【参天製薬】老舗会社のコラボ。ガラスの会社が点眼薬開発をした理由

2018/4/27
日本の失明原因として最も多いとされる緑内障。その治療薬として参天製薬が開発したのが「タフルプロスト点眼薬」だ。実は、その開発にはAGC旭硝子の技術が大きく貢献している。緑内障研究で知られる福島アイクリニック院長・桑山泰明氏と、参天製薬疾患領域戦略室マネージャー・島﨑敦氏が、タフルプロスト開発の経緯について語る。

多くの現代人が抱えている目の悩み

──現代人の目は人類史上もっとも疲れていると言われていますが、なぜでしょう?
桑山 人間は触覚や聴覚などの五感から情報を得ますが、そのうちの80%が視覚から入ると言われています。とくに近年、その割合は増加していると考えられます。
長時間のPCやスマートフォンの使用で、焦点を合わせる筋肉が常に緊張状態になっているのが「目の疲れ」の主な原因です。長い時間、中腰の姿勢を続けると、身体がこわばってしまうのと同じです。
また、一点を見つめる作業が多くなることでまばたきの回数が減り、目が乾きやすくなります。
疲れ目やドライアイは失明のような重篤な状態に直結はしませんが、仕事の効率が落ちるなど、QOL(Quality of Life:生活の質)に悪影響を及ぼすことは十分に考えられます。
──目の疲れを感じたとき、どのようにケアすればよいのでしょうか。
桑山 意識的に目を休めることが大切です。スマートフォンなどは時間を決めて見る、点眼薬をさすなどして目の緊張を緩めてあげることです。
目は開いていれば勝手に見えているわけですが、見えているということは筋肉が緊張しているのだと意識された方がいいと思います。
──目の悩みにもいろいろありますが、中でも「緑内障」は日本の失明原因としてもっとも多いと伺いました。そもそも緑内障とはどのような疾患なのでしょうか。
桑山 緑内障は視神経が障害され、視野が狭くなる病気です。かなり進行するまで自覚症状はなく、異常を感じたときにはすでに視野の半分以上が欠損していることがほとんどです。
目はとても優秀で、片方の視野が欠けても反対側の目が視野を補うようになっています。普段、片目だけでものを見る機会は少ないので、なかなか気が付きにくいのです。
──知らず知らずに視野を失っているかもしれないということですね。では、発見するにはどうすればよいのでしょうか?
桑山 眼科の検診を受けることです。緑内障は通常5〜7年ほどかけてじわじわと進行していく疾患です。数年に一度でもいいので検診を受けてほしいと思います。
そして、「緑内障の疑い」と言われた場合、自覚症状がなくても眼科を受診してください。
一度失った視神経は、元に戻りません。なるべく早期に発見し、治療を開始することが重要なので、私たち眼科医もその周知に力を入れています。
毎年3月には世界緑内障週間として世界緑内障連盟が疾患啓蒙活動を行っています。日本では主要なランドマークを一斉に緑色にライトアップする「ライトアップinグリーン運動」を行い、早期発見のための検診を呼びかけています。
緑色にライトアップされた金沢城

緑内障は失明の原因になり得る疾患

──緑内障の治療はどのように行われるのでしょうか。
桑山 眼圧を下げ、病状進行を防ぐ治療を行います。眼圧の高い緑内障でも、眼圧は正常であるにもかかわらず発症する「正常眼圧緑内障」でも、眼圧をさらに下げることで進行を止められることが明らかになっています。
緑内障は放っておけば失明の原因になり得る疾患です。なるべく早く治療を開始し、そして治療を継続することが大事です。
──参天製薬の緑内障治療薬「タフルプロスト点眼薬」も、進行を防ぐものなのでしょうか?
桑山 そうです。眼圧下降剤にもいろいろなものがありますが、タフルプロスト点眼薬はもっとも代表的な系統であるプロスタグランジン製剤の1つです。
島﨑 プロスタグランジンは、古くから炎症を引き起こす物質として知られ、眼で炎症がおこったときに眼圧を上昇させる原因物質の1つであると考えられていました。
しかし、そのプロスタグランジンの一種に強力な眼圧下降作用があることが見いだされて、プロスタグランジン点眼薬が生まれました。
桑山 目の中は「房水」と呼ばれる液体で満たされています。房水は目の中に栄養を与える透明な血液で、絶えず循環しています。プロスタグランジンはその房水の排出を促進する働きを持っているのです。
プロスタグランジン関連薬は効果が高く、かつ全身副作用が少ないので、世界の多くの国で第一選択薬として使用されています。更に、タフルプロスト点眼薬は1日1回の点眼で済み、製剤工夫によって常温保存が可能なので利便性もよい薬剤です。

