スマート化が進む自動車は、個人情報の宝庫となりつつある。信号待ちの間にクーポンを配布されるのも遠くない話かもしれない。

車のダッシュボードに広告表示

想像してみてほしい。仕事を終えて車で帰宅中、今晩の夕食は何にしようかと考えながら赤信号で停車する。自宅近くのピザ屋の交差点だ。すると、車のダッシュボードの画面に「ペパロニパイが5ドル割引」という広告が表示される。
自分の車に物を売りつけられるなんてと、うっとうしく感じるだろうか。それとも、喜んで商品を買うだろうか。
車内向け広告のソフトウェアを開発するTelenav(テレナブ)は、そうした広告はさほど拒絶されないと見ている。広告で追加収益を狙う自動車メーカー各社も、同様の期待を抱いている。
自動車メーカーは以前から、車両に無線接続を搭載し、データを収集してきた。しかし、最新の車両には膨大な数のソフトウェアやセンサーが組み込まれており、さらには人工知能(AI)によってデータ処理が高速化していることで、新たなサービスや収益源が次々と生まれつつある。
自動車メーカーにとって目下の大きな課題は、消費者の反感を買わず、米政府の反発も招かない形で、ドライバーから収集できるすべてのデータを収益に変えられるかどうかだ。
ストラテジー・アナリティクスのコンサルタントで自動車メーカー向けのデータマネタイズ業務を担当するロジャー・ランクトットは「自動車メーカー各社は、これが消費者データをめぐる戦いであることを認識している」と述べる。「運転時の行動や居場所といった情報は、検索履歴と同じように金銭的価値があるのだ」
自動車メーカーの究極の目的は、グーグルやフェイスブックが現在行っているように消費者の嗜好に関するデータベースを構築して、収集したデータをマーケティング用として外部企業に販売できるようにすることだと、ランクトットは述べる。
自動車メーカーの幹部たちが強調するのは、大量のデータを収集処理することで、運転体験の向上が可能になるという利点だ。
たとえば、自動車がタイヤのパンクを予測したり、駐車スペースや充電ステーションを発見したり、事故が多発している危険な交差点を自治体に報告したりといったことだ。さらにはドライバーを犯罪から守ることも可能だと、フォード・モーターのジム・ハケットCEOは発言している。
ハケットCEOは2018年1月、ラスベガスで行われた家電見本市「CES」(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)の基調講演で「もしも強盗が車に乗り込んで走り去ったら、強盗を捕まえるため、みなさんはわれわれに位置情報を把握してほしいと思わないでしょうか」と聴衆に問いかけた。
「そうした利点と引き換えなら、情報を進んで提供したいと思わないでしょうか」

「顧客との関係向上が期待できる」

この問いは、仮定の話というわけではない。
自動車メーカーは実際、自動車保険の割引やガソリンスタンドのクーポンといった適切な報酬と引き換えにすれば、顧客たちはフェイスブックに記事を投稿したり、グーグルに検索キーワードを入力したりするのと同じように、迷うことなく自身のデータを共有するだろうと考えている。
「そのメリットは、顧客との関係向上が期待できる点だ」と述べるのは、フォードのコネクテッドカーおよびコネクテッドサービス担当エグゼクティブディレクターを務めるドン・バトラーだ。
同氏はラスベガスで行われたインタビューで「顧客についてより多くを知ることで、彼らをより深く理解し、より良いサービスを提供することが可能になる」と説明した。
匿名データであれ個別データであれ、顧客の情報をサードパーティと共有できることは何より大きなチャンスをもたらすと、フォードのバトラーは指摘する。
ただし、ほとんどの自動車業界幹部と同じように、バトラーもまた、現在位置や運転行動などの情報共有を要求するサービスについては顧客にオプトインの選択肢を用意すると請け合っている。
しかし当然ながら、自分がどんなプライバシー権を放棄しようとしているのかについて、すべてのドライバーが理解できているとは限らない。
米政府説明責任局(GAO)が2017年7月に公開した報告書によると、コネクテッドカーから情報を収集していた自動車メーカー13社を調査したところ、プライバシーに関する告知を読みやすい文言で提示していた企業は1社もなく、また情報の共有および利用方針について説明を行っていた企業もほとんどなかったという。
消費者のデータとプライバシーの問題は米連邦取引委員会(FTC)が管轄しているが、特に自動車業界を取り締まる規制などは存在しないと、非営利団体「フューチャー・オブ・プライバシー・フォーラム」の政策顧問ローレン・スミスは指摘する。
代わりに自動車業界は独自のプライバシー原則を定めており、それらはFTCによる強制力を有する。

