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はじめまして!Hand-Cの仁禮彩香と申します。ピョートルさんと私の対談を記事にしてくださりありがとうございます。

どんな時代であろうと、未来がどうなろうと、自分はどんな人でありたいのか、どんな風に生きたいのか認識するという、シンプルなことが、自らの人生を切り開く最大の力になると思います。そして、私が強く感じているのは、自己を認識し表現していくことは、自分一人ではできないということです。多くの人に支えられ、様々な角度から向き合ってもらうことで、見えていなかった自分が見えたり、言語化できなかったものを表すことができます。まさにピョーさんも、私と向き合ってくださっている方の一人です。いつも私に本質にせまる問いを立ててくれます。

そんなピョートルさんと共に5月から、自らの人生を切り開いていく力を育むサタデースクール(小中高生対象)を開講します (^^) この特集でいう”ニューエリート”を育むスクールです。
https://www.hand-c.com/saturday-school

あらゆるトピックや、プロフェッショナルとの関わりを創出し、問い→思考プロセスをデザインしています。

昨日の中島さち子さんのお話に
「一緒になってわからない!と悩めば良いのです。先生が面白い!ときらきらした目で思っていれば、それは子どもたちに絶対に伝わります。」とありましたが、まさに、このプログラムのメンターは答えを教えるのではなく、共に悩み・考えるためにいます。

そんなメンターは、
株式会社リバネス 取締役副社長 井上浄
株式会社mellow 代表取締役 柏谷 泰行
経済産業省 教育産業室長 浅野 大輔
内閣府人生100年時代構想会議有識者議員 若宮 正子
株式会社GNEX代表取締役社長 三上 洋一郎 (学生起業家/20歳)
茨城県境町CMO補佐監・参与 塙 佳憲 (学生起業家/20歳)

といった、多種多様な情熱ときらきらした目を持つプロフェッショナルな大人。彼らの共通点は、肩書きに満足するのではなく、常に問いを立て、考え・行動し・何かを実現し続けている人であるということです。

まだ募集締め切りまで時間があります。皆さんや皆さんのお子様と、ここでお会いできたら嬉しいです^^
https://www.hand-c.com/saturday-school
『ニューエリート』の著者でもあるピョートル・フェリクス・グジバチ氏と、中学生の時に会社を興した大学生起業家の仁禮彩香氏は、「自分を知ること」こそがニューエリート育成の第一歩だと語ります。

自分を知るために世の中にgiveしたいことと世の中からtakeしたいことを把握するーーそのチェックシートも掲載していますが、これは本質的な視点だと思いました。

そして、ピョートルさんと仁禮さんの原動力の源である原体験は…深い話でした。
これからの組織は「はぐれもの」をどれだけ上手に内包できるか?もしくは委託、連携先として良い関係を保てるかによって強靭さが全く異なってきそうです。
一方、個人としては「この場所はおかしい」と違和感を感じた時に、どう味方を作り運営主体に働きかけ改善にいたるのかというプロセスを小さな成功体験を通して体感できる機会が必要かもしれません。じゃないと「ここじゃないどこかへ」を繰り返してしまいます。
私はそんな感じで実際に独立したのは40歳のとき、少なからず複数の組織内で居心地の悪さを体感してきたことが起業につながり、今だに原動力、粘りの素となっています。
>逃げるのではなくて、そこと向き合って、新たな選択肢をつくろうと考えて行動する(意図的に難しい選択肢を取る)。これは人生を楽しく、充実させることになる。楽な選択肢を取れば、その後の人生は難しくなる。年を取れば取るほど問題が複雑になっていくから、自分の中の柔軟性は下がる。すると、ますます心地が良くない環境から抜け出せなくなる。

自己実現=他者貢献という部分と、マズローの欲求レベルを照らし合わせると興味深いです。

当然にその時代やコミュニティーによってエリートの属性も変わってくるでしょうね。

自己肯定感・考える力・コミュ力が重視される今のシームレスな社会では、明治から続く近代的な日本教育も限界に来ているのかもしれません。

また、幼少期環境の影響が如何に大きいか痛感しました。
経済格差との兼ね合いも含めて。

下記Wikipediaより。

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エリート(フランス語: élite)の語源はラテン語の ligere(選択する)で、「選ばれた者」を意味する。現在は選良とも訳され、社会の中で優秀とされ指導的な役割を持つ人間や集団のこと。

