企業経営者や消費者を脅かすリスクを“見える化”し、一定の基準に基づいた「安心」を与える、一般には馴染みの薄い「ビジネスアシュアランス」の世界。そこへ、データアナリティクス・AIといったテクノロジーを武器に課題解決に挑む「ARCA(アーカ)」とはどんなチームなのか。そして、PwCビジネスアシュアランスが考える、未来の「保証」のあり方とは。

財務諸表“以外”にも「保証」を

──PwCビジネスアシュアランスを新たに2年前に設立した経緯を教えてください。
辻田:私たちは「ビジネスアシュアランス」という言葉にこだわりを持っています。「assurance」を日本語に訳すと「保証」という言葉になるのですが、世の中でよく使われる意味の「保証」とは少しニュアンスが異なるので、理解しにくいかもしれません。
私たちが行う「保証」をかみ砕いていうと、会社の経営者が“安心して”経営をしたり、会社が提供するモノ・サービスの利用者が“安心して”消費したりできるように、経営者・消費者の「これって大丈夫かな」という疑念を取り除き、「安心していいですよ」と伝えることです。
辻田 弘志 PwCビジネスアシュアランス合同会社 ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部 パートナー
大手都市銀行を経て、現職。グループ・グローバルの視点でのガバナンス、リスク管理、コンプライアンス、内部監査についての高度化支援サービスを提供。その一環として、データを活用したアナリティクスサービス「アドバンスト・リスク・アンド・コンプライアンス アナリティクス(ARCA)」の提供も行っており、法人内の推進責任者を務める。
監査法人が「保証」を与えられる領域は、例えば代表的なものは財務諸表監査などがありますが、一定の範囲に限られていますよね。
私たちは、それよりも幅広くビジネス上のさまざまな領域を対象に「保証」を付与していきたい、会計監査の枠組みにとらわれないユニークな存在でありたいという思いを込めて、PwCビジネスアシュアランスを新たに立ち上げました。
熊田:その中で私たちは、ARCA(アドバンスト・リスク・アンド・コンプライアンス アナリティクス)というチームを推進しています。
クライアント企業の業務プロセス上にリスクが潜んでいないか、コンプライアンス違反につながる要素がないか、製品やサービスの品質に問題がないかといったことを、データアナリティクス・AIなどのテクノロジーを用いて分析し、PwCの経験・知識と合わせてソリューションを提供していく、そういうことをARCAは行っています。
熊田 淸志 PwCビジネスアシュアランス合同会社 リスク・アシュアランス シニアマネージャー
主に、金融機関に対して、リスク管理、コンプライアンス領域のさまざまなソリューションの企画、販売、コンサルティングに従事。金融国際規制対応、AML、GRCなどのプロジェクトに参画。現在は、リスク管理、コンプライアンス分野全般において、データアナリティクスを用いたサービスを企画・提供するチームであるARCAを推進している。
──世の中に「保証」が必要なものは多々あると思いますが、貴社がフォーカスしているのはどういう領域でしょうか。
辻田:私たちは、リスク、コンプライアンス周りでクライアントが抱えている課題に対して、それを解決するソリューションを開発しアドバイザリーを行うのが基本スタンスです。
その上で、今、私たちの仕事のコアになっているのは、法律や業界ごとの規制など、何らかのルール・基準がある分野で、そのルール・基準に照らして「保証」をすること。特に、金融や製薬など規制の多い業界のクライアントを対象にした仕事が中心です。
でも今後、私たちが狙っていきたいのは、もう少し範囲を広げたところにあります。
例えば、製造業における製品の「品質」。品質管理・品質保証の領域には、誰が見ても判断できるルールが既にある場合もあるのですが、明確な基準がない、あるいは目安としての「ガイドライン」はあるが明確な判断基準がない場合もあります。そういう領域に対して、自分たちで基準をつくり、それに照らして「保証」をしていくことに今後力を入れて行きたいと考えています。
熊田:あとはデータのビジュアライゼーションですね。グローバル展開する企業の中の膨大なデータを分析し、企業価値を損なう不正や不祥事につながりそうなリスクを「見える化」するのもミッションの1つです。
さらに、リスクを抑えた状態、コンプライアンスが遵守され、それが保証された状態を将来にわたって維持するための品質管理プログラムを開発し、それを導入するお手伝いもしています。

