「最高のパフォーマンス」をもたらす腸コンディショニング術

2018/6/20
仕事の生産力を上げるには、日頃から心身のコンディションを整えることが不可欠だ。果たして、一流のビジネスパーソンは日々どのようにコンディションを保っているのだろうか。
キーワードは「腸内環境」。これが食事、運動、メンタルすべてに関連しているのだという。腸内環境研究の第一人者である福田真嗣氏がその理論を解説。そしてデポルターレクラブ代表でパーソナルトレーナーの竹下雄真氏が、一流のビジネスパーソンに日々接している経験から、腸コンディショニングの重要性を話してくれた。

一流の人間ほど「腸内環境」を意識している

竹下 僕は一流アスリートや経営者といった顧客と触れ合う中で、また自分自身の体験からも、ビジネスでパフォーマンスを最大限発揮するには、食事、運動、メンタルを整えることが必須だと思っています。
 これらは、すべておなかの中の健康、つまり「腸内環境」に密接に関係している。そのために、いかに腸を整えるか。つまり「腸コンディショニング」を意識した生活を送るかを念頭に過ごしています。
 福田先生は、ご専門の立場からどうご覧になりますか?
福田 まさに、健康と腸内環境は密接につながっていて、それは医学的にも証明されています。2000年代初頭から、遺伝子レベルで腸内細菌を調べられるようになりました。
 そこで明らかになったことは、健康な人と不健康な人の腸内環境が違うこと。例えば最近では、肥満の人と痩せている人の腸内環境も違うことが分かってきました。
竹下 腸内環境を良くするには、食べ物に気を使うのが第一。僕は20年間パーソナルトレーナーとしてカラダ作りをしてきて、食べ物によってどんなコンディションになるか、どんな便が出るかはもう「肌感覚」で分かります。
福田 何を食べている時が調子がいいのか、分かるんですね。
竹下 はい。腸内の働きをよくする食物繊維や発酵食品をかなり多く取っている時と、お肉などを多めに取っている時とでは、便の状態や回数は全然違います。
 もちろん便通やカラダの状態がいいのは前者のほう。
 さらにいえば、キノコ類や根菜などに含まれている不溶性食物繊維と、海藻類や果物などに含まれている水溶性食物繊維。この2つの食物繊維をバランスよく取り入れるとより腸内環境が良くなるので、そこまで気を配っています。
 そしてこうしたことは、僕だけでなくトップアスリートや一流のビジネスパーソンも理解していて、コントロールできていますね。
福田 腸内細菌も生き物で、日々生存競争を繰り広げています。彼らが生き残るためには、私たちの口から入って腸まで届いた栄養素が必要。
 ですから、竹下さんのように食事に気を使い、腸内細菌に良いエサを与え続けることはとても重要です。
竹下 一方で、精神も腸に関係していると思います。おなかが調子よくないと、たとえば「糞詰まった顔をしている」という表現があるように(笑)、カラダも気分もすっきりしません。
 これは、腸の調子が悪いと気持ちも優れないのか、ストレスがあると腸にダメージを与えるのか、鶏と卵、どっちが先か分からないところがありますが。
福田 確かに、便通が悪くなるだけでストレスですよね。そうなると仕事にも集中できません。鶏と卵の問題ですが、両方あり得ると考えています。
 腸と脳は、迷走神経やホルモンを通して常にクロストークしています。
 脳がストレスを感じると、腸に伝わり、腸が便を運ぶために細かく収縮する「ぜん動運動」も変わってきます。ぜん動運動が変わると腸内の環境が変わるので、結果として腸内細菌のバランスも変わり…といったような負のループに入ってしまうこともあります。 
 一方、腸内環境を整えれば、それを脳が感知して良い精神状態を作ることができるかもしれません。 

