名刺に所属も肩書も書かない。フラットで自由な異形ベンチャー

2018/5/11
AI(人工知能)プラットフォームを提供するベンチャー企業、ABEJA。AIで再注目される半導体メーカーのNVIDIAが、日本企業に初めて出資した会社であり、ダイキン工業やパルコなどAIを積極活用する企業に採用されるなど急成長を遂げている。

その実績の背景を支えているのは、「常識外」の組織。 さまざまな組織のあり方を模索した結果、代表の岡田陽介氏がたどり着いた形は、リベラルアーツを共通言語に持つ“テクノプレナー”の集合体だった。このユニークな組織を原動力に、世界をどう変えようとしているのか。採用やマーケティング、組織づくりを担当する長谷直達氏とともに語ってもらった。

リベラルアーツは必須言語

──岡田さんがABEJAを立ち上げるまでの経緯を教えてください。
岡田:私は1988年生まれで、子どもの頃にコンピュータに興味を持って、小学校5年生からプログラミングを始めました。ちょうどインターネットが一般に普及し始めた時期で、10歳でヤフーが登場し、世界とのコミュニケーションが急速に身近になっていました。
 コンピュータにのめり込んでいたので、学校は必然的にコンピュータサイエンスを学べる高校を選びました。そこで興味を持ったのは、コンピュータグラフィックス。自分の頭に描いたものをダイレクトに視覚化できるのが面白くて。卒業後の選択肢として、美大も考えるようになるほど、グラフィックの世界に入り込んでいきました。
 大学ではコンピュータグラフィックスを専攻したのですが、早い時期で学ぶことがなくなってしまって(苦笑)、その後、何を学ぼうかなと思っていて、興味を持ったのが哲学やリベラルアーツでした。
──リベラルアーツは今でこそ流行の教養かもしれませんが、その当時はマイナーだったはず。興味を持った動機は何だったのですか。
岡田:高校生の時にさかのぼりますが、 デザインを学んでいる中で一人の先生に出会いました。先生の「リベラルアーツ」という言葉が鮮明に焼きつきました。これまでテクノロジーや経済性をあまりにも追求した結果、物質的な豊かさは高まりましたが、精神的な豊かさは歴史的にも最低レベルになりました。
 まさに中世ヨーロッパの暗黒時代と同じです。その暗黒時代から抜け出す活動こそが「ルネサンス」であり、21世紀版ルネサンスを起こすことが我々の使命であり、その基礎となる教養がリベラルアーツだと感じました。
 リベラルアーツについて語る大人は多くいません。お金を中心に、多くの事象が数字で語られる世の中にあって、数字以外にも評価軸があるんだということが面白く、数字で表しようがないけれど、必要な軸の存在にドキドキしました。
 当時は単純に、昔の人はどうして万物の源が水だと考えたんだろうか、などといった思考プロセスをたどるのが面白かったですね。
 この体験が、現在までコミュニケーションや組織の考え方に大きな影響を与えることになりました。
岡田氏がリベラルアーツを学んでいる中で影響を受けた一冊
──学生時代を経て、どのようなキャリアプロセスを経てABEJA設立に至ったのでしょうか。
岡田:大学卒業後、東京のベンチャー企業を経てシリコンバレーに渡ります。シリコンバレーでは、2つの衝撃を受けました。1つはリベラルアーツが当たり前の教養、「必須言語」だということ。世界トップクラスの起業家や技術者たちは、リベラルアーツをベースに、自分たちの利益ではなくて世界をどう変えるかということを話すわけです。
  2つ目の衝撃はAIです。机上で描かれていた夢に過ぎなかったAIの研究が進み、さらにコンピュータや通信の性能が飛躍的に向上したことで、実際にAIが触れられる存在になっていて、その魅力を肌で感じました。
 そこで帰国後に立ち上げたのが、「ディープラーニング」を主軸としたAIのプラットフォームを提供するABEJAです。どんなに優れたテクノロジーがあったとしても、それ単体では意味がない。社会実装して、どうインパクトを出していくかが重要だという信念は、シリコンバレーでの経験に培われました。
 ですから「AIに必要なインフラや部品を取りそろえています、自由に使ってください」というプラットフォームでは、あまりにハードルが高いし、ビジネスで結果が出るまで時間もコストもかかる。
 そして、途中で使われなくなっては意味がありません。だから、ABEJAでは実際の企業活動で素早く実装でき、そして運用して使い続けやすい形を考え抜いたプラットフォームであることに重きを置いています。

