【佐々木俊尚】現代を生きるコツは「広く弱くつながること」

2018/4/22
会社という強力なコミュニティが弱る中、日本人はどこにつながりを求めればいいのか。『広く弱くつながって生きる』を上梓したジャーナリストの佐々木俊尚氏に話を聞いた。

スーパーマンは多くない

──新著では、人とのつながり方を「浅く、広く、弱く」することで世界が広がり、仕事も増えたとあります。いまの時代に、ひとつの会社や狭く、強い人間関係に依存することのリスクについて、どう考えていますか?
昔はブラック企業という言葉はありませんでしたが、今でいうブラックな労働環境だったケースも多いと思います。
本にも書きましたが、僕も毎日新聞の記者時代、仕事で体調を崩して肺炎になり、上司に報告をしたら「俺を脅すつもりか!」と責められて、休めなかったことがありました。
完全なパワハラですが、当時は会社とはそういうものだと思っていたし、疑問を持つ人も少なかった。
なぜなら、定年まで面倒を見てもらえるという終身雇用の安心感があったからです。安定と引き換えに、徹底的に絡め取るのが昔ながらの日本の企業や業界でした。
佐々木俊尚(ささき・としなお)
1961年兵庫県出身。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆している。著書多数。電通総研フェロー。TOKYO FM「タイムライン」でMCを務める
でも、今はどんな大企業でも潰れたり、リストラされたりする可能性がある。
そのリスクをどう引き受けるか。がんじがらめの環境で仕事をしているけど、得られるものが少ないというようなハイリスク、ローリターンになっているように感じます。
──そういった先行きの見えない時代だからこそ、どこでも生きていけるように「個の力」を高めようという流れも生まれています。
個の力を磨いて自分のブランドを高める、というのはあまり現実的ではないと思います。そんなことができる優秀なスーパーマンみたいな人は、そう多くないでしょう。
今まで実直に働いてきた普通の人たちがどうやってこれからの時代を生き延びていくかということを考えた時に、浅く、広く、弱い人のつながりを持つことが、ひとつのサバイバルの方法になると考えています。

AI時代に対する備え

──著書では、佐々木さんもフリーランスになった当初には仕事を選んで「自分の価値をどこまで上げるか計算していた」と記されています。なぜ心境が変化したのでしょうか?
AIとかロボットが普及すると仕事がなくなるという話がありますよね。その時に、なんの仕事が生き残るのかは、誰にもわかりません。予測している人はたくさんいるけれども、その予測が当たる保証もない。
専門分野での知識や技能を伸ばせば大丈夫だと言われ続けてきましたが、専門分野そのものがテクノロジーの進化で必要なくなる可能性も十分にあるわけです。
そう考えると、専門分野はないよりあったほうがいいけれども、完全に寄りかかってしまうのは危険ですよね。
それよりも、どういう人間関係を持っているかにウェイトを置いて、その幅広いつながりのなかで人生が成立するようにしたほうが、これからの時代を生き残ることができるのかなと考えるようになりました。
あるスキルでは食べられないような状態になった時に、「こっちにおいでよ」と別の道に誘ってくれる友人や知人がいるかどうかのほうが、大切だと思ったのです。
──AIやロボットの時代に対する備えという意味もあるのですね。
はい。それからは、自分が「いいな」と思う人とは積極的に友好関係を築きながら、自分に少しでも害を及ぼしそうな人からは遠ざかるようにしました。
そうして人間関係をある程度取捨選択するようになった結果、「周りに良い人が多いよね」と言われるようになりました。
ただし、僕は昔ながらの濃密な人間関係は苦手なので、適度な距離感を保つようにしていて、ほとんどの友人にとって僕は「たまに会う人」です。それぐらいのほうがお互いに気持ちも楽で、長続きするんですよ。