自分の腸を「ホワイト企業」にしよう

竹下 自分の腸内環境をひとつの職場と考えると、社員である腸内細菌が働きやすい職場にしてあげたほうがいい。「ブラック企業」だと、有能な社員はどんどん逃げていきます。
 そのために、メンタル面でも食事面でも気を配り、「腸内のホワイト企業」を保つようにしているのですが、実際、どういうふうに働いているかは外側からは見えづらい。腸内の風景はどうなっているのでしょうか。
福田 まず、腸内細菌は、数百から1000種類、数でいうとおよそ100兆個もいます。それらが大量に群生している様子は、まるでお花畑のようでもあることから、「腸内フローラ」と言われています。
 その中で、かつては「善玉菌」「悪玉菌」というように腸内細菌の働きを善悪で分けていましたが、今ではたくさんの種類の菌がバランスよく共存して、それぞれの得意分野を生かして影響を与え合って活躍することが、良好な健康状態を作ってくれることが分かってきました。
ヒトの腸内イメージ
 特定の腸内細菌に偏っているのではなく、たくさんの種類の腸内細菌がいたほうがあらゆる食べ物の分解に対応できますから。
 逆に、特定の腸内細菌に偏っていると、悪い菌がいなくても腸内環境を良い状態に維持できなくなるケースが出てきてしまいます。

自分にとってベストな腸バランスとは

竹下 多様性に富んでいるチームのほうが生産力が高いとはビジネスの世界でも言われていますが、まさに同じことが腸内にも言えるわけですね。では、どのようなバランスが理想なのでしょうか?
福田 実は、良い腸内フローラのバランスというのは、個々人によって異なる可能性が高い事が分かってきました。
 人種で言えば、例えば日本人と欧米人は腸内環境のパターンが違います。それには、食文化が大きな影響を与えていると考えられています。
 たとえば日本人の場合、海苔やわかめ、昆布といった海藻を食べる習慣があるので、日本人全体で見ても外国人と比べて、海藻を分解する遺伝子を持つ腸内細菌が多く生息していることが報告されています。
 つまり腸内細菌は、その人がその環境で生きるのに適応して良いバランスを構成しているわけです。 
竹下 なるほど。まずは、自分の腸内細菌のパターンを知ることがファーストステップですね。
 会社にどんなメンバーがいるか分からなければ改善のしようがないですからね。実際、僕も自分の腸内環境を知るために、何度か検査を受けたことがあります。
福田 どんな検査ですか?
竹下 いろいろな検査を受けてきましたが、最近では、「有機酸検査」という最先端の検査を受けました。
 朝一番に採った尿を凍らせてアメリカに送ると、代謝物(有機酸)の種類や量がどのような状態で、それらがきちんと働いているか、腸内にはどんな種類の菌がどれくらいいるか、ということが分かるんです。結果はすこぶる良好でした。
 実は、最初に腸内細菌を検査した時は、アスリートに比べると腸内環境はあまりいい状態ではありませんでした。
 トップアスリートと言われる人たちは、腸内細菌の総数も、多様性も、バランスも、スコアが一般の人に比べ明らかに高い数値が出ます。
 そこで海外で腸内洗浄を行ったり、食物繊維や発酵食品の多い食品を食べるようにしたり、サプリメントも飲んだりしました。
 そうして口に入れるものを意識して1カ月後、同じ検査を受けると、腸内環境の状態が良くなっていたんです。もちろん感覚的にも、体調がよくなりました。
ビフィズス菌は、生まれた時には腸内細菌の99%以上を占めているが、成人になると約10%にまで減少するという。腸内のビフィズス菌が増加すると、乳酸や酢酸などが腸管内で増加し、腸内フローラが良好な状態に

