ディズニーランド35周年。ベールを脱ぐ「値決め」の裏側

2018/5/3
ゴールデンウィークも後半戦。東京ディズニーリゾート(TDR)やユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)などのテーマパークに、多くの人が足を運ぶ。
近年、テーマパーク業界は好調だ。経済産業省によれば、長らく横ばいで推移していた遊園地・テーマパークの売上高は2012年以降、堅調に伸びている。2017年には過去最高の6830億円を記録した。
しかし、非日常感が売りのテーマパークを語る際に、「売り上げ」や「客単価」など、現実的なお金の話に光が当たることは少ない。
そこでNewsPicks編集部は、かきいれどきのGW真っ只中、敢えてディズニーリゾートやUSJなどテーマパークの王者たちの「お金の稼ぎ方」に注目。全3回にわたって様々な角度から解き明かす。
第1回は、1983年にオープンし今年開園35周年を迎えたテーマパーク最大手、TDRの「値決め」に関するお話だ。
1981年に東京ディズニーランドの運営元「オリエンタルランド」に入社し、開園前後のマーケティングやTDR全体の開発に10年携わった、渡邊喜一郎氏を直撃した。
今明かされる、創業の頃の入園チケットの値決めの背景や、ディズニーランドの「客単価」の秘密をたっぷりお届けしよう。

ディズニーの「返済プラン」

──渡邊さんは、ディズニーランドの開業2年前にオリエンタルランドに入社されていますね。
ええ。いまでこそ国民的人気を誇るディズニーですが、当時、米ディズニーランドの認知度はわずか2割程度でした。
アメリカのディズニーランドを知る日本人は少なかった(iStock/Manakin)
そうした中、マーケティング担当となった私に課された初年度の集客目標は、年間1000万人。
今では年間3000万人程度なので、簡単に聞こえるかもしれませんが、当時は、途方にくれましたね。
──なぜ「1000万人」だったのでしょう?
ディズニーランドの建設は、いわば巨額投資です。その際の莫大な借金を返済していくためには、それくらいの集客が不可欠だったからです。
東京ディズニーランドの総事業費は約1800億円。その資金のほとんどは、銀行からの借り入れでした。
──つまり、これほど壮大なテーマパークが日本で前例がなかった時代に、しっかりとした「返済プラン」を立てる必要があった。
そういうことです。
これはテーマパークビジネスに共通して言えることですが、ディズニーランドの売り上げは、「客数」x「客単価」で決まります。
そして、ビジネスを成長させるためには、客数と客単価の両方を伸ばしていく必要があります。
巨額の借り入れをしてまでディズニーを建設するとなったからには、これらの目標も壮大でした。
それが、「年間入場者数1000万人」x「客単価1万円」というものでした。
つまり、年間売上高にして1000億円。そのうちの1割である100億円くらいなら、無理なく毎年返済に回せるという計画でした。
毎年100億円返済できれば、金利分を含めて25年ほどで完済できます。
つまり、計画段階から、「年間入場者数1000万人」と「客単価1万円」が至上命題という、壮大なプロジェクトだったのです。

手探りで決めた「チケット料金」

──「客単価1万円」は、いかにして達成する計画だったのですか。
客単価を構成するのは、主に「チケット代」「パーク内での飲食費」「グッズなどの商品販売」の3つです。
そこでまずは、チケット料金を決めることから始めました。
あまり高すぎても顧客は来てくれないので、感覚値的には、3000〜5000円が妥当ではないかと話し合っていました。
ただ、チケット料金の設定は「なんとなく」ではだめです。ライセンスを提供している米ディズニー社が納得するような理屈が必要でした。
そこで目をつけたのが、レジャー施設の「滞在時間」です。
当時の日本には、価格の参考にできるようなテーマパークは存在しなかったため、同程度の「滞在時間」を持つレジャーにかかる費用を参考にしようと考えたのです。
アメリカのディズニーランドの平均滞在時間は、およそ5〜7時間だったので、東京も同程度を想定していました。
5〜7時間滞在し、家族やカップルで楽しめるレジャー施設。その条件にヒットしたのが、当時ブームになっていた「スキー」だったんです。
(iStock/Thurtell)
中でも、「ユーミン」こと歌手の松任谷由実さんの曲で有名な「苗場スキー場」は、ひときわおしゃれなスキー場として当時から人気でした。
そこの1日リフト券が、3600円だったんです。
ディズニーランド開園当時のチケット価格は、それを参考にしました。
入園料と10枚綴りの乗り物券がセットになった「ビッグテン」は、苗場スキー場の1日リフト券とほぼ同額の、3700円に設定されました。
ちなみに開園当初は、現在のように入園料とアトラクション料がセットになった「ワンデーパスポート」は主流ではなく、基本的に入園料とアトラクション料が別々でした。
こうした入園料やパスポートを平均して3500円、飲食で2500円、商品販売で4000円くらいで、客単価1万円を達成しようという算段でした。
商品販売が高めなのは、日本人の「お土産文化」が背景にあります。
良い映画をみた後は、少し割高なパンフレットでも購入して帰るのと同じように、楽しい思い出の記念だと、つい財布の紐が緩み、グッズやお菓子を買ってくれるだろうという想定です。