テイカーはばれる時代

──「たまに会う」という浅くて弱い関係性が、仕事につながるのはなぜでしょう?
仕事の入り口は、スキルではなく人間関係がほとんどです。
知り合いに何か頼まれたら、とりあえずやってみる、ということを繰り返しているうちに、小さいけれどたくさんの仕事の依頼が来るようになりました。
──それは、佐々木さんに仕事を頼みやすい、ということでもあると思うのですが、驚いたのは基本的にオファーを断らず、無報酬で交通費も出ない依頼も受けることがあると。
僕は友だちに見返りを求めません。気の合う仲間と良い関係を築くには無償の善意みたいなものが必要で「君は良い人だから、イベントに付き合うよ」という感覚ですね。
数年前に読んだ『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』という本には、世の中には「ギバー=与える人」と「テイカー=奪う人」がいますと書かれていました。
一昔前の日本企業のような情報が流れにくいヒエラルキー組織だと、テイカーのほうが得をします。人の手柄を奪うようなずる賢い人がいてもその情報が外に漏れないからで、よく「正直者が馬鹿を見る」と言いましたよね。
でも、今は情報が可視化されているから、テイカーだとばれます。あいつは人の手柄ばかり取っているという情報が社内だけではなくて、業界やさらに外の世界にも広まってしまう。
逆に、短期的な利益を求めず、他人に対して無償の善意を見せるギバーの評判も広まります。得をすることを目指しているわけではないけれども、結果的にギバーのほうが得をするという時代になってきているんです。
僕も友だちにとって「ギバー」であろうと意識しているし、結果的にそれが仕事につながっています。

避けるべき人物像

──これから佐々木さんのような人間関係を作るには、どうしたらいいのでしょうか?
まずは自分が興味のあるイベントに行ってみて、良さそうだなと感じる人がいたら仲良くする。それから、その人が参加したり、主催したりしているイベントにも行って、そこでも良さそうな人とつながる。僕は、そうやって芋づる式に人間関係を作りました。
「良さそう」の基準は、世界観が共通していることや、この人とならわかりあえそうという直感です。
なにかのサークルに全面的にどっぷりハマると、そこでまた会社と同じような面倒な人間関係が生まれるので、良い人がいたらその人とだけ付き合うことが大切だと思います。
逆に新しい人間関係を作るうえで避けるようにしているのは、悪口を言う人、自慢ばかりする人、説教の多い人、物事を損得で考える人、業界内の話しかしない人、会話がキャッチボールにならない人、攻撃的な人です。
──この人と仲良くしたいな、と思う人がいても、イベントなど大勢がいる場で話しかけるのはハードルが高い、という人もいると思います。どうしたらいいのでしょう?
しゃべるのが苦手だったら、その場はしゃべらなくていいと思います。なんか言わなきゃと焦って発言すると、失敗したりするじゃないですか。
笑顔で静かに相づちを打ちながらその人の話をどんどん聞いて、あとからメッセージで聞いた話の感想を書く。そんなにコミュニケーション能力は必要ありません。
僕はイベントなどで少し話をして、この人、面白そうだなと思ったら、なるべくすぐにフェイスブックでフレンド申請して、メッセージを送って直接会いに行くようにしています。
──そのようにしてできた関係を浅く、弱く維持するためにしていることはありますか?
フェイスブックは有効ですよ。
「いいね!」を押したり、軽くコメントしているだけで友人関係を持続できるし、どういう友だちがいて、どんな書き込みをしているかもわかるので、ある程度の人となりがわかります。
フェイスブックが苦手という人もいるけど、フェイスブック上で意識の高い書き込みをする必要はありません。
上司や同僚、取引先の人とつながっていたとしても、「いいね!」を押したり、コメントをしたりするぐらいならその人たちのタイムラインにはほぼ上がらないから、気にする必要はありません。友人と持続的な関係を築くためのツールとして使えばいい。

人間関係にコスパは関係ない

──「コスパ」が重視されがちな時代にあって、友人を作ることから始まる佐々木さんのスタンスは一見遠回りに見えます。でも、あえて弱く、浅く育んだ関係性がどんどん新しい仕事をもたらすというのは新鮮でした。
人間関係にコスパは関係ないでしょう。
面白そうなものがあれば行ってみる、面白そうな人がいたら会いに行く。僕にとってこれは仕事という意識はなくて、ぜんぶ遊びだと思うほうが気が楽ですよね。そうして出会った良さそうな人とは仲良くして、ギブする。
もちろん、そうやってできた人間関係がいつ収入につながるのかはわからないし、ギブしてもいつ見返りがあるのかわからないけど、そんなことを考えちゃいけない。
「いかに得するか」というあざとさを捨てなくてはいけません。
例えば、この人とつながったら得しそうだなという考え方はあざといし、その計算は相手に伝わりますよ。
仕事をしていかなきゃならない、生活していかなきゃならないので、人生の戦略はすごく大事ですが、そこで人を利用しようと考えるのではなくて、一緒にうまくやっていきましょうというスタンスです。
そうすることで、困難があっても「きっと誰かが少しだけでも助けてくれる」と思える人間関係ができました。これからの時代、もし「個」を高めたいのであれば、自分のブランドではなく、他者との相互作用をより良くする方法を考えることが大切だと思います。