起業の浮き沈み、退屈と恐怖

フランチャイズ的なソフトウェア開発会社ボードツリー(BodeTree)の共同創業者クリス・マイヤーズ(32歳)は、数百万ドル単位の売り上げを生み出している。マイヤーズは今から10年近く前の2010年にボードツリーを共同で立ち上げ、コロラド州デンバーを拠点に22人の会社を順調に経営している。
しかし詳しく聞いてみると、マイヤーズの体験は心的外傷後ストレス障害(PTSD)に似ている。「われわれはさまざまな浮き沈みを経験した」。マイヤーズは起業の体験を戦闘にたとえる。「退屈が長く続いたと思うと、ときどき本物の恐怖に襲われる」
マイヤーズが体験したような憂うつと不安の発作は、中小企業では決して珍しくない。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の臨床学教授マイケル・フリーマンが2015年に行った研究によれば、研究の対象となった起業家の実に49%が何らかの精神的障害を報告している。
具体的には、30%の起業家がうつ病を申告した。米国全体で見ると、うつ病の割合は約7%だ。これは顕著な差異であり、起業特有の難題に起因するのではないかとフリーマンは推測している。「基本的な強みと弱みが何であれ、起業の試練を経験すると、それらが増幅する」
ビジネスの世界では、多くの人が精神的障害に悩んでいる。とりわけ2018年6月には、自身の名を冠したファッションブランドを共同で立ち上げたケイト・スペードと、有名シェフのアンソニー・ボーディンが自ら命を絶った。
スペードは過去20年間、ファッションアイコンとして、仕事を持つたくさんの女性たちに影響を与えてきた。スペードの夫は最近、スペードは長くうつ病に苦しんでいたと明かしている。
これらの出来事は多くの起業家に衝撃を与えている。ドットコム・セラピーの共同創業者レイチェル・ロビンソンもそのひとりだ。
ドットコム・セラピーは、ミズーリ州スプリングフィールドに本社を置く遠隔医療スタートアップで、年間売り上げは200万ドルに上る。世界中の学校と契約を結び、言語療法や作業療法、精神医療を提供している。
ロビンソンはスペードとボーディンについて「スポットライトを浴びているように見える人、すべてを持っているように見える人も、普通の人とまったく変わらないことがわかった」と話す。「彼らもみなと同じように、幸せな人格を演じていたということが」
ロビンソンはマイヤーズと同様、起業の体験は抑うつ的な思考をもたらすことがあると主張している。「間違いなく、この仕事にはつきものだ」。ただしロビンソンによれば幸いにも、起業の浮き沈みを経験している間、精神のバランスを保ち続ける方法がいくつかあるという。

1. 精神的に強い人たちと行動する

ロビンソンによれば、抑うつ的な思考から抜け出す際に直面する大きな障害のひとつは、精神的障害につきまとう汚名のようなものだという。
「人々はいまだに(自分の苦しみを)打ち明けることに抵抗を持っている」とロビンソンは述べ、精神的障害について話すことには根拠のない後ろめたさが存在すると指摘した。
ロビンソンはドットコム・セラピーを立ち上げたときの体験として、共同創業者のエミリー・パードムを含む幹部たちに自らの感情をさらけ出すことが助けになったと振り返る。
さらに同氏は「重要なのは、本当に強い人たちと行動することだ」と言い添える。「苦境に立たされたとき、私と共同創業者は互いを頼っていた」

2. 自分の感情を隠さない

起業家として、うわべを繕いたくなることもあるだろう。本当はうまくいっていないにもかかわらず、自分もビジネスも順調なように見せたくなることが。しかし、ボードツリーのマイヤーズはこうしたことを、危険な習慣だと指摘する。
マイヤーズは自身が体験してきた不安や憂うつについて「私自身もこうしたことでとても苦しんでいる」と明かした。「感情を隠すことは犯罪よりたちが悪い。自分は大丈夫だと証明しようとする行為がさまざまな問題を引き起こす。自分を苦しめる行為だ」
ロビンソンも同意見だ。同氏によれば、「順調」だから心理療法など必要ないと感じているときほど、心理療法を必要としている可能性が高いという。
「重要なのは、良い支援ネットワークを見つけることだ。不要だと感じているときにセラピーを受けることが助けになる場合もある」

3. マインドフルな内省の時間を設ける

ボードツリーのマイヤーズは助けになったこととして、マインドフルネスと瞑想を挙げている。すぐにはわからないかもしれないが、困ったときに役立つしなやかな精神が養われる。
「私は毎日、マインドフルな内省に時間を使っている」とマイヤーズは話す。「これをしなければ、感情が消え去ることがなく、どんどん大きくなる。そして、大切な人たちの前で感情を爆発させるなど、まずい状況に陥ってしまう」
マイヤーズによれば、瞑想と「思い悩み」には明確な違いがあるという。「瞑想は多くの練習を必要とする」とマイヤーズは話す。「まずは、強迫的な思考プロセスが始まる。重要なのは、問題をくよくよ思い悩まず、問題を客観視することだ」

4. 他人の体験に目を向ける

憂うつな気持ち、とくに「自分はひとりだ」という気持ちから逃れるための具体的な方法は、他人の人生に関する本を読んでみることだ。
マイヤーズは「奇妙なアイデアに聞こえるかもしれないが、歴史に足跡を残した人物の伝記を読んでみると、必ず何かが起きる。誰かの生涯を知るだけでも十分に役立つが、自分の悩みはありふれたものだと知る助けにもなる」と説明する。
マイヤーズは、小説を書く人、傑作を生み出す人、そして企業を立ち上げようとしている人が陥る共通の苦悩を「美しい狂気」と表現する。マイヤーズによれば、他人の「狂気」が描かれた本を読むと、共通の苦悩を抱えていることが理解できるという。
その好例がウィンストン・チャーチルだ。「彼は本当に魅力的な人物だ」とマイヤーズは話す。
「われわれは彼を戦時中の立派なリーダーと考えているが、彼の人生は大部分が失敗で、所属していた政党も追われた。つまり、人生には第二幕があるだけでなく、第三幕、第四幕、第五幕、第六幕すらあり得るということだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Zoe Henry/Staff writer, Inc.、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:francescoch/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.