想定外に低かった「客単価」

──開園してみて、実際の客数や客単価はどうでしたか。
初年度の入場者数は、993万人。目標の1000万人にはあと一歩届かず悔しかったですね。
──ただ、当時ブームだったスキー人口が650万人(1983年)ですから、すごい数字ですよね。
そうですね。日本でディズニーの知名度がまだまだ低かったことを考えれば、上出来だったと思います。
初年度の平均滞在時間は6.2時間。これもほぼ開園前の読み通りです。
ところが客単価は、7600円前後と目標の1万円に達しませんでした。
その理由のひとつに、「飲食」の消費が少なかった点があげられます。
まだまだ「日本人受け」するメニューがなかったことに加え、値段設定が高価格帯だったのです。
今はこれも改善されて、リーズナブルで美味しいし、いろいろなジャンルの食べ物を試せますよね。
「商品販売」も、当初は想定より少なめでした。これも飲食と同じように、当時のラインナップの多くがアメリカのディズニーランドで売っていた商品で、「日本人受け」しなかったからだと考えています。
アメリカでは、もともと「他人にお土産を買っていく」習慣が少ないんです。そのため、自分や家族用に、車のステッカーやキーホルダー、大きなホームデコレーション品、ぬいぐるみなどが買われていました。
1980年頃アメリカのディズニーランドで売られていたぬいぐるみ(Francois LE DIASCORN/Gamma-Rapho via Getty Images)
初年度は、アメリカのディズニー本社の意見を尊重して、東京でも同じような商品ラインナップを用意したのですが、売れ行きはいまいちだったんです(笑)。
その後、東京における来場客の好みを徹底的に調査し、日本発の商品開発が積極的に行われるようになりました。
例えば、ぬいぐるみに関してはイベントごとに衣装を変えたり、小さめのサイズを出したり、「可愛いらしさ」にこだわったり。
他人へ贈るお土産やお菓子に関しても、気軽に配れるよう、1000円前後の手頃なものを揃えました。
こうした日本独自の工夫が功を奏し、開園から10年くらいまでの客単価の伸びは、商品販売収入を中心に成長していきました。

「家族」の財布を狙え

ところで、客単価に関して、開園してみて分かった興味深い発見がありました。
それは、家族で来ると、売上の合計は「頭数x約1万円」より大きくなるということです。
例えばカップルなら約2万円なのに、家族4人なら約5万円、祖父母を入れた6人だと約8万円。
これは、「親や祖父母が、子供を喜ばせたいために、財布の紐がゆるくなる」からだと考えています。
今も「3世代ディズニー」と銘打ったキャンペーンを打つなど、「ファミリー客」の取り込みに力をいれるのは、そのためだと思います。
──現在の客単価は、1万1000円ほどまで上がりました。まだ伸ばせますか。
伸ばせると思います。一番伸びる余地があるのは、チケット収入でしょう。
東京ディズニーランドのチケット料金は、世界のテーマパークと比較しても、まだまだ安いからです。
現在、大人用ワンデーパスポートは7400円ですが、1万円くらいまでは上げられると思います。
米フロリダ州にある、ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートのチケットは、100ドル(約1万0,900円)以上します。
実は、フロリダにあるディズニーの方が、東京より開園時のチケット料金は安いんです。1971年開園当初のチケット料金は、現在の価値でおよそ25ドル(約2700円)でした。
アメリカの方が、日本より値上げが上手い印象を受けますね。
──日本企業は値上げは上手くないですからね(苦笑)。
アメリカのディズニーは、「イベントや新アトラクションを建てるのにお金がかかったから」とチケットの値段をどんどん上げている。
これに対し、日本の場合は、ちょっと遠慮している印象を受けますね(笑)。

