【玉塚元一】経営とラグビーに共通する「チームワークの本質」

2018/4/16
ファーストリテイリング社長、ローソン会長などを経て、2017年6月ハーツユナイテッドグループの社長に就任した玉塚元一氏。慶応義塾大学時代にプレーしたラグビーで学んだ「勝てる組織の作り方」「リーダー育成法」など、ビジネスにも通じる考え方、そしてハーツユナイテッドグループの「第2創業」について語る。

「大体のことは怖くない」

「練習は不可能を可能にす」
慶応義塾大学の小泉信三先生が残されたこの言葉を体感できたことを含め、私は大学時代にラグビーに没頭して多くの財産を得ました。
私が在籍していた頃の慶応大学は、全国高校ラグビーに出場したような選手を推薦入学などでなかなかとれず、普通部(慶応中学)や塾高(慶応高校)から上がってきたメンバーと、受験を通って新たに入ってきたメンバーを徹底的に鍛えて、ものすごい選手を集める早稲田や明治に勝つことを目指していました。
練習は普段から非常にハードで、山中湖の合宿では何度も倒れたことを覚えています。「自分たちは早稲田や明治に比べてラグビー選手としての素質が劣後している」と自覚し、「同じ努力をしても絶対に勝てない」と考えて、「あと1歩、2歩、3歩努力しよう」とやってきました。
このような努力のかいもあって、大学4年のときに早稲田、明治に勝ち、平尾誠二君のいた同志社には大学選手権決勝で敗れはしたけれども互角に戦うことができ、小泉先生のおっしゃる「練習は不可能を可能にす」を体感することができました。
玉塚元一(たまつか・げんいち)
 1962年東京都生まれ。慶応義塾大学ではラグビーをプレーし、1984年大学選手権で準優勝。卒業後は旭硝子に入社。ファーストリテイリング社長、ローソン会長などを経て、2017年6月ハーツユナイテッドグループの社長に就任
卒業後、社会人になってから様々なことにチャレンジしてきましたが、根底ではラグビーでの経験がつながっているように感じます。「できる」と思って努力すれば、何でもできるだろうと物事に向き合う姿勢はラグビーでもビジネスでも同じです。
それに大学時代の夏合宿では早朝から夜まで体がボロボロになるまでタックルしたり、走り込んだり、何度も倒れるくらいの練習をしたので、ビジネスでも大体のことは怖くない。「死にはしないよ」くらいに思えます(笑)。
慶大ラグビー部に入部「努力すれば巨象をも倒せる」

ファインバランスを見極める

大学時代の私たちが、並大抵ではない努力を重ねることができた理由は二つあると思います。「勝利」と「伝統」です。
勝利とは、やるからには大学選手権や対抗戦での優勝を目指すこと。
もう一つの伝統とは、慶応のラグビー部は日本最古だということです。ちょうど日本でワールドカップが開催される2019年、慶応ラグビー部は創立120年を迎えます。
日本で最初にラグビーを始めた慶応大学では、文武両道を目指し、勉強でも武道でも努力するという考え方が綿々と築き上げられました。私が学生だった頃もそうだし、いまも変わりません。
今年のチームのキャプテン、古田京君は医学部の4年生です。古田君は医学部の勉強に多くの時間を割きながら、その合間をぬって作り出した時間でいかに効率良く、密度の濃い練習をして、早稲田や明治、帝京以上の努力をするかを一生懸命考えている。これこそが慶応ラグビーの伝統であり、スピリッツです。
100年以上前から受け継がれてきた伝統に敬意を表し、誇りを持つと同時に、チームを強くしていくための最新の方法を学び、常に今までの方法を見直し、時には大胆に変えるということを続ける。だからこそ慶応ラグビー部は名門であり続けています。
これは何もラグビーだけの話ではなく、どんな会社にも言えることだと思います。会社をゼロから作り、1を10にしていく段階は本当に大変です。
例えば私の今の会社、ハーツユナイテッドグループの創業は17年前。
創業者の思いや、創業以来大切にしてきたこと、変えてはいけないものを受け継ぎ、新たなメンバーに教育しながら、各自がそれらを胸に秘めながら謙虚に努力し続ける。同時に時代は変わっていくので、組織として変えるべきものを明確にして、どんどん変化させていく。
その二つの“矛盾”をうまくバランスさせることで、会社や組織は強くなっていきます。逆にそのバランスを欠いて、伝統を過度に意識しすぎて「変えていいものと、変えてはいけないもの」のラインを引き間違えると、進化できずに時代から取り残されていきます。
企業にとって大切なのは、いかに市場やお客様の満足を獲得し続けるか。それができなくなった瞬間、存在意義がなくなります。それが継続的にできなくなると、会社は滅びます。
逆に先人たちの思いや、「なぜこの会社をつくったか」という根底のスピリッツや経営理念が無視されて、一本筋の通ってない中で「儲かればいいじゃないか」といろんなことに投資するようになると、結局分裂してしまう。だから、“ファインバランス”を見つけるのがものすごく大事だと思います。その見極めこそ、社長やCEO、経営者の仕事です。

