【深澤直人】モノからアンビエンスへ。今求められる「デザイン」とは

2018/3/7
テクノロジーの進化によって、モノが空間に溶け込むようになった今、デザインで重要なのは、アンビエンス(雰囲気)をどう醸し出すのか。プロダクトデザインと空間デザインは、一体で考える必要がある。では、日本のデザインはどこへ向かうのか。デザインとアートにはどんな違いがあるのか。
日本を代表するプロダクトデザイナー・深澤直人氏と、さまざまな手法で「新しい空間」を生み出してきた丹青社のデザインセンター長・德増照彦氏。学生時代からの友人であるふたりが、これからのデザインについて語り合う。
時代に合わせて「場」を変える。課題を解決する空間づくり

体育会系の学生時代から三十数年を経て再会

──深澤さんと德増さんのおふたりは、多摩美術大学時代からのお知り合いだそうですね。当時はお互いにどんな印象を持っていましたか。
深澤:僕たちはふたりとも体育会系のクラブに所属していて、僕はサッカー、德増はテニス。顔を合わすのは教室ではなく、いつも食堂やクラブハウスでした。だから、「あの体育会系の德増が、人気の丹青社に入ったのか」と当時は学内で話題でしたよ。
德増:学業ということでいえば、深澤はやっぱり、いつも黙々と作業していたよね。僕は先生にほめられた記憶がないけど、深澤の姿を見て、「ここまでやらないと先生からほめられないんだな」と思っていましたよ。
深澤:卒業以降は、みんなそれぞれに忙しかったから、会う機会はまったくと言っていいほどなかった。でも、三十数年ぶりに会ってみると、企業のなかで責任ある立場になっていたり、独立していたり、それぞれがいい仕事をしていて感慨深かったですね。
学生時代、深くつき合っていたのは2、3年なのに、再会してすぐにあの頃の雰囲気に戻れたのも面白かったな。
德増:違和感がなかったね。