メールから「怪しいやりとり」を検出

──企業のリスク・コンプライアンスに関わる課題にはどのようなものがあるのでしょうか。
辻田:人が行うコンプライアンス業務では、どうしても“事後”チェックになってしまう問題があります。事が起きてからでないと検知できず、検知できた時点では手遅れであることがほとんどなのです。
そこにデータアナリティクスやテクノロジーを用いることで、不正の予兆を把握したい、事が起きる前に検知したいというニーズが、現在、非常に高まっています。
熊田:そのようなケースの具体例として、メール監査があります。私たちはこれまで、会計監査などの領域において「数字」を分析対象にしてはいたのですが、メールの文面のような自然言語のテキスト分析はしてきませんでした。ARCAでは、今ここに取り組み始めています。
社員が送受信する電子メール、つまりテキスト情報をAIで分析して、不正を発見したり、不適切な行動をあぶり出したりするアプローチです。人の目で何百、何千というメールの文面をチェックするのは現実的には不可能ですが、AIなら可能になります。
メールをチェックすることについて、社内でもさまざまな議論がありました。中には「不正をする人は分かりやすい痕跡を残さないだろう」という意見もありました。でも実際に不正が起きた会社でメールを分析してみたら、「これは誰が見ても怪しい」と思うようなメールが見つかったんですね。不正につながりそうな特徴的な“書きぶり”はあるものなのです。
辻田:それ以外では、ノウハウの承継の課題があります。企業内のリスク管理やコンプライアンス業務の担当者には、50代以上の知識・経験が豊富な人たちが多いのですが、そういう人たちが今どんどん定年退職してしまい、ノウハウが組織に残らない問題が徐々に顕在化しています。
経験に基づいて「これは危ない」「ここまでなら大丈夫」と判断するスキルは非常に属人的で、後進に承継するのはなかなか難しいんですね。
そこへ、AIなどのテクノロジーを用いて「暗黙知」を「形式知」に変えていくことへの企業からの期待は、とても大きい。転職がより一般的になり、人材流動も高まっていますので、新しく入社した人にAIがノウハウを教えることで、教育コストを下げることにも寄与します。

非連続な変化が「保証」の必要性を生む

──これから中長期的に、ビジネスアシュアランスのニーズはどうなっていくと考えていますか。
三山:先に私の立場を説明させていただくと、私はPwCビジネスアシュアランスではなく、PwCコンサルティングに所属しています。
現在は主に、非連続の変化を遂げたい企業に対してPwC独自のデザインシンキング方法論である“カタリストメソッド”を用いた“未来共創セッション”を提供しています。企業の方々と対話しながら、未来の可能性を広げるお手伝いをしているわけですね。その立場からお話しさせていただきます。
三山 功 PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
テック系スタートアップ・外資系コンサルティング会社などを経て入社。デジタル技術を活用した新規事業策定支援・顧客体験変革などのプロジェクトを幅広く手掛ける。現在はPwC独自のデザインシンキング方法論である“カタリストメソッド”を用いた“未来共創セッション”の提供に注力。カタリストチームのリーダーとして、さまざまな業種・業界のマネジメント層に対して、非連続な未来を描き出すことを支援している。
これからの世界では、「保証」すべきものの種類はどんどん広がり、求められる保証の質も深くなっていくと私たちは考えています。
「保証」の対象、信用を付与すべき対象とはどんなものかということは、今まさに議論しているところですが、ARCAのチームと一緒にそれを考えることによって、新しいビジネスアシュアランスの成長機会を見いだそうとしています。
──具体的にはどのようなことでしょうか。
三山:例えば今、フェイクニュースが問題になっていますよね。背景には、インターネットの発達により特定の発信者だけでなく誰もが世界に向けて発信できるようになったことや、スマートフォン・SNSの普及で情報の流通経路が複雑多岐にわたるようになったことがあるでしょう。
これはそもそも、流通するニュースに信用が付与されていないがために、人々が間違った情報にミスリードされてしまう問題だともいえます。この状況が進むと、正しい情報の流通が滞ってしまったり、メディアが信用をなくし、メディア・広告ビジネスが縮小してしまったりする可能性もあると思います。
でも逆に、何らかの形でニュースに信用を付与することができれば、メディアビジネスはもう一段、成長を遂げることができるかもしれません。
別の例を挙げると、製造業ではメイカーズ・ムーブメントがあり、大量生産ではなく一人ひとりにパーソナライズした製品を提供するモデルにビジネスチャンスがあるともいわれています。
でも、「究極のカスタマイズ」と言えば聞こえは良いですが、一品一様にカスタマイズされた製品を提供するとしたら、その品質保証は従来通りのやり方で、消費者に安全・安心を与えることはできるでしょうか。おそらくそこには新しい品質保証のあり方が問われてくるはずです。
今は「非連続な時代」といわれ、産業界ではイノベーションがキーワードの1つになっています。そのイノベーションが起きた時に、「保証すべきもの」が生まれる可能性がある。表裏一体なんですね。
非連続な変化でビジネスモデルが全く新しいものに転換した時、私たちとしてそこにどう関わっていけるのか。未来のビジネス・環境の変化を想像しながら議論を続けています。
──今回はARCAのメンバーを募集するということですが、どんな方に参画してもらいたいですか。
辻田:一言でいうと、今、三山が話したような議論に一緒に参加してくれる人でしょうか。
ビジネスの世界には、私たちが解いていかなくてはいけない課題がたくさんあり、それが今後はもっと増えていきます。それは、ビジネスアシュアランスとしての成長の可能性が大きいことを示しています。
熊田:技術面から見ても、データアナリティクスやAIを用いたソリューションの可能性の幅広さを想像できるでしょう。その意味で、新しいものが好きな人、未踏の領域へチャレンジしていける人に、ぜひ関心を持っていただきたいです。
そして、クライアントが持つ課題に対して「面白そう」「解きたい」という姿勢で前向きに取り組める人と、ビジネスアシュアランスの未来を切り拓いていければと考えています。
(取材・文:畑邊康浩、写真:小林誠司[STUDIO KOO])