単独でアジアに乗り込み、現地ベンチャーと日本企業の間でのイノベーション創出を支援してきた西山直隆氏。彼が率いるのは、デロイト トーマツ ベンチャーサポートの中でも珍しい多国籍チームだ。アジア諸国を見てきた西山氏に、アジアを注目すべき理由や、日本企業との“意味ある協業”をつくり出す上での課題を聞いた。

世界のベンチャー投資はアジアへ

──西山さんが考える、アジアのスタートアップに注目すべき理由を教えてください。
イノベーションが生み出される場所として、日本の大企業が想起するのは、たいていシリコンバレーか、イスラエルや欧州の国。
しかし世界では、ここ数年でアジアのベンチャー企業への投資が急速に増えています。
ある調査によると、2013年までは世界のベンチャー投資額のうちアジア企業への投資が占める割合は10%前後程度だったものが、その後年々増え続け、2016年には40%を超えました。この傾向は今も続いています。世界のお金がアジアにシフトしているということです。
西山直隆 デロイト トーマツ ベンチャーサポート Regional Head of Asia
学生時代に不動産会社向けの業務改善ソフトウェアで起業。事業売却後、大手メーカーに入社し、IPOに携わる。2015年、デロイト トーマツ ベンチャーサポート(以下DTVS)に、初の外部人材として採用される。転職後は、プレゼンイベント「Morning Pitch」の運営、ベンチャー企業の個別支援に従事。2016年末にシンガポールに拠点を移し、DTVSのアジア拠点立ち上げを担う。
──日本企業はシリコンバレー一辺倒でアジアには着目していないということですか。
そういうわけではありません。国際協力銀行(JBIC)が、製造業の企業に対して毎年行っている調査では、「中長期的に見てどこの国が事業展開先として重要か」という質問に対して、2015年・2016年の2年連続でインドが1位、中国2位となっています。アジアの生産拠点・販売拠点としての重要性は理解されています。
私が見ている中で、アジアのベンチャーに注目すべき理由は3つあります。
1つは、データ・エコノミー社会が訪れることに関係します。人工知能などのテクノロジーは今後ある程度オープンソースになり、技術そのものはコモディティ化していくと思います。
その時、価値を生むのはデータです。いかに良質なデータを大量に集めることができるかが重要になります。アジアの人口は約40億人、世界の人口の約60%を占めており、データを集めるという観点でもアジアに注目する意味があるでしょう。
2つ目に、多くの社会課題を抱えているということ。インドや中国を見ると、人口の多さに対して、エネルギー、水、交通、医療、教育システムなど社会インフラが軒並み整っていません。ここに、これまで先進国がたどってきた社会の進歩の過程を、一足飛びに発展する「リープフロッグ」が起きる可能性が至るところにあるということです。
インドにはIT人材が豊富にいるので、そういう人たちが、テクノロジーでそうした社会課題を解決しようと、ベンチャー企業が数多く立ち上がっています。
彼らが起こしたイノベーションが、同様の課題を持つ途上国に広がっていく可能性もありますが、それ以上に、先進国でも活用し市場を席巻するようなものが生まれる、いわゆる「リバース・イノベーション」が起きる可能性に期待もあります。
3つ目の理由は、どの国も今のアジア諸国の「活力」「勢い」をどうにかして自国の経済成長に取り込みたいと考えているとうことです。
中国を筆頭に、インド、ASEAN諸国も高い成長率で市場が拡大しています。タイやシンガポールのように高齢化を迎えている国もありますが、総じてみればアジアの国々は若く、これから伸びる地域であることは間違いない。日本企業にとっても、アジアといかに連携して成長していけるかは重要な戦略だといえます。

