【長谷部健】「渋谷」から「SHIBUYA」へ。区長が進める大胆戦略

2018/6/23

生まれも育ちも渋谷区神宮前

──長谷部さんが区長を目指された過程を教えてください。生まれも育ちも渋谷区神宮前で、生粋の渋谷っ子です。そのことが数々の政策に影響しているように思います。
長谷部 渋谷区に住んで3代目です。神宮前小、原宿中の卒業です。僕もずっと区民として生きてきて、この街が大好きで、だから今の仕事をしています。
この街から発信している文化や集まってくる人などを褒められたりすると、ますます好きになっていきます。
変な例で申し訳ないですが、中学生くらいになってスポーツ大会に行くと区や街の名前が入った友達のジャージーやユニホームが盗まれたことがありました。それで街のブランドのようなものを意識し始めました。
学校が原宿中だと言うと10人中10人がいいなって言ってくれる。すごくうれしいですし、そういうことが積み重なって、僕はシティプライドが強くなっているんだと思います。
長谷部健(はせべ・けん)/渋谷区長
1972年生まれ。博報堂退職後、ゴミ問題に関するNPO法人green bird設立。全国60カ所以上でゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を実施。2003年に渋谷区議に初当選。以降、3期連続トップ当選。2015年渋谷区長当選。

渋谷の街が僕を育ててくれた

──今の渋谷も独特な雰囲気があります。他の国にはない、良い意味でカオス感というか。結局そこに世界の人々は引き付けられているのではないでしょうか。
そう思いますね。「学校じゃ教えてくれないこと」「親が教えてくれないこと」をこの街で学びました、という経験は確実にあります。
小学校の低学年くらいの時に、夕方くらいに明治神宮の前でたたずむと、えらいビビるんですよ(笑)。