モノ自体が空間に溶け込む時代のデザインとは

──深澤さんは近年、プロダクトデザインの世界を飛び越えて、イッセイミヤケの店舗デザインなどにも挑戦されていますね。お互いの仕事について、お話しすることもあるのでしょうか。
德増:それが、全然ない(笑)。もちろん、注目はしてるし、尊敬もしてますけどね。
深澤:ゴルフしたり、酒を飲んだりしてばかりだから、今日はいい機会をもらいました。
少し前までは、プロダクトデザインと空間デザインはまったく違う領域のものでした。
しかし最近、急激に接近して、「プロダクト」と「環境」や「空間」が混ざったような状態になりつつある。テクノロジーの進化によって、モノが空間に溶け込むようになってきたことがその一因でしょう。
僕自身、最初の仕事は時計のデザインでしたが、家具や家電のデザインを経て、最近では建築の仕事もあります。
僕は環境や、雰囲気という意味の「アンビエンス」という言葉を使っていますが、必要とされるのが、モノからアンビエンスへと変わってきた。
たとえば、以前は家電を持つこと自体が重要で、家電のデザインも重要だった。でも今や、モノ自体が目につかないようになりつつある。
德増:家電を持っていることをアピールしなくなって、たとえばエアコンも壁や天井に埋め込まれるようになってきた。
深澤:そう。昔はエアコンをかっこよくすることがデザイナーの仕事だった。
でも、埋め込まれたらデザイナーの出番がなくなるかというと、そうではない。今度は、エアコンを通してどんな空気を送り出したらいいか、どんな雰囲気を醸し出したらいいかをデザインすることになります。
それこそ、丹青社の得意とする領域だよね。丹青社は美術館の設計もやっているけど、美術館は特殊な場所で、アートをよく見せるだけじゃなく、空間全体の雰囲気の演出も重要です。
だから丹青社には、空間デザインだけでなく、アンビエンスをどう醸し出すかという経験も、ものすごい蓄積がある。
德増:そういう意味で斬新だった仕事としては、相鉄グループ創立100周年の「デザインブランドアッププロジェクト」の一環での、新造車両のデザインです。
リニューアルした9000系につづき、2018年2月から導入されている新型車両20000系。外装はオリジナルのキーカラーである「YOKOHAMA NAVYBLUE」。[写真提供:相鉄グループ]
電車車両のデザインという今まで携わったことのないプロジェクトに、当社はアートディレクションのチームとして関わりましたが、「電車」というモノではなく、「人の居場所」をデザインすると考えれば、これまでの経験が生かせるだろうと考えました。
朝はやる気が出る照明に、逆に帰宅する時間帯は色温度の照明に調光できるようにしようとか、「車両はこうあるべき」というのではなく、もっと無邪気に、電車に乗ることが快適になるような効果につなげられたんじゃないかと思っています。
落ち着いたグレーを基調とした車内は、ガラスを多用し中央の天井を高くとることで、開放感を出した。[写真提供:相鉄グループ]
朝から昼にかけては自然光に近い光、夜は電球色の落ち着いた光を採用し、心地よさを生み出している。[写真提供:相鉄グループ]
東急電鉄の新車両2020系の車両デザインもお手伝いしましたが、まずはターゲットであるエンドユーザーのイメージを定め、そこから車両のデザインに落とし込むという流れは、商業施設を手がける当社の「空間デザイン」の力が生かせましたね。
丹青社がデザイン監修を手がけた東急電鉄の新型車両「2020系」。エクステリアは「INCUBATION WHITE(美しい時代へ孵化していく色)」をコンセプトカラーに採用し、車両の先頭形状はまるみを帯びたやわからみのある顔をイメージ。沿線の駅や街との親和性を高めている。[写真提供:東京急行電鉄(株)]
快適性と安全性を追求するとともに、 親しみやすさと心地良さを感じられるデザインを目指し、沿線の風景をイメージした座席や照明も含めた車内全体のコーディネートをおこなった。[写真提供:東京急行電鉄(株)]
街があって、その中に商業施設があって、そこを走る電車やインフラ施設があって。街全体の雰囲気をつくるデザインの一端を担えたかな。

優秀なプロデューサーに必要な「デザイン思考」

──德増さんは大型のプロジェクトマネジメントで実績を重ね、現在は経営の立場で事業をご覧になっています。また、丹青社のデザインセンター長でもあるので、「アート」と「デザイン」の違いについて感じることが多いのではないでしょうか。
德増:強く感じますね。アートの場合、どこで完成するかは自分次第。「これ以上、1本でも線を描き入れたらダメになってしまう」という判断は自分自身で下します。
一方、デザインはクライアントやエンドユーザーにご満足いただくために、「これでいいだろう」と思ったあとも、引き算や足し算を続けるものです。
僕は商業施設を担当する機会が多かったのですが、クライアントが求めるのは、商売がうまくいって、エンドユーザーも喜ぶ店のデザイン。
しかし、デザイナーはディテールに力が入って、商売の視点が抜け落ちてしまうこともある。かと思えば、意外なデザインをクライアントが気に入ることもあって、いまだに試行錯誤していますよ(笑)。
深澤:德増がやってきたことはたしかに営業であり、プロデュースなんだけど、そこにはデザインで学んだことが生かされていると感じました。
日本でも「デザイン思考」が話題になりましたが、德増はデザイン思考を働かせているから、「こうすれば、こういう完成形になるだろう」と考えることができる。
德増:ほめてくれてるの?
深澤:分析してるんだよ(笑)。空間デザインは、組織論やシステムの力で正解を導き出すことができません。そのプロジェクトにアサインするのは誰がいいかを選び、プロデュースするためには、デザイン思考が必須です。
德増:少し古いけど『スパイ大作戦』だよね。「このミッションにはこの人を」と、適切なスペシャリストを選んで、その得意分野で能力を発揮してもらう。
深澤:あるいは『オーシャンズ11』。最後、金庫破りを誰に任せるか(笑)。
德増:その通り。だから、デザイナー個々の能力が最大限に発揮できる環境をいかに作るかを常に考えています。
クライアントが求めているものを探り、デザイナーに伝えるという過程で、言葉ではなかなか伝えきれないこともある。かといって、僕が絵を描けば、イメージを押しつけることになり、デザイナーの感性が生きてこない。
リーダーの意向が強くなりすぎると、本来100個出てきたはずのアイデアが10個しか出てこなくなってしまうんですよ。そうならないように、組織のあり方を考え、自らの思考で動けるデザイナーを育てていくことは、丹青社のように多くのクリエイターを抱える企業にとって最重要課題です。
ただ、世界一のデザイナー集団を作ることが目的ではありません。むしろ、丹青社の仕事を通して多くのものを見て、知って、世界で通用するデザイナーが育っていく、そんな組織にしていきたい。
丹青社のデザイナーから第2、第3の深澤直人が生まれたら、それは素晴らしいことです。
深澤:ほめてくれてるの?(笑)