極端なまでの柔軟性を追う起業家集団

──岡田さんの考えは、各メンバーが自由に働き、自ら考え自発的に動き出して、同じ目標に向かって自走する組織。理想かもしれませんが、メンバーに理解してもらうのはそう簡単なことではないと思います。どのような組織をつくっているのでしょうか。
岡田:大前提は、一人ひとりがテクノロジー、リベラルアーツ、アントレプレナーシップの3つの素養を持っていて、そうしたメンバーが集まる集合体にしたいということ。ですので、かなり採用が大変ですが、必然的に、起業家の要素を持つメンバーがそろっています。
 戦略も含めて、私が自ら何か発表したくはないんです。ゴールは示すので、そこに向かって各自が考えて達成しましょうという組織。今、100人に満たない少数の組織ですが、10カ国以上の国籍を持つメンバーが集っています。
 ホワイトキャンバスに絵を描いていける、アート、サイエンス、クラフトをバランスよく持ち合わせたテクノプレナーの集合体だと自負しています。
──長谷さんは、ネットサービスベンチャーから移籍し、ABEJAの組織づくりやマーケティング、採用を指揮していますが、その立場からABEJAという組織のユニークネスをどのように見ていますか。
長谷:岡田が決めた山に一番早く登るにはどうすればいいか、みんなが考えます。可用性と柔軟性を上げるため、フラットな組織にしていて、縦割りを排除していく方針にしています。
 会社の組織図上は部署もなく、全員が同じ組織。それぞれが考えて、山に登るために必要な、最小限の「モジュール」が勝手に生まれていきます。 そうすると、研究者もテレアポするし、人事が営業するんですよ。名刺のラベルは自由なのですが、何も付けない人が一番多いですね。
岡田:ABEJAでは、人間らしい働き方、勤務のあり方を再定義しようとしています。第2次産業革命から変わっていない働き方の常識がありますが、今、組織に所属する価値が下がってきています。組織からコミュニティで働く方向にシフトしていく。AIが現実に使えるようになり、求め続けてきた仕事の高速化が実現するようになりました。
 いま一度、人間が何をするために生まれてきたのか、再考する時なのです。リベラルアーツは奴隷が奴隷でなくなるのための学問。その流れが、現代に再来しているわけです。もっと追い求めれば、なぜ私たちが生きているのかの答えを一緒に考えられるようにしていきたいんです。
 そんな思想があるので、会社としては大枠だけを決めて、後はみんなで進めましょうという発想が根本にあるのです。かなりカオスにはなりますが(笑)、そうでないといいものは生まれないとも思っています。
長谷:ABEJAが球だとしたら、とがっている人が集まって球になっているのが理想なんです。みんなが丸いと、全体では球にならないし、うまく組み合えないですよね。それに、1つの分野でNo.1になるのは、まず無理です。掛け算的に能力を高め合える人が集まって、みんなでNo.1を目指したいというのが私たちの理想です。
──理想のように思えますが、正当な評価が難しい印象を受けます。
岡田:360度評価を取り入れて、各メンバーのフィードバックを重要視しています。マネジャーがいないので、みんなで評価するほかないのです。「Team with Responsibility」「Open Communication」「Freedom with Ethics」ということを軸に、評価します。
 それから、年次昇給があります。多くの企業が成果主義だと言って取り組んできましたが、結果はどうだったでしょうか。難しいんです。成果主義だと目標設定がゆがみます。なぜなら目標になるのは、目標達成の確度が高い安心感があるものだけになりがちだから。
 これでは目指す限界が決まってしまい、ベンチャーではなくなってしまいます。むちゃな目標でいいから、それにどれだけコミットするかが重要。長くABEJAに在籍する人は、組織にフィットしている証拠なので貢献してくれていると言え、だから毎年決まった金額の昇給を、経営陣はコミットしています。
 もう一つ、成果が上がっていれば随時昇級を行います。ベンチャーは行けるかどうかわからない目標へストレッチするものです。そうすると、人によって評価を上げてほしい、褒めてほしいと感じるタイミングが違ってしまいます。そこで上げてもらえばうれしいじゃないですか。
──現状の組織は、最初からイメージがあったのですか。
岡田:いえ、かなり試行錯誤の末です。でも、朝令朝改でいいと思っています。これこそがリベラルアーツだと。常識が変わり、方法論や制度は変わっていく。変わっていくのが組織です。
長谷:やりたいことがあれば、チャレンジ制度というのがあって、岡田がアクセプトしたものには、金銭的な資源は最大限投下します。チャレンジの具体的な仕方も会社から横槍をいれることもなく、自分で考えてください、という制度です。
岡田:自分が興味あることを突き詰め、それを承認し合い、高め合う。そこに学習する組織の本質があるように思います。ABEJAは、個性を出したいと考えている人の器でありたいと考えています。そのかわり、自分で考えないと仕事がありません。自分がどう動くかは、自分で考えてください。
 最初は、営業に行っても相手先に「よくわからない」と言われ、なかなか導入に結びつきませんでした。今、AIが広く知られ期待されるようになり、運用までカバーしたプラットフォームとして、AI業界におけるポジショニングができてきたと実感しています。
 これからAIなどのテクノロジーの存在が良い意味で人間の生き方を再定義する時代になります。世界を変えていくには、同じ価値観のもとに結集する個性的な仲間がまだまだ必要です。 元素番号が遠いものがぶつかると、思わぬ新発見があるもの。そんな新たな発見を、ABEJAで実現したいと思っています。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:森カズシゲ)