビッドソンは、瞑想に関する神経科学的研究と、マインドフルネスによるストレス軽減に関する無作為化比較対照試験をいち早く実施した。
デビッドソンは、ダニエル・ゴールマンとの共著『心と体をゆたかにするマインドエクササイズの証明』(邦訳:パンローリング株式会社)のなかで、瞑想のポイントは継続性であり、長期間の実践により実現する習性の変化のようなものだと説明している。
ハフェンブラックとヴォースの研究のような一度限りの実践では、永続的な変化は生まれない。科学者が数十年にわたり記録してきた、マインドフルネス瞑想が生み出す変化と混同すべきではないのだ。
ゴールマンとデビッドソンは新刊のなかで、瞑想に関する6000本を超える科学論文をふるいにかけ、この分野で最高の科学的知見をまとめている。
その結果、瞑想は実際に集中力やある種の記憶力が求められる分野など、多くの領域で作業遂行能力を向上させることがわかった。また、瞑想は感情調節能力も向上させるが、これは多くのタスクにおいて副次的な恩恵をもたらす。

瞑想はパフォーマンスを向上させる

さらに複数の研究から、瞑想は集中力を高め、ストレスを軽減し、感情調節能力を向上させるほか、気が散ったあとにタスクに戻りやすくしたり、共感力や創造性を高めたりする効果もあることがわかっている。
そうした性質はどれも、職場できわめて重要になるものだ。
2016年には、ケース・ウェスタン・リザーブ大学のクリストファー・ライディと、ペパーダイン大学のダレン・グッドのレビュー論文により、マインドフルネスに関する4000件の研究が検証され、マインドフルネスが幅広いカテゴリーでパフォーマンスを向上させることが明らかになった。
この論文では、モチベーションの問題も扱っている。「マインドフルネスは、注意力やモチベーションに関する特性を向上させることで、目標の追求を後押しする可能性がある」と著者たちは書いている。
「マインドフルネスには『むやみに努力しない』という姿勢が伴うが、それを消極性と混同すべきではない。実際のところ、自主的なモチベーション(すなわち、重要で価値がある、もしくは楽しいと認識する活動を追求する意欲)は、マインドフル(意識的)な人において高くなる傾向があるようだ」
さらに、ライディはこう続けている。「マインドフルな状態になっているときは『現在に集中する意識』がより大きなものになっている……それは、いつなんどき種々の問題に襲われ、ストレス下での決断を求められるかわからない企業幹部や経営者にとっては不可欠な性質だ」

多くの会社が瞑想というツールを活用

だからこそ多くの会社が、この瞑想という強力なツールを利用しているのだ。
医療保険会社エトナ(Aetna)では、自身も瞑想を実践するマーク・バートリーニCEO(最高経営責任者)が、従業員のための瞑想プログラムを提供している。その結果、従業員1人あたりの1週間の生産性が62分間ぶん、向上したという。エトナによれば、従業員1人あたり年間3000ドルの価値に相当するという。
ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者レイ・ダリオが従業員の瞑想を奨励しているのも、そのためだ。「(瞑想は)どんな人にも与えられる、最高の贈り物だ。静けさと創造性、穏やかさをもたらしてくれる」とダリオは語っている。
ダリオはまた、自身が世界最大のヘッジファンドの構築に成功した「唯一かつ最重要の理由」が瞑想だとも述べている。
セールスフォース・ドットコムの創業者マーク・ベニオフが新オフィスのいたるところに瞑想ルームを設置したのも、あるいはクーパー・インベスターズの創業者ピーター・クーパーが決断を下す際に瞑想に頼っているのも、それが理由だ。
「投資家であるためには、大量の情報をまとめ、いくつかの重要な知見を抽出することが求められる」とクーパーは語っている。「瞑想は、興味深くても不要な情報を切り捨て、長期的な投資パフォーマンスを左右するいくつかのポイントに集中する助けになる」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Arianna Huffington/Founder and CEO, Thrive Global、Richard Davidson/Professor, University of Wisconsin-Madison、翻訳:梅田智世/ガリレオ、写真:BlackJack3D/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.