重い病気を治療する意外な資源

テクノロジー業界の有名起業家たちが、老化を遅らせるという概念に関心を持ち始めている。
ペイパル創業者の一人で、ベンチャーキャピタリストでもあるピーター・ティールは、長寿をかなえると謳う企業に巨額の投資を行っており、さらに、自身の体に若者の血液を注入することまで検討している。
グーグルの共同創業者ラリー・ペイジは2013年、アルツハイマー病やパーキンソン病など、加齢と関連した病気に立ち向かうスタートアップ、キャリコ(Calico)を立ち上げた。
月を観光ハブに変えようとするナビーン・ジャインは、人の腸に生息する細菌を研究し、病気を「選択可能」なものにしようとしている。
このリストに加わろうとしているのが、「Xプライズ財団」やテクノロジー系シンクタンク「シンギュラリティー・ユニバーシティー」の創設者として知られるピーター・ディアマンディスだ。
同氏は壮大な事業に次々と挑戦しており、2009年に共同で立ち上げたプラネタリー・リソーシズは宇宙船で小惑星に行き、資源の採掘を目指す企業だ。
ディアマンディスの最も新しいスタートアップ、セルラリティー(Celularity)は2月15日、ステルスモードを解除した。同社は、重い病気の多くを意外な資源によって治療しようとしている。意外な資源とは、人の胎盤だ。
胎盤から幹細胞を抽出することで、病気と闘うだけでなく、老化を遅らせることができ、その結果、寿命が延びるとディアマンディスは主張する。すでに米食品医薬品局(FDA)の認可を受けた臨床試験を開始しており、早ければ2018年中に一部の治療法を実用化できる見込みだという。
「100歳になっても、60歳のときと同じ認知機能、外見、運動能力を持ち続けることができる」とディアマンディスは述べる。「実現すれば、とても大きな意味がある」

胎盤の幹細胞が持つ大きな可能性

ニュージャージー州に本社を置くセルラリティーの共同創業者は、20年前から幹細胞の研究を続けている外科医のロバート・ハリリだ。同氏は、大手バイオ医薬品企業セルジーン(Celgene)の、セルラー・セラピューティクス部門の創業者兼CEOだった経歴を持つ。
幹細胞は、別の種類の細胞に分化する能力を持ち、建物のブロックのような役割を果たす。1990年代後半から胚性幹細胞(ES細胞)の本格的な研究が始まり、科学者たちは、組織や臓器の修復、再生に利用する方法を模索してきた。
しかし、胚性幹細胞にはいくつか制約がある。胚には少ししか幹細胞が含まれておらず、成長した人の体に注入すると、拒絶反応が起きる可能性があるのだ。
そこで、ハリリを含む研究者たちは近年、貴重な幹細胞の新たな供給源として胎盤に注目し始めている。胎盤は妊娠中、胎児に栄養を供給する臓器だ。
「胎盤の幹細胞であれば、注入しても拒絶反応は起きない」とハリリは説明する。「胎盤がどれほど重要で、治療に役立つ可能性があるか想像できるだろう」
同氏によれば、幹細胞を凍結し、必要に応じて解凍すれば、1つの胎盤を10万回の治療に使用でき、数十年は保たせることができるという。
ハリリは1998年、胎盤と臍帯血(さいたいけつ)の保存センターとしてライフバンクUSAを創業。3年後、世界で初めて、胎盤幹細胞を使った臓器の再生に関する特許を申請した。そして2016年、長年の友人であるディアマンディスと共に、セルラリティーを立ち上げた。
セルラリティーはライフバンクUSAを吸収し、セルジーンからスピンアウトした企業として運営される。セルラリティーは、セルジーンとソレント・セラピューティクスなどから2億5000万ドルの出資を受けている。

