感情に訴える鮮烈な瞬間を共有することによって、深い忠誠心を引き出し、揺るぎない関係を築く。

普段と違う世界に触れる経験

ビーチをテーマにしたレストランとアパレル事業を展開するトミー・バハマに入社すると、カスタマーサービスの研修がある。
定番の実習形式の講義が始まるかと思いきや、講師がパーティーを開いたことはあるかとたずねる。みんなが満足して帰っていくようなパーティーだ。大半の出席者は「はい」と答える。
「それなら、このカスタマーサービスの研修で教えることはありません」
このようなやり取りは、スタンフォード大学経営学部教授のチップ・ハースが「モーメント」と呼ぶものだ。ちょっとした経験を通じて普段と違う世界に触れて、世の中の見方が変わり、鼓舞されて、プライドが高まり、周囲との絆が深まる。
意外なかたちで企業の価値観を知ったトミー・バハマの従業員は、そのように学んだ教訓を忘れないだろう。
健全なカルチャーや部下を尊重する関係は、職場の満足度を維持するひとつの方法だろうと、ハースは言う(昨年10月に刊行された『モーメントの力』は過去のベストセラーと同じく、兄弟でデューク大学のシニアフェローであるダンとの共著だ)。
しかし、モーメントはさらに鮮烈な印象を与え、従業員の忠誠心や仲間意識、仕事への献身を増幅させる。リーダーシップのさまざまなスキルと違って、モーメントをつくりだすスキルは大半の人が自然と身に着ける。
「多くの人が成長しながら学んでいる」と、ハースは言う。「誕生日会に結婚式。記念の出来事を思い出に残るかたちで祝う才能は、誰にでもある」

短時間で計り知れない効果

「複数の研究によると、大学時代の出来事で覚えていることの40%は入学して最初の6週間に起きている」と、ハースは言う。「次々に新しいことが起きる時期で、そのときの出来事は強く刻み込まれる」
会社なら入社して最初の数日間が、リーダーの個人的な関与が特に効果的な時期だ。たとえば、管理職のアシスタントが初出勤の日にオフィスでCEOに出迎えられたら、どんな気持ちになるだろう。
「(そのような場面で)創業者やCEOのインパクトはきわめて大きい」と、ハースは言う。「採用の面接でずっと話題に出ていた人物が目の前にいて、その人から会社の話を聞く。それがモーメントだ。ちょっとした時間を割くだけで、計り知れない効果がある」
KINDスナックスのダニエル・ルベツキー創業者兼CEOは四半期に1回、新しく入社した従業員と話をする機会を設ける。
彼らの個人的な楽しい経験談を聞きながら、共通するテーマを見つけ、その日の「クラス」に名前をつける(たとえば「不気味な食べ物が好きな仲間」など)。
ジェントル・ジャイアント・ムービング・カンパニーのラリー・オトゥール創業者兼CEOは68歳になった今も、新しい従業員を引き連れて、ハーバード大学のスタジアムの階段(37カ所の階段すべて)を駆け上がる。

悪いモーメントも共有する

従業員が会社に馴染んだら、仕事に対するプライドを感じるモーメントを工夫するべきだと、ハースは言う。
年1回の評価面接で曖昧な課題を確認するより、対外的に祝福できる具体的な目標を設定するほうが好ましい。たとえば、チームをマネジメントできる部下を3人育てるという目標を与えれば、「人材育成の優れたスキル」を発揮するという課題より、達成したことをほめやすいだろう。
すべての成果を盛大に祝う必要はない。金融機関で取引がまとまった際に配られる置物やシリコンバレーの企業でプロジェクトが大きな節目を越えたことを祝うTシャツなど、ちょっとした記念品でかまわない。それだけでも自分が注目されたというモーメントになり、見るたびにその日のことを思い出す。
同僚との結びつきを強調するモーメントを生むような社内のアクティビティも、リーダーが率先して計画しよう。
小さな会社は従業員を保養所に集めたり、記念の社員旅行をする余裕はないだろう。しかし、記憶に残るのは楽しくて豪勢な経験ばかりではない。ある靴メーカーは毎年秋に、自社ブランドの取扱先のなかでも「つまらない場所」を従業員に見学させる。
小売業者と話を聞いて現場を知るだけでなく、「評判の悪いレストランに行き、記憶に残るほどおいしくない料理を食べれば、ひとつのストーリーが生まれる」と、ハースは言う。「このような経験の共有は、次の秋まで彼らの人間関係にとって重要な意味を持つ」
つらい経験も、モーメントとして意味を持ち得る。失敗したプロジェクトやレイオフについて従業員同士でおおっぴらに嘆くほうが、経営陣は何も起きていないふりをして、従業員はひそひそと話しながら怯えているという図式より好ましい。
「みんなで集まってビールを飲み、歌を歌いながら、古き良き時代を懐かしむのには理由がある」と、ハースは言う。「社内の定期的なイベントは、もっと活用されていいはずだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆: Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine、翻訳:矢羽野薫、写真:erhui1979/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.