「入場制限」の人数をどう決めるか

──そうはいっても、「満足度」が高まらないと、顧客も値上げに納得しづらいですよね。
その通りです。客の「満足度」向上に関しては、オリエンタルランドは、私が勤めていた頃から徹底しています。
入り口でアンケート調査を実施して、定期的にモニタリングしているんです。当時も1日1000件くらいの声を集めていました。
満足度を高める上で特に重要なのが、「混雑させすぎないこと」。その工夫の一つが「入場制限」です。
実は、どのくらいの人数で入場制限をかけるべきか、これも根拠を基に算出しているのをご存じですか。
これは、各アトラクションとレストランが、「1時間あたりに捌ける人数」から決めています。
例えばアトラクションの中でも、一度に大人数がボートに乗るタイプもあります。典型的なのが「イッツ・ア・スモール・ワールド」や「カリブの海賊」です。
一方で、「ピーターパン空の旅」のような、2人乗りのアトラクションは、同時にたくさんの人数を処理できませんよね。
こうした一つ一つのアトラクションと、各レストランが「1時間」で捌ける人数を全て足し合わせ、ちょっとだけバッファーを加えた人数が、入場制限の基準値になっています。
開園当時は、これが約5万3000人でした。
パークの収容可能人数だけで言えば、もっと多くの人を入園させることはできます。しかし、客の満足度の低下を避けるために、あえて入場制限を行なっているのがディズニーランドなのです。
ちなみに今は、アトラクションの数が増えたことなどもあり、基準値は6万3000人程度に上がっていると思います。

ディズニーが空いている時期

──ディズニーランドとディズニーシーを合わせた年間入場者数は、2014年度の3138万人をピークに、3000万人前後で徐々に減っていますね。まだ伸びる余地はあるでしょうか?
あると思います。
「現状でも混んでいるんだから、これ以上増やすのは限界だ」という声も聞きますが、実は「あまり混んでいない時期」があります。
ここに、客数を伸ばす余地があると思います。
ディズニーランドが一番混んでいるのは「土曜のお昼」です。
一方、一番空いているのは「日曜の夕方」なんです。
日曜は休日だから混んでいると思われるかもしれませんが、次の日が平日なので、早めに帰るのだと思います。
同じ理由で、連休の場合は最終日の夕方が一番空いています。アトラクションを乗り倒したい人は、その時期を狙っていくのがおすすめです(笑)。
季節ごとでいうと、来場者が減るのは、クリスマスなど特定のイベントを除いた「冬」です。
──寒いですしね。確かに、主力イベントのない1〜3月期は、営業利益も1番低いですね。
はい。いつも賑わっているイメージのあるディズニーランドでも、まだ曜日や季節の面でまだ「ばらつき」があります。
ここを平準化する施策を打っていくことで、客数はまだ伸ばしていけるはずです。

リピーターを増やすのが王道

ここまで「数字」の話をメインにしてきましたが、これからのディズニーが伸びるための1番の鍵は、満足度を高めて、「リピーター」を増やすことだと私は思います。
テーマパークビジネスは、既に「完成した商品」を売るビジネスとは違い、消費者が求める新たなものを「次々と生み出していく」ビジネスです。
例えば、1年に何度も来てくれるお客さんのために、イベントにバリエーションを持たせることも工夫の一つでしょう。
単に「客数」や「客単価」を追うだけではなく、満足度調査から生の声を拾って「リピーター」を大事にしていくことが、次の成長につながっていくはずです。
渡邊喜一郎(わたなべ・きいちろう)
1981年オリエンタルランド入社。東京ディズニーランド開園前後のマーケティングやTDR全体の開発を担当。その後、米国ユニバーサル・スタジオ、日産自動車、日本電信電話(NTT)、トミー(現タカラトミー)などでマーケティング業務にあたる。現在は丸永製菓の顧問や、ゲーム会社ワンオブゼムの取締役、ブロードリーフ社の取締役などを務める。
(写真:Fuà Guido/AGF/UIG via Getty Images)
(執筆:岡ゆづは、編集:池田光史、デザイン:砂田優花)