第2創業のチャレンジ

私が昨年6月、ハーツユナイテッドグループに来た理由は、創業者で現会長の宮澤さんから強く頼まれたからです。
「ハーツユナイテッドグループにはものすごく成長ポテンシャルがあって、様々な企業から引き合いももらっています。でも、いまの自分たちの経営体制では、このチャンスを短い時間軸でものにすることはできません。私は今の会社の基盤は作ったが、それをさらに大きくするのは、自分ではない経営者だと思う。いろんな人に会ったけれど、元さん、あなたにどうしてもうちの仕事をしてもらいたい」
そう言われたのは、私がローソンの会長を務めているころで、ちょうどローソンが三菱商事の子会社になるタイミングでした。
ハーツユナイテッドグループは、ゲームのソフトウエアをテストして不具合を検知するという、ある意味ニッチな領域で成長してきた会社です。そのなかで培われてきたユニークなものの代表例として、人と技術があります。
現在ハーツユナイテッドグループには、全国15カ所の事業拠点に登録テスターが約8000人いて、彼らの多くはものすごくゲームが好きで、ゲームを知り尽くしているからこそわかる観点でテストを実施する。さらに、彼らはゲームだけではなく、あらゆるデジタル機器にも親和性の高い方々です。
ソフトウエアの不具合を発見するためには、様々な細かい技術やノウハウが必要です。私は社長の仕事を引き受ける前、実際にテスターの人と話してすごくおもしろいと思ったし、もっと活躍できるフィールドがあると感じました。
このような会社の強みに加え、創業者の「宮澤栄一」という人にすごく惹かれました。私はこれまでいろんなオーナーに会ってきたけれども、その中でも宮澤さんはものすごく頭がいいし、客観的に自らの会社が置かれたステージや自らが果たすべき役割を見ている人だと思いました。
6月に入社してから、私が新たに集めたメンバーと、プロパーで頑張ってきたリーダーシップ人材で3カ月くらいかけて、これからハーツユナイテッドグループが目指していくビジョンを作りました。
私が柳井正さんから教えていただいた経営学で「3倍のルール」というものがあります。これは、売上高30億円の会社が100億円に、100億円の会社が300億円に、300億円が1000億円になるというように、それぞれのタイミングで大きな変革をする必要があるというものであり、ハーツユナイテッドグループはまさに300億円が1000億円になれるかどうかのタイミングの会社だと思いました。
ユニクロ柳井正さんに脳天をかち割られる
会社が3倍になるときには、商売や事業、経営のやり方や、それらを支える業務基盤や人材をダイナミックに変えなければいけない。それを第2創業と言います。
第1創業はものすごく価値があります。すごく大変です。
第2創業は、第1創業でつくったアセットがあることに強烈な感謝と敬意を表しながらも、大きく会社の構造を変えていきます。
弊社は今、この第2創業のタイミングであり、IoT時代の現在、弊社にとってものすごくチャンスだと思っています。
今、スマホだけではなく、AIスピーカーや自動車などあらゆるモノがインターネットを介してつながっています。そのためたった一つのソフトウエアでも、不具合やセキュリティー上の脆弱性があると、大問題に発展する危険性があります。
弊社には、ゲームのテストで培ってきたノウハウやテスト人材、様々なテストツールに関する知見が蓄積されており、これらと、AIなどの新しい技術を組み合わせて、新しい分野におけるテストや脆弱性診断、セキュリティーといったサービスを展開することで、飛躍的な成長を遂げることができる。これが弊社の第2創業です。
新しい分野、弊社ではエンタープライズ領域と呼んでいますが、いままで培ってきたものと同じくらいの規模のビジネスを、この3年で一気に築こうとしています。それが実現できるような組織のあり方にして、みんなで力を合わせてやっていきましょうと常にコミュニケートしています。
「いま、ここまで進んだよ。ベリーグッドだよ。あともう一歩だよ。だいぶここは見えてきた。ここが注力エリアだよ」
そうやって日々コミュニケーションし、向かうべき方向性を示しています。私が来てからまだ1年経っていないけれども、会社としてだいぶ土台が作れてきたし、やっていく方向性も見えてきました。この4月から新しい期が始まって、いろんなかたちで面白いイノベーティブなソリューションや、新しい取り組みを発表していく予定です。