イスラエルの「デジタルブローカー」

人々の運転行動からどんなことを学べるかを検討している企業の例としては、銀行や金融会社が挙げられる。彼らの検討を手助けしているのが、イスラエルのスタートアップotonomo(オトノモ)だ。
世界的な自動車部品メーカー、アプティブ(Aptiv)などの出資を受けるオトノモは、一種のデジタルブローカーのような企業だ。
同社は自動車メーカー向けにデータを加工してまとめ、各国で異なる規制に合わせて調整し、また値引きや特典と引き換えに、どんな情報をどの企業と共有するかをドライバーに選択させるモバイルアプリを提供するなどしている。
オトノモは2月20日に、NTTドコモ・ベンチャーズから300万ドルの出資を受けたと発表した。同社のベン・ボルコウCEOは、すでにダイムラーなど10社の自動車メーカーと提携し、さらにはサードパーティの顧客75社以上と契約を結んでいると明かしている。
オトノモが契約している潜在的なデータ購入企業の多くは、自動車メーカーがデータの提供先として想定しているのと同じ分野、すなわち保険、自動車整備、ガソリンスタンド、都市設計、ファストフードなどの事業者だ。しかしそれ以外にも潜在顧客として挙げられるのは、ヘッジファンドや銀行などの金融業者だ。
たとえば、ヘッジファンドが景気状況を調査する際、車のトランクに搭載されたセンサーの匿名化データを入手すれば、車の所有者がショッピングモールに出かけた際に何か購入したかを知ることが可能だ。このような情報は、現在用いられている衛星写真より正確に消費マインドを読み取る手がかりとなる。
あるいは銀行なら、車の所有者が自動車通勤をやめたことが把握できると有益だろう。全体的に失業が増えていることがわかれば、それは景気後退が近い可能性を示すからだ。クレジットカード会社の場合、車が故障した情報をつかめれば、ローンを提案するのに役立つ可能性がある。
オトノモの最高マーケティング責任者を務めるリサ・ジョイ・ロスナーはこうした用途について「非常に未来的な用途であり、当社の計画にも間違いなく入っている。ただし、実現はまだ先の話だ」と述べる。「さしあたってデータが活用されるのは、ドライバーの体験や効率、利便性に関連した分野になる」
一方、記事冒頭で紹介したシリコンバレー企業のテレナブは、車載インフォテインメント画面にポップアップ広告を提供することを目指しており、ドライバーの情報共有を促す手段として、音楽ストリーミングサービスを参考にした「フリーミアム」モデルの試験を行っている。
このモデルは、内蔵ナビゲーションや、モバイルアプリで車のエンジンを始動させるといったハイエンドな機能を備える余裕のないドライバー向けに、自動車メーカーがそれらの機能を無料で提供するというものだ。
代わりにドライバーは、赤信号で停止中の際などに、時おりポップアップ広告が表示されるのを受け入れる。
高級車には、そのような邪魔な広告は表示されない。高級車は大抵の場合、あらかじめインターネット接続を備えているからだ。

サードパーティへのデータ販売

「高級車の車内は、安全な隠れ家、静かな時間を過ごす場所だ」と、テレナブのビジネス開発担当ディレクター、カイ・タンは述べる。同氏の調査によると、低~中価格帯の自動車オーナーは車載サービスを無料で利用できる代わりに広告を見ることを「受容する傾向が強い」という。
「これは、ウェブとモバイルにおいて幾度となく証明されてきたビジネスモデルだ」と、タンは述べる。車内のポップアップ広告は自動車1台あたり年間平均30ドルの収益をもたらす可能性があり、それをテレナブと自動車メーカーで分け合うことになる。
先日のCESで披露されたテレナブのソフトウェアについて、すでに契約を結んだ企業の有無をタンは明らかにしなかったが、同社は目下いくつかのメーカーと「綿密な交渉」を進めていると述べている。
自動車業界の長い製造サイクルを考えると、最新モデルに広告が表示されるようになるのは3年後くらいになるだろう。これに比べると、現在実用化されている自動車向け情報ツールは、いずれもはるかに小規模なものだ。
コンシェルジュサービス「OnStar」(オンスター)によってコネクテッドカーの先駆となったゼネラルモーターズ(GM)は、2017年12月に数百万台の車両にソフトウェアアップデートを配布し、新たなeコマースシステム「Marketplace」(マーケットプレイス)を導入した。
運転中にコーヒーを注文したり、レストラン予約ができるというもので、安全性を重視する向きからは不評を買っている。さらに長期的な展望として、GMは2019年に投入予定の自動運転車で、収集する交通および駐車関連データをマネタイズする可能性もある。
マーケットプレイスの提供に関してGMに協力しているソフトウェア会社Xevo(ジーボ)は、他の自動車メーカーもすぐ後に続き、GMのようなeコマース機能を導入すると見ている。
スターバックスやダンキンドーナツなどの商品を車内から購入できるようにすることで、自動車メーカーはテレマティクスに投じたコストをいくらか回収し、またこれまでディーラーの役割だったドライバーと直接的な関係を築くことが可能になると、ジーボのダン・ギトルマンCEOは述べている。
GMの戦略担当バイスプレジデント、マイク・エーブルソンは、消費者がこれらの新しいコネクテッド機能、とりわけ運転中や配車アプリ利用中に商品を購入する機能を利用したいなら、多少のプライバシーはあきらめることになるだろうと指摘する。
同氏によると、GMでは今のところ、サードパーティにデータを販売する計画はないという。
「当社は現時点では検討していない」とエーブルソンは述べている。ただし「今後も検討しないと断言するものではない」とのことだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Gabrielle Coppola記者、David Welch記者、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:oonal/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.