体の「再生エンジン」を再充電する

セルラリティーは多くの場合、注射によって幹細胞を投与することで、対象が肝臓であれ、腎臓であれ、肺であれ、損傷あるいは病変した組織や臓器の自己修復力を引き出すことができると考えている。
こうした治療法が想定しているのは、がんや、クローン病のような自己免疫疾患だ。ハリリによれば、研究室での実験では、いくつかのタイプのがんに対して「有望」な結果が出ており、2018年中には、もっと確定的な結果を得られる見込みだという。
複数の治療法が、FDAの認可を受けた臨床試験のフェーズIIまで進んでいる。フェーズIIとは、数百人の患者を対象とし、対照群との比較を行う段階だ。「かなり大規模な臨床試験で、驚くような結果が出ている」とディアマンディスは話す。
ハリリによれば、臨床試験がこのままうまくいった場合、3~5年後には米国で治療法が認可される見込みだという。ほかの国では、早ければ2018年中に認可される可能性がある。
セルラリティーは、体に新しい素材を供給することで、病気と闘うだけでなく、老化を遅らせることができると考えている。
「臓器や組織の幹細胞は、加齢に伴い、数と完全性の両面で劣化することがわかっている」とハリリは話す。「出生時に幹細胞を採取、急速冷凍し、年齢を重ねてから使用すれば、体の『再生エンジン』を再充電できる。この再生エンジンは、若々しい外見、若々しい行動、若々しい動作を維持してくれるものだ」
セルラリティーにはバイオバンク事業もあるため、顧客が出生児に胎盤を凍結保存しておき、後に治療のために使用するワンストップショップの役割を果たすことができると、ハリリは考えている。同氏はこのプロセスをバスルームのタイルに例える。
「バスルームのタイルを貼るときは、いくらか余分にタイルを残しておいた方がいい。タイルが割れたとき、残しておいたタイルと交換すれば、新品のような外見を取り戻すことができる」

「誇大広告の墓場だ」との声も

バスルームの床を修理するように体を再生するという概念は、前途有望に聞こえるかもしれない。しかし、胎盤幹細胞の研究はまだ始まったばかりだ。10年ほど早く始まった胚性幹細胞の研究さえも、いまだ初期段階にある。
ハーバード大学幹細胞再生生物学科のリチャード・リー教授は、「これらは時間のかかる研究だ」と話す。同氏によれば、臨床試験や研究室での実験は前進しているものの、幹細胞治療の実用化はまだ始まったばかりだという。
「幹細胞を使った治療はかなり現実的だと考えることができるようになったところだ」とリー教授は話す。「今後10年で多くの可能性を探ることになると思う。そして10年後、より効率的で安価な治療が完成するだろう」
老化を遅らせるという目標のほうは、いまだに野心的なものだ。
ワシントン大学幹細胞再生医療研究所の所長で、国際幹細胞学会のガイドラインづくりに協力しているチャールズ・マリーは「老化の分野ではここ数年、驚くべき主張がいくつも登場したが、研究が続いているものはほんのわずかだ」と指摘する。「言ってみれば、誇大広告の墓場だ」
マリーは、老化を遅らせるという概念は現実離れしているが、クローン病など特定の疾患を攻撃するという概念については現実的だと考えている。
「胎盤から抽出した細胞が免疫系に作用するというのは既知の事実だ」とマリーは話す。「この細胞は免疫系を制御できるため、可能性は十分ある。ただし、可能性と証拠は全く別のものだ」
ディアマンディスは、臨床試験を進めていけば、証拠を得られると確信している。また、セルラリティーには後押しもある。800以上の特許を含む知的財産のほか、グーグル・ベンチャーズの創業者ビル・マリスや、元アップルCEOのジョン・スカリーなどが名を連ねる取締役会だ。
ディアマンディスは何より、老化を遅らせるという可能性に興奮している。全体的に見れば、寿命を30~40%延ばすことが可能だという。
「われわれのビジョンは、免疫と寿命を増大させることだ」とディアマンディスは話す。「それが、われわれがセルラリティーで築いてきた原動力であり、今取り組んでいることだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Kevin J. Ryan、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:shaun/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.