チームワークの本質

また、ハーツユナイテッドグループは、どんなバックグラウンドを持つ人でも活躍できる、人材プラットフォームになりたいと考えています。
弊社の手がけるテスト事業は、まだまだ人の手で行う部分が多い。その業務を通じて、例えば最初は簡易的なマルバツテストしかできなかった人が、徐々にほかのテスト手法を覚え、最終的にはテスト全体の設計をできるようになるなど、専門的なことからチームで物事を成し遂げる難しさまで様々なことを学べます。
もちろん、今後はテストの自動化も大事なので、新しい技術と人材の掛け算でソリューションを提供していくことも進めていきます。テスト業務から入った人材が様々な研修やトレーニングを受けて、志ある人間がまたさらに高いレベルの仕事にチャレンジできるようになる仕組みを作っていきます。
そうして、マルチタスクをこなせる人材を一人でも多く育てたい。私がそう考える原点は、やはりラグビーにあります。
いまのラグビーでは私が現役だった頃よりマルチタスク化が進んでいますが、大事なのは勇気とチームワーク。チームの一人一人に与えられたミッションがあり、周りの期待以上のパフォーマンスをすることがチームワークの本質です。
「横にいる玉塚が必ずあいつをタックルで止めてくれる。だから、自分はこのプレーを絶対に成功させよう」
そうやって個々がそれぞれのミッションを果たすことで、チームに信頼関係が生まれます。私はラグビーを通じ、仕事への責任感や、ミッションに対する執着心を学ぶことができました。
それらは社会人になってから、ものすごく価値のある考え方だと実感しています。ラグビーからビジネス界のリーダーシップ人材が数多く生まれている理由は、そうしたところにあるのではないでしょうか。
そんなラグビーの頂点であるワールドカップが、来年、日本で開催されます。私は前回、イギリス大会を見に行きましたが、世界ではすごくファンの多いスポーツです。
今回のワールドカップを機会に、日本でもラグビーがもっと広まってほしい。激しいプレーが多いので、「怖い」と感じる方もいるかもしれませんが、精神力やチームプレーの大切さなど、日常生活においても重要なことをたくさん教えてくれるスポーツです。
ワールドカップを契機に「ラグビーをやってみたい」という少年少女が増えて、プレーヤーが増えればいい。そうなれば、日本に多くのリーダーシップ人材を輩出していくチャンスにもつながると思います。
(構成:中島大輔、撮影:是枝右恭)