【酒井宏樹】「嫌われる勇気」より、無条件の信頼

2018/5/29
僕のチームメートとのコミュニケーションの取り方は、フランスのマルセイユでも日本代表でも変わりません。
もっと言えば、柏レイソルのアカデミーにいた頃からほとんど変わっていないと思います。
そんな僕の持論は「自分の調子の良い悪いにかかわらず、 周囲には優しく、丁寧に接することを心掛ける」ことです。
絶好調で何をしてもうまくいくときというのは、まれにあります。そういうときはえてして自分を見失いがちで、周囲に対して横柄な態度を取ってしまうことも珍しくはないと思います。いわゆる「天狗になる」という状態です。
僕の能力では、日本でもドイツでもフランスでも、100%以上の力を発揮しなければ通用しなかったと思っています。良いプレーをして称賛されたからといって、3日後の試合でまた良いプレーができるほど甘い世界ではないですし、そこで悪いプレーをすれば今度は手のひらを返したかのように批判される職業です。
そう考えれば調子に乗る暇がないというのが本音です。
酒井宏樹(さかい・ひろき)
1990年長野県生まれ。2010年に柏レイソルでJリーグデビュー。2011年にはチームのJ1優勝とともに、ベストイレブン、ベストヤングプレーヤー賞を受賞。同年10月に初のA代表選出。2012年にドイツのハノーファー96へ完全移籍し、2016年6月にフランスのオリンピック・マルセイユに加入。ツイッターアカウント:@hi04ro30ki
また、調子の良いときは人に対して横柄な態度を取り、調子が悪くなった途端にこびる人も少なからず見てきました。そういう人を見て「格好悪い」と感じ、反面教師にしてきたのも事実です。
同僚もファンも尊重したい
自分の調子が良いときこそ、周囲に対して気を配る。プラスの感情を持って行動に移す。その気持ちを忘れなければ、自分の調子が悪いときや大きなミスをして落ち込んでいるときに、必ず助けてくれる仲間が現れます。
僕はプロのサッカー選手になってから10年のキャリアでこのことを学びました。
これはチームメートに対してだけではなく、たとえば、ファンサービスにおいても同じです。
僕は練習場の外で選手が出てくるのを待っているファンに対しては、必ず車から降りて対応しています。試合で勝ったときも負けたときも、それは変えません。
もしかしたら負けた試合のあとは、ファンに文句を言われるかもしれないし、批判されるかもしれない。でも勝ったときだけファンに良い顔をして、負けたときには気まずいから無視するという対応の仕方は、間違っていると考えています。
チームメートと話し合いをするとき、僕は必ず相手の意見を尊重します。相手を尊重して、互いに歩み寄ることで必ず良い結果がついてくることを実感しているからです。それと同じように僕はファンの存在も尊重したいと思っています。
マルセイユのサポーターはフランスでも熱狂的なことで知られています。ときには本当に手厳しいことも言われます。
しかし、彼らの声援のおかげでプレーができていることも事実ですし、その後押しがあったから苦しい状況でも体が動き、最後の一歩を踏み出すことができて、勝った試合もたくさんあります。
態度をコロコロ変えると損をする
調子の良いときだけファンに良い顔をして、調子の悪いときはファン対応を断る選手を、ファンは心から好きになれるでしょうか。
僕の存在を知らない人、僕に興味のない人に応援をしてもらうのは非常に難しく、相当の力が必要になります。以前はそういう人たちにも応援をしてもらいたいと考えていましたが、海外に来てからはファンやサポーターに「ヒロキを応援してよかった」と感じてもらえればいいと思ってプレーしています。
メディア対応でも、「調子が良いから発言する」「悪いから発言しない」ではなくて、 どんなときでも淡々と丁寧に責任のある言葉を、自分なりに伝えることを意識するようになりました。
自分の調子の良し悪しで人への接し方が変わってしまえば、「あいつ、変わったな」 と言われるでしょうし、それは自分への評価や信頼感を下げることになるので、実は非常に損なことでもあるのです。
ただし、メディア対応においては例外があります。
チームに対して苦言を呈するときや問題提起するときは、自分の調子が良ければ発言しやすくなり、発言に説得力、影響力が増す側面があるため、調子が良いときに、仲間やチームのためを思うがゆえに、多少ビッグマウス的な発言をして自分が盾になる場合があるのです。
それは、日本代表では(本田)圭佑くんやヒデさん(中田英寿)がずっと続けてきたことだと思います。
いまはまだ僕がすべきことではないかもしれないですが、勝っていくためにも選手同士で少しでも責任を分担できればいいし、今後は僕自身も年齢的にチームに対する批判を受け止められる立場になれたらと考えています。
自分に合った考え方を探せばいい
「嫌われる勇気」という言葉を耳にします。
これは、他人の顔色をうかがい、嫌われないように努めることがストレスになって本来の自分を発揮できないのであれば、「嫌われる勇気」を持つべきだという意味だと僕は理解しています。
あるいは自分が嫌われ役を買って出ることで、チームがまとまるのであれば、そうすべきという考え方もあるでしょう。
ただ、はっきり言ってしまえば、僕には「嫌われる勇気」はありません。
僕は自分の周りの選手や仲間を本当に大切にしたい。サッカーを始めてから今日まで、仲間を見捨てるような発言やそぶりは、自分の性格的に一度もしたことはありません。むしろ、11人でプレーするサッカーは仲間ありきだと思っています。
そのため、いまのマルセイユでは、右サイドバックのライバル選手との関係も良好で、僕たちは「お互いに頑張っていこう」という関係で切磋琢磨できています。
もしかすると、お互いにギラギラと意識して争うライバル関係こそ美しいと思われる人もいるかもしれませんが、僕はギラギラできるタイプの人間ではないし、これまでのサッカー人生はこのやり方でずっと続けてきていて、だからこそうまくいったとも感じています。
仮にキャプテンという立場であれば、状況によっては厳しいことを言わなければいけないときも確かにあります。
しかし、そのキャプテンの発言が自分のためを思ってのことなのか、それとも単にストレス発散のためにキレているのかは、受け取る選手が一番よくわかっています。
後者なら確かに嫌われるでしょう。でも前者の振る舞いは「嫌われる勇気」とは違うというのが僕の考えです。
それは「嫌われる勇気」ではなく、無条件に相手を信頼しているがゆえの「信頼関係」ではないでしょうか。
また、いくら優れた個人がいても、個人プレーには限界があります。
仲間を見捨てて、1人の選手が個人プレーに走ってしまっては絶対にチームは勝てません。
だったら仲間と一緒に切磋琢磨していくことのほうが楽しいし、嫌われているよりも信頼関係で結ばれているほうが勝利をつかむ可能性は高くなるはずというのが僕の考えです。
(写真:千葉格)