新しいクリエイティブには、人を集める力がある

──世界で活躍する深澤さんは、日本のデザインやものづくりをどう見ていますか。
深澤:最近、僕は、中国を含めアジアでの仕事が急増しています。彼らは経済的に成功を収め、クリエイティブも急成長している。次はインテリジェンスの分野でも成功していきたい。そのときに必要になるのが、空間やライフスタイルのクオリティなんです。
でも、お金とアイデアがあるだけでは、クオリティは担保されない。その点で、日本にはまだアドバンテージがあります。日本の「ちゃんとやる」という気質は、一朝一夕には真似できないクオリティの違いを生み出しているように感じます。
德増:見えない部分もしっかりやるというのは、日本独自のものかもしれませんね。
以前、海外の企業と仕事をしたときに、「什器で隠れるから、壁のこの部分は塗らなくていい」と言われたことがあります。でも、塗装というのは、塗っていない部分から変色などの劣化が起こる。そのことを理解してもらうのにかなり苦労しました。
深澤:道路の舗装だって、ニューヨークもパリも結構でこぼこしてるから、一度水たまりができると、そのまましばらく残っている。日本ではそういうことはまれですよね。壁を開けて配線を見ても、日本の職人の仕事はきちっとしている。
逆に、急成長している国と比べると、いろいろな場面で規制が多いのが日本。さまざまな規制があるからこそ、高い精度が出せるけど、規制に縛られすぎると、できないことが増えてしまう。
德増:「規制を守りさえすれば大丈夫だ」と勘違いしてしまうのは怖い。現状を打破し、新たな道を切り開いて、次のステップに向かうのがイノベーションですから。
深澤:新しいことに挑戦すれば、たとえ失敗したとしても学びがある。
だから、いずれ日本は、今、失敗を繰り返している国に追い抜かれることになるかもしれない。アップルやグーグル、アマゾン、フェイスブックなどは、ときに失敗しながらも挑戦を続けてきたからこそ、急激に成長し、世界的な成功を収めています。
新しいクリエイティブは、人を集める力がある。そこで新しいイノベーションが生まれ、個々人の能力以上のパフォーマンスが生まれる「創発」が起こるんです。
常に新しいことに挑戦する企業は、創発が起こる苗床を持っているようなもの。「できない」「やめておこう」では、そんな苗床は育ちません。
德増:新しいことにはどんどん挑戦しなきゃいけない。その意味では、まだ深澤と一緒に仕事をしていないから、何かしたいとずっと考えているんだよ。「これこそは深澤に頼みたい」という仕事をやっていきたいな。
深澤:巨大なタンカーも、その舵は小さなスイッチで制御されていて、ゆっくりと動きを変える。同じように、デザインというのは、世界を大きく動かす小さなスイッチだと思っています。これからも僕らの仕事で、世界をゆっくり、よりよいものへ変えていこう。
(編集:大高志帆 構成:唐仁原俊博 撮影:尾藤能暢)