「枯れた技術」からの脱皮、クラウドで地方を再興する異色集団

2018/3/30
IT産業が勃興した時、「システムインテグレーター」と呼ばれる企業が続々と登場したように、今はクラウドをユーザーの仕様・要望に合わせて設計・運用する「クラウドインテグレーター」が登場してきている。「縁の下の力持ち」的な位置づけで表舞台に上がることはないが、ビジネスポテンシャルが大きい。
FIXERもその一社。クラウドプラットフォームの中でもMicrosoft Azureの運用に圧倒的に強く、2009年設立ながら大手顧客を獲得したことなどが評価され、AzureにおけるビジネスパートナーでNo.1の称号をマイクロソフトから得た。
そのリーディングカンパニーが今クラウドの領域で注目をしているのがFintech。とくに地銀向けのサービスに力を注いでいる。FIXERの戦略からクラウドインテグレーターのポテンシャルとFintechのリアルを見る。

地銀はデジタルトランスフォーメーション待ったなし

──FIXERは業種・業界に関係なく、Microsoft Azureの導入・運用を手がけていますが、金融機関のFintechサービスを支えるクラウドインフラの提供にかなり力を入れています。
とくに地銀をターゲットに置いています。金融はもっともベンチャーが入りにくい領域かと思いますが、なぜですか?
中尾:政府も「地方創生」をうたうように、地域経済の活性化は至上命題で、私たちもそれに貢献したいという気持ちがあります。その中で地域経済を支える役割として、融資する以上の役割を期待されているのが地銀です。
クラウドを中心に、最新のテクノロジーを使って地銀の皆さまの新しいチャレンジを応援したい。社会的意義も大きいし、私たちのビジネスとしてもポテンシャルと感じ、この領域に力を入れているんです。
──FIXERは具体的に銀行の何をサポートしていくのでしょうか。
中尾:地方経済の落ち込みにより、地銀は店舗数の縮小を余儀なくされます。それでも、店舗は減りながらも、顧客との接点を維持し続けるためには、お客様との新しいタッチポイントが必要になり、デジタルの力が必須になる。収益に貢献する強いデジタルコミュニケーション基盤インフラを持っているかどうかが、そのまま競争力の差になります。
銀行がお客様とのコミュニケーションをリアルとデジタルのチャネルミックスで考えていくとき、その中心となり得るのがネットバンキングです。私たちはこのネットバンキングをクラウド上で実現する「クラウドバンキング」の構築・運用において地銀の方々を支援していきます。
──ネットバンキングは地銀でも一般的に導入していて、導入していないほうが珍しい状況だと思います。しかも、そのインフラを扱っているのは、大手のITベンダー。ベンチャーであるFIXERのクラウドバンキングシステムへリプレースするのに、銀行は勇気が必要だと思いますが、FIXERが提供する価値は何ですか。
中尾:たしかにネットバンキングは地銀においても当たり前のインフラではありますが、地銀の成長を後押しできる存在になり得ているかは疑問です。
ネットバンキングは、業務システムを担当するSIerが主に提供しています。つまり、バックシステムが得意でユーザーとの接点であるフロント系システムは得意とは言えないのではないでしょうか。
ネットバンキングは、デジタルの力を活用したチャネルミックスの中心的な存在となっていくはずです。ネットバンキングを活用すると、銀行とお客さまとの間にホットなコミュニケーションが発生し、そこから得られる鮮度の高いマーケティングデータの活用が可能になります。
それにより、従来にはなかったレベルのサービスや提案ができるかどうかが、これからの銀行の競争力に大きく影響するでしょう。ネットバンキングのインフラを持っていたとしても、お客さまに喜んで使われないと意味がありません。
全契約者数におけるネットバンキングの利用率を見ると、ほとんどの地銀は一桁のパーセンテージに甘んじています。そんな現状に疑問を持ちつつも、有効なデジタルの武器を提供してくれるパートナーがいないので、仕方なくいまの仕組みを維持している、そんな本音を持つ銀行も多いのではないでしょうか。
──FIXERが提案するクラウドバンキングにはどのようなコンセプトがあるのでしょうか。
中尾:デジタルのサービスは、まずお客さまに使っていただかないと何も始まりません。
お客さまに使っていただくには、そのサービスを使うことが気持ちよくないといけない。FIXERでは、最良の顧客体験(User Experience=UX)をもたらすことを重視しています。
クラウドバンキングのサービスを導入する際は、ウォーターフォール型のプロジェクト進行ではなく、フロントローディング手法を用い、プロジェクトの前半で大まかなUI/UXを確認できるプロトタイピングを行ってから本開発フェーズに入ります。
そのため、システム開発終盤になって「顧客にとって快適なUI/UXではなかったというリスクを最小限に抑えることができます。
また、クラウドバンキング導入後は、お客さまにご利用頂くなかで得られるデータと、既存のCRMのデータやAPIを経由してサードパーティから提供されるデータをかけ合わせ、高度なマーケティングを実現します。これらすべてをクラウド上で柔軟かつスピーディに実行できるようにすることを狙っているのです。
──具体的な実績を教えてください。
石川県に本店を構える北國銀行とネットバンキングのリニューアルプロジェクトを共同で進めることが決定しました。今後は開発したサービスや、プロジェクトで得た知見を、他の地銀、都市銀行にも展開したいと考えています。
──北國銀行は、業務にいち早くタブレットを導入したことでも知られ、銀行界におけるデジタルトランスフォーメーションのトップランナーだという印象があります。
高橋:ご指摘の通り、北國銀行はテクノロジーを活用したビジネストランスフォーメーションを積極的に取り組んでいます。デジタルに関する「先見性・目利き力」もある。
銀行のお客様にとって更に重要度が高まるネットチャネルをクラウドテクノロジーにより革新する。そこには会社の規模は関係なく、技術力、実現力が決め手になります。だから、私たちのようなベンチャーの提案も真剣に聞いてくれたのだと思います。
これまでのネットバンキングに満足することなく、高いレベルでの期待に応え続けられるパートナーを探していたようですので、私たちの提案が受け入れられたことは、自信になりました。

