脳のしくみを理解すれば、リーダーは、自分自身とチームの敏捷性や革新性、回復力を高めることができる。

ストレスと不確実性の渦中で

豪メルボルンに本社を構える投資会社アロワナ(Arowana)のケヴィン・チン最高経営責任者(CEO)は経営陣に対して、自らの脳を柔軟にしてもらいたいと思っている。
同社は現在、ロンドンやロサンゼルス、アジアへと進出しつつある。「それには、アジリティー(敏捷性)とレジリエンス(回復力)に富む精神を持った最高幹部陣が欠かせない」とチンCEOは言う。同氏は2017年から、タラ・スワートのコーチングを受けている。
スワートは、MITスローン経営大学院で講師を務める神経科学者でもあるエグゼクティブコーチだ。チンCEOはこのコーチングをほかの最高幹部たちにも広めているが、その目的は、彼らにも脳内にある「扁桃体」と交信できるようになってもらうことだ。
神経科学をビジネスに応用する試みに対する関心は、何十年も前から高まりを見せてきた。スワートによると、その理由のひとつは、リーダーたちは形を持たない「行動」を最適化するという考えよりも「形を持つ」器官を最適化するという考えを好むからだという。
「たとえば『心の知能を高める必要があります』と言うと、たいていは『自分に何が求められているのか理解できない』という反応が返ってくる」とスワートは語る。
「ところが『これを容易にする経路を脳内につくることは可能です』という言い方にすると、大勢が目の色を変えて課題に取り組むようになる」
思考の最適化には、健康な脳が必要だ。そのため、スワートのアドバイスの一部は、おなじみの「睡眠・食事・水分補給・運動」の領域にも向けられる。
睡眠障害は、とりわけ大きな害をもたらす。眠りが浅いと、翌日のIQは5パーセント以上も低下するのだ(そもそもスワートがチンCEOのコーチングを引き受けたのは、時差ボケが睡眠や思考におよぼす悪影響を改善するためだった)。
ストレスと不確実性の渦中でメンタルレジリエンス(心の回復力)を発揮し、ピークパフォーマンスを実現するには、栄養と休息、酸素を十分に与えられた脳が不可欠だ。
「ほかの要素が同等なとき、CEOを他と違う存在にする決定的な要因はメンタルレジリエンスだ」と話すスワートは、レジリエンスとパフォーマンスを高めるために、リーダーたちに次の4つの課題に取り組むことをすすめている。

1. 神経の可塑性を高める

「人生で体験することのすべてが人の脳を形成する。そしてその結果、その人は特定の行動や習慣を好むようになる」とスワートは言う。
しかし、こうした行動や習慣が必ずしも最適であるとは限らない。
望ましい新たな行動に意識を集中し、それを繰り返し実践することで、脳の化学的リソースやホルモン的リソース、物的リソースを軌道修正して、新しい経路をつくることができる。反対に、古い経路は使われなくなると退化していく。
可塑性を高める最善の方法は、とりわけ高い注意力が要求される「言語」や「楽器の演奏」などを学ぶことだ。
「脳が未経験のものに無理やり注意を向けることには、人がそこから学ぶこと以外のメリットがある」とスワートは語る。「脳の柔軟性が高まる結果、感情をコントロールしたり、複雑な問題を解決したり、より独創的に物事を考えたりといったことができるようになるのだ」

2. 脳の敏捷性を高める

敏捷であるためには、敏捷に物事を考えなければならない。
脳の敏捷性とは、論理的な考え方や直感的な考え方、独創的な考え方など、さまざまな考え方を途切れることなく切り替える能力のことだ。起業家にとって、敏捷性はとりわけ重要な要素かもしれない。
「脳がさまざまな方法で物事を考えたり、さまざまなアイデアを吸収したりするようになれば、トレンドを発見したり、方向転換したり、時代を先取りしたりといったことが実現しやすくなる」とスワートは言う。
一方、複数の思考モードを同時に使おうとするいわゆる「マルチタスカー」は、得てしてそこから中途半端な結果しか得られない。
スワートは、問題の解決に連続して取り組んだ後で、それらを異なった角度から見てみることをすすめている。またリーダーの立場にある人は、チーム内の異なった思考スタイルを活用することもできる。

3. 「しなやかなマインドセット」を手に入れる

「硬直したマインドセット」の持ち主は、知能や才能といった特質は変化するものではないと信じ込んでいる。
一方で「しなやかなマインドセット」の持ち主は、自分自身を未完成品ととらえ、努力して自身の知能や才能を伸ばそうとする。その結果、「硬直したマインドセット」は停滞を生み、「しなやかなマインドセット」は革新と進歩を生む。
「硬直したマインドセット」を持つリーダーは、神経の可塑性を使って成長する努力をすべきだとスワートは言う。起業家にとっては、この課題はさほど難しいことではないかもしれない。
「必要なのは、リスクをとる意欲と失敗に対する前向きな心構えだ。起業家はこうしたあり方に向いているというのは、うなずける話だ」

4. 脳内のストレスホルモンを減らす

ハイパーアクティブ(活動過多)な世界は、限りある脳に不可能を要求する。その結果、ストレスが増加し、意思決定もそのあおりを受ける。
スワートはリーダーたちに、ストレスホルモンを減らし、実行機能と関連する脳部位を成長させる方法として「マインドフルネス」(自分の体や呼吸、いま考えていることに意識を集中すること)をすすめている。
またスワートは、重要ではない決断を減らすことも提唱している。「翌日何を着るかを前の晩に決めておくか、毎日同じ服を着るかのどちらかにすべきだ」と同氏は言う。
自身の脳機能を改善する方法を知っているリーダーは、そこから学んだ教訓を会社にも応用できる。たとえば、部門を横断したクロス・ファンクショナルな事業計画を立てることにより、精通していない分野の知識や技能を身につける過程で、従業員が新たな神経経路を作り出して、脳の柔軟性を養う手助けができるのだ。
またリーダーは、脳についての自身の理解を活用して、職場から恐怖心やストレスを取り除き、信頼を築くこともできる。
ストレスは脳内のコルチゾールを急増させ、思考や感情をコントロールする能力に悪影響を与える。そしてこの状態が長引くと、人はサバイバルモードに入ってしまう。
対照的に「メンバー相互の間に大量のオキシトシン(俗に言う「幸せホルモン」)が流れるような刺激的な環境にいる場合、『乏しさ』や『生き延びること』ではなく、『豊かさ』に基づいた意思決定が行いやすくなる」とスワートは言う。その結果、革新とリスクをいとわない文化が開花するのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine 、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:ismagilov/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.