まずは「知り合ってもらう」

──そういう背景がある中で、西山さんは単身シンガポールに渡り、拠点を立ち上げたわけですが、具体的にはどんな活動をしているのですか。
いま力を入れているのは、アジアのベンチャーと日本の大企業をつなぐことです。
経済産業省・JETRO(日本貿易振興機構)と連携して、約40社の海外のベンチャー企業をCEATEC Japanに連れてきて日本企業とのミーティングの機会を設けたり、当社で毎年開催しているデロイト トーマツ ベンチャーサミットに50社の海外ベンチャーを招いたりして、日本企業との連携をサポートしています。今年のベンチャーサミットでは100社来てもらう予定です。
それとは逆に、日本の大企業の意思決定者を中心にアジアのスタートアップ視察を組んだり、最先端のR&D施設に連れて行ったりということもしています。
写真提供:デロイト トーマツ ベンチャーサポート
──アジアには投資も集まっていて、例えばインドはIT人材も豊富だといいます。日本企業と連携したい動機はどこにあるのでしょうか。
先ほど話した経産省・JETROとのプログラムを実施した時に、参加した海外ベンチャーにアンケートをとり、プログラムに申し込んだ目的を聞きました。
すると、「ファンディング」が33%、「R&D」が29%、「セールスエージェント」が24%、残りは「その他」という回答でした。
ただファンディング(資金調達)といっても、単に出資を求めているわけではない。あくまでも技術を持つ企業と共同開発をしたい、その上で、資金面での結びつきがあったほうがより密な関係を構築できると期待する部分が大きいです。
R&Dに関しては、特にハードウェアの技術ですね。インドをはじめとするアジア諸国は、ソフトウェアには強いのですが、ハードウェアの技術はそうでもなかったりする。今後IoTが世界中で加速するのを見据えて、コンポーネント類やセンサーなどの技術を補いたいというケースも多いです。
すでにプロダクトがあり、ある程度顧客もいて、さらに展開していこうという段階のベンチャーは、販路を開くためのディストリビューション・パートナー探しが主な目的となっています。これが「セールスエージェント」という回答の意味ですね。
アジアのベンチャーに、「どういう日系企業と組みたいか」とニーズを聞いてみて、それに対して「日本のこの企業は、貴社のニーズを満たすこんな技術を持っている」という話をすると、「そんな会社があったのか!まさに求めていたものだ」といった反応が返ってくる。
やはり「知らない」わけです。彼らから見て外国の企業、ましてやBtoBの企業は、なかなか知ることが難しい。だからそれを伝えてあげるだけで、「日本企業と組みたい」と道が開けることも多いのです。
われわれはイベント会社でもツアーガイドでもありませんから、海外ベンチャーと日本企業が行き来して、お互いを知り合ってもらった先に、「意味ある協業」をつくっていくところにコミットしています。
それはすぐにできるものでもないので、海外ベンチャー、日本企業の双方に、協業する意味を理解していただくために、「お互いが組めばこんなチャンスがある」ということをしっかり伝えていく。何のために協業するのか、これが非常に重要です。
人々がどのような生活をしていて、そこにどんな課題があるのか、いかにして人々の暮らしを豊かに・便利にしたいのか、という思いありきだと思うんですね。そのためにテクノロジーを使うのであって、決してその逆であってはならない、そう思っています。
イノベーションはあくまでも手段であり、その先の実現したい世界観をしっかり持っている企業と新しい未来を拓きたいと思っています。
ただ、海外ベンチャーと日本企業の接点をつくり、最初は盛り上がっても、物理的に離れていたり、双方忙しかったりして、なかなか具体的な協業に結びつかない。そのうちトーンダウンして、話が立ち消えになってしまうケースも少なくありません。
そこでわれわれがしているのは、「中長期でプロダクトを共同開発しよう」という目標を掲げながらも、短期間でできる小さなステップを設けて、「まずここまで到達しましょう」というふうに、短距離走を全力で駆け抜けるよう促すこと。「自分たちがすぐに起こせるアクション」の範囲内で目標を細かく刻んでいくことをしていますね。
アジアでの活動をはじめて2年程度ですが、われわれが支援をさせていただいたシンガポールの医療ベンチャーTricog社が、東京大学エッジキャピタルから資金調達を発表したり、インドのIoTスタートアップFlutura社と日立ハイテクノロジーズ社と戦略的パートナーシップを結んだりと、協業事例も出てきています。