「一年間に何回、排便をしますか?」

福田 腸内細菌の検査を受ける以外にも、ご自分の腸内環境を知る手がかりはあります。例えば、排便の回数。それを知っていただくために、私はよく会話の中で、「一年間に何回、排便をしますか?」と聞いています。
 健康な方だけでも、大体100回から1000回くらいまで幅があるんです。
竹下 そんなに幅があるんですね。
福田 それくらい人によって異なるのですが、こういった話は普段はなかなか話題にのぼることはありません。
 そうなると、便秘気味や軟便などお通じに何らかの不調がある場合でも、他人と比較することはありませんから、自分の状態を当たり前だと思って何も改善せずに日常を過ごしてしまいます。
 そこが問題なんです。
竹下 まさに、自分のお通じの状態を把握し、変化に気づけることが大事。僕が見てきた一流のビジネスパーソンはそのあたりをきちんと把握しています。
福田 まず、トイレに行く回数や排便の量、色、形を毎回チェックすることから始めてほしいですね。
 仮に便秘や軟便が続くなら、それを「ま、いいか」とせずにきちんと向き合うこと。「試しにヨーグルトを食べてみよう」とか、竹下さんのように「サプリメントを飲んでみよう」とか、いろいろトライして自分の腸に合うものを探してほしいですね。
 そういった意味で、竹下さんの腸内環境が改善されたのは、ご自身の体質にうまく合ったものに出会えたからでしょう。
竹下 僕の場合、科学的にいいと言われるものを順々に試していくことはもちろん、自分が感覚的に「いいな」と思うものを選ぶようにしています。
 あらゆる情報が氾濫する中、エビデンスがあるものと、自分の「feel(フィール)」を基準に選ぶことが大事だと思っています。
福田 おっしゃる通り、何が自分に合うかを選ぶとき、体感はすごく大事にしたほうがいい。そのようにして、多くの人が試行錯誤しながら自分に合うものを見つけていますが、実は、今後はその方法が変わってくるかもしれないんです。
竹下 というのは?
福田 パーソナルトレーニングが重要視されているように、医療の世界でも、個別化医療や個別化ヘルスケアが注目されてきています。
 実際にアメリカでは、薬が効いた患者さんにだけ薬剤料金を支払ってもらう「成功報酬型」ビジネスモデルが一部の薬で導入されることになりました。 
 今後は日本でも同様の流れになるかもしれません。今までお金を払っていろんな薬を試してきたことが、今後は主流ではなくなる可能性が出てきたのです。

「フィットネスIQ」を高め、自分の状態を知る

竹下 確かに、トレーニングの世界でも、テーラーメイドのトレーニングが重要になってきています。アミノ酸ひとつとっても、その人にいいアミノ酸、効くアミノ酸、効かないアミノ酸もありますから。
 さらに最近では科学の進歩で、その人にとって何が必要かが数値的にも分かるようになってきています。
福田 今は、自分の血液型は知っているけれど自分の腸内環境のパターンは知らないという方が大半です。
 それが今後は、自分の腸内環境を定期的に調べて、それに合う食べ物や薬を選んで口に入れる──。そんな社会が実現するかもしれません。
竹下 トップアスリートの世界では、既に自分の腸内環境を把握して、自分に合う食べ物を熟知している方が多いですが、社会全体で見ればまだまだ少数派ですからね。
福田 自分を取り巻く環境でも、自分の体に起きていることでも、今の状態が当たり前だと思いがち。それではなかなか改革ができません。
 今の自分の状態を見つめ直して、トライすること。そして継続することが大事です。何もしないことが、もしかすると自分にとって一番良くない状態かもしれません。
竹下 まさしく。自分のカラダの状態を知ろうとする好奇心や意識、これを僕は「フィットネスIQ」と呼んでいるんですが、トップアスリートはそれを常に追い求めています。自分の体調が成績、そして年俸に直結しているわけですから。
 ビジネスでも、朝まで飲んで二日酔い気味でプレゼンに臨むのと、しっかり整えて臨むのとでは、能力が同じなら、パフォーマンスがかなり変わってくる。
 僕が接している一流のビジネスパーソンは、腸コンディショニングをよくすることが仕事のパフォーマンスにも影響することが分かっています。これも「feel」ですね。
 みなさんも、口に入れるものを意識的に変えることなら、今日からでも始められます。忙しくてなかなか食事に気を使えないなら、手軽にサプリメントで取り入れてもいい。ぜひ実行してほしいですね。
福田 まずは口に入れるものから意識し、それでコンディションが良くなったら、その習慣を続けてほしい。
 そしてもうワンステップ、自分の健康だけでなく、次世代を担う子どもたちの「腸コンディショニング」意識も育ててほしいですね。10年後、20年後に社会を作っていくのは今の子どもたちですから。
 「人生100年」と考えると、自分たちが築いてきた100年の成果を、次の100年に引き継いでいくこと、つまり健康な社会が脈々と続いていくように働きかけることこそ、ビジネスパーソンの使命のひとつではないでしょうか。
  その第一歩が、自分の状態を「知る」ことなのです。
(構成:桜田容子 編集:奈良岡崇子 撮影:大畑陽子 デザイン:ソートアウト、九喜洋介)