点眼薬開発にもAGCの技術が

──タフルプロスト点眼薬の開発は、AGCとのコラボレーションで行われたとのことですが、どういう経緯で開発に至ったのですか?
島﨑 きっかけはまったくの偶然です。当時、プロスタグランジンが眼圧に影響を与えることはわかっていたのですが、結膜の充血や点眼直後の眼圧上昇などのリスクがネックになって、あまりフォーカスしていませんでした。
ところが、競合他社が実施したプロスタグランジン点眼薬の臨床試験で、当時のゴールデンスタンダードだったチモロール点眼薬を凌駕(りょうが)する効果が確認されたんです。
我々も早急に同系統の薬剤の開発に着手することにしたんですが、なかなか成果を得ることができませんでした。
そのような中、まったく違うプロジェクトで私の上司がAGCさんとの共同研究に参加しており、たまたま関係者の方にこのプロスタグランジン点眼薬の開発で苦労していることを話したことがコラボレーションの始まりでした。 
──ガラスの会社であるAGCが点眼薬開発?と不思議に思っていましたが、そういうことだったのですね。
島﨑 プロスタグランジン点眼薬の開発において、我々は後追いする立場なので、見いだす化合物は、先行薬を効果、安全性で凌駕し、差別化されたものである必要があり、相当苦労しました。
そのため、AGCさんが次々と評価化合物を合成されていく様を大変頼もしく感じていました。
化合物の効力評価を担当していた我々は、その化合物合成のペースについていくことに必死でした。
専門的な話になるのですが、この構造展開の過程で、プロスタグランジンの活性発現に必須とされていた化学構造式の15位の水酸基を取っ払い、そこに、AGCさんが得意とするフッ素を入れるという提案があった時は大変驚きました。
PG骨格に2個のフッ素原子を導入する分子設計により、化学的・代謝的な安定化だけでなく、受容体への親和性の向上などさまざまな優れた効果がもたらされた
島﨑 創薬の薬剤開発においてモデルとなるような研究を行ったということで、有機合成化学協会から賞をいただくことができました。
やはりデザインというか、先ほどお話ししたようなAGCさんの大胆さが評価されたのだと思います。
桑山 これまで薬剤開発は海外で行われることがほとんどでした。その中で、プロスタグランジンを使った薬剤が日本で創薬、発売されたことは、私たち医師にとっても大きな誇りです。
薬剤そのもののポテンシャルはもちろんですが、薬剤を点眼薬に応用する技術も相当なものなんですよ。角膜などの目の組織は透明度を守るために、薬剤が入りにくい構造になっています。
点眼薬は上皮(脂)、実皮(水)、内皮(脂)の3層になっている角膜を通る必要があり、脂溶性と水溶性の両方が必要なのです。
一方でプロスタグランジン薬は脂溶性が高く水に溶けにくいので、これら相反する条件を両立させるのは大変難しい。そこは参天製薬の製剤力の高さですよね。

現状に満足せず、常に先を目指して

──AGCのフッ素化合物合成技術と参天製薬の製剤力。どちらが欠けてもできなかったのが「タフルプロスト点眼薬」なのですね。参天製薬、AGCともに創業100年を超える老舗かつグローバル企業ですが、AGCとのコラボを進める中で、共通する信念を感じたことは。
島﨑 1994年ころから2008年まで共同研究させていただく中で、AGCさんの化合物を創造する力の高さを痛感しました。
我々は眼科薬開発、AGCさんは化合物合成、それぞれ特化したノウハウがある。その専門性の高さや、技術に対して自信を持っているところはやはりよく似ているなと感じました。
共同研究においてお互いの領域をカバーし合う中で、双方の研究担当者が専門性を発揮し合う様は、隣で見ていて鳥肌が立つほど感動的なものでした。
眼科薬開発は全身薬を点眼薬に応用することが主流です。お恥ずかしい話ですが、当時我々は眼科薬の創薬の経験が乏しいせいか、研究に対する辛抱強さが足りないところがありました。
AGCさんと共同研究する前から、プロスタグランジンの開発に期間と費用をかけていたことから、構造展開を進めている途中でたびたび成果を求めてしまうことがありました。
一般の創薬研究では早すぎるタイミングと思われるかもしれませんが、研究を中断する話が社内で出ていたんです。
AGCさんは我々の事情を理解した上で、最後に新しいアイデアを評価してもらえないかと提案いただいたのが、15位にフッ素導入された化合物だったんです。
AGCが得意とするフッ素化学と有機合成技術およびドラッグデザイン力の融合と、参天製薬の高度なスクリーニング技術によって誕生した
その化合物で期待した効果が認められたときの現場は、みなが抱き合うくらいの大感動で。そういったところで、AGCさんの、常にクリエイティブに物事を考え、困難から逃げずに立ち向かっていく姿勢を感じましたね。
老舗で専門性が高い企業でありながら守りの姿勢ではなく、常に新しい方を向く姿勢と開発に対する忍耐は、やはり専門性に裏打ちされたものがあるのではないかと感じます。 
──今後、製薬を通してどのように世界に貢献していきたいと考えてらっしゃいますか。
島﨑 医療現場は病に苦しむ患者さんと、その治療に向かっておられる医師が主役だと考えています。製薬会社は直接入っていくことはできません。
だからこそ、先生方によりよい治療ツールを提供していきたい。そうして、治療の選択肢を提供することで医療に貢献するのが使命だと考えています。
そういう意味でもやはり、差別化されたものを作ることは非常に重要だと思います。今後も先生と患者さんに選んでいただける製品作りにチャレンジしていきたいです。
──緑内障治療において、現在タフルプロスト点眼薬は71カ国で使われていると伺いました。今後、さらに世界の眼科治療に貢献していくには、何が必要だとお考えですか?
桑山 緑内障治療は生涯続きます。タフルプロスト点眼薬は効果や安全性の高さなど、長期間使い続けるのに非常に優れた薬剤といえます。
眼科治療が普及していない国や地域にも展開し、世界中の緑内障患者さんに届ける努力が必要です。
また、緑内障患者の半数は1つの目薬で治療できていますが、残りの半数は2種類、3種類の薬を使っています。参天製薬さん、AGCさんには、より有用な薬剤の開発を期待しています。
いつも「その先に必要とする患者さんがいる」ことを思いながら開発を進めていただきたいですね。
(取材・文:宝水幸代 撮影:合田慎二 デザイン:九喜洋介 編集:奈良岡崇子)