民族・宗教などの場合は選民思想、階級として貴族制、知識経験の場合は知識人や資格主義に関連する場合がある。政治学的には、統治者(層)に必要な資質を持っているとみなされている場合が多い。

エリートが重視される思想や傾向はエリート主義と呼ばれ、一元主義の一種である。対する概念には、非エリートである大衆の立場を重視するポピュリズム、平等主義、複数の観点や基準を並存させる多元主義などがある。

エリートが単独で支配者となる体制は寡頭制の一種であるが、これそのものは必ずしも権威主義ではなく、民主制でも独裁制でもありうる。

一般にエリートは、他者より高い経験と責任を発揮して国家の統治や一般大衆への指導を行うことが期待されており、社会的な分業体制の一端として捉えることもできる。ただしエリートが期待された役割を果たしていない、と他者からみなされた場合には、エリート層の交代論や、各種の反エリート主義が発生しやすい。

アメリカの社会学者であるライト・ミルズはエリートを主に政治エリート、軍事エリート、経済エリートに分類し(他に文学・芸術・芸能など)、これらはそれぞれの領域で政策決定の権限を独占しながら各方面で利益を共有する利益共同体であるとした。
【WhyとHowの関係性】
自分を知ることが、自分の周りに広がる社会との繋がりを規定することになるというのは僕がやってる「社会ってなんだろうワークショップ」でもほぼ同じ。この記事で、「大人はHowだけを教えてきがち」「子どもはそれに慣れてHowを自分の外に求めがち」というのが根源的な問題なんだなと思いました。Whyはそれと比べて内在的動機なので外からパクってきづらい。だからそこから考えると自ずと自分と向き合うことになりやすい。ただ、本来的には自分でHowを考え出せる人になることがベストなんだと思うので、Whyばっか考えすぎることにならないように、自分を外に向けていかないとなと自戒を込めて思った次第です笑
あなたがもたらしたい give と take は何か?それぞれに対して内省をさせる重要性をピョートルさんが説くことで、この風潮はますます強まる。非常にいいことです。

人生100年時代において、健康を保ちながら、仕事をするためには内発的な動機づけが決定的に重要。

〜すべき、〜しなければならない、という外発的な動機づけによるドライブは必ず身体的な悪影響が出ています。

だからこそ、内省プログラムが重要だと思っています。
“自分を動かすエネルギーは、「喜び」と「悲しみ」にある”
つまり、喜びと悲しみを豊かにするような教育が必要なのですよね。この感情は、大人になる前に育まないと間に合わない。義務教育のなかで、最も重要な課題。教師だけ任せきりではなく、社会全体で取り組むべきなのです。
仁禮さんは学生起業家、という枠に閉じない、立派な「起業家」だと思います。この先、社会を本当に変えそうな情熱をもっている素晴らしい人物なので、心の底から応援しています!
「社会人」という言葉が、日本の社会における大人と子供の隔離を表しているというのはおもしろいですね。確かに「社会人」にあたる英単語を見つけるのは難しい。日本以外ではもっと境界線が緩やかな気がします。
会社人ではなく、社会人だよな、とつい先日、新入社員研修を眺めていて思った。
どうも話を聞いてると会社人を求めてるのかなーと。そして、そういう受け答えになる新卒社員たち。
この連載について
ロボットやAIなどの技術革新により経済構造が大きく変化する中、学校は依然、社会と隔離されたまま。学校教育は相変わらず知識の詰め込み主義で、忍耐や協調ばかりが強調されている。 しかし、マニュアル主義の「旧エリート」に、新時代の価値は作れるのか。先行き不透明の時代、必要になるのは、自ら課題を設定し、問題解決する力を持つ「ニューエリート」の存在だ。 では、持続的に成長するニューエリートを創る教育とは? 学校教育から大人の学び直しまで、新時代を生き抜く学びのあり方を追求する。