現地の職人にワークショップ開催

アブドゥル・ガフール・カトリ(Abdul Gafur Khatri)は、インド西奥にある広大な塩性湿地の縁で暮らしている。スマートフォンは持っていない。ウェブサーフィンもしたことがない。
それでも53歳のカトリは、インターネットこそが失われつつある芸術を復興する最後の希望になるかもしれないと考えている。「ローガン」ペイントと呼ばれるその芸術は、カトリの一族が8世代にわたって受け継いできたものだ。
「オンラインで販売できれば、需要は増えるはずです」とカトリは語る。白髪まじりのこの芸術家は、ゴム状の染料を使って布に複雑な模様を描く技を受け継ぐ、最後の生きた守り手のひとりだ。
焼けつくように暑い夏のある日、カトリはほかの数十人の職人たちとともに、ムンバイから車で15時間のブージという町に到着した。手工芸がさかんな地方にある町だ。
過去に大手小売業者が進出したことのないブージでは、アマゾン・ドット・コムが冒険的事業を展開している。特に才能のある──そして特にテクノロジーに詳しくない──職人たちを対象にワークショップを開き、オンライン販売という難しい技の手ほどきをしているのだ。
アマゾンのこの動きは、世界規模で熾烈な競争が繰り広げられていることを示唆している。アマゾンは、オンライン販売とは縁のなさそうなカトリのようなサプライヤーたちをブージに招き、ウォルマートとの市場争奪戦に備えている。
ウォルマートは先ごろ、インドにおけるEコマースのパイオニアであるフリップカート・オンライン・サービシズの経営権を160億ドルで取得することで合意したと発表している。

作品受け取りにドライバーを派遣

アマゾンの狙いは、こうしたワークショップを通じて、ほかのオンラインストアでは手に入らない美しい工芸品やアートの数々を自社サイトに追加し、その誘引力を高めることにある。
アマゾンのワークショップは、販売者たちの母語でおこなわれる。たとえば、ここブージではグジャラート語だ。扱う内容は、決済や払い戻しのやり方などだ。
カトリたちの作品の写真撮影については、地元のウェディング写真家の協力を得ながら支援している。インターネットカフェの経営者を対象としたトレーニングも行っており、職人たちがアマゾンのアプリを使う際に手助けできるようにしている。
また、ロジスティクスに関するサポートも提供しており、最大2時間の距離までドライバーを派遣し、絵画やストールといった作品を受け取っている。
トレーニングに関してアマゾンと提携するプライオン・ビジネス・サービシズの地域マネージャー、アディティヤ・アガーワル(Aditya Agarwal)は、「商品販売を始めるために必要なものは銀行口座、(納税のための)サービス税番号、インターネット接続だけです」といった説明で職人たちを熱心に勧誘する。
アガーワルは、フロアマットに腰をおろした男女に向かって、サイト登録の助力が得られることや、最初の40商品については写真を無料で撮影してもらえることを説明する。
アマゾンへの出品も無料だ。販売者が手数料を払うのは、商品が売れたときだけだ。関心は高い。職人たちはこれまで、小売価格で商品を販売するのではなく、卸売業者にわずかな利ざやで売っていたからだ。

10世代受け継がれてきた生地も

カトリと並んで、地元で尊敬を集める芸術家たちが座っている。パビ・ベン(Pabi Ben)は刺繍バッグを制作している。バンカル(Vankar)夫妻が織る良質のコットンは、サリーやストールに仕立てられている。
イスマイル・ムハンマド・カトリ(Ismail Mohammad Khatri:なお、前述のカトリとは親戚関係ではない)は家族の伝統を守り、「アジュラク」と呼ばれるブロックプリントの生地をつくっている。アジュラクは10世代にわたって受け継がれてきたもので、ムンバイのファッションショーに登場する服にも使われている。
講師がパワーポイントのスライドを見せ終わるや否や、質問が次々に飛び出す。ある芸術家は「商品が人気を集めているかどうか、どうすればわかるのですか」と質問する。講師は、カスタマーレビューが英語のみであることを認めた。
別の人が「支払われた小切手は、どこで受け取れるのですか」と訊く。「購入者が返品したがったら、どうすればいいのですか」とパビ・ベンも訊ねる。
ヒルジ・プレムジ・バンカル(Hirji Premji Vankar)は、ブジョディ村近くに暮らす11代続く機織り職人で、2カ月前からアマゾンでストールやサリーを販売している。
オンラインでの経験を話すために招かれたバンカルは、オンライン販売のおかげで自分の商品をより広い世界に届け、より高い値段をつけられるようになったと語る。
45歳のバンカルは、悩みも打ち明ける。「ひとつを制作するのに2日かかるのに、どうやって在庫をつくればいいのでしょう」とバンカルは言う。「サリーのなかには数カ月がかりで織るものもあるのに、気の短い購入者は翌日に届けてほしがるのです」

伝統工芸品を衰退から世界市場に

アガーワルによれば、この講習会はあくまでもとりかかりであり、サポートは今後も続けるという。
アガーワルのチームは「ワッツアップ(WhatsApp)」アプリで現地語の学習ビデオを配信している。また、町のインターネットカフェ経営者に頼んで、販売者がどうしていいかわからなくなったときのための貼り紙を印刷してもらっている。
販売者に対しては節度を保つようにというアドバイスもあった。ある伝統絵画の制作者は初めての注文に舞い上がりすぎて、夜中の2時に家を出て注文の品をみずから購入者に届けに行ったのだという。
アマゾン・インディアで販売者向けサービスを担当するディレクター兼ゼネラルマネージャーのゴパール・ピッライ(Gopal Pillai)によれば、このワークショップは、Eコマースの敷居を低くして、職人たちの工芸品を世界市場に届けるのに役立っているという。
講習を受けてから数週間のうちに、13人の職人が販売者として登録し、うち6人はオンライン販売に乗り出したとピッライは述べる。
30マイル(約48km)離れたニローナ村からこのワークショップに参加したアブドゥル・ガフール・カトリは、インターネットの可能性に心を惹かれているが、芸術家にとってテクノロジーが悩みの種になることにも気づいている。
「電話のメッセージや動画のことで頭をいっぱいにするくらいなら、新しいデザインに考えをめぐらせていたいと思っています」と、カトリは言う。とはいえ、みずからが受け継ぐ工芸が数十年かけて衰退していくのを目にしてきた者にとって、テクノロジーの魅力は抗いがたいものだ。
カトリの作品は、5000ルピー(74ドル)から5万ルピーで販売されている。「生命の樹」と呼ばれる図案は、インドのナレンドラ・モディ首相がバラク・オバマ前米大統領に贈ったことがきっかけになって、引っぱりだこになっている。
オンラインでの注文が増えたら、村の少女たちを弟子にとり、基礎的なローガンのデザインを教えたいとカトリは考えている。「自分の村のたくさんの若者たちを教えることができます」とカトリは言う。「この芸術に、未来ができるのです」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Saritha Rai、翻訳:梅田智世/ガリレオ、写真:© 2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.