業種特化だからできるきめ細やかさ

──FIXERがこれまで手がけてきた、またはこれから手がけるFintechサービスの具体的な強みや特徴を教えてください。
竹中:効率化を進めて、本来やるべきことに注力しようという動きは、金融界も例外ではありませんが、銀行が規制産業だからこそ、効率面で威力を発揮できる余地が大きいと言えます。
たとえば、Fintechの中の1つに「Regtech」があります。「Regulation」と「Technology」を合わせた造語で、規制への対応をテクノロジーでカバーしようという意味です。
約款や目論見書づくりはどの業種・業界にも存在すると思いますが、銀行業はその数が膨大。ドキュメントを作成し、内容に誤りがないかチェックする手間もかなりのボリュームです。
業界のテンプレートがあったとしても、各行によって細かいレギュレーションは違います。章立ての構成や、細かいところでは送り仮名の違いに特徴があって、たとえば「振込」と「振込み」などを自行のルールに当てはめていく必要があるのです。
これを解決するには、機械学習を用いたテキストマイニングが応用できます。既に自行ルールにのっとったWebページをクローリングして“癖”を学習、自行のルールブックを作成し、これに合致しているかをチェックすることができています。
もう単語単位ではほぼ実現しており、現在は文脈を読んで、文章単位でチェックできるように、次のステップに進もうとしている段階です。銀行員が作った書類をAIが添削してくれるようになるわけです。
昨年末、メガバンクが業務の一部を人からテクノロジーへ置き換えることで、大幅な人員削減を実施すると発表し、話題を呼びました。地銀においても、バックオフィスの労力を、収益性の高い業務へと振り向ける準備が進んでいるのです。
もう1つ、某証券会社で採用されたビデオチャットの例があります。
同社は全国規模で店舗を置いていないため、ビデオチャットを通して遠隔で投信の販売ができるビデオチャットを当社にて開発しました。
証券の世界では、顧客に対する接し方の独自ルールがあります。投信に限らず「儲かる」などと言ってはいけないし、後からCRMに会話を記録しておくことが求められています。このルールをクリアするためにクラウド上にセキュアに録画できる機能を備えたCVC(Cloud Video Conference)を開発しました。
その後、AIやCognitiveを取り入れサービスを進化させ続けています。今では自動的にテキスト化した上で、会話の記録を分析し、言ってはいけないワードを使ってないか自動的にチェックできます。ポジティブな活用としては、優秀な社員がどんな話法を使っているのかを後から振り返り、ナレッジとして展開することができます。表情からそのときの感情を読み取って記録することもできます。