「違い」がイノベーションを生む

──西山さんのチームは、外国籍の方ばかりだと聞きました。何かお考えがあってのことなのですか。
私が自分のチームに外国出身の方を採用するまで、DTVSには外国出身の人材が一人もいませんでした。私自身も日本で生まれ育った、完全にドメスティックな人間でした。
ただ、「クリエイティブなものは、違う文化が混ざったところで生まれる」ということは、シリコンバレーを見ていて重要だと、感覚的に分かる。それで、まずは外国出身の方をチームに集めました。今は、インド、フィンランド、スペインなど、外国出身者ばかりのチームとなりました。
もう一つの理由は、現地のことは現地の人に任せたほうがいいと思っているためです。今は私がアジアに乗り込んでいますが、ゆくゆくは、インドのことはインド出身の人にという感じで、現地の活動をリードしてもらいたいと思っています。
──チームの皆さんとどんなふうに仕事を進めているのですか。
基本的にマイクロマネジメントはしません。彼らはそれぞれ、育ってきた環境、専門性、スキル、全然違う。
メンバーには人工知能の専門家や、大学院でグローバルイノベーションの研究をしていた人など、さまざまな専門性を持っている人たちで、私では到底太刀打ちできないものを持っています。そこへ変に私の物差しに当てはめようとするほうが間違いです。
彼らが「やりたいこと」とDTVSとして「やるべきこと」を確認しながら、今やっていることが「やるべきこと」のどこに結びつくのかをすり合わせて、最もパフォーマンスが出るように、環境を整備をしています。
時には意見の食い違いもあります。ただ、根本のところで、全員がフラットに人としてリスペクトし合う関係が築けていれば、むしろそれはあって然るべきだと思っています。
──なぜ、多様性あるチームが大事なのですか。
私も、「違う」ものが目の前に現れた時、居心地の悪さみたいなものを感じます。ただ、捉え方を変えると、それは逆に学ぶ機会なんですよね。
なぜこの人はこういうアクションをとったのか。
なぜこの人はこういう発言をしたのか。
そこには必ず背景があって、それは考え方の違い、文化の違い、宗教の違い、さまざまですが、そういうものを知ることは、すごい「チャンス」だと思っています。
「違う」ものを集めれば集めるほど、「この背景は何だろう?」と、考えたり、調べたりして「学ぶ」機会が増える。これが、イノベーションを起こす上で重要なこと。アジアに出ていって2年程度ですから、まだまだ試行錯誤の段階ですが、現時点ではそういうふうに考えています。
それに、何よりそういうコミュニティで仕事をすると、自分たちが楽しい。お互い「違う」からこそ教え合う機会があって、自分のユニークネスをもってチームに貢献できる。こういう環境で仕事してみて、本当に楽しいですよ。
日本には既に多くの優秀な外国出身の方が留学や研究のために来日しているのに、まだまだ日本人と外国出身者との間には壁があり、うまく連携できておらず、機会損失が生じていると感じます。日本人のマインド、組織体制も今後徐々に変わっていく必要があると思います。また、現実問題として海外の高度人材にとって、日本で働くことが魅力的に映っていないという事実を認識し、いかに多様性ある高度人材を引き付けるかということは、ハイレベルな議論をするだけでなく実行レベルに落とさなければならないとも感じます。なので私自身も現場レベルで実践しています。
私は自分の持ち時間の半分を、アジアのさまざまな国へ赴いて「現場のリアル」を見に行くことに充てています。ベンチャー企業のCEOと話すだけではなく、実際にそのプロダクトが使われている現場、あるいは、そのプロダクトがなくて困っている人々はどのように生活をしているのか。このインタビューの前の週もインドの病院に出向き、医者、看護師などと話す機会をもっていました。スラムエリアに足を運ぶこともあります。
なぜそうするかというと、「自分の言葉に魂を宿すため」です。自分が信じたもの、自分が理解したことを、自分の言葉で伝えていかないと、周りの人を巻き込んだ取り組みになっていきません。
だからまず、その分野のことを自分が一番よくわかるように努力する。自分の頭で考えて、そこから生まれた意思を持つ。イノベーションを生むのは、結局は人。思いを持った人が、やるべきことをやり切るかどうかだと思っています。
今は、海外ベンチャーと日本の大企業をつなぎ、その先の協業を生み出すことに注力していますが、それが目的というわけではありません。
「アジアのベンチャーを支援する」というところに立脚した場合、連携先を日本企業にとらわれる必要はないですし、全世界に広がるデロイトグループのネットワークを生かして、例えば中国や米国、欧州、あるいはアジア同士など、より適した企業との連携を模索できるようなプラットフォームをつくっていく必要があります。
新しいテクノロジーが生まれると、それに対応するルール・規制といったものが、社会に存在しないことも多い。これはどの国も同じです。新しい技術を社会に実装していく際に必要な環境整備にも、ベンチャー、大企業、政府のいずれとも関わりのあるDTVSが果たせる役割は大きい。
その意味で私たちの挑戦はまだ「途上」にあります。同じ思いを持って、共に「やり切る」仲間を求めています。
(取材・文:畑邊康浩、写真:中神慶亮[STUDIO KOO])