銀行が必要とする、成熟した大人のFintechサポーター

──金融機関はほかの業種にはない特有の作法というか、難しさがあると思います。とくにクラウドなどのテクノロジーについては敷居が高いはずです。
中尾:クラウドには可能性が広がっている一方で、そこに金融の機能を載せようとすると、金融業界ならではの制約やクリティカルな課題に直面します。クラウドでは、大規模なメンテナンスが行われる場合に事前予告を受けるのですが、たとえ事前予告があったとしても、一定の時間サービスが停止することに否定的な風潮もあります。
そこで、実効性のあるサービスを提供するために、数あるクラウドベンダーのうち、どれを選定するかは重要なステップです。私たちが比較した結果において、技術的な差は少なく、どのベンダーも同じ水準だと評価しました。
選定のポイントとなるのは、日本でビジネスを展開する場合の使いやすさです。外資ベンダーの場合、係争が起きたときの準拠法が日本なのか、管轄裁判所は東京なのかといった契約条項は、いざというときだけでなく、日本で事業を展開する本気度を推し量ることにもなります。そこで最適な選択肢としてMicrosoft Azureがあります。
金融情報システムのよりどころとされる基準のFISC安全対策基準への対応度をチェックするのは当然ながら、機能や設備のアップデートやサポート体制など、クラウドベンダーから最新の情報を受けつつ、逆に要望を伝えられる関係づくり、強固なコネクションが不可欠です。
金融機関は、プロジェクト管理や開発手法に対して求める水準が高く、その期待に応える価値を提供する必要があります。一方で、大手SIerが重きを置く従来型のレガシーな手法では、UX志向のシステム開発を実現することはできません。
この期待値と現実との乖離(かいり)の大きさに、もどかしさを感じるエンジニアは少なくないはずです。私もかつては、そんな環境でもどかしさを感じる1人でした。持っている金融のノウハウをベースに、新しい価値を生み出したいとの思いは日に日に強くなっていきました。
──そこで、FIXERへの移籍を決断した。
中尾:はい。業界を問わずクラウドの波は避けられない、クラウドファースト企業に行きたいと強く意識していて、4年ほど前にFIXERへと転じました。いくらクラウドに可能性があるとはいえ、前職は大手の金融系SIerだったので「なんでベンチャー?」というのが周囲の偽らざる反応でしたね。
それでもFIXERだと思えたのは、まだ数十人のベンチャーとはいえ、当時からエンタープライズ企業との付き合いがあったから。既にクラウドに真剣に取り組みたい企業とタッグを組み、実績もできていました。2018年3月時点では、メンバーも120人を超えるまでに成長しています。
高橋:私も中尾と同じように大手のシステムインテグレーターから転職しました。プロパー社員として約25年も勤めましたが、常に新しいチャレンジの場、仲間を探していました。結果として、FIXERを選択したのは、ベンチャーのスピードとパッションと、大手の企業にも受け入れられるクラウドやAI領域での圧倒的に強い技術力があるから。
入社後、私自身のFIXERでの時間はまだ短いですが、まさにベンチャーらしく会社が日々進化しているのを実感し、楽しんでいます。
竹中:私は金融でもSIerでもない、国内大企業系のコンサル出身です。ビジネスのあらゆる面が、先端のITと切り離せない時代だと感じていたときに知った会社です。顧客に対するサービスが事業をドライブし、顧客の価値になることに魅力を感じました。
このダイナミックな手応えを感じるのは楽しいですね。ベンチャーといって差し支えない会社なので、自分が思うように頭も体もフルに使ってチャレンジできる環境が、とても気に入っています。
中尾:スタートアップを始めとするFintechの動きを見ていると、なにか1つのソリューションに特化していることが多いように思います。しかし、銀行を全面的にバックアップしようと考えれば、銀行業の深い知見と運用経験、ピンポイントではない総合的なシステムの知見が必要です。
若くて勢いのあるサービスも次々に登場していますが、それらのAPIを統合して地銀のシステム全体をまとめ上げるためには、成熟した大人の存在(企業)が求められると思っています。
(聞き手:木村剛士、文:加藤学宏、写真:長谷川博一)
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